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二つの戦い

「……………………」


 飲食店を出た俺達。腹は満たされたが、不満気な顔をしているのが一名。

 飯が絡むと怒るのは勿論この人、エルゥだ。


「人もエルフも権力が絡むとろくなもんじゃない。私達も美味しい料理が食べたいのに」


 苦笑いする一同。

 要約すると、店側が王女に料金を取るわけにはいかないとお勧めの料理を出してきたのだが、シトラやミリカには高級な料理が出て、俺達はそうでは無かった。

 そういった理由で激怒するエルゥだが、ポイントとしては差別があった点ではなく、高級な料理にありつけなかった点にぶつくさと文句を垂れているので彼女らしいというか。


 シトラも料理を見た瞬間は怪訝な表情を見せたのだが、揉め事にするわけにもいかないので俺がシトラを、レナがエルゥを止めたのである。

 決闘の前に自分達の立場を悪くする必要はない。

 シトラもそれを理解しているのですんなりと怒りを収めたが、エルゥは今に至るまでずっと機嫌が悪い。


 彼女は理解できても納得はしないタイプだから、である。


「こうなったら城に着いたら好き放題食べてやる。城の食糧庫を空っぽにするぐらい、爆食してやる」


 言い張るエルゥにそれは困りますけどね、とエルフ両人からのツッコミ。

 本当の意味で国を壊滅させる気か、コイツは。

 そんなエルゥはさておき、歩く事──一時間程度経っただろうか。

 国の真ん中にそびえる王城の目の前に到達する。


 エルフの国は〈テルスタン〉と違って独裁国家だ。

 だからこそ血縁が重要視されたり、しきたりに拘ったりするのだが……国のど真ん中にどっしりと居を構える点は理解できない。

 群衆が反旗を翻して攻め込んできたら逃げ場も無いと思う。独裁だからこそもう少し立地を考えた方が良かったのでは、と思う。


「今帰りましたわ」


 シトラの姿を見て敬礼する門番達。だが、その挙動はどこかおかしい。

 俺達の行手を塞ぐように、目の前に立ち塞がっているのだ。

 王女の行手を塞ぐ、これほど不敬なことはない。何か理由があってのことだろう。


「シトラフィア様、大変申し訳ございませんが人間は通すなと国王の方から命令が下されておりまして、お連れの方は……」


 言いづらそうに伝える門番。シトラの顔色を伺うようにちらちらと目線を上げたり下げたりとしている。


「えー、ご飯食べれないの?」


 それに文句を飛ばしたのはエルゥだった。

 王城に求めるものが飯とは、最早彼女の脳は食欲に支配されているのかもしれない。


「なるほど、そう来ますか」


 この場で選択を委ねられているシトラは、にっこりと笑みを浮かべた。

 それはいつのような柔からなものではなく、不自然なほどに張り付いた笑顔。

 何故か敵意を感じさせるような不気味な笑みに俺は戦慄していると、先頭に居たシトラが一歩下がった。


 すっと伸びた手の行き先はエルゥの背中。

 まさか、と思ったがシトラの白い手はエルゥが背負う〈プロミネンス〉の柄を握り締めた。

 ──おもむろに鎚を振りかぶるシトラに、門番達は退散する。

 その空いた隙間を縫って助走を一歩、二歩、三歩。

 充分に溜めたシトラの一撃が、大きな崩壊音を立てて王城の扉を突き破った。


「し……シトラ?」


 大きな扉の下部は瓦礫になっており、その側で佇むシトラは、俺の声に反応したのかゆっくりと振り返った。


「私が家を出た理由は単に婿を捜すためではなく、王女としての振る舞いに五月蝿い父や母、それに権力者達のしがらみに飽き飽きしたからですわ」


 シトラは男前に〈プロミネンス〉を担ぐ。

 以前婚約相手の条件に出来れば身分の高くない方と言っていたが、王女として過ごしてきた日々があったせいもあるのだろうか。


「お父様が入城を拒む理由は人間が嫌いだからですか? それとも、意のままにならない腹いせですか?」


「いえ、その……」


 尋ねられた門番は返答に困る。一般兵が口を出せる話ではない、答えられないだろう。


「どちらにせよ、ロクなものではありませんわ。事実お父様は人間を下に見ていますから、城に入ることを嫌うでしょう。私が勝手に結婚相手を連れてきた怒りで部屋が吹き飛ぶ姿も容易に想像できますわ」


