3:猟海
「そういえば、猟海ってなんなの?」
楽しい実習も終えて、再び歩き出してから弟子一号はそう口にした。
「動物だよ。コッラって言うんだ」
「コッラ? 聞いたことなーい」
「ラッコよ。師匠は逆さまに読んでいるだけ。だから師匠もあんまり知らないの、聞かないであげて」
弟子二号はボケ殺しの達人である。だけども俺は殺されないのだ。
「ふっふっふ。あまいね二号ちゃん。ここの遊牧民が遊牧民と言われる所以があるのさ。それがラッコを家畜として飼っていること」
「そうなの?」
「さぁ? 資料がないから、師匠の妄想かもしれない」
「信じていないようだね。彼等の崇める神はラッコさ。昔からこの北海にいる生物はラッコしかいなくてね。防寒着の毛皮に、食料の肉としても、燃料となる油としても優秀だったのさ。更に北海のラッコは温厚でね、家畜にするには破格の生き物だったって訳さ」
「へぇ、ペットだったんだ。じゃあ何で神様なの?」
「それは・・・現地で見た方がいいかもね。きっと吃驚するだろうから」
「本当は知らないんじゃないんです?」
「まぁまぁそれは着いてからのお楽しみさ。ほら、見えてきたようだよ」
ようやく一面平面の銀世界に人工物が視界に入ってきた。北海の遊牧民が居住地としている場所へとようやくたどり着いたようだ。
居住地には複数のテント式の建物が立っていて、出入り口は柵で囲まれている。旧式な遊牧民の居住地といったご様子。
「やっと着いた!」
「ストップ」
居住地を見て、弟子一号が、感動して俺よりも前に出ようとしたので、防寒着の首根っこを掴んで止める。しかし弟子一号の前進する力の方が強く、止めたかったところで、止められなかった。
「ぐえっ、師匠なにする」
風を切る音と共に弟子一号の顔面に鏃が突き刺さろうとする。
「のわっ!」
その矢を俺は掴んで止める。矢は普通だけど、羽がまた独特な形をしているな。
「全く、世話の焼ける弟子だ」
「一体どこから矢が?」
弟子一号も弟子二号も、突然矢が目の前に現れたと思っている事だろう。
「二人には見えていないけど、射出機が魔力で目に見えないように巧みに隠されている。今、踏みこんだ場所に感知器の役割をしている物が埋め込んであって、それを踏むなり跨ぐなりすれば、矢が射出される仕組みなんだろう。つまり奥にあるあの柵は最終防衛ラインの役割をしていて、外から入ってくる外敵を騙す役割でもあるんだね。考えられているよ」
ただの遊牧民と侮っていた訳でもないけど、魔力の扱いや魔術の素養はかなり高そうだ。
「それで、どうやって入るんですか? 実力行使なんて言わないでくださいよ」
「もう蛮族じゃないんだからそんなことしないよ」
「師匠前に天畔教の説得に行って、集会地を破壊してなかった?」
「記憶に御座いません」
鼻で大きくため息をつかれた。だって話し合いをしようって言ったのに、天畔教の殺人部隊が出っ張ってきたんだもの。そりゃあ戦闘になるでしょうに。
「あ、集落から誰か出てくるよ」
弟子一号を掴んでいる首根っこを離してやると、集落から出てくる人間を指差した。
集落から出てきた人間は、俺達を警戒しながら歩を進めて、集落と俺達の間で止まった。
「ラッコ人間?」
その出で立ちは八頭身のラッコが防寒着を着て、片手には三又槍を持っていた。ちゃんとみればラッコの毛皮を頭から深く被っているだけなんだけども、遠目で見ると、八頭身のラッコであった。
「何者だ」
ラッコは太い声で尋ねてきた。声の感じからして、警戒と敵視が増し増しだ。
「観光客だよ。ほら武器も何も持っていない、善良な人間だよ」
掌を裏表見せて、その場でくるりと一回転する。
「ただの観光客」
ラッコ男は訝しんだ目で俺を見る。
「うんうん。観光客」
