至高の(2)
「ふー、まったく力が落ちてなかったな、セス」
激闘を終えて部屋を出た俺は、屋敷の裏の蔵へと向かう。
決め手は鳩尾への前蹴り。
長剣を両手で持つ俺の体術は必然的に蹴り技ばかりになるが、詰められたら蹴り、狭ければ蹴りと乱用と言っても過言ではないぐらいに使われた蹴りの練度は高く、打ち合いの最中狙い澄ました一撃がセスに刺さり、撃沈させた。
立てないようだったが、少しすれば回復しそうだったので、二つの剣を抱えて早足で蔵へとやってきた。
数分漁っていると容易く見つけることができ、鞘を対霊剣に合わせてみると何とか入る。
父が昔三日月刀がー、なんて口にしていたのを覚えていたので反り返った形状の刀もあるだろうとは思っていたが、改めて一安心である。
二つの剣を腰に、俺は屋敷へと戻る。
今回、〈剛剣フレストリア〉はお休みにして魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉と、この対霊作用のある剣の二刀流でダンジョンに向かうつもりだ。
「ん、ラース。怪我してる」
「鞘を探すのに苦戦してな」
「……なんか増えてるけど」
「丁度いい剣があったから拝借してきた。ま、ダンジョン攻略を頼んできたのは父さんだしちょっとぐらい剣を借りても怒らないだろう」
食堂に戻ると、エルゥにジロジロと見られるので答えつつ椅子に腰掛ける。
すると何かおかしいと思ったのか母さんが立ち上がると、側までやってくる。
腰をかがめ、俺がかすめてきた魔法剣をじーっと眺め、手を伸ばそうとする。
その瞬間、駆けてくる音。廊下を爆速で走ってきた何かが、食堂の前を通り過ぎた。
「見つけましたぞ坊っちゃま!」
通り過ぎた人影は戻ってくると、食堂に入ってくる。
必死の形相のセスに他の人間は度肝を抜かれるが、俺はまだ諦めていなかったのかと呆れる。
「食事時だよ、後にしてくれ」
「むむむむむ……!」
やれやれと肩を竦めつつ、セスを宥めるとなんとか納得したようで、「絶対に元の場所にしまいますからね!」と息巻いて部屋を出ていく。
「この剣、もしかしてパパが大事にしてる“魔法剣”か? このヤロー」
「うん」
「ふーん」
どうやら母さんは咎めるつもりはないようで、確かめると席へと帰っていく。
「魔法剣?」
魔法剣という単語にエルゥが反応を見せる。興味津々のようで、剣に手を伸ばしてこようとするが、一度押し返す。
俺は立ち上がると、少し離れて〈ウルト・ゼーノルト〉を抜いてみせる。
「これがあれば〈リッチキング〉もアンデット群も余裕で倒せ……ん? なんだよ、その顔は」
新しく手に入れた剣を見せびらかすようにしていると、母とシトラは優しく微笑んでいるしエルゥは奇怪なものを見る目で俺を見つめている。
「なんか子供っぽくてきもい」
相変わらず辛辣な言葉をエルゥに投げかけられ、俺はショックで肩を落とす。
魔法剣を鞘にしまうと、俺は椅子に座り直し……ショックが怒りに変わり、エルゥの頬を引っ張る。
「いででででで」
「キモいとはなんだ、キモいとは」
エルゥのもちっとした頬を伸びるだけ伸ばし、満足してから離す。
“キモい”とは以前も言われたが、中々にショックな言葉である。
オッサンになって剣でキャッキャしてる人間もいるぐらいなのだし、まだ二十歳の俺が新しい剣を手に入れてはしゃいでもおかしくないはずだ。
「ラースは昔っからそんな感じだぜっ。パパがアレだから親子揃ってアレに見られないように抑えてるけど、居なけりゃ結構無垢な男だ」
母がいらぬ注釈をし、エルゥ・シトラ両名がにやにやして俺を見てくる。
つまり、クールぶっているのだろうと。そういった視線だ。
クールぶっているわけではないが、取り繕っているのはたしかだ。
ただ、父がアレだからではなく両親共にアレだから外面を良く保っているのだ。
言うと母に睨まれかねないので黙っておこう。
「そのメンタリティなら決闘にビクビクする必要もないのに」
ぼそっと、エルゥの突き刺さる一言に何も返せない。
まったくもってその通りである。
「決闘って、何かすんのか?」
