第三十九話 誰もが自分の運命の建設者
ディオール・ヴィーグリーズを殺す、ということはそれだけで命懸けなのだ。リリオラと共に行動する意味が何か、理解したうえでふたりに選ばせようというのだ。彼女から離れ穏やかに生きるか、あるいは共に命を懸けて死地を歩くか。
すぐに答えを出せとは言わなかった。三日間の期限を与え、そのあいだに決めるように告げた。考える時間をたっぷりと用意し、その先でどんな選択をしたとしてもリリオラは受け入れるつもりだった。どっちの答えを選んでもそれが彼らの人生だ、と。
「さて、こんな話のあとで悪いが薪を拾ってきてくれないか。ここは少し寒い」
リリオラはかなりの疲労を感じていたのか、それだけを言うと静かに眠ってしまった。すうすうと大人しい寝息を立てるのをみて、フェヴローニャがドミニクの肩をぽんと叩いて優しく微笑むと小さな声で「外にいきましょ」と連れ出す。失った場所のことを考えるよりも、今の状況を受け入れて順応するほうが先だと彼女は張り切って薪拾いに出かける。それがドミニクにはさぞ気丈に見えたのだろう。
「フェヴローニャさん、元気ですね……」
前を歩くフェヴローニャがドミニクを振り返る。
「当たり前よ。落ち込んでる暇なんかないわ。あんたがどうかは知らないけど、アタシはもう答えが決まってるもの。三日間なんていらない、薪を持って帰って火を焚いて、あいつが落ち着いたら伝えるつもり。……アタシは、最後までついて行くって」
フェヴローニャは、新しい自分の居場所をリリオラの傍に見つけていた。どうしてあれほど冷酷になれるリリオラが自分に優しくしてくれたのかを理解したからだ。彼女が受けた痛みがどれほどのものだったのかを知っていたから、傍に寄りそうことを選でくれた。背負えない彼女の代わりにリリオラは全てを背負ってくれた。だったら自分が選ぶべきはなにか、最初から彼女は心は決まっていたのだろう。
「そういうあんたはどうしたいのよ?」と尋ねると、ドミニクは少し俯く。
「逃げ出したいですよ。今すぐにでも」
本音を隠さなかった。彼の足は少しだけ震えている。
「だって見たでしょう、あのフランシスさんが殺されかけて、リリオラさんも自分より強いと言った。だったらそれは負ける可能性のほうが高いってことじゃないですか。僕は死にたくないんです、こんな言い方はしたくないけど、リリオラさんの賭けに乗るなんて無茶はしたくない。部屋が暗いからって燃料の傍にロウソクを置くみたいな自殺行為ですよ!? ついていくメリットがない! たとえ負い目があったとしても死地に自分から踏み込まなきゃいけないほど僕は悪いことなんてしてないんだから!」
めいっぱいの心の叫び。その全てを彼は吐露した。臆病者なりに期待に応えようとリリオラのためにあくせく働いて、だからといって命を賭けることはできない。彼は死にたくないから今日まで生きるための努力をした。それが今度は死ぬかもしれないとなると、とても彼女を支える気にはなれなかったのだろう。それもまたひとつの答えだ。が、フェヴローニャは彼の頬を力いっぱい平手打ちした。
「な、ちょ……何するんですか……!」と、彼は叩かれて赤くなった頬を押さえる。
フェヴローニャはまた背を向け、歩き出した。
「だったら逃げ出せばいいじゃない、うじうじと気持ち悪い。そんなこと本人に言いなさい、あいつはそれくらいで怒ったりするほど器の小さいヤツじゃないわ。だってあんたはもうあいつの家族のひとりなんだもの。きっと本当は……ううん、なんでもない」
彼女は言い掛けた言葉を飲み込む。それを誤魔化すみたいに振り返って「ほら、さっさと薪を集める! 出て行くにしたって命拾いしたんだから薪くらい集めていきなさいよね、わかった?」と彼を叱り飛ばした。
(……リリオラは、フランシスが死に掛けたとき本当に悲しそうだった。それと同時に恐怖を感じていたと思う。喪うかもしれないって、恐怖。今のアタシになら分かる。あいつはきっとアタシたちに逃げ出してほしいんだ。お兄さんがどれくらい強いか、術式が及ぶ範囲がどれほどか、それを聞かせたうえでわざわざ選択を迫ったもの。でも……)
フェヴローニャはふと、木々の隙間から見える曇り空を眺めた。
(ここで逃げ出せば、アタシはきっと後悔する。どんな明日よりも辛い明日を生きることになる。だって、分かるもの。あんたが喪うことを怖がる気持ちが。……うん、今は同じ気持ち。アタシもあんたを喪うのが怖い。慰めてくれたあんたの背中を送り出して安全地帯から眺めていられるほどアタシはつよくないから……もしも死ぬのなら、もしも神様がいてそれを許してくれるなら、役に立てないかもしれないけど精一杯頑張って頑張って、頑張りぬいて、それから――)
彼女は小さく微笑む。瞳に陽光を思わせる温かさを宿して、心穏やかに、優しく。
(――アタシはあんたの隣で死にたい。いいでしょ、リリオラ?)