 シトラの話にどこの親も似たようなものなんだな、と共感を得てうんうんと頷く。


「幼き頃からエルフの純血に拘る王族の姿は見てきましたし、加えて相手は相応の立場の者以外許されないなんて話も耳にタコが出来るほど聞かされてきました。

 私は、そんなクソくだらねーしきたりをぶち壊すために帰ってきたのですわ」


 そう言って〈プロミネンス〉を再び引いたシトラはすうと深呼吸した後……王城の巨大な扉を横薙ぎに払った。

 門番達の悲鳴と破壊音がエルフの国の空にこだまする中、人が通れるほどの道が開ける。


「言うなればエルフの歴史を壊す、侵略者。そんな私に王の命令がどうだとか言われても、知ったこっちゃありませんの」


 エルゥに〈プロミネンス〉を返したシトラは、俺達に“行くぞ”と目配せをする。


「勿論、止めるのであればご勝手に。私とお父様、どちらの言葉を重んじるかもあなた達が決めなさい」


 空いた扉から入ってゆくシトラの言葉に、門番達は口を閉ざしたまま…………立ち尽くす。

 普段怒らない人物が怒ると怖いというのは鉄則だが、彼女のそれは常軌を逸しているかもしれない。

 全てを圧する王女のオーラに、門番達が止める素振りを見せることはなかった。


「帰ってきて早々、随分と暴れているようだなシトラフィア」


 城に入った俺達の……いや、シトラの前を塞ぐのは立派なヒゲを蓄えた老人のエルフだった。

 結構な歳を召しているように見えるが、肩幅は広く服の上からでも分かるぐらいに筋肉が盛り上がっている。

 間違いなく強者。それを感じ取った俺は戦ってみたい、というざわつく感情を抑える。


「あら、お父様。帰ってきた可愛い娘に対しておかえりの一言をかけてあげても構いませんのよ」


「うむ、よくやったと労ってやりたい。結婚相手を連れてきたのだろう?」


 シトラの父親だという老エルフの男性は意外にも怒気を放っておらず、あろうことか労いの言葉をかけながら近寄ってくる。

 その行き先は俺……………………ではなく、何故かレナだった。


「しかしな、シトラフィア。女性が結婚相手では子は産めん。お前が昔から女性達と体の関係に持っていたことは知っているし、理解もしている。

 だが、我々は王族だ。子孫を残さねば国の未来は無いのだよ」


 レナの肩にぽんと手を置くシトラパパは、シトラを眺めつつ「せめて側室にしなさい」と宥めるように言った。

 シトラが連れてきた結婚相手はレナだと勘違いしているのか?

