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エルフの国(2)

 外に出て剣を抜こうとしたところで、俺は武装していないことに気がつく。


「ギルドから得物を借りてきますか?」


「いや、素手でいい」


 意気よく決闘だとは言ったものの、公平でない戦いは望まないのか提案してくるが、俺は断る。


「むうっ、小さいからって舐めてるのですか!」


「そういうわけじゃないよ。俺は拳闘士だから、戦う時は大抵素手なんだ」


「……それなら構いませんが」


 唇を尖らせ、渋々納得するエルフ少女。

 この世界はギフトによる恩恵が大きいために小さいからって侮れないことは、エルゥで知っている。

 なので決して舐めているわけではないのだが、殺すつもりもないし得物は無い方がいい。

 それに、格好つけた手前ギルドに戻るのも恥ずかしい。


「──行きますよ」


 少女が細剣を構え、俺は手ぶらで挑んだことを後悔する。

 この少女は強い。それを肌で感じ、背中に汗を流しながらも俺は距離を取る。

 リーチのある相手に距離を取ることは悪手かもしれないが、いつもの出方を伺うスタイルを崩す方が俺にとっては精神的なマイナスを背負う。


 少女はそんな俺を追うように最短で距離を詰めてくる。

 細剣の主な攻撃手段は突き。刃は付いてあるが、オマケ程度だろう。

 〈バーサーク〉を発動させれば刃はおろか突きも肉で受け切れると思うが、それほど気分は“乗ってこない”。


「はっ! よっ!」


 少女は探るようにギリギリの間合いで突きを放つ。

 ゆっくりと後退しつつ繰り返される突きを避ける俺は、間合いと速度を観察する。

 速い……が、超一流の域ではない。十分にかい潜れる範囲だが、手札がこれだけの筈はない。


「くっ、ちょこまかと!」


 一度退いたエルフの少女の、空いている左手が魔力を帯びる。

 魔法陣展開──そしてそれを投げるように振ると、火球が俺に向かって飛来する。

 ったく、どいつもこいつも魔法と剣を両立しやがって。羨ましいったらありゃしねえ。


「〈ファイア・バースト〉ッッ!!」


 火球自体を避けるのは簡単だったが、避けた先に向けて細剣の切先からごうと燃え盛る炎の魔力が放たれた。

 突きと共に繰り出される炎柱。原理としては武器を振って衝撃波を打ち出すエルゥの〈クラッシュウェーブ〉と似ているが、こちらは魔法を飛ばしている。


「あまいっ!」


 だが、こちらは歴戦の冒険者だ。火のダンジョンを幾つもクリアする過程で、火への対策はできている。

 それは至極単純。

 “火を受けて火傷する過程で、〈火耐性〉のギフトを手に入れる“ことである。


「なっ!? 私の最終奥義が!」


 素手で炎を弾き、軌道を逸らした俺はそのまま前進。

 道の真ん中で戦っているわけで、ギャラリーの悲鳴が上がるが今は気にしていられない。

 接近する俺に対してエルフの少女が慌てて出した細剣は空を切り、互いの距離が詰まり、拳の射程距離へ。


「っっ!」


 横に流れていくようなステップから横腹に掌打を食らわせる。

 動きを止めたところで細剣を握る手首を掴み、捻る。

 痛みに顔をしかめて細剣を手放すエルフの少女。

 俺は手首を掴んだまま少女を引き倒し、地面に転がすと細剣を拾い上げ──お返しとばかりに突きつけた。


「そういうわけだ。生まれ育ちが何であろうと、進路を決めるのは本人だ。シトラはウチのパーティーで冒険者としてやっていくって決めたんだよ、口を出すな」


「うぐぐぐぐ……!」


 エルフの少女は歯を食いしばり、まるで親の仇のごとく俺を睨み付ける。

 もう抵抗する意思はないのか、細剣を突きつけられた状態から動こうとはしない。

 こちらとしては助かるが、その眼からはまだ闘志が感じられる。油断はできない。


「貴方は! 一国の未来の重さを知らないでしょう!」


 エルフの少女の悲痛な叫びに、俺は答えることができない。

 責任丸投げおじさんとして有名な俺がそんなこと、知るものか。何も背負わないことがアイデンティティだと思っていた時代もあるぐらいだ。


