第四十九話 彼が歩いた地面をも憎む
そのときは、瞬く間にやってきた。日が暮れ、昇り、帝都の周囲を叩きつけるような吹雪が金切り声を上げるなかで、その景色に紛れる真っ白な衣服を身にまとった三人の魔術師を自称する者たちがいる。先頭に立つ少女は、深めにかぶった真っ白な軍帽のつばを掴んで風にとばされぬようにしながら不敵な笑みを浮かべた。
「いい天気だ、吹雪がやつらを盲目にしている。これほど都合の良い日はない」
吹雪のなかでもはっきりと分かる。来訪者を頑なに拒む閉ざされた巨大な鉄扉を前に、リリオラは肩に担いでいたマスケット銃を降ろして、高くそびえる鉄扉を見上げた。
「何も知らず、ただあるがままに這い蹲った日々もこれまでだ。……数百年を待ちわびた。絶対に逃してはならない好機。再び歴史が動くとき。それが〝今〟だ!」
これまで以上の青白い魔力の輝きが、リリオラの体からすべてマスケット銃へと流れていく。これまでは銃の中へと吸い込まれるように消えていった輝きも、今回はその量が膨大であったために銃に纏わりつき、巨大な渦を巻いている。両手でしっかりと構えるリリオラの引き金に掛かった指に力がこめられる直前、彼女は一度だけ目を瞑り、唱える。
「――〝嚙み砕け〟」
撃たれた一発の弾丸は魔力の輝きを纏い、強力な破壊力をもって鉄扉に着弾。瞬間、誰もが想像だにしなかったであろう非現実的な現実が人々の目に映ることになる。十数メートル以上はあろうかという閉ざされた二枚の鉄扉はぐしゃりとたやすく変形し、壁と繋がった部分から引き剥がされて空を高く舞ったのだ。それは遥か遠くを飛んで、町の中央ある建物――軍本部へと直撃した。
「さあ侵攻を開始しよう。……すべてをあるべき場所へ戻すために」
怒号が聞こえた。悲鳴が聞こえた。帝都のなかに落ちた混乱の種は瞬時に花開き、人々から恐怖を呼び醒ます。誰も彼もが逃げ惑い、各方角にある帝都の門を目指しはじめ、パニックは感染症が如く瞬く間に伝播した。
(……始まった。諦観。絶望。堕落。一度は折れかけた心も、今ではまっすぐ、心地よいくらいだ。残すべきものは何もない。すべてを賭けよう。私の知恵を。私の生き様を。私の大切なものを……)
一歩。雪を抉る。二歩。地を踏みならす。三歩。その足は帝都の石畳を踏み砕く。術式を用いて高速移動を可能にしたリリオラは、フランシスとフェヴローニャを置き去りにして、慌てふためき、応戦の準備を急く兵たちに目もくれずまっすぐ駆け抜けた。
が、その途中、一瞬だけリリオラの周囲を影が覆う。
「ム……来たか」
上空を見上げ、落下してくる何かを見つけると、リリオラはとん、と軽く地面を蹴って後退する。ほぼ同時に、上空から降ってきた何かが彼女のいた周辺を地面ごと刳り貫いたように吹き飛ばす。
「かわす、か。さすがリリオラ。マルツェルたちを殺しただけ、あるな」
「私がそんなにつまらない芸でくたばる素人に見えたか、クルシュルツ?」
クルシュルツと呼ばれたのは、スキンヘッドをした身長がゆうに2メートルを超えている大男だ。リリオラと並べると、彼女がまるでまだ幼い子供のようにすら思えるほどの体格差があった。研究所からユアンと共に脱走した者たちの最後のひとり。彼女が殺さなくてはならない者のひとり。胸に提げられたドッグタグは、まさしくその証だ。
「ディオール様のもとへ行かせない。お前は、ここで終わり。ユアンやマルツェル……バリーの仇を、俺が取ってやる。俺の消滅の術式で、お前を影も形も残さずに、だ」
クルシュルツの額に浮き出た血管がひくつき、彼はぎろりと血走った目でリリオラを見つめる。がちがちと歯を噛み鳴らし、とても正常とは思えない様子で、殺意に付き動かされるのを必死に抑え込もうと理性を保ちながら。
「なるほど、たしかにお前にくれてやった術式なら可能だろう。そのうえ人間的性能も何かしらの方法で底上げされている。ディオールの実験台にでもなったか、まったく愚かなことだ。よほど私が憎いと見える。わかるよ、仲間を失う気持ちは。だが……」
リリオラは手に持っていたマスケット銃を、革のベルトで肩に提げ直した。
「お前に私は殺せないよ。触れることも叶わない。私のなかで煮え滾る怨みは、お前などに止められるものではない。おとなしくその首に提げたタグを私によこせ。でなければお前こそ、影も形も残らないようにしてやろう。……その魂までも粉々に嚙み砕いて」




