港町(2)
「ウチのギルドのシェフは超一流。王都のギルドにも負けてるとは思わなかったけど、〈ボイストン〉のギルドはどうかな。このエルゥ様が吟味してやろう」
敵地? のギルドに乗り込み、いざ実食と待つエルゥの口は減らず、周りのひんしゅくの目を買っている。
「ふっ、どうですかね。私が王都に滞在した数日で人間とエルフの食におけるレベルの差を感じました。圧倒的にエルフの国の食の方が優れていますよ」
エルゥに対抗してか、ミリカも得意顔で語る。
それは周りのヘイトどころか、エルゥの野獣のような眼光までも生んでしまう。
結果、びくんと震えて怯むミリカ。しゅんと意気消沈し、静寂が生まれた。
……子供二人のお守りは任せろと自信を持って言ったが、正直私のトーク能力では二人を圧することができない。
無駄に格好つけなければよかったと後悔しつつ、アウェー感溢れる空気の中腕を組み──ラースの救援を待つ。
「そもそもエルフの国にある店はエルフの味覚に合わせて作られてるでしょ。人それぞれ千差万別、好みの違いはあるけど種族という単位で見ても間違いなく好みの傾向に差が出る。
それなのに人間とエルフの国の料理を比べるとは、思慮が浅い」
やれやれ、と呆れるエルゥに……ぐぬぬと悔しがるミリカ。
ただ、これといって反論も思いつかないのか沈黙してしまう。
ラースにはあれ程攻撃を仕掛けていたが、口の上手い彼女に対しては勝ち目の薄さを感じているのだろうか。
料理が運ばれてきて、ボクがラースから預かったパーティー用の資金袋から料金を払う。
ちら、と二人の方を見ると既に料理にがっついてる。
節操のない子達だと苦笑いを浮かべつつも、支払いを終えるとボクも料理に手をつける。
「レナはどう思う? 王都と〈サージェスト〉、それと〈ボイストン〉を比べて」
火種が飛んできて、ボクは一度手を止める。
「残念なことにボクは王都のギルドで食事をしたことがないんだ。でも〈サージェスト〉と比べてどうかという話なら…………甲乙付け難いね」
「むう、妥当ではあるか。それなりに賑わっている町のギルドはどこも良い腕のシェフを雇っているらしい」
波風が立たないようなコメントを出すと、エルゥは納得してくれたのかうんうんと頷きながら食を進める。
爆速で料理が消えていく光景を見ると本当に味わって食べているのかは謎だが、たしかにギルドのご飯は上質だ。
ボクは基本的に外食はせず、城の食堂での騎士団割引のなされた食事ばかり食べていた。
立場上、接待されたり役人達との会食で高級な店に行くこともあったが、舌が肥えているというわけじゃない。
なので正確なことは言えないが、ギルド飯は賑やかな独特の雰囲気も相まって美味しく感じる。
ただ、今考えるともう少し自炊をしたり自らの意思で高級店に通うべきだったと後悔している。
もしラースと一緒に住むことになった時、手料理を振る舞いたいという願望があるからだ。
嫁イコール美味しいご飯。お淑やかで家事の上手なお嫁さんになってダーリンの笑顔を毎日見るのがボクの夢なのである。
残念なことに彼が居なかった数年間で得たスキルは書類の整頓と剣の冴えぐらいのものだが。
「おかわりっ!」
料理を平らげたエルゥは手を上げてウェイターを呼ぶ。
皆で食べられるようにと頼んだ大皿の料理はほとんど彼女が食べ尽くし、それでもなおまだお腹に空きがあるようで、メニュー表を眺めながら「これとこれとこれ!」と頼んでいる。
ボクは大丈夫か、と軍資金の入った袋を覗いてみるが無くなる様子はない。
信じられないことに、ラースのパーティーはダンジョンに潜るにあたって特別用意するものが無いらしい。
シトラはあの露出の多い格好で、弓も魔法で自作。
エルゥは可愛らしいギルドの制服を着て、後は最低限身を守るというかオシャレというか。
鉄のレギンスに革の手袋を装着しているだけ。
ラースも動きやすい格好に加えてダンジョンに合わせた剣を持ち込むというシンプルなスタイル。
道中の魔物をせこせこ倒すとかそういった考えが毛頭なく、完全にダンジョンの攻略を目的とした……良く言えば精鋭パーティーだ。
悪く言えば冒険者として上に昇ることしか考えていない侵略者である。
準備が必要なく、圧倒的な力と連携で攻略していくスタイルもあってかパーティーの資金は食事と宿以外には消えないらしい。
それだけを見ればなんともコストパフォーマンスのいい集団であるが、この食いっぷりはいつか資金を食い潰すのではないかと心配になる。
まあエルゥ自身ギルドの受付嬢の経験もあって、お金の計算などには長けている。
それに地頭も良いのでなんだかんだ計算してるだろう、大丈夫だ。とラースやシトラは言っていたけど。
「あ、これもお願いします」
本当にそうだろうか。