「シトラフィア様はじき国を治めるお方なのですよ! 貴方達と遊んでいる暇などありません!」


「そんなの、アイツが決めたことじゃないだろう」


「王族は生まれた時より、大いなる使命を持っているのです! 本人が決める、決めないの問題ではありません!」


「…………」


 何というワガママ。これでは国を出たシトラが悪なのか、王としての立ち振る舞いを求める世論が悪なのか、分からない。


「ごちゃごちゃ言ってはいるが、お前らが勝手に理想の統治者をシトラに求めているだけだろ。本人としては婚約者ぐらい自分で決めたいってだけで、何も国を放棄するわけじゃないんだから構ってやるな。

 国王が今すぐ死ぬとか、そういった急務ならアイツも帰るだろ」


「むむむむ……しかし! 高貴なる生まれの者は同じくして高貴なる生まれの者を婚約者に迎えるべきなのです! そうでないと国民に示しがつかないでしょう!」


 飽くまで反論してくるつもりのようで、剣を眼前に向けられながらもエルフの少女は強気に出てくる。

 肩当たりに剣を刺したら大人しくなるだろうか。そう思い始めた矢先、ギルドから現れる三つの影。


「なーに長いことくっちゃべってるの」


 口を挟んでくるのは勿論この人、エルゥ。

 やれやれと呆れた様子で近付いてくる彼女に嫌な予感を覚える。

 また何か、一波乱あるぞと。


「要するにシトラの結婚相手が国民に示しの付く相手であればいいんでしょ」


 エルゥが俺の肩に手を置いた。


「世界最強の戦士であるラース・ゼーノルト。彼なら結婚相手にしても不足はないでしょ。顔も……まずまずだし」


 天井までハードルを上げ、更に俺を勝手に婚約者に仕立てる。

 相変わらずやっていることは無茶苦茶だ。何よりレナの逆鱗に触れないか、と俺は視線を向けてみると……意外にも穏やかな表情をしている。


 次にシトラが出てくると、俺に「いいですか?」というアイコンタクトを送ってくる。

 レナに不満の意がないということは、おそらく芝居をうつということなのだろう。

 頷いて了承すると、シトラはエルフの少女と向き合った。


「ミリカ、私は彼を父が決めた婚約者であるリフィール様と決闘させようと思います。そして婚約を破棄させ、私は彼と結婚します」


 ミリカと呼ばれたエルフの少女は黙り込む。

 ここ最近決闘という手段を乱発しているが、本来は重い契りの元行われるものだ。第三者が止めるものではない。

 しかしそんな大掛かりな話が本当に芝居で済むのか。そんな懸念は残ったが、話は決着。

 次の目的地は──エルフの国だ。


「ふん、貴方なんてリフィール様にやられてしまえばいいのです。言っておきますが、リフィール様は公爵家の跡取りにしてエルフの国最強の戦士。貴方のような下賤な輩に遅れを取る方ではないのです。決して、決してなのです!」


 ミリカに細剣を返すと、鼓膜が張り裂けそうなほどの剣幕で吠えられる。

 ぷんぷん、と頬を膨らませてギルドの中へと戻ってゆくミリカ。

 ちゃっかりとエルゥが座っていた席に着いて、ウェイターに注文をしている。


「……怒らないのか?」


 念のためにレナに尋ねると、そういった芝居でしょ? と肩をすくめて笑う。


「それに、彼女は大切なパーティーメンバーだよ。大切な人が居なくなる悲しみは重々知っているつもりだからね」


 レナの発言で、シトラ・エルゥの両名に見られる。

 一応二人にもレナの過去とか俺達の関係性については説明してあるのだが、エルゥにはそれは責任を取らなかったラースが悪いと叱りつけられている。

 シトラにさえ「それは甲斐性のないラースさんが悪いですわ」と切り捨てられているのだ。


「さ、ご飯でも食べよう、ご飯を。エルゥ、まだまだ食べ足りないだろう?」


「誤魔化すなっ」


「あでっ!」


 ギルドに向かおうとした俺はエルゥに尻を叩かれ、仰反る。

 世の中辛いものである。生きているだけで責任が発生するのだから。

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