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至高の(4)

 見合った二人。先に動いたのはディリックの方だった。

 ただ、素早い動きではない。探りを入れるような“歩き”。

 間合いまでは本格的に動き出すつもりはないのか、すり足でゆっくりと。

 ガチガチに引いてカウンターを狙うのではなく、言ってみれば“動”の待ち。

 じりじりと詰めてくるのだから、シトラとしては不用意に動けないだろう。


 いや、動かないのだろう。彼女の剣は攻めより受け。

 華麗に捌き、隙を見つけて一撃を打ち込むスタイルだ。

 それが浸透すれば不意に攻め込んだりするが、初手は待つような動きをする。

 意表を突いた攻めは長期戦や訓練を重ねた相手に対して有効だが、一発勝負の今、情報もなくシトラは待つことを選ぶ。


「あっ」


 私の隣に座っているフィルアが声を上げた。

 互いに間合いが詰まってきた状況。先に動いたのはシトラの方だった。

 動いたのか、動かされたのか。それは当人達にしか分からない読み合いがあったろうが、惚れ惚れするほどに綺麗な踏み込み。

 川の水のように緩やかに、なだらかに。

 完璧な動作でディリックの懐にすっと潜り込んだ。


 直後、打撃音。肩口を狙ったシトラの剣は……受けられている。


「あぶねえあぶねえ」


 タイミング的には完全に虚を突いた踏み込み、そして振り下ろしだった。

 それでも対応できたのは彼の冷静さだろうか。本当に間一髪といったラインで受け止めた。

 パワーでは劣ると感じたのか、シトラは冷静に一歩引くが──ディリックはそれをスキだとばかりに、今度は逆に踏み込んだ。


「……」


 まじまじと見ていたフィルアだったが、そこで後方に体を倒した。

 どこか呆れたというか、諦めたような表情。

 それが示すのはつまるところシトラの敗北だろうか。


 実際、逃げるシトラを追うディリックの猛攻が始まり、私も似たような感想を抱いていた。

 息もつかせぬ連打。パワーで上回っているのをいいことに、ディリックはガンガン前に出る。

 シトラが反撃に移れないのは、ディリックの攻撃が単に力押しではないからだ。

 一見大ぶりに見えるが、きちんと互いの間合いを理解し、安易に飛び込めば逆に潰されてしまうだろう。

 そういった細々な罠を至るところに仕掛け、ディリックは攻め続けている。


 駆け引きといったところでは普段シトラが得意とするところではあるが、流石に本来の土俵ではないし、熟練の剣士を相手に騙し勝つのは難しいのかもしれない。

 私も半ば諦観していると、ようやくシトラが返しの一撃を打ち込む。


 強烈な縦振りだがディリックは一歩身を引いて回避。

 攻撃は外れることにはなったが、ディリックの絶え間ない攻めは一度途切れた。


「はぁ……はぁ…………ふぅ」


 息が切れているのはシトラ。整えつつ、距離をとっているが──かなりの疲労だ。


「アイツの仲間だけはあるな」


 攻め込む方も相応の体力を使うはずだが、ディリックは息も切らさず余裕の態度を崩さない。

 シトラには負ければ変態のおっさんとのデートに付き合わなければならないというプレッシャーもある。

 それもあってこの疲労の差が露わになっているのかもしれない。


「エルゥ」


 じりじりとこっちに後退してきたシトラが、振り向かずに私を呼ぶ。


「ん」


「この戦い、負ければ私をパーティーから叩き出して頂いて構いませんわ」


「ん」


 退路を塞ぐつもりだろうか、自ら背水の陣に臨むシトラにうんと頷く。


「いや、“ん”って、そんな簡単に答える問題!?」


 呑気に見ていたフィルアが飛び上がる。

 私がぼーっと眺めていて、ぼーっと返事をしたとでも思っているのだろうか。


 まったくもってその通りである。


「ん……シトラは信頼している。彼女が勝つと言ったなら、勝つはず。彼女の勝利を疑うのは私自身の眼力を疑うということ」


「なっ、なるほど! さすがエルゥ、深い!」


 馬鹿ぐらいは騙せるようで、感銘を受けているらしいフィルアをよそに……私は不安を抱えつつ戦いの行く末を身守る。

 負けるだろうと半ば諦めていたのだ。シトラの勝利を疑わずに見るというのは厳しい。

