壁に向かって
「や、どうだった?」
「残念ながらあまり振るいませんでしたわ。代わりに有難い言葉は頂きましたが」
戻ってきたシトラは尋ねてきたエルゥにそんな返しをする。
シトラを待つ最中、エルゥからも「あんなに喋るテザリーン様は初めて見た」と報告を受けたのでおそらく“本体”が彼女達の相手をしたのだろう。
何を言われたのか、非常に気になるところではあるがエルゥには「ナ・イ・ショ」と誤魔化された。
大聖堂を出て、ひとまずギルドに行こうとなったので向かいつつ、それぞれのギフトを見せ合う。
「相変わらず馬鹿レベル」
総評は、俺のギフトのレベルが貶されただけだった。
二人も短期間で充分レベルを上げている。俺なんて年単位で一、二という位なのだからこの速度には脱帽だ。
まあギフトはレベルが上がれば上がるほど次のレベルまでの道のりが長くなる傾向にあるらしいので、一概に比べることはできないだろうが。
「〈野性〉ってのは? お腹が減るとか、何も考えずに発言するとかそんなギフトか?」
仕返しとばかりにエルゥが発現させた〈野性〉というギフトをいじってみるが、脇腹を肘で突き返され口を閉じる。
「私の意識とは関係ないところで本能が体を勝手に動かしている。ラースの〈バーサーク〉と同じ暴走状態に似ているけど……私の場合はこれが自己防衛システムになっている」
聞いてなるほど、と納得する。
ダンジョンに潜った際に思ったのが、エルゥは間一髪で致命傷を回避する術に冴えていること。
それはおそらく技術的な部分ではなく、本能が突き動かした結果なのだろう。
脳が指示を伝達して体を動かすより、勝手に体が動く方が何倍も速く動ける。相当優秀なギフトである。
そんなこんな話しつつ、ギルドに到着。
〈サージェスト〉の見るからに荒くれの溜まり場といったギルドとは一風変わり、綺麗な外観。
役人と事務所といった風格漂わせる、三階建てのギルド。
とはいえ、中に入ってみると一階は〈サージェスト〉の〈EL〉と同じような造り。
木造か、そうでないか程度の違いだ。
「む」
ギルドに入ると冒険者達の視線が集まり、エルゥが身構える。
見知らぬ冒険者が多いこの場所は彼女にとっては圧倒的アウェー感があるだろう。
ただ、やはりダンジョンというのは攻略されればひとまず消えるし、世界中にあるので自分達のパーティーに合わないと感じたら攻略先を変える、というのが冒険者の常。
大体が国内を転々するケースなので、〈サージェスト〉に足を運んだことのある冒険者達もたくさん居るのだろう、元看板受付嬢として冒険者には顔の売れているエルゥは噂され……たちまち波紋を呼ぶ。
エルゥだけではない、俺もだ。Sランクパーティーに昇級してからはまずまず時間が経っていたので顔が売れている。
他の冒険者からすれば奇妙な面子だろう、ひそひそと俺達の話をする中──近付いてくる謎の四人組。
格闘家、格闘家、剣士、剣士。接近専門の女性が四人と、実に歪な構成のパーティーだが、彼女達はそれでも第一線で活躍している。
〈アマゾネス〉と呼ばれるSランクパーティーだ。
「どうした? 見慣れない面子だねえ。ラースにエルゥ、それにエルフの美人さん」
リーダーの、騎士風の女性アマンダが声をかけてくる。
鎧に剣。一見して騎士だが……というか元々騎士である。三十を前に騎士から冒険者に転向し、わずか一年で武功を重ねSランクになった女性だ。
元々が騎士なので、俺も小さい時に世話になっている。世話といっても散々扱かれ、地獄のような訓練を課せられた、というだけなのだけど。
彼女達は一度〈サージェスト〉にも来ていたので、エルゥとも顔見知りなのだろう。流石にシトラの事は知らないようだが。
「聞いてない? ヴァインのパーティーを追い出されたラースを温情で拾ってあげた。彼女はシトラ、エルフの凄腕サポーター」
「初めまして、シトラと申します」
紹介されたシトラは深く頭を下げ、挨拶をした。
