帰省
「おっきい……」
子供のような無垢な表情で王都を見上げるエルゥの頭にポンと手を置く。
娘を旅に連れてきた親の気分である。可愛さに思わず頭を撫でてしまった。
エルゥは「やめっ!」と振り払うが、顔はにこやかなので満更でもなかったらしい。
「シトラの国も、このぐらい大きかった?」
薄いリアクションのシトラが気になったのか、エルゥが尋ねると「そうですわねぇ」と顎に手を当て思い出すような仕草を見せる。
娘ほどの感覚のエルゥとは違って、お姉さんという仕草である。セクシー。
「大きくはありましたが、退屈な場所でしたわ。どこに居ても息が詰まりましたもの」
「そう? でもエルフの国って自然が溢れてるイメージがあって、一回は行ってみたい」
「あら、そうですか? まぁ行くことにはなると思いますわよ」
ちらっとこちらを見て言うシトラに、俺は首を傾げる。
意図はわからなかったが、会話はそこで途切れ俺達は王都の検問の列へと並ぶ。
危ないブツを所持していないかなどのチェックがある。やっているのは騎士団だ。
「はい止まって、所持品のチェックだけ……ん!? お前、ラースか!?」
順番が回ってきた俺達が早速検問を受けるが、担当の者が俺に気付いたようで声をかけられる。
俺は声を抑えめに、と指を立ててジェスチャー。
すると目の前の老騎士──ベイル・フィスタードはにこやかに笑って、「分かった分かった」と俺の肩を叩く。
「まだ引退してなかったんですか、ベイルさん」
「んにゃ、まだまだ元気じゃよ。そもそも戦線に出る機会が無いから続けてられるってのもあるがな」
ピンピンしとるわい! と力こぶを作るような仕草で表現してみせるベイルさん。
“鬼斬のベイル”。オーガという一言でいえばムキムキゴリマッチョの魔物が近くのダンジョンから出てきた時に圧倒的な剣術で一蹴したことからそんな名がついた。
歳ももう六〇半ばの筈だが、現役らしい。俺は久しぶりの再会に、嬉しいながらも戸惑っていた。
「彼はお知り合いなんで?」
「コイツは有名な“ダーリン”じゃよ」
「あぁ……」
隣の若い青年騎士が尋ねたことを後悔するように、察するように引き攣った表情を見せる。
“ダーリン”という呼称が広がっているのは俺にとって至極不名誉極まりないことなのだが。
さっと検問が済み、王都に入る許可が出る。
「俺が帰ってきたことはどうか、内密に」
「クックック、分かっているさ」
その笑みの正体は如何に。俺に知る由はなかったが、不安を抱えつつも王都へ。
朝に出て時刻はすっかり夕方。道中軽食しか取らなかったので、特に大飯食いのエルゥがお腹をぱんぱんと叩いて空腹をアピールしてくる。
話し合った結果、ギルドか宿かといった選択肢を出したが──エルゥの「飯食わせろ、そして泊めろ」というゴリ押しで俺の家へ向かうことになった。
いきなり行って大丈夫か、という懸念もあったがウチは広く、客間もある。
泊まる余裕もあるし、幼少と変わらなければ使用人も居るはずなので飯も困りはしないかもしれない。
使用人が居なくても母は広量なので飯ぐらい作ってくれるはずだ、という甘い考えのもと歩くこと二〇分。
「わぁ」
「立派、ですわね」
到着すると二人は驚いたような表情で、少し誇らしくなる。
当時と変わらぬ佇まいでそこにある屋敷。潰れていたらどうしようかと思ったが、心配要らなかったらしい。
庭も広く、まるで公爵貴族ほどの敷地面積。
これは父が訓練の為に自由に動けるようにと買ったらしい。一介の騎士ではあるが、昔は“英雄”と呼ばれていたようで報奨金などで稼いだとのこと。
ただ、広い敷地を有するせいで父は貴族連中からは良い目では見られていない。
だからヴァインに根強い恨みを買うことは俺にとって避けたかったのだ。ゼーノルト家は……というか父は権力争いはないが、高名故にしがらみが多いから。
〈剛剣フレストリア〉を引き渡す時にあっさり引き下がったのも、それが理由の一つとしてある。
俺は呼び鈴を鳴らしてしばし待つと、屋敷の方からとぼとぼと歩いてくる黒い影。
黒の燕尾服を纏った人物は俺を視界に入れると、駆けてくる。
「坊っちゃん、坊っちゃんですか!?」
「はは、もうお酒も飲める年だよ。その呼び方はやめてくれ」
王都を出てしばらく経っているのだが、皆案外俺のことを認識できているらしい。
執事のセスは俺の成長が嬉しいのか、目の前で立ち止まると足先から頭頂まで何度も見返す。
俺が生まれた時から世話をしてくれている人物で、当時からおじいちゃんだったが二〇年経ってもあまり容姿は変わらない。
白髪のオールバックに、モノクルの眼鏡。そして年に不相応の筋骨隆々とした肉体。
“戦闘力”を基準に父が選んだ使用人らしい。今でも肉体を維持できているということは、度々父の訓練の相手をしているのだろう。
労ってやれよ、と思いつつも俺はエルゥとシトラを紹介すると、歓迎だといった様子でセスに案内される。
「父さんと母さんはまだ元気か?」
「ええ、十分すぎるほどに元気です。未だに夫婦喧嘩で家を壊すぐらいですよ……この間はディリック様の浮気がバレて天井が飛びましたから」
「相変わらずだな」
父、ディリックの浮気癖も母、カルアの怒りに任せて家を吹き飛ばす癖も。
変わらない家庭事情に懐かしさを覚えていると、エルゥから「いやいやいや」とツッコミが入る。
「それで特にリアクションなしって、ラースの家庭環境無茶苦茶すぎない?」
「多少複雑……かつ、珍しいかもしれないな。母は普段は温厚だから安心してくれ。父は少し頭がおかしいから近付かなくていい」
「それは身につまされるものがあるけど」
共感を得たのか、エルゥはバリスさんのことを思い出して「アレだし」だしと吐き捨てる。
「ふふ、皆家庭の事情で悩まされていますのね」
「シトラもそうだったのか?」
尋ね返すとシトラはえぇと頷く。
「私も家庭のしがらみが嫌で飛び出してきましたし」
俺は慣れてしまったが、やはり皆も色々と家庭環境に思うところがあるのだろう。
シトラの意外な一面に俺は「そうか……」と返すことができなかった。
「ささ、どうぞ」
屋敷に着き、セスが入口の扉を開くと変わらぬ玄関に迎え入れられる。
城にも劣らぬ豪奢な内装。いつもはメイドが出迎えてくれた筈だが、急な来客だから用意していなかったのだろうか。
代わりに、玄関には金髪のちみっ子が居た。十五歳のエルゥより遥かに幼い、真性のちみっ子だ。
「客人か?」
気になった俺はセスに聞いてみると、彼は優しい笑みで目の前の少女に手を招く。
「妹様ですよ。坊ちゃんが家を出る時にはカルア様は子を宿しておられましたから、今で丁度七歳と半でございます」
「………………………………」
絶句し、しばらくの間喋ることができなくなる。
「そうか、妹か」
数秒して、現実を受け止める。あり得ないことではないし、家族が増えるのはいいことである。
「お前がラースかっ! 勝負勝負っ!」
木刀で俺の体をぺちぺちと叩いてくる妹だという少女。
“勝負”という言葉を繰り出すということはどうやら父さんに似たのだろう。
と、なると将来が不安である。俺はそっちの事実に頭を抱えた。




