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帰省(4)


ない”。視力を取り戻しつつある俺はその事実に戸惑いつつも、ぼやけた視界の中冷静に父の気配と姿を探る。

 斜め四十五度、右前方。そこで父は居合のような構えを取っていた。


「〈光刃〉」


 神速の居合から繰り出されるは、光の刃。

 衝撃波のように飛来する光を、俺はなんとか木剣で受ける。

 重い衝撃、だが魔物と渡り合ってきた俺の腕力は〈光刃〉に押されることなく凌ぎ切った。

 ただ、木剣は別だった。


「続けんのかい?」


 ミシ、と音を立てて亀裂が入る木剣。

 あと一撃も受けてしまえば砕け散ってしまうだろう、それほど不安定な状態だ。

 俺は父の得意気な顔と自分の木剣を交互に見る。

 続けるしかないだろう。どうしても一泡吹かせたい俺は「あぁ」と頷き、父へと向かう。

 最早剣として使い物にならない。だが、それでも使い道はあるものだ。


「オイオイ、マジかよ」


 俺は父の顔を目掛けて木剣を投擲し、その間に詰めていく。

 ひょいと簡単に避けてみせるが、既に射程距離。

 得物を失った俺に残された手段は徒手空拳。

 それでいい。それで、十分。

 俺がぐっと拳を引くと、父は受けるために剣を構えているが──無駄だ。


 ミシ、という軋む音どころではない、バギィィ!! という破砕音。

 俺の拳は木剣を突き破り、四〇代半ばの父の頬を容赦なく殴り飛ばした。

 手にした時から耐久性への不安は感じていた。木が本気になった〈剣帝〉の剣を受けれるワケもないし、魔物を容赦なく叩きのめす俺の拳を止められるワケもない。


「がはっ……!」


 転がる父。俺はそれを尻目に先程投げた木刀の元まで歩くと、おもむろに拾い上げた。


「さて、結果的に剣を失った父さんと、剣を持っている俺。どっちが勝者だろうか」


 倒れている父に剣先を突き付けると、父は悔しさなのか眉間にシワを寄せる。


「……くくっ」


 が、すぐに険しい表情は柔らかくなり、額に手を当てて笑い出す。


「ハッハッハ! やっぱお前は俺の息子だな!」


 息子の成長を、息子への血の繋がりを……悦ぶように大笑いする父。


 ──これで、ようやく。


 歓喜に酔いしれる父とは別に、俺の中で何か引っかかっていたものが取れたような気がした。

 それは、幼少から鍛えてくれた彼の期待に応えたという高尚なものではない。


 ──幼い頃からボコボコにしてくれた借りをようやく返せたという、低俗な私怨である。


「似てるって言われるのもシャクだけどな」


 俺は木剣を下ろし、父の隣にしゃがみ込む。


「んーにゃ、似てるよ。お前が騎士を選ばず冒険者を選んだのも、半分は戦いの中に身を置きたかったからだ。

 世界が落ち着いてる今、ロクに戦争も無いのに騎士になっても戦に出れねえ。

 だが、冒険者であれば常に戦える。戦いという名の麻薬に、酔いしれる。

 俺だってそうだし、お前も“こっち側”の人間だろ。

 ──だって、笑ってたぜ。閃光で目が見えなくなった時によ」


 父の言葉に、俺は頷くことも答えることもなかった。

 なんとなく理解はしていた。訓練は死ぬほど嫌いだが、戦うのは死にも勝るほど好き……とは言わないが、居心地がいい。


「父さん、報告があるんだ。ヴァインに恨みを買った」


 突如話をぶった斬るが、父は咎めるつもりはないらしく「そうか」と納得した。


「話が拗れれば、最悪ゼートルトの取り潰しまであるかもな」


「…………ごめん」


 謝る俺を嘲笑うように、父は「あぁ?」と強めの語気で言う。


「息子の尻拭いすんのも親の務めだ。ま、とはいっても本音は」


 にやりと、無邪気な笑みで父は。


「ウチの戦力で貴族や国を相手にすんのも楽しいかもしれねえって思ってるだけだがな」


