各々の不安(2)
むくり、と起き上がる。唐突な目覚めに、私は驚きを感じていた。
昨晩を覚えていない。相当疲労し、帰ってきてお風呂に入り……お風呂でも寝て、部屋に帰ってきても泥のようにベッドに溶けていった。
「おはようございます」
目の覚めた私に声をかけたのはソファに腰掛けてティーカップを手にしているシトラだ。
相変わらず上品な仕草が似合う女性で、同じ女性でも惚れ惚れしてしまうような凛とした姿である。
「おはよ」
目覚めのいい朝。目を擦ることもなく、すっきりとした頭で起き上がった私はベッドを飛び降りた。
時計を見ると十一時。まぁ早起きには程遠いかもしれないが、昼とも言えない。
誤差である。朝と言って差し支えなし。
「ラースは?」
「朝早くから出かけましたわよ。街をぶらぶらとしているのではなくって?」
「そか」
その情報を聞き、私はばっと寝巻きを脱ぎ捨てる。
着替えを見てかシトラがティーカップを置き、ガタッ! と立ち上がるが私は「ステイ、ステイ」と手で制止する。
ここからやる作業は集中必須なのである。何人たりとも邪魔はさせない。
「んぐ〜!! んぐ〜〜〜〜っっ!!」
「な、何をしてますの?」
私の“努力”を奇怪な目で見るシトラ。
寄せて、上げる。寄せて、上げる。
つまりは、胸のサイズの偽造である。年端も行かない少年少女と変わらないこのぺったんこな胸を、気力で盛る……!!
「ふう」
という作業をいつもやるのだが、そもそも貧体の私は寄せる肉も上げる肉もない。
だから太るために日々爆食するのだが、中々体質的なものもあってか太らない。
最近のようにダンジョンに向かう日々が続けば一層太ることはできないだろう。
無い者は欲し、ある者は捨てたがる。難儀な肉である。
「シトラはどうやってその胸を手に入れたの? 遺伝?」
「私、ですか?」
自分のダイナマイトバストをちらと見て、考えるシトラ。
「いえ、お母様はそれほど大きくなかったですよ。何故ですかね?」
「…………」
「あ、ちょっと……!」
無性にイラッとした私はシトラに詰め寄ると、荒々しく鷲掴みにした。
この胸! この胸が、憎い!
◇
「よ、よく食べますわね」
街の飲食店にやってきた私とシトラ。
目の前に三人前はどの料理を並べた私は、がっつく。
その様子に周りもシトラもやや引いているような雰囲気を出すが、気にすることはない。
私は肉を付ける使命のもとにあるのだ。
「明日のために精をつけないと」
「なるほど、一理ありますわね」
もっともらしい理由付けでシトラを納得させ、爆食を続ける。
対面するシトラが食べているのはサラダ。本人曰く菜食主義ではないと言っているが、そもそもエルフと人間では必要な食の量が違うのだろうか?
しかし、今起きたばかりの私と朝から起きている彼女は同列視出来ない。
それにしても食べないな、と思いつ眺めていると。
「緊張は大丈夫ですか?」
明日のことだろう。緊張の有無を問われ、私は一度口の中のものを飲み込んでから「もちろんっ」と答える。
「緊張なんて“らしくない”でしょ」
「あはは、そうですわね」
私の自信満々っぷりに、シトラは笑う。
実際私に緊張はない。数日とはいえ積み上げてきたものがあるし、自分を信じるだけだ。
頭を使う部分はラースがやってくれるのだし。
……という私とは対照的で、目の前のパーティーメンバーの顔色はどこか陰っていた。
「シトラは緊張してる?」
「ええ、お恥ずかしながら少し」
もじもじと恥じらうような仕草で縮こまる。
普段のお淑やかな振る舞いだけ見ていればクールビューティーだが、案外彼女は緊張するらしい。
ということを出会った時ぐらいに聞いた。
「裸踊りとかは正直プレッシャーにはならないのですが、パーティーに迷惑をかけないかと不安で」
殊勝である。だが、私は彼女の不安をどう解決してやればいいのか分からなかった。
シトラの不安というのは普段、完璧だという立ち位置からの落差を過ったところから来るのかもしれない。
訓練中も私のミスはあっても、彼女のミスはまず無い。
的確なサポート、状況判断。彼女に救われたのは一度や二度ではないが、大舞台でも同じようにいくかどうか。
そんな心配があるのだろう。裸踊りがプレッシャーになっていなくて私として救われた回数が増えた気もするが。
「ま、いいんじゃない」
「いいと言われましても」
「例えミスで全滅仕方が無いでしょってこと」
私の発言に、シトラは納得したようなしていないような。
そんな表情で水を流し込む。
「私達はそういった世界に身を置いているの。失敗なんて考えていても何も起こらない」
「エルゥが言うと説得力はありますが」
「ふっ」
笑みが漏れる。まだ迷いが残っているシトラに、私はビッ! と自分を指差す。
「何度も言うけど、私は上を目指せるメンバーを集めたつもり。私を信じて着いてきなさい、必ず頂点に立たせてみせるから」
渾身のどや顔に、シトラは思わず笑みを溢した。
「そうですわね」
どうやら気分は晴れたようで、表情から迷いは感じられない。
……よくキャラでやっているのではないかと言われるが、素である。
今のは若干、シトラを元気付けるためのサービスビッグマウスではあったが。
そんなこんなで飲食店を出て、どうするかとシトラと顔を見合わす。
とりあえず道なりに、いつものルーティーンをなぞるようにギルドへと向かう。
「ん?」
「ん」
その道中、街の噴水広場のベンチに座っているラースを発見したので側まで歩み寄る。
ヴァインに華があるというか目立つので隠れがちだが、彼も美形である。
一人たそがれる姿は様になっていたが、そんなことはさておき。
「何をしているんだ」
ちょこん、と彼の太腿を椅子代わりにすると戸惑いを見せるラース。
文句をぶーたれながらも拒否しないのが彼の寛大なところで、数秒すると慣れたのか私の腰辺りに手を回して抱えるようにしている。
「ラースこそ何してたの?」
「用事も終えたし、日向ぼっこだ。それはそうと体調は万全か?」
ラースの問いに、私もシトラも元気満点に肯く。
「明日は……道中、氷竜との戦いを二人に任せることになる。俺も戦うが、二人に先行して欲しいポイントがあってな。
覚悟は出来ているか?」
再び問われ、私は即時に答えることができなかった。
Aランクダンジョンである由縁、象徴。
竜種との戦いは、スーパールーキーといえど苦戦を強いられる。
「はいっ、やってみせますわ!」
先に頷いたのがシトラで、その返事は力強かった。
そんなシトラと私は目が合う。
「頼りになる仲間が居ますもの、心配いりませんわ!」
シトラの目は輝いており、先程とは打って変わって私が力を貰うような感覚に陥る。
……そうか、そうだろう。高みに登れるメンバーを集めたと言ったのは私だ。
「当たり前。このエルゥちゃんにまっかせなさい」
「ふっ、頼んだぞ」
私達の覚悟を確認すると、ラースは優しく微笑んだ。
明日、明後日の攻略。必ずやり切ってみせる。




