精霊の見せる夢 ※ジェラルド視点
────精霊ルルードとリーリルは、加護を与えた者に未来と過去を見せると、古い文献に書かれている。しかし、二体がそろったときに何が起こるかは、前例がなく謎に包まれている。
そして現在、私は二体そろったときに起きる出来事を体験していた。
「────はあ、ステラ」
『ジェラルド様!!』
白い小さな花を持ったステラが、私にそれを差し出した。
子どもの摘んできた、束ねただけの花束。
けれど、私はその花を笑顔で受け取る。
こんなに嬉しく、心のこもった贈り物など、未だかつて誰かから受け取ったことがない。
王族は、家族であると同時に王位を巡り時に命のやりとりをするような仲だ。
親しいと言うにはほど遠いその関係、私はきっと母が亡くなって以降、誰かを無条件に愛することを知らずにいたに違いない。
「……すまない。今すぐお返しができないんだが」
幼い少女であっても、ステラは、王太子の婚約者。
大々的に、私がステラに何かを贈ることなど許されるはずもない。
もちろん、目の前の少女は、何かお礼が欲しくて私に小さな花束を差し出しているわけではない、とわかっている。
だが、それは私にとってはとても価値がある物で、何かを返したかった。
そんな私の胸中を知ってか知らずか、ステラは微笑むと口を開いた。
「────何もいりません」
「ステラ嬢……?」
「その代わり、怪我をしないでください。あと、たまに私に会ってくださいますか? それから、これからも」
あの時ステラは、「これからも、時々花を受け取ってください。お礼がしたいから」と笑ったのだった。
「────何も、礼をもらえるようなことをしていないのに……」
「そうですか? いつだってジェラルド様に会うと元気になれるんです。……でも、もし我が儘を言って良いなら、いつか素晴らしい蔵書だというジェラルド様のお屋敷の図書室に、行ってみたいです!」
「────そうか、そのときには、君に鍵を渡そう」
「うれしいです!!」
差し伸べた指先は、何にも触れることがなく、赤い光とともに消えてしまう。
そして、ようやく目の前に繰り広げられていた光景が、精霊リーリルの加護によるものだったと気がつく。
視界に映る自分の手は、思ったよりもしわが増えて年老いているから……。
「……ジェラルド様!」
そう、加護の力に呑まれてはいけない。青い光に呑まれてしまえば、それでもこの世界が現実なのか幻なのか、判断することは難しい。
古い文献には、記されている。ときに、ルルードやリーリルの加護を受けた者は、眠ったまま目覚めることがなかったと。
────それはきっと、美しく懐かしい、過去や未来に心奪われてしまったからなのだろう。
現に、今私に向かって微笑んでいる少し大人びたステラは、今すぐに抱き寄せてしまいたいほど美しい。
幸せそうに微笑んで、今よりも遠慮なく近い私との距離。
そして、彼女の胸元に光るのは、チェーンで下げられた図書室の鍵だ。
それは、知らないうちに心の奥底で求め続けた未来。
きっと、今すぐにでもステラを手に入れたい私にとって、何よりも大きな誘惑に違いない。
「美しいステラ。もちろん君にも、早く会いたいな……」
「何を言っているのです? ジェラルド様」
「────だが、私は本物が良い」
そう呟いた瞬間、ふわふわとした感覚が消えて、ベッドに倒れ込んだ衝撃で我に返る。
「……ジェラルド様」
「────はあ、本物か」
熱い体で、幻などではない甘い香りのする体を抱きしめる。
「……魔力の調整が上手くいかないのですか?」
「……いや、魔力というよりは」
精霊は、加護を与えた者を助けてくれる。
だが、彼らが認めるのは、加護の力になど呑み込まれない、強い精神力を持った者だけだ。
壁際にいる二つの光。彼らは、私を見極めようとしているのだろう。
「ルルードと、リーリルの加護ですか……」
「ルルードの加護を受けたときもそうだった。眠りにつくと決まって未来を視るが、現実との境が曖昧になるんだ。まあ、あのときはまだ未熟だったから魔力も不安定になったが……」
「そうなのですね」
「────でも、今回は、過去と未来すべてに」
幻を見続けていながらも、本物の君に会いたかったのだと、もう一度思い知らされる。
熱のせいなのだろうか。思わず押し倒してしまいそうになるのをかろうじてこらえる。
「……君がいる。手に入れたくて、気が狂いそうだ」
「私は、ジェラルド様の妻ですよ?」
だが、私は、ただ君を大切に甘やかして、幸せになれるように守りたいんだ。
「……幻の中にいる、愛らしい子どもだった君は可愛いし、子どもたちに囲まれて少しだけ今よりも大人びた君は魅力的だ。……でも、目の前にいる何も知らない君が愛しい」
「ジェラルド様……?」
起き上がるだけで、体が言うことを聞かずに揺れる。
そのことに苦笑しながら、汗で張り付いてしまった前髪を掻き上げる。
「……今の私にとっては、目の前にいる君が本物だ」
それにしても、柔らかく甘い香りだ。
現実世界の君は、本当に愛しくて、どんなに幻の世界が美しくても、この場所にしがみつきたくなる。
「ステラ……。そうだ、申し訳ないが、やはり思った通りだった」
「……ジェラルド様?」
「夜になると不安定になる加護の力は、君の姿ばかり見せる」
「────えっと、それは」
「君に気がつかれたくなかった、いつでも君の前では見栄を張りたいようだ」
きっと、過去から現在、未来にかけて、ステラを愛しく思う気持ちは存在するにしても、その形は変わり続けるに違いない。
「私も、今のジェラルド様が好きです」
「そうだな。君は私の妻になったのだから、完璧な自分を演じるなんて、もうやめよう」
「可愛いジェラルド様が、好きですよ?」
「私が可愛いなんて言うのは、きっと生涯君だけだろうな……今夜は、そばにいてくれないか?」
ステラが、あまりに美しく、しかも幸せそうに微笑んだものだから、一瞬息が止まりそうになる。
「……はい! よろこんで!!」
しかし、その返事は、やはりその言葉に秘められた意図なんて理解していないだろう、明るいものだった。本当に、ステラらしい。
「……君らしい、返事だな」
だが、ようやくこの鍵を渡すことができそうだ。
あの日、君が私にねだったこの鍵を。
「これは……?」
「約束しただろう? 図書室の鍵だ」
きっと、あの時の君は幼かったから、この約束を覚えてはいないのだろう。
そして、そんな私の気持ちなんてお構いなく、首を傾げる君は本当に女神なのか、それとも私を魅了してしまう小さな悪魔なのだろうか。
「……ありがとうございます。ところで、白い結婚は解消ですか?」
「────そうだな。一緒に眠ろうか?」
「はい!!」
明るい返事だな、と苦笑する。
本当の意味で、白い結婚を解消するのは、もう少し先の未来に違いない。
甘い香りで幸せそうなステラを抱きしめて、だがその未来は現実になるまで、決して見せないでほしい。
そうルルードに願わずには、いられないのだった。
番外編、ジェラルド視点でした。
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