第十三話 人は見かけによらぬもの
寝癖のついたような長い黒髪。美しい白い肌。リリオラよりは些か背が高く瞳も紅色に輝いてはいたが彼女に瓜二つの外見をしているのがフランシス・ロベルタという女の姿だ。それはもう誰もが見てもそっくりで、もしリリオラがもう少し歳を重ねたならばそのようになるだろうとは簡単に予想ができる。今でさえ親子と言われれば疑いようもない。
「そっ……くりですね……どういうご関係なんですか? 姉妹? それとも親子?」
「こんなうるさい姉などいてたまるか。そもそも私の親など、とうの昔に死んでいる」
リリオラが親のことを話すとき、なぜか少しだけ不機嫌そうな顔をした。何か触れてはいけないことに触れてしまったのではないかと申し訳なさそうに胸を押さえたドミニクだったが、彼女は決して声を荒げたりはせず「中に入れ」と促しただけだった。
「あんたって結構馬鹿よね」
ホッとしているドミニクの背中をフェヴローニャがばしっ、と強めに叩く。
「だ、だって知らなかったんですもん……反省はしてますけど」
彼としても傷つけたり怒らせたりする気はなかった。ただ彼は平凡に生きてきたから、親のいない人間など考えたこともなかった。自分の周囲の環境が当たり前で育ってきたことで、それが〝普通〟という認識をしていたのだ。リリオラも、そんな彼の悪気のない部分を見抜いていたから、わざわざ怒ったりはしなかった。
「さて、とりあえず好きな場所に腰掛けてくれるか」
部屋の中は広く、テーブルの周りにある椅子だけでなく三人掛けのソファがふたつと、暖炉の前にはロッキングチェアがひとつ置かれている。リリオラは暖炉の前を陣取って、それぞれが椅子に腰掛けると彼女は「やっと落ち着いて話ができるな」とため息混じりに言った。
「……で、どうやって私から逃れていた、フランシス?」
最初に気にしたのは、やはりフランシスのことだった。本来、リリオラが追えない相手などいない。だがこのフランシス・ロベルタに限っては見事に彼女の追跡を逃れてみせた。ユアンを含む脱走者七人のうち始めは全員の位置が確かめられた。なのに帝都を拠点に移して彼らが本格的な活動を見せ始めた頃になって、突然彼女のにおいが感じられなくなってしまったのだ。
その理由を尋ねると、フランシスはソファで体を伸ばしながら「普通のことだよ」と返した。
「私には結界の術式があるからな。君が知らないはずがあるまい?」
堂々とした答えにリリオラは一瞬驚いたが、暖炉に向いたまま振り返らず他の誰にも表情を隠して冷静を保った。
フランシスのことは信頼している。かといって素性が知れないのもまた事実だ。研究所で初めて出会い、親交を深めた末にひとつの術式を彼女に与えはしたが、それ以外のものをリリオラが教えたことはない。まして自分で創るともなれば普通の人間には無理だ。しかし現状、フランシスはたしかに結界の術式を使って身を隠している。噓を言っているふうでもない。
(……どこで他の術式を知ったんだ? 文献のようなものがどこかに残っていたのか? だとすると可能性は帝都の中、どこぞにある研究所が濃厚か。いや、しかし……まあいい。今は黙って様子を見ていようか。結界の術式が使えるのなら、この隠れ家に来た段階で殺そうと思えば殺せたはずだ。そうしないのなら、少なくとも敵ではないだろう)
少し考えてから、フランシスへの疑惑を頭の片隅に留めつつ、彼女は次の質問に移った。
「バリーにタグを回収すると教えた理由はなんだ。あの男なら使えるとでも思ったか?」
百発百中の狙撃手ともなれば役に立つ場面などいくらでもありそうだが、だからといってリリオラが生かしておく理由はない。フランシスもそれは分かっていたはずだ。しかし彼女は「面白そうだったからなぁ」と遊びの一環のように言った。
「面白そうだった……?」
「だってそうだろう、親友。あいつは臆病者で生き残るためならなんだってする。仲間を見捨てることもな。そのうえ連中は仲間意識が薄い。君に勝てないと分かるとどう行動に出るか。……私の言葉を信じず逃げるか、それとも安易に信じて罠に掛かるか」
コインの表と裏を当てる程度のお遊び。結果などはどちらでも良かった。万が一逃げ出したとしても、フランシスはリリオラとは違う方法で相手を追いかける手段を持っている。バリーが信じずにマルツェルをだしに逃げ出せばすぐにでも追いかけて惨殺すると彼女がいえば、リリオラはそれを信じた。不思議に思ったフェヴローニャの視線は、リリオラからフランシスへ移る。
「なんでこいつがバリーを簡単に殺せるって思うのよ? こいつの術式ってそんなに強いわけ?」
当然の疑問。フランシスは研究所にいた最初の頃、術式が使えなかった。何も持っていなかったのだ。ただ彼女は体内に流れる魔力を放出するのではなく纏うといった不思議な力を持っていて肉体が常人の何倍も発達した能力を発揮できる。だからこそリリオラが気に入ったというのもあるが、といってバリーに勝てるだけの要素がそこにあるかと問われればフェヴローニャには些か納得できなかったのだろう。
リリオラはその疑問に首を横に振ってため息をついた。
「だったら腕を返してやろうか、そして喧嘩のひとつでもしてみればいい。遊ばれて終わりだ」