「さ、食事だ食事」
決闘について尋ねてきた母の質問をぶった切るように、丁度食事が運ばれてきたのをいいことにパンパンと二回手を叩き、場を仕切る。
戦い好きの妹も興味を持ったのか好奇の視線を向けてくるが、無視をする。
父もあの場に居てにやにやしていたのでいずれ耳に入ることではあるだろうが、自分の口から説明したい話ではないのだ。
◇
「ふぅー」
ゼーノルト邸を脱出し、息を整える。
王都の街を駆け続け、意図したわけではないがダンジョンの近くにやってきていた。
「…………」
街のど真ん中にあるダンジョンの渦。
渦の側には騎士が二人立っており、周りは閑散としている。
普段は活気があるのだろうが、ダンジョンのせいか人通りが少ない。
ま、人通りが少ない場所に逃げてきたのでここに辿り着いたのだろう。そう推察しつつ、俺はダンジョンへと近づく。
ちなみに逃げてきたのは決闘について母と娘の追求がしつこかったのと、セスの魔法剣を返しなさいという圧が原因である。
おかげで一人で出掛けてしまったが、俺は何の気紛れかダンジョンへと踏み込もうとする。
「待て、ここはSランクのダンジョンだぞ」
が、すんでのところで騎士の一人が俺を止める。
パーティーも組まず、服装も防具らしいものは着けていない。剣も騎士のセオリーにはない二刀流と、あまりに異質な姿の人物だ。止めざるを得なかったのだろう。
「分かってるよ。地図もあるし、新調した剣を試すだけだ。浅い階層しか行かないよ」
俺は尻のポケットに突っ込んでいた地図を取り出し、広げる。
ギルドはダンジョンの情報を冒険者達から収集し、簡易な地図を書いて配っている。
大した値段はしないが、一応有料だ。
「むう……浅くても危険だから、試したらすぐに帰ってこいよ」
「分かっている」
俺は地図をポケットにしまうと、ふっと笑ってダンジョンの入り口である渦をくぐった。
「……暗いな」
踏み込んで一歩目。既に暗さを感じた俺は魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉に手をかける。
魔物を狩るのも整地の一つだが、人が動きやすいように木々や草を刈ったり明かりを置いていくのも整地に該当する。
未開のダンジョンではそれ自体にギルドから依頼が出たりするが、ここは整地されてなお暗い。
規則正しく並ぶ明かりに、枯れ木や墓石。
まるで夜の墓地に来たような感覚で、おどろおどろしいダンジョンの中をゆっくりと進んでゆく。
「早速か」
〈スケルトン〉と呼ばれる動く骸骨が俺の道を塞ぐ。
手にかけていた〈ウルト・ゼーノルト〉を抜くと、目の前に立つ〈スケルトン〉二匹が眩しさに怯んだような素振りを見せる。
その隙に──両断。脳天から真っ二つに、破砕音と共に〈スケルトン〉を叩き切る。
〈スケルトン〉の最大の特徴は腕や足を吹き飛ばしても気にせず動くことだ。
なんなら首を飛ばしてもその首を拾いにいって頭部に乗せて解決、なんて荒技もするし完全に粉砕しないと倒すことができない。
なので必要なのは純粋なパワーやそれに耐えうる頑丈な武器、または魔法となるので倒すことが出来る人物は限られてくる。
「いい切れ味だ」
パワーはおそらく充分。だが、それを抜きにしても〈ウルト・ゼーノルト〉はいとも容易く骸骨を切り裂いた。
剣を叩き込んだ、という感触がないのだ。まるで柔らかなスライムに吸い込まれていくように、剣が通過した。
感覚が狂いそうになるほど手応えがない。
俺はもう一匹の〈スケルトン〉の頭部を横っ面から斬り裂き、残った胴体を蹴り飛ばす。
墓石に激突した〈スケルトン〉の胴体は粉々になり、動かなくなる。
どうやら素手素足でも充分倒せるが、結構な労力を使う。剣で斬るのが一番だろう。
戦闘を終えた俺は、一度地図を広げて一階の奥へと向かう。
対霊剣を試す意味合いもあるが、行けるところまで行くつもりだ。
理想は〈リッチキング〉を討伐するまで進むことだが、一人では厳しいだろう、と思っているので気楽だ。
もとよりお化けの類はそれほど怖くない。俺が怖いのは怒った時の母ぐらいである。