 どうにか勝ってくれ、そんな祈りを捧げながら……クレバーを、クールを装いつつ眺めることにした。


「そんな大口叩いて、出来ないことは言うもんじゃ……うん?」


 ディリックは決死で臨むシトラの姿に、首を傾げる。

 目を閉じ、精神統一を図る。かと思いきや──そのままシトラは動き出した。


「何やってんだぁシトラねーちゃん!」


 フィルアの怒声に、私も少なからず同感する部分があった。

 目を閉じたまま戦いに挑むというのは奇策に他ならない。

 それも大一番で熟練の相手に通用することだとは到底思えないが。


「ご心配無用」


 でも、シトラが心配無用と言うのなら。


「“視て”いただけですわ」


 心配、要らないのだろう。

 開眼したシトラは一転、攻め込む。

 自ら間合いに飛び込み、剣の勝負を挑むという──はたから見れば無謀な戦術。

 そう見えた。


「なっ!?」


 驚きを見せるのはフィルア。オーバーなリアクションだと思いつつ、同じ心境なのでツッコミもせず。

 シトラの行動を端的に言えば“何もしなかった”。

 自ら間合いに飛び込んでおいて、“先に打たせる”というリスキーかつ、何を考えているのかよく分からない動きをした。

 結果としてはディリックの剣撃を(かわ)したが、紙一重……僅かに髪が宙を舞う。


 ディリックはすぐに体勢を整えて二の剣を放つ。

 二、三、四。

 たしかな“異変”に気が付いたのは、数を重ねてからだった。


「ウソ……父の動きを読んでいる?」


「うむ。あれこそがシトラの真骨頂」


 驚くフィルアに対して分かったように解説を加える私。

 そう、シトラはディリックの攻撃を読んでいるかの如く、避けていく。

 元々洞察力はずば抜けているが、この短時間でここまで鋭い読みができるようになる程とは。


 ……いや、違う。


 優雅に踊る蝶のように剣を避けるシトラ。

 幾重ものパターン、フェイントも彼女には通用していない。

 脚を狙うような奇襲も、横っ飛びをしながら振るう剣も。

 どんなトリッキーな動きであろうと、彼女は知っているかのような動きでかわしている。

 それは最早読みの域ではない。


 言ってみれば……そう、私の〈野生〉と似た“感覚”の部分で攻撃を避けているように映った。


「終わり、ですわ」


 やがて動きに疲れが見え出したディリックに、シトラは鋭い踏み込みから剣を突きつけた。


「参ったよ…………!」


 木剣から手を離し、両手を上げて降参を示すディリック。


「こんぐらっちゅれーしょん」


 ほっとした私は讃えるように拍手をしつつ、シトラに近付く。

 背伸びをして肩をポンポンと叩き、「信じていた」と声をかけると、シトラは柔らかい微笑みで。


「本当ですか?」


「うっ……本当本当」


「そうですか」


「むう」


 シトラは強がる私の頭をよしよしと撫でる。

 私の心配を見透かしているかのような言動。悔しいが彼女には勝てないのである。


「いやぁ、しっかしさっきの動きは? まるで俺の動きを事前に知られていたかのような感覚だったが」


「ふふ、内緒ですわ。これに関してはまだまだ私も未知の領域ですから……退路を絶ってようやく片鱗が見えた、というところです」


 ディリックの問いに、シトラは妖艶にも自分の口に指を当ててはぐらかす。

 テザリーン様に会った後成長が無かったとは言っていたが、何度も言うように私の選んだ逸材なのだ。このぐらいはやってもらわないと。


「それにしても、遅いですわね」


「ん」


 入り口の方を見渡すようなシトラに釣られて私も眺める。

 一体ラースはどこへ行ったのだろうか。

 まさか逃げ出していないとは信じたいが……昨晩の様子を見ているに、ラースはレナには到底敵わない。

 あれだけ強いウチのパパがママには頭が上がらないように、力は関係なくそういった関係性が構築されているのだろう。


「……」


 だが、私は私の眼力を信じるだけだ。

 彼ならきっと問題を乗り越え、それがSSランクへの礎になると。

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