初日を終えて
「お疲れ様」
太陽が落ち、腹の音も鳴る頃。ギルドに戻ってきた俺達は初日を無事に終えた記念にと乾杯を行なっていた。
といってもエルゥは未成年なので柑橘のジュースだ。
酒なんて飲ませると彼女の親父であるバリスさんに俺が殺される。
シトラも年齢的には大丈夫らしいが、お酒は弱いのでと遠慮してホットミルクを頼んだ。ダンジョンで冷えたのだろうか。
そんな中俺だけがエールを頼み、呷る。
元々そんな高い酒では無いが、本来なら節約という状況下。
ただ、臨時収入が入ったこともあって気前良くとアルコールを頼んだのだ。
ちなみに俺は今年で二十歳だが、この国法律的には一八歳から飲むことは可能だ。
「ラース、私達の実力はどう?」
骨付き肉の食べカスを口の側につけたエルゥが尋ねてくる。
料理はエルゥが肉を中心としたメニュー、シトラは対照的に野菜や魚ばかり食べる。
俺は特に好き嫌いもないが、皿にこんもりと盛り付けられている味噌で炒めたライスを食べている。
良いシェフを雇うのもギルドの評判に繋がる。ここの料理は美味しい。
「実力か」
酒を流し込みつつ、本日の戦闘を脳内で振り返る。
予定通り二階までしか行かなかったが、正直言って二階の魔物は彼女達の相手ではなかった。
なんせエルゥの破壊力が凄まじい。大抵の魔物は一撃だった。
三人でも戦闘に臨んでみたが、前線二人の破壊力にシトラの的確なサポートが加わり、二階の魔物では手応えを感じることが出来ないほどに余裕があった。
エルゥの戦闘勘も優れたものがあったが、それに関してはある程度予想は立っていたので驚きはしなかった。
それより、シトラの状況に応じた動きが良く魔法や弓の精度も高いことに驚かされた。
出会った時のあたふた具合からは想像も付かない、優秀具合だったと言えるだろう。
そんな分析を話してみると、エルゥは何だか物足りないといった表情を見せる。
「SSランクには、届く?」
シンプル且つ、最も答えに困る質問である。
現存するSSランクは世界に二パーティー。しかも国外ということでお目にかかったことはないし、あまりのサンプルの少なさに答えかねるものがあった。
「分からない。だがエルゥとシトラの二人だけでもSランクになることは可能だろう」
「……」
Sランクに到達するということは富と名声を手にするに等しい偉業だ。
それは過去に成し遂げたことのある自分を持ち上げる発言ではないが、紛れもない事実である(俺は金欠だし名声も地に堕ちているけど)。
だから、今のエルゥの様に“それじゃダメなんだ”といった表情を見せるのはおかしいことなのである。
俺はジョッキに残ったエールを飲み干しつつ、納得の行かなさそうなエルゥを見つめる。
SSランクに拘る理由が、譲ることのできない目標が彼女にはあるのだろう。
だが、俺には彼女をそこまで押し上げる自信が無かった。
──〈イレギュラー・シフト〉にて一層まで降りてきたワーウルフと対峙した際の記憶が曖昧なのだ。
それはまるで〈バーサーク〉を発動し、狂気に身をやつした時のような現象だ。
何故それに近い現象が起こってしまったのかはまだ分からないが、今後もし暴走するようなことがあれば迷惑をかけるかもしれない。
いっその事、ここで俺の呪われたスキル〈バーサーク〉について話すべきなのだろうか。
「そろそろ解散しようか。エルゥは実家があるだろうが、シトラはどうしているんだ?」
葛藤はあったが、エルゥのSSランクに行きたいという気持ちに水を差しても悪いかと思い、ひとまず話さないことに決めた俺は宿についての話を切り出した。
「私は街の宿に泊まっていますわよ。国を出るときに大量の資金を抱えてきましたもの、1ヶ月先迄のお金を払っています」
普段は気品に満ちた女性なので育ちはいいのだろう、となんとなく察していたが、その通りらしい。
と、なると問題は俺だ。いつパーティーを解雇されるか分からない状況の中、その日その日を凌ぐように宿をとっていたので泊まる場所は現状決まっていない。
ただ冒険者稼業が栄えている街には宿も多い。
夜に突然チェックインを申し出ても空いていることはザラだ。
どこか探さねばな、そう思っているとエルゥが控えめに手を上げる。
「私は冒険者になった以上、独り立ちするべきだと思っている。なので宿に泊まる」
思わぬ意思表明だったが、俺は「分かった」と肯定する。
人は誰であれ巣立ちの時を迎える。それが早いに越したことはないだろう。
