第十二話 嵐に港をえらばず
青白く輝く渦にリリオラが飛び込むと、ドミニクもフェヴローニャも意を決して後に続く。ほんの数秒ほど、彼らの視界は真っ白になる。光の中にいて何も見えないような状態。ただ眩しいとは少し違うようではあったが。それからようやく開けてきた視界に落ち着きを取り戻し、その直後には再び動揺の中へと放り込まれることになる。
「え、ちょ、何よコレ!?」
そう叫んだのはフェヴローニャで、ドミニクも続けて悲鳴をあげた。というのも彼らの体は地面からずっと遠く――そう、つまりは空の上にいる。まっすぐ落下していけば叩きつけられて形も残るかどうか危ういほどの高さで、すぐ傍にいたリリオラが大きな声で「鳥になった気分になれるだろう」と楽しそうにしていた。冗談ではない、とは口にしなかったが、焦ったフェヴローニャは「どうしろってのよこれ!」と叫んだ。鳥の気分など味わうよりも恐怖心をどうにかするほうが先だとばかりに慌てふためく二人にリリオラはがっかりした顔をする。
あと十数秒、激突は目前といったところでリリオラがマスケット銃を真下に向けた。
「まったく……うるさくて空の旅も楽しめやしない」
マスケット銃の引き金を引くと、銃口からふわりと青白い光が飛び出した。あわや激突、という瞬間にはその光がクッションのように彼女たちの落下の勢いを瞬時に緩め、先ほどまでは弾丸もさながらの速さだったのが今は羽根もかくやの軽やかさで、ゆっくりと地面に着地した。
驚きでぽかんとしたままの二人に、リリオラはため息をついた。こんな仲間で大丈夫だろうか、と。
「ほら、腰を抜かしている場合か、さっさと行くぞ。ここが新しい拠点になるんだからな」
着地したのは山の深いところにある、木々に囲まれた一軒の中程度の大きさをしたログハウスだ。建てられたのはそれほど以前というふうでもなく、外には薪割りをしていたような跡があった。玄関の扉にはさきほどリリオラが壁に書いたものと同じ術式が刻まれていて、ふたつ以上揃って初めて機能する術式がある、と彼女は語った。
「家の前に安全に出るっていう選択肢はなかったの? 死ぬかと思ったわよ、こっちは」
「この術式は空間を捻じ曲げるから不安定なんだよ。真上に出られただけでもマシだと思え。狼や熊の寝床に放り出されでもしたら、その日のうちにクソ袋の中だ。想像もしたくないだろう?」
背筋がぞくりとさせられる。リリオラの言うとおり狼や熊といった野生動物は基本的にひとりでどうにかできるような相手ではない。それこそ彼女ほどにでもなれば話は違ってくるのかもしれないが、普通は無理だ。運がよければ地表に近い位置。そうでなければ大体の場合は上空か、はたまた森の中のどこかになる。今回は新しい拠点のすぐ真上に出られただけ道に迷う心配もなく獣に襲われることもないので、リリオラとしては七十点くらいの良い位置に出られたようだ。
「それにしても、どうして最初から拠点がここじゃなかったんですか?」
山奥ともなると人目につくことなど殆どありえない。まして狼だの熊だのが出るともなれば近寄ること自体が少ないだろう。ドミニクとしては最初からここに拠点を置いていれば帝都で騒ぎになるようなこともなかったのではないかと思ったようだが、リリオラは呆れた顔をした。
「馬鹿か、お前は。最初から全てが決まっていたわけではないが、マルツェルはともかくバリーのような手合いと森で戦うのはこちらが不利だ。ヤツの術式は百発百中。威力は変わらないが命中精度は隼の最高速度ですら確実に撃ち落す。こんな深い森の中で戦おうものならヤツの独壇場といっても過言ではない。そのうえ苦労して建てた家までめちゃくちゃにされては困る。……それになにより不便だ」
空を見上げる。雲がふわふわと流れ、鳥が飛ぶ姿が目に映り、そして視線は周囲の森へと向けられる。彼女の瞳は無感情か、はたまた空しさの表れなのか、ぽつんと水滴を零すみたいに小さくそう言った。おそらく本音は全て最後の一言に詰まっているのだろう。ドミニクたちは「なるほど」と思いながらもあえて口にはしなかった。機嫌を損ねたらどうなるかなど想像もしたくなかったようだ。
「さ、話の続きは中でしよう。寒いのはあまり好きじゃない」
リリオラが玄関に手を掛けようとした、そのときだった。
「おお、我が親友よ! やっと来たか、遅いではないか!!」
家の中から響いた大声と同時に、扉が思い切りよく開かれる。あまりに突然のことに対応しきれなかったリリオラの顔面にぶつかって一瞬うめき声が聞こえたかと思えば、冷やりとした空気を吹き飛ばすみたいに中から現れた女が、リリオラを心配そうにしながらも大きな声で「大丈夫か、怪我は無いか! よおし大丈夫だな!」とかなり迷惑な雰囲気溢れる様子で出てくるなり彼女を抱きしめた。
しかしリリオラも怒るようことはなく、ただうんざりした顔をしてため息をつく。
「……元気そうで何よりだ、フランシス。中に入れてくれるか」




