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至高の(3)

「意外とかかったな」


 一階の最奥に到達し、転移魔法陣の側で俺は腰を下ろす。

 階層は五階までらしいのだが、ワンフロアが広大な地形になっている。

 転移魔法陣も一見ダンジョンに置かれたオブジェクトかのように鎮座しており、安らげる空間の中にあるわけではない。

 それでも他に冒険者が(たむろ)していたりと、必然的に安全な場所にはなっていた。


 ここが魔法陣のある場所だと分かりやすいよう、明かり備え付けられている。

 俺は剣をしまい、地図をばっと広げた。


「…………二階、三階もこのぐらい長いか」


 地図を眺めつつ、溜め息を吐く。

 まだ四、五階は地図の作成が間に合っていないらしく、持っているのは三階までの道筋を簡単に書いたもの。

 五階はボスフロアにはなるが、それまでの階層と同じような構成で、広い地形らしい。

 まあ地図が無いとはいえ転移魔法陣付近に目立つように明かりを置いているから辿り着くことは可能だ、という情報は貰っている。


 が、そこまで行こうと思えばおそらく日を跨ぐだろう。

 エルゥ達に心配をかけるのも悪いし、食料や水もない。

 最低限水でもあれば進む気になったが、引き換えすのが懸命だろう。


「あの、〈鉄壁要塞〉の名を持つラース・ゼーノルトさんですか?」


 立ち上がると、先程から俺を見てひそひそとしていた冒険者一行の内の一人の少年が話しかけてくる。

 誰が付けたか〈鉄壁要塞〉という絶妙にダサいネーミング。

 正直、あまり気に入っていないので“違います”ときっぱり切り捨てたいところだったが、俺はやや口籠もりながら、頷く。


「そうだが」


「わあ、本物だ! 握手っ、お願いできますか!」


 燦々と輝く目。俺もこんな頃があったのかもしれない、と眩しさに感動しつつ、気圧されつつ握手を受ける。

 まだエルゥと同じぐらいの少年だろうか。

 小さい体だが、俺と同じように長剣を背負っている。

 俺も冒険者当時はどちらかといえば背は低い方だったのでそこがまたシンパシーを感じさせた。


「あの、今日はいつもの長い剣は持っていないんですか?」


「新調した剣を試しに立ち寄っただけだから持ってないよ。でも、本攻略の時も対霊作用のあるこの二つの剣で来ると思う」


「なるほど……色々な武器を使えるなんて、尊敬します!」


 無理に持ち上げられているような気もしないでも無いが、悪い気はしない。

 どの武器にも適性を持っているエルゥが側に居るので胸を張って誇れはしないのだが。


「僕はいつも堂々たる佇まいのラースさんに憧れて冒険者を始めたんです! この大きな剣もそれで……まだまだ未熟ですけどね」


 照れるように笑う少年。それほどの影響力が俺にあるとは思えないが、変わった少年も居たものである。


「あ、ごめんなさい長々と足を止めちゃいましたね。攻略、頑張ってください!」


 手を振る少年冒険者に手を振り返しつつ、俺は来た道を戻り始めた。

 堂々たる佇まい。周りの目からすればそう見えているのだろうか。

 自信もやる気もあるわけではなく、中途半端な立ち位置でやってきただけだ。

 何も背負いたくなくって、中途半端に。


「憧れて、か」


 それでも進んできた道には確かな足跡があって、知らぬ間に期待を背負っている。

 なあなあな立ち位置を貫き、こそこそとやっていきたいなら底辺の冒険者をやっていけばいい。

 だけどSSランクを目指すことにもなっている。その道を通る為にいつまでも“背負いたくない”と子供みたいなことを言っている場合じゃないのだろう。

 何かしら“示し”のようなものを付けるべきかもしれない。


「……」


 一つはレナとの決着をつけること。だが、その前段として大きな花火を上げておいてもいいだろう。

 そう思った俺の体は、再びダンジョンの奥へと向いている。


「Sランクダンジョンぐらいさくっと越してみるか」





「帰ってこない」


 ラースがゼーノルト邸を飛び出してから時刻は六時間ほど経過していた。

