第四十八話 今日の一針、明日の十針
――二週間後。
リリオラのもとに戻ってきたフランシスは、手にユアンのタグだけを持って現れた。ドミニクがどうしていたか、ユアンがどうなったかを報告し終えると、彼女は疲れたとばかりにベッドにどすんとうつぶせに飛びのった。
「これであと何枚だ、親友。タグは全部で八枚あるんだろう?」
「あと一枚だ。だがそれは道中で回収すればいい」
リリオラは薪を削って作った小さな木の板にがりがりと術式を彫りこみながら、時々魔力を流して機能するかを確かめつつフランシスの話に簡単に返事を返す。
「む、そうか。なら問題ないな。……ところで、フェヴローニャはどうするつもりだ。あれを連れてくとなれば、あの人形師と戦うことになるだろう? あんな旧い回転式拳銃なんぞで太刀打ちできる相手か?」
魔術師同士の戦いならば、直接術式を刻んだ武器以外役に立つはずがない、とはフランシスの考えだ。リリオラはそれを「それこそ旧い話だよ」と一蹴する。
「あいつの技術には目を見張るものがある。実際に目の当たりにしたものでなければ、そうそう避けられないよ。お前みたいに肉弾戦に特化した術式を有していれば厄介だったろうが、ユアンは死に、もうひとりは私が殺す。あとはお前とフェヴローニャのふたりで組めば確実にフィリアは殺せるさ」
リリオラはフェヴローニャを高く買っていた。彼女の早撃ちはとても常人が簡単にまねできる領域にない。瞬時に五発――あるいは六発の弾丸を発射でき、再装填の速度も申し分ない。たとえ武器が旧式と呼ばれるものだったとして、フェヴローニャという使い手がそれを現存する兵器類に並ぶほどの性能を発揮させるというわけだ。
「で、そのフィリアってだれなのよ?」
薪割りを終えて戻ってきたフェヴローニャが、耳を傾けていたリリオラの言葉に出てきたフィリアという名前に反応をみせる。フランシスが一度だけリリオラに視線を向ける。話してもいいのか、と問いかけたのだろう。
少しだけ考えてから、リリオラは「わかった」とため息をつく。
「フィリアは私たちの知る限り大罪人のレッテルを張られた人形師だよ。お前の町を丸ごと実験場に変えたレムシルという男がいたのは話しただろう。そいつに術式を与えた元凶だ。だが今回に限って厄介なのはその本人よりも、操っているふたりの人形だ」
それを聞くと、フェヴローニャの表情に影が差す。
「ふたりの人形……それも死体を使って作ったやつってわけだ。じゃあ、アタシはそれをぶっ壊せばいいのね? 任せてよ」
おそらくは憎しみだろう。彼女の声が僅かに震えたのをリリオラもフランシスも聞き逃さない。
「……お前の腕を認めはしたが、実際はそれほど単純な話じゃない。フィリアの〝ソール〟と〝マーニ〟のふたつの人形は、人形でありながら魔力を持ち、術式を操れる」
「はっ? 人形が術式を? もともとの死体が魔力を持ってたりしたわけ?」
「いや、違う。あれは素材を何に使っているのかも分からないほど人間と遜色ない特殊な人形なんだ。もちろん術式によって稼動しているから、そいつを撃って壊せれば動かなくはなるが……個々がフランシスのように高い機動力を持つ。油断せずとも苦戦を強いられることになるのは間違いないだろうな」
愕然としただろう。自分ひとりではとても勝てる相手でないことは明白だ。フェヴローニャは、だからこそ自分とフランシスがふたりで組まされるのだ、と理解した。
「でも、あんたは? その操り人形と本体、全部で三人いるでしょ?」
リリオラが加われば、間違いなく勝てる戦いだ。それを彼女は別行動を取ろうとしている。もちろん命を懸けることは吝かではないが、フェヴローニャとしては別に死にたいわけではないのだ。勝率が上がり、全員が生き残れるのであれば数合わせを優先したいのだろう。しかしリリオラはかぶりを振って「ふたりだけだ」と改めて断言した。
「私はお前たちが戦っているあいだにディオールのいる研究所を叩く。ほこりよりも厄介な害虫をさっさと住処ごと駆除してやらなければ、手遅れになってからでは話にならない。今回ばかりは諦めてくれ。手を貸してやりたいのはやまやまだが……」
申し訳なさそうにするリリオラ。フランシスもそれに加わって説得をした。
「今日の一針、明日の十針というだろ? 『自分たちなら大丈夫』という根拠のない自信は私たちを殺すことになる。それぞれできることを最大限やるしかないんだよ、フェヴローニャ。なに、安心しろ。私たちは時間を稼いでいればいいんだ。この戦いはいわば蛇を殺すのと同義。頭さえ潰せばどうにかなるんだから」
その言葉に納得したのか、フェヴローニャも「そうね」と返事はしたものの、一見悠長に構えている彼女たちでもずいぶん急いでいるのだろうと理解して「いつ頃帝都に行くの?」と尋ねた。
すると、リリオラは「ああ、言い忘れていたな」と頭を掻きながら。
「明日の朝、堂々と正面突破するつもりだ」