「ラースと一緒の部屋」
ちょっと待て!!!! と叫びたいほどの感情を抑え、俺はシンプルに「待て」と制する。
このギルドには二階があり、そこにはギルドマスターの執務室であったり更衣室、仮眠室まで備え付けられている。
そんな二階から手摺りにだらんと体を預けつつ此方を見下ろす視線。
それは俺たちがギルドに帰還した時から半刻経つまでずっと感じている視線であり──エルゥを溺愛するギルドマスター、バリス・グランダーソンのものだった。
飲んだくれ冒険者達の喧騒の中、どんな聴力をしているのか俺達の会話を聞いているような素振りで居る。
その証拠が“ラースと一緒の部屋”という言葉で般若の様な形相に変わったことだろう。
「私は抱き枕が無いと寝ることができない。いつもはお母さんだけど、それは卒業。代わりはラース」
人より行為自体を卒業するべきだと思うのだろうが、「私、偉い」と胸を張っているエルゥにそんなことは関係ないらしい。
ギルド内に走る稲妻にも似た殺気。それが俺をグサグサと貫く中、温和な解決を目指すべく思考する。
……こんな時、頼れるのは仲間だ。この地獄のような空間で唯一の俺の味方をしてくれるであろう人物。
「抱き枕ならシトラでいいだろ」
槍玉にあげられると思っていなかったのか、私ですか? と戸惑いながら自分を指すシトラ。
そんなシトラをエルゥは「うーん」と唸りながら見つめる。
その視線の先は胸。シトラが持つ柔らかそうな双丘だ。
「抱きついている間にイラッとしてもいでしまうかも」
「もっ、もぐのは勘弁してくださいまし!」
どこにピントが合っているのかは自覚しているらしく、エルゥの恐ろしい発言に胸を隠すようなジェスチャーを見せる。
たしかに彼女の母親であるエレシア・グランダーソンのバストは控えめなサイズだ。
なのでさりげなく母親をディスっているというか、そもそも胸のサイズを気にしていたのかと思うと健気で仕方がない。
しかしそもそもの話、エレシアさんの代替品として俺を指名するのは正解ではないだろう。
乙女の柔肌と冒険で鍛えられた男の筋肉。その二つの質感は反対のベクトルだろうし、硬いとかえって寝辛い気もする。
そんなことを指摘してみると、再びエルゥは「うーん」と口をすぼめて唸る。
「とりあえず、三人で寝てみよう。抱き感を確かめて、ラースがダメならシトラで我慢する」
「が、我慢……」
「いや折衷案にもなってない。無茶を言うな」
その我慢は決して妥協とかそういった意味ではなく、巨乳に対する嫉妬を抑えるという低俗な意味の我慢ではあるが、言い方に傷付いたのかシトラはしょぼん、とトーンを落とした。
戦闘以外でのメンタルの弱さは、相変わらずというか。
いざとなれば頼りになることは知ったが、あまりにもギャップが大きいエルフだ。
「はいはい、それじゃゴーゴー。ゆっくりとお風呂に浸かりたいし、そろそろ切り上げのお時間」
立ち上がり、手をパンパンと叩いて場を仕切るエルゥ。
落ち込むシトラも抗議する俺も無視し、大鎚を手にするとギルドの出口へと歩き出してしまう。
ちなみに、料理は注文の際に先払いなので既に会計は終わっている。そんなことはともかく、
「ラース、分かっているな?」
「のわあっ!?」
エルゥがギルドを出たタイミングを見計らってか、高速で接近してきたバリス・グランダーソン俺に釘を刺す。
人外の動きで詰め寄ってきたバリスさんに驚きのあまり心臓が跳ね上がった俺だが、すぐに平静を保つと折れそうな勢いで首を縦に振る。
「お前は硬く、ゴツく、使えない枕だ。そうに違いない。いや、そうであれ」
俺の両肩をがっと掴み、暗示をかけてくるバリスさん。
無茶な指示もそうだが、めり込んでる! 指がめり込んでるから!
「いえ、ラースさん。貴方は優秀な抱き枕ですわ。
起きたら私の胸が床を転がっている事態なんて、見たくないでしょう? ねえ、そうだと仰ってください……ねえ?」
片や自分の身可愛さに情に訴えかけてくるエルフ。
た、たしかにそんな光景を見た日にはショックで冒険に行く気力さえ無くなりそうだが……。
「まだー?」
ギルドを出たはずのエルゥが、俺達を急かすように、入り口の方から呼びかけてくる。
本人は良い気なものである。本当に。
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これからも精進いたします…!




