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帰省(3)

 屋敷を出て、庭へ。

 道中気を利かせたセスが俺達に訓練用の木剣を一本ずつ手渡し、準備は完了。

 俺はいつもの軽い鎧を着ているのだが、フィルアは普段着。

 流石に体に打ち込むのは気が引けるが、油断して勝てる相手ではないかもしれない。

 日頃父と稽古しているのだろう、剣を構えたときの佇まいはそっくりで、強者と対峙した時の圧を感じる。


「剣の勝負でいいんだよな?」


「? それ以外、何があるんだ」


 首を傾げられ、そうかと思い出す。

 父は剣一本で全て事足りる人間だ。その剣の冴は〈剣帝〉と呼ばれるほどで、他の小技はほとんど必要としない。

 なのでフィルアには剣技ばかり指導しているのかもしれない。と、いうか俺が剣以外の不要なものを覚えすぎたのか。

 今や素手素足で並大抵の魔物ならぶち破れる身体能力を得てしまったのだから、そりゃ剣以外の余計な戦型も持つだろうが。


「行くぞっ、勝負!」


 木剣を両手で持ち、いきなり斬り込んでくるフィルア。

 速度で撹乱するタイプだろうか、俺は対応すべく片手で剣先を構え──受ける。

 緩急、出所を隠すような剣技。幾重にもフェイントを重ねて繰り出した一撃だったが、視えている。


 ただ、それ以上に驚いたのは剣の重さ。身体の小ささに見合わずパワーがある。

 素の力なのか、体重の乗せ方が絶妙なのか。

 油断できない力を秘めていることは確かだが、それ以上に俺は俺自身の動きに驚いていた。

 反応も良好、動きも乗っており、負ける気がしない。


「まだまだ!」


 フィルアは鍔迫り合いから一歩引き、更に深く、鋭く潜り込んでくる。

 下からの一撃。受けてみるとそれは予想以上の衝撃だが、俺の驚きはよそにフィルアは絶え間なく攻める体勢。

 体を翻し、突き。俺は半身になって避けるが、フィルアの攻めは終わらない。

 突き、突き、突き、連続突きを蛇行しながら下り、避けていく。

 痺れを切らしたのかフィルアは一度足を止め、構えを変える。


 剣先を俺に向け、ゆっくりとすり足で距離を詰めてくる。

 切っ先は(おぼろ)に揺れ、狙いを絞らせない。

 単純な速度、技量から駆け引き勝負に転換。しかし、それは俺の土俵でもある。


「!」


「さ、どうした?」


 鏡のごとく、俺も木剣を突き出す。

 じりじりと距離が詰まり、剣が交差しようという時。

 ダンッ! というフィルアの踏み込み。リーチでは俺に分があるものの、速度では上回ると考えたのか一気に懐まで飛び込んでくる。


「んじゃ、一本ってことで」


 だが、その前に俺の対応が勝っていた。寸前で一歩身を引き、飛び込んできたフィルアの眼前に木剣を突きつけた。

 ぴたりと硬直したフィルアは、木剣を下ろして顔をしかめる。

 引き際はあっさりで、口を閉ざしたまま俺に背を向けると……すたすたと屋敷に向けて歩き出した。


「それじゃ」


 と思いきや足を止め、再び向き合う。

 俺はフィルアのその行動に嫌な既視感を覚え、汗を流す。


「二本目!」


 飛び込んでくるフィルアを見て、嫌な予感が的中する。

 昔、父もよくやった。当時はやられる側だったが、無限に続く組み手。

 終わり時は何本取ったら、とかではない。“気が済むまで”という最悪の勝手気ままな振り回しだ。


「……はあ」


 そうは言っても負ける気はない俺は、木剣を構える。

 数本、いや数十本付き合ってやろう。可愛い妹だ。




「はぁ……はぁ…………!」


 五本目が終わり、横たわる妹。

 直接攻撃を加えたわけではないが動き回らせることでスタミナを削った。

 そして体格で有利な俺は、あえて受けれる速度で剣を打ち込むことで腕力の消耗を狙ったのだ。