周りからの冷ややかな目線は今や小さな大食いモンスターへの賞賛のものに変わっており、拍手まで巻き起こる。
もっと、もっとだと得意げに振る舞うエルゥの姿を見て、疑問がわく。
エルゥは普段、正常な精神状態で居る時は銭勘定だとか場の雰囲気などを計算できる子なのだろうが、少しの弾みでタガが外れる面があるように思える。
だから、調子に乗っている今とかはご飯を食べる以外のことが頭に無いように見える。
……が、べつにいいかと思わせる清々しさが彼女にはある。
毒舌ながらも評判の良い受付嬢が居る、というのは王都まで轟いていた。
何か天性のものを持っているのだろう。
今のボクは呆れ果ててどうでもよくなっただけなのだけども。
◇
宿を出ると、夜風というか、潮風だろうか。
柔らかに流れる心地よい風に吹かれ、シトラの長い髪がたなびく。
美しく、儚く、どこか切なく。
遠くを見つめる彼女の横顔に見惚れる。それは恋とかではなく、芸術の域に達している彼女の美に、ただ釘付けになっていた。
「…………行きましょうか」
俺も彼女も少しぼうっとしていただろうか。
シトラはエルフの国について考え事でもあったのかもしれない。対して俺はシトラに見惚れ、頭の中が空っぽだった。
その言葉で正気に戻り、宿を取った俺達は〈ボイストン〉のギルドへ向けて歩き出す。
「っ……!」
「あっ、す……すみませんっ」
シトラの手が俺の手に触れ、跳ね上がってしまう。
俺を夫として連れて帰るつもりだった、という衝撃発言のせいで霞んでいたがシトラは一国の王女である。
エルゥやあの馬鹿エルフが居た時は二人の独特な雰囲気で紛れて緊張感を持てなかったが、二人きりになると意識してしまう。
しかし、シトラは仲間だ。何を意識することがあるというのか。
女の子として? それとも一国の王女というとんでもない立場の人に対する態度が迷走している?
その正体はわからなかったが、シトラに対する謎の“意識”が確かに、俺の中にはあった。
「あの、ラースさん」
「はい」
「……何故敬語なんです?」
指摘され、緊張しているからとも言えず困る。
「そんなこと言ったらシトラも出会った時からずっと敬語だろ」
「ふふ、それはそうですわね」
可笑しいですわ、とシトラは笑う。
「あの、この場を借りて謝罪させて貰いますわ。私の事情に巻き込んでしまったこと」
「あぁ」
そのことか、と一安心する。
神妙な面持ちだったので、なにか今までの話を超えてくる新たな衝撃エピソードでも出てくるのかとビクビクしてしまったが、そんなことはなかった。
「いいよいいよ、仲間だろ」
「仲間、ですか」
そう落ち込むような答えではなかった筈だが、シトラはしゅんとしてしまう。
何か不味かっただろうか。俺は慌てふためくも、特にフォローする言葉も思い浮かばずあたふたする。
ハッ、まさか“いいよ”を二回繰り返したことによって仲間だから大丈夫という言葉に雑に取り繕った感が出てしまったのか!?
「その、一人の女の子を救う気持ちとかは」
「へ? ああ、うん。厳密に言えば一人の女の子を救う気持ちだったよ」
やはり俺が渋々引き受けた、とでも思っているのだろうか。
もじもじとしながら言うシトラにそんなことはないよと説明するが、どうも様子はおかしく。
「そこには男性として女性に対する情とかそういったものは…………いえっ、ごめんなさい! 何でもないです! いつもの冗談ですわ…………!」
シトラは忘れてください! と身振り手振りではぐらかす。
いつもの冗談、にしては汗も凄いし声もうわずっている。
いつもの冗談、というよりはいつものパニックになった時のシトラといった様相。
ここまで来れば鈍感な俺でもなんとなく察することは出来る。だけど。
「…………俺にはまだ、よく分からない」
自分の感情は、よく分からない。
性欲もあるし、女の子に対する可愛いとかって感情もある。
でも、恋とか愛とか。それはあるような、無いような。
俺の中のもやもやとした感情が言語化されるには、まだまだ確信が足りない。
何故ならってそれは不器用な人間だからという一言に尽きるだろう。
そうなった経緯はおそらくだが、レナの愛から逃げ出して戦いの日々に浸かった結果、お子ちゃま精神のまま育ってしまったせいだ。
「そうですか」
シトラは俯いたまま、なんとも言えない表情。
「でも、考えておいてくださいね! 私達の旅路が終わる頃、そのつもりがあれば正式に私の夫になってください!」
それは、汁まみれのプロポーズだった。
汗ばんだ両手で手を握られ、勢いよく顔に唾をぶち撒けられる。
「ああ」
気圧された俺はそう答えることしかできなかったが、一つ新たな解答は出た。
恋とか愛とかは分からないけど……彼女の飾らない姿は、凄く素敵だ。




