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狼は哭かず牙を剥く  作者: 智慧砂猫


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第二十話 人の心は十人十色

 リリオラはそれだけ言い残すと部屋の中へと戻り、暖炉の前にあるロッキングチェアにどっしりと腰掛けて、大きく深呼吸をした。血まみれの服を着替えることもせず、彼女は本当に疲れたのか、すう、と寝息を立て始める。外ではドミニクたちも疲れていたようだったが押し付けられた仕事を完遂すべく、バリーが乗ってきた車輌を使って自分たちの荷物も含めた多くの物資の回収に向かっていった。エンジン音を大きく響かせても、リリオラはゆっくりと深い眠りに落ちていく。

 それから一時間ほどが経った頃だろうか。暖炉の火が小さくなって、部屋の温度が下がり始めるとさすがにリリオラも目を覚ます。彼女は寒いのが苦手だ。血でべっとり濡れていることもあってか、小さく「くしゅんっ」とくしゃみをして、ぶるっと一度だけ震えた。窓から見える景色は室内の灯りで多少の雪景色を映すだけで、あとはペンキで塗りつぶしたみたいに真っ暗だ。

「……寝すぎたな」

 椅子から立ち上がり、ぐぐっ、と体を伸ばしたあとで彼女は二階にある自室に向かった。血で汚れてしまった服はもう着れない、とクローゼットから新しい服に着替えようとしていた。なかにあったものの中から、リリオラはじっくりとなにを着ようかと考える。持っている服はそう多くない。が、時期の合わないものが多く、気に入っているものは全て夏物だった。

(アカデミーの頃に着ていたガウン……は、この寒さでは厳しいものがあるな。かといってあまりモコモコとした上着を着込むのも動きにくくて気が向かない。そうだ、新しい術式を作って温かくなるようにしてもいいな。ガウンの内側に何か刻んでみるか? いや、だがしかし。そんなことをして他の連中にねだられでもしたら面倒だ。理由もないのに断るのは主義じゃないしな……でも寒いのは困る。いざというときに動きが鈍くなるし、私もこうで風邪くらいは引く。さて、どうしたものか?)

 と、彼女が着替えに悩んでいると、遠くから扉の開く音が聞こえた。ドミニクたちが戻ってきたのだろう。押し付けておきながら放置するわけにもいかず仕方なしに引っ張り出したフリルシャツをベッドに投げ出して、汚れた服を脱ごうとした手が止まる。

「……まずはシャワーを浴びたほうがいいか」

 血のついた服だけを脱ぎ捨てて、二階にある浴室へと向かおうと扉に手を掛けると彼女よりも向こう側から「リリオラさん、ここにいます?」と先に押し開けられて、彼女はまた顔面を強打してしりもちをついた。

「うわっ、えっ、あっ!? ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 慌てふためくドミニクがリリオラの傍に屈んで手を差し伸べる。が、彼女はその手を払った。

「気にするな、自分で立てる。……シャワーを浴びに行くから退いてくれ、寒い」

 と、ようやくそこでドミニクは気付く。彼女は半裸なのだ。「し、し、失礼しました!!」と耳鳴りでもしそうなほど大きな声を張り上げて、彼は部屋を飛び出して外で待ち、ばちっと目を瞑ってリリオラが部屋を出るのを待った。

「そんなふうになるなら次からはノックして返事を待つんだな」

「ご、ごめんなさい……」

 大きなため息をついてリリオラは浴室へと向かい、かごの中に汚れた服を全て脱いで放り込むと、文字の刻まれた壁に手を優しく触れる。一瞬、青白い光が湯気のようにふわりと広がり、先ほどまでは凍えそうな寒さだった浴室が暖かくなっていく。蛇口をひねり、今度はシャワーを出す。人里離れた場所にある家であるため、外に取り付けたタンクに溜めた水は凍りつきそうなくらい冷え切っているはずだったが、やはりそれもリリオラによって温かな湯が流れ出ていた。

 彼女がわざわざ山の中に拠点を置いたのも、人目に付かないというほかに本来必ず直面する不便さをある程度まで解消できて、猛獣も多く、まともな人間なら立ち入らないような自然のセキュリティがあったからだ。おかげで悠々自適な生活を送れてはいるが、やはりこの寒さ押し寄せる季節というのが好きではなかった。

 全身にべったりと纏わり付くような汗と固まった血液がゆっくりと溶けて流れていく。冷えた体が温められるのをじっくりと感じながら、リリオラは髪を手で梳き、また大きなため息をつく。

(……研究所を離れてから、もう大分経つ。活動していた時期はそれよりももっと前からだが、あまりに遅れた。私自身があの場所の居心地の良さに甘えていた気がする。そのせいで大勢が死んでしまった。このけじめは必ずつけなくては……)

 心地好い温かさに再び眠気がやってくる。浴室の中で眠るわけにはいかない、と早々に出ようとした。

「親友、風呂に入ってると聞いたんだがまだいるかな!?」

 必要以上に張り上げられる声。勢いよく開け放たれると同時に飛び込んでくる冷気にリリオラが一瞬だけ体をぴくりとさせて「チッ」とわざとらしく聞こえるように舌打ちをした。

「何しにきた、フランシス。言っておくが……」

「背中を流しにきた!」

 遮るようにフランシスは堂々と、かなり食い気味にそう言った。満面の笑みを浮かべ、手には大きくて柔らかなスポンジを握っている。当然、リリオラはそんな彼女を無下に扱う気はなかったが、やはりまた大きくため息をついて、がっくりと肩を落とす。

「……私の気持ちはお構いなしか?」

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