その目をニコニコと張り付いたような笑顔で返す。
びゅおうと、氷原の凍てつく風が吹いた。その風と共にラッコ男は握っていた三又槍を手放した。矢よりも早く、緩慢な動作だった為に、ラッコに見惚れていた弟子一号と、迎撃の為にいつでも武器を取り出そうとしていた弟子二号は対応できなかった。
気が付いた時には俺の顔面の前で三又槍が動きを止めていた。
「わぁ」
俺は何もせずに息を吐く様に驚いておく。これくらいの早さなら、さっきみたいに止めるのも何ら問題も無かった。問題があるとすれば、相手に直撃させる意思が無かったことだろう。要は試されたのだ。
「なぜ止めなかった」
「止められないよ。目の前にいきなりあったんだもん。俺達はただの観光客だよ」
「そうか」
三又槍がラッコ男の手に戻っていく。持ち手に何か仕込んであるタイプの武器だな。持ち手から魔力の乱れを感じる。
「お前は、私の前に来るのを許す」
「こっちの二人は駄目なの?」
「資格がない」
資格ねぇ。てことは今のが資格を得る儀式染みたものなのか。頭の先から信頼してくれるとは思っていなかったけど、面白そうなシステムで入居管理をしているみたいだ。
「この二人も観光したいんだけど、どうやったら資格を貰えるかな?」
「まず、お前が私の前にまで来い」
資格を獲得する情報よりも、俺がラッコ男の前にまで出ることを有無を言わせない圧。弟子二号が荒事にするなとの目線で訴えてくる。弟子一号は心配そうに見つめてくる。どちらも可愛い。
ラッコ男の眼は依然として訝しんだ目付き。その目に観念して俺は前へと歩む。
「わかった、行くよ」
感知する何かは一時的に解除されているのか、一歩踏み出しても矢は飛んでこなかった。
特別警戒せずに、言われた通りにラッコ男の前までやってくる。
カチャリ。と金属音がして俺の手首に枷がつけられた。その枷は片腕だけで、枷についている鎖を辿ると、男の腕にも枷がつけられていた。魔力を感じるので、普通の手枷じゃない。
「なにこれ? 歓迎パーティーの準備? だとしたら他人の趣味にはとやかく言いたくないけど、悪い趣味だと思うよ」
「私達は狩人だ。外から来たものを、おいそれと歓迎はしない。観光客だろうが、侵略者だろうが、何者であろうと、力を示してもらう。今から私とお互いに一発ずつ交互に殴り合い、先に弱音を上げたさせれば、通してやる。これは歓迎ではなく、洗礼だ」
ラッコ男はゴツゴツとして、分厚い皮の上から、平坦となった骨が特徴的な拳を握り締める。資格の第一段階は矢を避けるか、俺みたいに受け止めると言った、瞬発力を求められていたのだろう。それでお次は、単純明快の力勝負。
「ははぁん。成程ね。分かり易くていい。けども俺は暴力が嫌いなんだ」
どれほどの力加減で殴れば人は死なないか。そんな手心を考えないと、顔面を破壊してしまうので、極力暴力は使いたくないのだ。使えば弟子二号が不機嫌になるんだもん。膨れっ面は可愛いけども。
「だったのならば、私が音を上げるまで耐えればいい」
「お、それいいね。そうさせてもらうよ」
「・・・その余裕がいつまで続くかな」
それから俺はラッコ男に一時間顔面を殴られた。一発、一発が普通の人間なら意識が飛ぶ力だったけど、殴っても殴っても痛みがあるだけで、俺の意識は飛ばなかった。
ずっとニコニコ笑顔でいたら、一時間ちょうどのところでラッコ男が息を切らして言った。
「認める。お前を・・・認める」
「そっか。だって二人共。あ、二人の洗礼もやっておく?」
「いや、いい・・・」
ラッコ男は警戒を解かずに肩を落として苦しそうに言った。
とりあえず何事も無く観光が出来そうで一安心だ。
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