 陽は落ち、夕飯時だが未だにラースは戻ってこない。


「そろそろ戻ってきてもおかしくない時刻ですわね」


 訓練用の木剣で体を支えているシトラも心配になったのか、そう言った。


「おねーちゃんたち、強すぎ……!」


 一方血縁であるフィルア・ゼーノルトは訓練に夢中で、ようやくスタミナが尽きたらしく大の字で寝転がっている。

 ラースが飛び出していった後、やることが無くなった私達はフィルアに誘われ訓練することになった。

 訓練といっても実践的な模擬戦。互いに木剣を持って戦うだけ。

 〈武具適正〉というズルいギフト持ちの私は問題無く扱えたが、シトラも華麗な剣さばきを見せていたのは意外だった。


 聞くところによると家の方針であらゆる武術を嗜んでいるとか。だから体術も武器の扱いも一流だというが、羨ましい限りである。

 私がパパに学ばされたのは受付嬢としての技術のみだ。

 まあ冒険者になってパパを超えると昔から内に秘めたるものはあったので、コッソリ家にあった剣を振ることぐらいはしていたけど……お遊戯程度だ。


「おお、精が出るな」


 ラースが帰ってこず、どうしたものかとシトラと見つめ合っていると似た気配が帰ってくる。

 ゼーノルト家の現当主、ディリック・ゼーノルトだ。

 容姿が似ているわけではないが、気配だけならラースにそっくりだった。


 なんというか、天然女転がしのオーラというか、何もしなくてもモテる雰囲気というか。

 本人は自覚はないかもしれないが、以外とファンは多いのだ。

 私は眼中にはないが、まあ本人がどうしてもというなら婿候補にしていいかもしれない。仕方なしに。


「フィルアの疲労具合との対比を見るに、お嬢ちゃん達も相当のやり手だな」


 帰ってくるなりラースパッパはフィルアが持っていた木剣を手にする。

 ……ラースが父は剣の虫だと言っていた。フィルアを見る限り予想はしていたが、まさか仕事帰りでまず握るのが剣だとは思いもしなかった。

 ウチのパパなんてママに抱きつくか、ソファやベッドにダイブだ。


 飯! 又は酒! と叫んで胃を満たすパターンもあるが、なんにせよこの辺りの勤勉さは見習ってほしい。

 毎日こうだとラースのように「できれば会いたくない」と言ってしまうかもしれないけど。


「さ、どうする? 二人がかりでも構わないぞ」


 まるで余裕綽々の態度に、私は木剣を握りしめる。

 オッサンぐらい一人で倒してやる。そう思ったが、先に前に出たのはシトラだった。


「私が行きますわ」


 剣を扱えるのと同等に意外で、やる気満々のシトラ。

 彼女はフィルアとの模擬戦も途中参戦で、指名されてからようやく木剣を握った立場である。

 始めにフィルアと模擬戦をしていたのは私で、ボコボコにしていたら途中でチェンジを言い渡され、そこでシトラが指名されたのだ。

 シトラなら勝てると思ったのかもしれない。結果は私以上に軽くいなされていたけど。

 しかし、このやる気は一体どこから。


 ハッ、まさか不倫を狙って!?


「お父様、私が勝てばラースさんに“魔法剣”を譲ることを考えていただけませんか」


 シトラの要求に、ディリックさんは「ほう」と顎をさすって笑う。

 一秒前の私の失礼な勘繰りはなかったことにしていただきたい。


「対価として俺が勝てば……そうだな、デートにでも付き合ってもらおうか」


「相変わらず気色悪いな、父は!」


 フィルアの発言に、ええっ!? とショックを受けるディリック。そりゃ娘が見てる前で女の子を誘えばそう言われるだろう。

 血縁のない私でさえ口にしかけた言葉だ。


「構いませんわ」


 シトラは勝てる算段でもあるのか、にこやかな表情で条件を呑んだ。

 少し心配にはなったが、訓練を見ている限り──剣を使っての対人においては私より、強い。


「さ、始めましょう。お手柔らかに」


「フッ、俺は生憎相手が女の子でも……剣だけは手加減できないタチだ」

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