 結果は成功。ヘトヘトに疲れ果てた妹が「勝負!」と立ち上がることは無かった。


「面白そうなことやってんじゃねーかよ」


 木剣を垂らし、余韻に浸っていた俺の耳に嫌な声。

 見ると、胸に〈テルスタン〉の国旗を刻んだ鎧を着た男性が立っている。

 久々に見ると髪は白くなっているが、それでもニヤケ面は昔と変わらない。

 すぐにわかった、俺の父ディリック・ゼーノルトだ。


 父はカルアを端まで寄せると、彼女の持っていた木剣を手にする。

 八年ぶりの親子対面だが、積もる話は剣で。そういうことだろう。


「浮気癖は治ってないみたいだな」


「モテちまうってのは罪だよなぁ。俺も母さんを悲しませたくないんだが、不可抗力って奴でな」


 困る困る、と軟派な態度。ここも昔とは変わっていない。

 剣に関してはひたすら真面目な癖に、女関係はだらしない。

 そこがまた腹が立つところだ。決してモテない男のひがみではない。

 みっともないという、倫理的な話だ。


「少し懲らしめてやろうか、父さん」


 俺は木剣を握りしめ、初めて望んで彼との戦いに挑む。


「一丁前に言うようになったな、息子よ。どうれ、遊んでやるか」


 同じくして構えた父。俺は先手を打つべく自ら動く。

 ゼーノルト剣術は基本的には攻めの剣術だ。いかなる長さの剣であろうと両手で持ち、フルパワーで相手を粉砕する。

 ただ、熟練者ともなると剣での受けや流しに長けている。

 俺の初撃も、父に受けられる。それも軽くだ。


「ん?」


 首を傾げる父。完璧に力を流され、俺は体勢を立て直すと再び剣撃を撃ち込む。


「残念なことに成長は無いのか? 我が息子よ」


 剣を受けられ、鍔迫り合い。

 父は勘違いしているようだが、これは俺が望んだ展開だ。


「父さん、老いたな。日々強くなっていたあの時と違って、成長が無い」


「あ?」


 力自慢の俺と鍔迫り合いをしながらも、余裕の表情の父は顔をしかめる。

 一発目、そして二発目。そこで俺が感じたのは父の力の停滞。

 純粋な剣技は……分からないが、当時で既に完成されていた。伸び代はあまり無いだろう。

 だが、パワーは確実に成長していない。動体視力も当時より衰えているぐらいだ。


 それを確かめるための、この二発。正直相当な手心を加えた。


「見せてやるよ、俺が冒険の日々で培った生存の証を」


「何を……ぐうううっ!」


 鎧の上から腹部を蹴り飛ばし、父を突き放す。

 蹴りを受けた父はそれだけで尻もちをついてしまい、木剣を手放す。

 剣で飯を食ってきたゼーノルト家の長男が発言していいことではないかもしれないが、剣など所詮手段の一つに過ぎない。

 戦いの場において生き残るのに必要なのは剣の腕ではなく、全て。

 能力も技術も、発想も、全てが揃っていなければ勝つことは出来ない。


「なるほどな、ちったあ“理解して”帰ってきたみてえじゃねーか」


 木剣を再び手にして立ち上がる父。


「戦は剣だけじゃねえ。だが、お前こそ勘違いするなよ、当時俺が剣ばかりでお前の相手をしてたのは“ハンデ”だよ」


 片手を木剣から手放し、魔法陣を構築する父。

 俺自身、父が魔法を使ったのを見たことが初めて……というか使えることすら知らなかった為、驚く。


「この世界、剣だけで武功を得ることができるほど甘くない。だが、少しのファクターさえあれば剣は輝くのさ」


 父の体が光に包まれる。

 所謂、補助魔法。身体強化魔法と呼ばれるシンプルなものだ。

 シトラの光強化魔法に似ているが、こちらはより珍しい。


「……」


 眺めていた俺は、少し距離を取る。

 これによって身体能力の差は詰まったろうが、父の底はこれだけではない。

 培った経験が、そう言っている。


「さあ、行くぞ」

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