温情で拾ってあげたとは、ヴァインのパーティーから脱退させることを画策して変な噂を広めていた奴がよく言うものだ。
「そういうわけでパーティーを組んだわけだが、丁度良かった。アマンダさん、レナの弱点とか知らないか? 決闘することになったんだ」
「決闘ぅ?」
その単語を聞いたアマンダさんは大笑いする。
「どうせ俺のことを放っておけ、いや結婚するなんて揉め方したんだろう。まだ貰ってやる覚悟は出来てないのかい、アンタ」
「いやあ、いざレナを目の前にするとどうしても。でも、今回の決闘で言いたいのは付きまとうなってのもあるけど、俺達がSSランクのパーティーになるまで放っておいて欲しいってのが主だよ。その後の事はまあ、ともかく……邪魔して欲しくないんだ」
「おいおい、SSランクを目指す奴が敵の弱点なんて聞こうとするんじゃないよ。そういうのじゃないだろ、その領域は」
アマンダさんにバシン、と肩を叩かれる。
情報収集は冒険者の基本だが、SSと呼ばれる領域は……たしかにそういった次元に居ない。
圧倒的な個の集団だ。決闘ぐらい自分でなんとか出来なければSSを目指すスタートラインにすら立てないのかもしれない。
それはそれとして、やっぱり俺は情報が欲しいわけで。
「そこをなんとかっ!」
頭を下げて頼み込むと、アマンダさんは仕方なくレナの弱点を思い出すべく「弱点か、うーん」と唸った。
レナの戦闘に関しては俺より長い時間見てきただろう。が、難しいのか唸り倒した後、
「無いだろうねえ。あの子は準備だって周到だし、体術も剣術も、魔法も使えるだろう」
その通りである。当時から武器の扱いは凄まじく上手かったし、体術でも俺を殴り倒すほどだった。場数も勿論踏んでいる。
魔法の適性は一種類だった筈だが、それでも持たざる者より遥かに優位な特性だ。
「でも、どうしても勝ちたいってならアンタにしか出来ない揺さぶり方もあるはず。
アタシは普通にやりゃアンタのが強いとは思ってるけど、どうせ自信のなさも過去に散々ボコボコにされてるトラウマから来てるんだろう?
なら相手も同じ土俵まで引きずり下ろせば、地力で勝る方が優位なんじゃないのかい。ま、精々考えな」
そう言ってアマンダさん率いる〈アマゾネス〉の面々はギルドを後にする。
残された俺は、気まずくなってエルゥに顔を向ける。
「がんばれ」
相変わらず投げやりである。頼りにならん、と思って次はシトラに視線を向けた。
「気持ちの整理がまだついていないのもあるんじゃないでしょうか。私達のことを優先する気持ちと、幼馴染みへの配慮という葛藤があるのでしょう?」
シトラはシトラで完全に見透かしたような言葉で、ぐさりと刺さる。
控えめに頷くと、シトラはにっこりと微笑む。
「おモテになられるのは良いことです。でも、ふらふらとしているとお父様のように話が拗れてしまいますから」
シトラがその先を言うことはなかったが、言いたい事は分かる。決断は迅速に、俺の思う方へ。
父の名前を出されると、余計踏ん切りを付けねばという気持ちになる。べつに浮気をしているわけではないが、後ろめたいことをしているのは事実だ。
レナの好意を、はっきりと斬り捨てることが出来ない。とにかく待ってくれと、優柔不断な先回し。
いっそのこと彼女がシンプルに狂った人間であれば俺は遠くの国まで逃げるのだろうが──彼女が狂った経緯を目の当たりにしている俺には、迷いを捨てきれない。
正直、俺よりいい男なんて星の数ほど居る。
俺は臆病だし、怠惰だし、逃避癖もある。協調性があると言えば聞こえはいいが、主体性も欠ける。甲斐性もあるとは言えない。
顔は……まあ、あの父と母の子なのでブサイクには生まれなかったが、華がある方では無いと思う。
いっそのこと俺よりいい男が現れてくれれば、と思って八年も逃げ続けたが彼女の愛を埋める者は現れない。
「……そうだな」
俺はシトラのオブラートに包んだ叱咤激励に感謝しつつ、ひとまずダンジョンの攻略を目指すべく情報を集め始めた。




