第三十八話 深い恨みは長くあばら骨にくっついて消えない
いちどに与える情報量としては、やや多いくらいだろう。理解への処理が遅れて目を丸くするばかりで、先に疑問を投げるまでに理性を取り戻したのはドミニクだった。
「帝都丸ごとじゃあ足りない……って、ことは範囲は領土内全域に及ぶくらいの人間の数が必要ってことですか? それとも、もっと?」
リリオラは少し考えてから「領土内全域、が一番近いだろう」と答えた。「私が生み出してしまった不老不死の術式は欠陥品だった」と、リリオラは語り、瞳はやや曇ってしまった。
不老不死、というものは彼女らの研究において、ひとつの終着点だった。どちらも『延命』という機能を果たしてこそいたが、完璧なる不老不死となるための術式は当時から未完成で、その研究の第一人者こそが英知の魔女、フランシス・ロベルタだ。
だがその実験中の事故によってフランシスとそのパートナーは姿を消し、事実上の死亡、という判断がされると、それは幼いリリオラの耳に入った。歳の離れた兄、ディオールは事故当時に現場にいたが、彼は『何がおきたのか分からなかった』と説明するだけで誰にも真相は分からず、術式研究における不具合が原因とみなされた。
その後十余年、王立魔法学院エリファス――彼らの間ではアカデミーと呼ばれていた――での課程を歴代最速で修了したリリオラ・ヴィーグリーズは兄であったディオールと共に母親の研究を継ぐこととなる。
今となってはそれが大きな間違いだった、と彼女は切なく言った。
「当時存在していたフランシスの術式研究の資料には『小さな異空間への門と思しき現象を確認した』と記述があった。その小さな現象を発生させるためにどれだけの魔力が消耗されたのかも。その頃からディオールは計画を練っていたんじゃないかと思う。ヤツの探究心はもともと行き過ぎた一面もあって、周囲との衝突も少なくなかったからな」
ディオールとの衝突はリリオラ自身も何度かあった。多少の禁忌に触れることも容認している彼と違い、リリオラは最低限のルールは守るべきだと反発したことがある。それでも、母親がいなくなってしまったリリオラを親の代わりに育てたのはディオールだ。互いに意見のすれ違いで仲良くはなかったものの、彼女自身、いくらかの恩を感じることだってあるにはあったのだ。
だからこそ騙されてしまったのだろう。リリオラは母親によく似て術式の創造で右に出るものはなく、生み出すことに関してはディオールをも上回っていた。だから、不老不死の術式を欠陥品ではあったが作り上げ、そこから不要な部分を見極めて削り取っていこうとした。記術式と呼ばれる、壁や地面などあらゆる物体に術式を刻んで発動するものがあるが、不老不死の術式の基礎は超巨大な魔法陣という大きく描けば描くほど適用範囲が広がっていくもので、彼女はこれの範囲を小さく、魔力の消耗を限界まで減らしつつ、変換するものを生物の魂ではなく他の資源で成り立たせることができないかと考えた。
だがディオールは違った。自分が不老不死になりさえすれば他の魔術師は必要なく己が見たいもののために研究を進められると考えた。だから彼女には何も告げず密かに時間を掛けて巨大な基礎となる魔法陣を描き続け、その中心地であるアカデミーの実験室でリリオラたち研究チームがいるにも関わらず術式を発動させた。
咄嗟に気付いた彼女が妨害に出たが時は既に遅く、仲間たちが眼前で光となって消滅していくのを目の当たりにしながら――。
「数百年前。私は自分の体の中にある魔力が巨大になっていることに気付いた。見も知らぬ土地で目を覚まし、この身に起きたことをすぐに理解したときは、正直いって絶望した。だが、そのぶん怒りもこみ上げてきた。私の積み上げてきたもの、大切に守ろうとしたものを、あの男が全て奪ったんだ」
彼女の瞳の曇りは徐々に消え、今は怒りが色濃く宿っている。沸々と湧き上がってくる憎しみが絶望から彼女をすくい上げ、原動力として今もなお突き動かす。
「私は必ず、あの男から全てを奪う。私が奪われたよりもはるかに多くのものを奪い去ってやる。そこで、だ。お前たちふたりには選んで欲しい」
休憩を挟んで、リリオラは寝そべった姿勢から上体を起こしてソファに座りなおすと、ふたりを見つめた。
「……私と共に来るか、ここを立ち去るか」