 この発言にも俺は答えることなく、立ち上がるとその場を後にした。

 父が使用人に強者を集めているのはいつか来る日の反旗の為もあるのだろうか。

 退屈に飽き、日々刺激を求める彼の頭の中は俺には到底察することは出来ない。


 だが、理解はできる。


「たしかにな」


 貴族や国を相手に、それもまた一興。

 だが、俺の中に残る不安は強さへの疑問だった。

 エルゥが再三SSランクを掲げていた時にも思ったが、敵を作り踏み越えていく達成感はあるが、そこまでして得るものに価値はあるのか?

 国を相手にした後、何が残るのか。そこまでして自分を満たしても……失うものの方が多いのではないのだろうか。


 俺の中に眠る狂戦士の血と、良識。

 二つの天秤は、未だ拮抗したまま屋敷に戻った。





「それでよー」


「うんうん」


 食堂に戻ると母とパーティーメンバーが打ち解けており、仲睦まじく談笑している。

 家族に溶け込んでくれるのはいいことなのだが、輪に入りづらい。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、そもそも用意がいいのか。

 執事のセスが茶を入れてくれ、俺は席に着くと一服することに決め込んだ。


「ラースさん、それでフィルアさんは?」


 気を遣ってくれたのか、シトラが話しかけてくれる。


「あぁ、置いてきたよ。かなり消耗させたし。父さんが居るから大丈夫だと思うけど」


 父、という単語を復唱するシトラとエルゥ。興味を示すような反応だが、一番興味を持っちゃいけない人種である。

 まさか息子のパーティーメンバーに手を出すほど腐ってはいないと思うが、奴の女癖の悪さは一級品だからな。


「アイツ、帰ってきたのか。シトラちゃん、巨乳好きだから近寄っちゃダメだぜっ」


 母の忠告にはあ、と困惑気味のシトラ。


「ただいま、見慣れない方々も居るようだな」


 タイミング良くなのか悪くなのか、フィルアを背負った父が食堂に入ってくる。

 部屋中を一望した後、何故かシトラの近くへと寄っていく父。


「べっぴんさんも居るようで……うおっ!?」


 父が馴れ馴れしくシトラの肩に手を乗せようとした瞬間、手を捻られくるりと一回転する。

 フィルアと共に頭部から地面に激突し、並んで痛がっている。その様子は親子らしく微笑ましかったが、フィルアは完全にとばっちりを食らった形だ。


「あら、ごめんなさい。つい反射的に」


 くすくすと笑いながらも、冷たい視線で父を見下ろすシトラ。

 彼女に余計な心配は要らなかったらしい。というか、身体能力が高いのは知っていたのだが体術も出来たんだな。


「はは、どうも」


「父さん、紹介するよ。二人は今の俺のパーティーメンバーだ。ちい……可愛いらしい方がエルゥで、綺麗な方がシトラ」


 小さいと言おうとした瞬間鋭い視線に睨み付けられたので即座に訂正し、父への紹介を済ませる。


「ゼーノルト家当主のディリックだ。息子をどうかよろしくな、お二方」


「いえ、此方こそお世話になっておりますので」


「普段から彼には貸しがあるので返して欲しいぐらいですが、今後もよろしく頼まれてあげます」


 謎の自信を持つエルゥに、父は引きつった笑いで俺に「良い仲間だな」と皮肉を言う。

 抱き枕にされていることやマッサージをしている件を考えれば貸しがあるのは俺の方だと思うのだが、どこから自信が湧いてくるのかエルゥは「良い仲間です」と胸を張る。

 マッサージに関しては疲れた初日だけかと思いきやなんだかんだほぼ毎日やっているのだ。


 ということを指摘して倍以上の剣幕で返されても嫌なので俺は押し黙る。

 触らぬエルゥに祟りなしである。

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