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【ユレイシア貴族連合王国】賢者(5)

「ぬん!」


 ガシリとヘイキチが自身に向けられた二本の槍を掴む。


「あ、あれ?」

「ぐぐぐ!?」


 槍を掴まれた兵士たちが反射的にヘイキチを突こうとするも、その槍はまるで岩に突き刺さったかのように、ピクリとも動かない。


「どうした?もっと気合入れて突いてこい!そんなんじゃ、百年経っても俺は刺せんぞ!」

「うおおおお!」

「あああああ!」


 二人は必死に槍を押し込むが、やはりその槍先が動くことはない。


「ぬぅん!」

「!?」


 ついに、その押し合いに耐えられなくなり、ベキンという音と共に、槍のほうが半ばでポッキリとへし折れてしまった。


「うわっ……ゲベっ!?」


 槍が折れたことでバランスを崩し、前に倒れ込んだ兵士の顔面を、ヘイキチが思いっきり拳で打ち抜く。

 二人の兵士は弓なりになって吹き飛び、地面に倒れ、ピクピクと痙攣して動かなくなった。


「な、何だお前は!?お前のような男がいるなんて、聞いてないぞ!?」


 やられた兵士たちは末端ではあるが、それでも戦闘訓練を積んだ王国の正規兵だ。丸腰の男一人にあっさりとやられるなど、本来はありえない。否、あってはならない。

 故に、目の前で起きたそのありえない光景に、フォウが困惑と恐怖を隠せるはずがなかった。


「わ、我々を誰だと思っている!?ヴェルマール・イーシェン・フォム・ユレイシア王の使いだぞ!?王の代理人だ!俺の言葉は王の言葉!他人がでしゃばるんじゃない!」


 だが、そこそこの地位にいる自負心なのか、それともただ混乱しているだけのか、フォウは果敢にも、ヘイキチに対して啖呵を切る。


「俺はこの人の――息子だ」

「は!?」

「うん?」


 その言葉にフォウは驚愕し、サトルは一瞬首を傾げるも、すぐにヘイキチの意図を理解した。


「ば、馬鹿な!?北の賢者に息子だと!?そんなわけがあるか!!そんな話聞いたこともない!」

「私に息子がいることがそんなに不思議ですかな、フォウ殿。私ももう、十分良い歳なのですがね?」※1


 追い打ちを掛けるように、サトルがフォウに問いかける。


「だ、だからどうしたと……」

「他人どころか、俺とその人は親子だということだ、父の処遇について、息子の俺が文句を言って何が悪い?――で、確かフォウとか言ったか?お前は一体、何をしに来たんだ?」 

「ヒッ……!」


 一瞬で兵士四人をのした男に睨まれて、フォウがたじろぐ。


「わ、私達は北の賢者殿に力を乞おうと、王宮より派遣されてきた……」 

「ほう、力を乞う、と?それは随分と興味深い話だ、フォウ殿。王宮の専門用語かね?どうやら、この国では他人を武器で脅して、言うことを聞かせることを『力を乞う』と表現するらしい。ありがとう。今、ちょうどこの国の言葉を学んでいる最中でな、実に勉強になったぞ」


 ヘイキチが嫌味を言いながら、へし折った槍をフォウの眉間に突きつける。フォウはその様子を黙って見ている事しかできなかった。恐怖で足がすくみ、動くことができないのだ。


「お、お前たち、自分が何をしているのか分かっているのか!?ヴェルマール王の代理人に武器を向けて、ただで済むと思っているのか!?」

「ゔぇるまる?ハッ!そんな王など知らんわ」

「なっ……!?」 


 この国に住んでいる者としてありえない発言が飛び出し、フォウが絶句する。


「そもそも、これから死人になるお前に、王が何の関係がある?」


 眉間に突きつけられていた槍が、ゆっくりと心臓に向かって降りてきた。


「ひっ!?」


 殺られる――そう自覚してしまった瞬間、フォウの頭は真っ白になった。


「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 相手が悪すぎる。戦って勝てるはずもない。

 腰にある剣を抜くことすらせず、プライドも、怒りも、倒れている部下たちも、何もかもを放り出し、フォウは一目散に逃げ出した。


「王の名を借りて堂々と遁走とは、王の名が泣くぞ、不敬者め」


 逃げるフォウの背中に向けて、ヘイキチが吐き捨てた。


※1 この時、サトルは三十歳、ヘイキチ十五歳。現代で言えば、かなり無理のある年齢設定だが、当時は十五歳で成人扱いだった。また、成人を前に結婚を済ませてしまう者も少なからずおり、三十歳で十五歳の息子がいることは、決して不自然なことではなかった。むしろ三十歳で今だ独り身であるサトルは、当時としては既に十二分に行き遅れである

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