いざ、ダンジョン(3)
「ワーウルフ……!」
その姿を道の奥に捉え、口に出す。
厚い筋肉を持つ、人型のウルフ種。
人型だが、いわゆる亜人には入らない。その基準は知性の有無である。
人の言葉を話すかどうか。話せないのであれば飽くまでただの魔物であり、話せるのであれば獣人というジャンルの亜人に含まれる。
身体に流れる人の血が濃ければ知能も高いと言われるが、獣の血が濃く言語を使えないにしてもイコール劣っているというわけではない。
なんせ、獣の血が濃い方が身体能力に恵まれるケースが多いのだから……戦闘には向いている。
「大きいですわね」
強敵を前にしたシトラだが冷静なようで、少し焦っている自分が恥ずかしくなる。
彼女の言う通り、かなりのサイズだ。
普通の個体であれば人より若干大きい程度だが、彼方に見えるそれは三m程の巨躯を誇っている。
筋肉も見て取れるほどに膨張しており、さながら鬼を連想させる圧である。
「ようやくの出番だ」
そんな魔物が向かってくるにも関わらず、ラースは顔色ひとつ変えない。
加勢を申し出た方がいいだろうか。一瞬そう過った私だったが、すぐに取りやめる。
「愉しませてくれるんだろうな」
ぐにゃりと、口角を吊り上げて嗤うラースに、身震いをしたからだ。
「……ッ」
シトラも私と同じように彼の変貌にはおののいており、怯えるような眼をラースに向けている
ただ、狂気を見せたのは刹那のこと。すぐに表情をいつもの余裕混じりの穏やかなものに戻る。
それからラースは片足を引くとグッと力を込め、地を蹴り出す。
ワーウルフもこちらに気付いており、標的の突進を受けて同じように走行を始める。
体格差のある二人。常識で考えれば真っ向からぶつかれば押し負けてしまう。
何か策を弄するつもりに違いない。私はそう思っていた。
次の瞬間、轟音と共に洞窟が揺れた。
隣に居たシトラが「わっ」と慌てるような声を上げた。
「馬鹿げてる」
その衝撃の主は自然的な地震などではなく、ラースとワーウルフが正面から衝突した際に起こったものだった。
しかも、勝者はラースだ。
まるで交通事故に遭ったかのように吹き飛ぶワーウルフ。その顔はどこかビックリしたように見えるが、定かではない。
「なっ、何か手品でも使ったのでは?」
目を疑う事実に、シトラも動揺を隠せない。
ラースが道の奥へと撥ね飛ばした標的を追いかけ、私達も戦いの行方を確認すべく駆け出す。
「わあっ……!」
再びの地鳴り。私は〈プロミネンス〉を支えに体を立て直し、シトラはそんな私にしがみ付く。
地鳴りの正体はやはり、ラース。しかも今度は二つのパワーがぶつかった衝撃ではなく、彼の攻撃によるもの。
助走と共に跳躍し、空中から倒れているワーウルフへとフットスタンプ。シンプルな攻撃ではあったが、効果は絶大だ。
「硬いな」
ようやく私達が辿り着くと、横たわるワーウルフの側でラースが顔をしかめた。
彼が繰り出した蹴りは地面を陥没させるほどの威力だったが、強固な頭蓋骨に守られたワーウルフの頭部なダメージは……いや、ある。
充分顔もへこんでいるし、最早瀕死に見える。
それでなお“硬い”と口にしたのは完全に叩き潰したり仕留め切る自信があったのだろうか。
「グ……グルル……ガァッッッッ?!」
唸り声を上げ、腕を支えに立ち上がろうとするワーウルフは雄叫びをあげて再び横たわることになる。
上半身を起こしたところにラースの刈るような鋭い蹴りが襲いかかり、ノックアウト。
頬を捉えた蹴りはワーウルフの分厚い首を叩き折り、完全に絶命させる。
「よっと」
圧倒的な体技を見せた後は、騎士の家系だという彼の本懐であろう剣技。
握っている剣。それは鉄製で出来た、にわかにワーウルフの肉体を貫けるとは思えない凡剣だ。
それを構えると──ワーウルフの体が裂ける。
「「え?」」
私達の驚きはよそに、ラースは裂いたワーウルフの体内から〈魔核〉を取り出す。
「これは高く売れるぞ」
ラースは子供のような笑みを浮かべ、掴んだ〈魔核〉を見せ付けるように突き出してくる。
いや、高く売れるであろうことは物心が付くか付かないかといった年齢から鑑定をやってきた身としては一目瞭然なのである。
だけどそんな目も、役に立たない。何故なら彼が構えてから剣を繰り出すまでの動作を一切視認することが……できなかったのだから。
「はえぇ……」
口を開け、間抜けな声を上げながら呆気に取られるシトラ。
端正な顔立ちがまるで台無しの間抜けな表情だが、おそらく自分もそう遠くない顔をしているのだろう。
「?」
驚きのあまり感想が出ない私達を見て、首を傾げるラース。
自分を逸材と吹聴していたのが小っ恥ずかしい。
いや、実際ラースのギフト自体大した物は揃っていないのかもしれない。
それでもこれ程の戦士なれた所以は彼が積んできた研鑽の凄まじさにあるのだろう。
まるで想像もつかない。
……でも、研鑽だけでこの域に達するには無理がある。
剣術はともかく、身体能力に関しては彼のギフト、その“レベル”による恩恵が大きい筈だ。
「ラース、その」
試しに〈剛力〉のレベルでも聞いてみよう、そう思って口を開いた私だったが、ばたばたという足音が聞こえ振り返る。
地響きと轟音の正体を確認するためだろうか、冒険者が集まってくるのを見たラースの眉が嫌悪から傾く。
「話は後。先に上がろう、二階への転移魔法陣はすぐそこだ」
道の先を指差したラースは、剣を鞘に収めると〈魔核〉を手にしたまま駆け出した。
「おっ、お待ちくださいましっ!」
私は未だに呆けているシトラの手を握り締めると、引っ張るようにして走り出す。
……結局、ラースが戦闘に入った時に見せた狂気は一体なんだったのだろうか。
走り出した私の思考は、彼のギフトの事からそこにすり替わっていた。
ラースは目立つことを嫌う。
それは今、大型のワーウルフを倒したことを知られたくないとばかりに冒険者達から逃げていること。
前のSランクパーティー時代でも、和を保つためなのかヴァインやアンに手柄を譲る面があったらしい。それらを加味するとその特性は事実に違いない。
良く言えば協調性があるのかもしれないが、戦闘とは違い性格的に前に出るタイプでないのは間違いないだろう。
だけど戦闘に入る瞬間のあの笑みからは彼のエゴが垣間見えた気がした。
……噂によれば、ラースは仲間に剣を向けたらしい。普段の様子からは想像できないが、先程の狂気を見てしまうとあながち嘘でもないのかもしれない。
なんにせよ、彼がSランクパーティーをクビになった理由は実力でなく軋轢にあったことは明白だ。
──とんだ問題児を抱えてしまったのかもしれない。
そんな後悔とは裏腹に、私の頬や口元は笑みに崩れる。
私が目指すSSランクとは、そういうものなのだ。
狂った者達しか辿り着くことの出来ない、神域。
私の野望を果たすには、充分。充分な戦闘力に、充分な経験値。そして充分な狂気。
必ず、私は父の夢を……。