 答えは、否。


「お父様、認めたくないのはわかりますが」


「うむ、分かってくれるか。だが譲れんのだよ。彼女は側室にしなさい」


「いえ……私が連れてきた結婚相手は彼ですわ」


 シトラがジェスチャーで紹介したのは俺。

 先程とは違ってどうも、と出ることができる雰囲気ではなく控えめに会釈をする。

 が、シトラパパは優しい笑みのまま数秒の間を置いて。


「彼女は側室にしなさい」


 頑なである。

 頑なに────俺が結婚相手だと、認めたくないのだろう。

 だが、そんな誤魔化しで押し切れるほどシトラの覚悟も、気性も弱くない。


「お父様、結婚相手は彼。ラース・ゼーノルトです」


 改めて結婚相手の紹介したシトラは、あろうことか俺の頬に……唇を接触させた。

 その瞬間、大気が震えた。城の窓が割れ、シトラパパから出た風圧で吹き飛ばされそうになるのをなんとか堪える。

 シトラのキスによって明確な怒りと殺意が俺に向けられる。勘弁してくれ。


「ゼーノルト? まさか、〈剣帝〉の息子か?」


 父の名は世界に広く知れ渡っているらしい。少し鼻が高くなりつつも、俺は頷く。


「貴様ッ、よりにもよってあの女好きの……! 見れば面影がありおるわ、あのクソガキと!」


 叫んだシトラパパは腰に携えた鞘から剣を抜く。

 訂正、広がっているのはアイツの悪名だったらしい。

 俺は同じように剣に手をかけるが、シトラが間に割って入る。


「たしかに彼の父は下心丸出しのすけべ男ですが、だからといって息子がそうだとは限りませんわ。相も変わらず血筋でものを考えるお堅い頭ですね」


「むううう、なんにせよ斬る! そこを退け、シトラフィア!」


「いいえ、剣をおさめてもらいますわ。貴方が武器を手に取る場所は他に用意していますので」


「なにっ!?」


 声を荒げるが、少しの間見合った後……大人しく剣をしまうシトラパパン。

 その鋭い眼光は俺から外れ、娘へ。ひとまず怒りはおさまったのか、話してみろと言った。


「お父様、貴方は彼とリフィール・ゼロヘブンの決闘の後、私と剣を交えて貰います」


 衝撃の発言に一同驚きを隠せない。

 慌てふためくミリカに、「やりおる」と何故か褒め称えるエルゥ。


「シトラ、ビルディス王の実力はとてつもないものだ。先の大戦では数々の武勲を立て、老いた今でも世界有数の実力を持っているだろう」


 やめておいた方が、とレナが止める。それを聞いた俺も不安になる。

 対人のスペシャリストであり、身一つでAランクのダンジョンを攻略してしまう彼女が止めるのだ。

 だがシトラの覚悟は固い。決めたら聞かなさそうな顔をしている。


「分かっていますわ。ですが、これは私が乗り越えなければならない問題。ラースさんが勝てば婚約解消、そして私が勝った時には金輪際、私の人生に口を出させません」


「むう」


 一瞬渋るシトラパパことビルディス王。

 親子同士による数秒の見つめ合いの末、戦いは避けられまいと感じたのか目を閉じ……深い溜息を吐き出すと、「分かった」と承諾した。

 今思えば決闘の日までにシトラの準備が必要だというのはこの事だったのかもしれない。

 踵を返すビルディス王に、シトラは「お父様」と声をかけた。


「申し訳ございませんが、手は抜きませんわよ」


 対外的に見れば格上であろうビルディス王に大きな口を叩くシトラ。

 ここらはエルゥの受け入りか、と思いつつ眺めているとビルディス王は意外にも笑った。


「フン、口も……それに実力も外の世界に出て少しは強くなったようだな。悪いことばかりではなかったようだ」


 娘の成長を喜ぶ姿に、シトラは口を真一文字に結んでどこか複雑な目で父を見返す。

 ビルディス王が去り、大きなプレッシャーから解放された俺はようやく肩の力を抜いた。


「しかし、本当に大丈夫か?」


 父を相手にすること、それにレナが強いと口にするほどの一国の王を相手にすること。

 水を差す言葉かと思ったが尋ねてみると、彼女はいつもの優しくも力強い笑みを浮かべた。


「ええ、私は…………いえ、私達は負けません。やがて世界最強になるパーティー故、あんな小さな壁で止まっている暇はありませんわ」


 大きな胸を張ったシトラの背中をよく言ったとエルゥが叩く。

 目指すは高く、SSランク。その言葉を掲げて俺達は前進してきた。

 初めは無茶を言うなと思ったものだが、馬鹿が伝染してしまったのだろうか。

 不思議と今は、馴染む。エルフの最強戦士達など容易く蹂躙してやろう。

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