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【ユレイシア貴族連合王国】賢者(3)

「……それは本当かい?」

「まだ噂っちゃ噂だが、多分間違いない。こんなご時世だしな、王宮も人材に飢えてる」

「西の平原でやってる戦いも、想像以上に長引いてるみたいだしな」とハオランが苦々しい顔をする。商人として、西へ東へ奔走する彼にとって、国内情勢の不安は、死活問題なのだろう。

「その件については、以前も強くお断りした筈なんだが。なんでまた……」


 サトルが面倒臭そうに、ため息をつく。


「十中八九、今回の件のせいだろう。町中じゃもうすっかり噂になってる。『北の賢者※1が魔法で死人を蘇らせた』ってな」

「……死人だって?」


 その言葉に、サトルが不愉快そうな顔をする。


「……その様子からすると、どうやら彼は本当に助かったみたいだな。にわかには信じがたいが、噂は本当だったってわけだ」

「噂だかなんだか知らないけれど、冗談じゃない。彼は死人ではない。彼は文字通り死物狂いで死神と戦って、生を勝ち取っただけだ。この奇跡は彼のものであり、僕はその手伝いをしただけだ」


 驚愕するハオランに抗議をするように、サトルがぼやいた。サトルからすれば、知り合いを勝手に死人扱いされたわけなので、その怒りは当然だ。


「死者を蘇らそうが、瀕死の人間を回復させようが、俺らからしたら、そこに違いはないさ。俺を含め、彼を運んだ人間の内、誰一人だって、助かるとは思っていなかった。それぐらいひどい傷で、俺たちの常識では、死は避けようがない状態だ。だが君は、そんな死ぬ運命しかない人間を、救ってしまった。俺たちに、そんな奇跡は起こせない」

「……僕はここで、静かに過ごしていたいだけなんだけどなぁ。なんでそう、勝手に話が大きくなっていくのか」


 心の底から迷惑そうな顔をして、サトルがため息をつく。


「アスカイ、君は自分の名声を甘く見過ぎだ。君の想像以上に、北の賢者『アスカイ・サトル』の名前はうちの国に広がっている。言いたかないが、静かに暮らしたいならば、彼を助けるべきではなかった」


「それは無理だな」


 サトルがキッパリと即答する。


「彼には助かる可能性があり、僕はそれを手繰り寄せられる知識があり、手段も持っていた。それでもなお、何もしなかったのなら、それは立派な罪だよ、レイ」

「……流石は北の賢者様、ご立派な考えだ。だがそんなだから、名声が独り歩きするんだぜ?」

「あ……」

「アスカイの考えがどうだろうと、使いは必ずくるぞ。このご時世、読み書き計算が出来るだけも有り難いのに、他の知識も豊富。その上、重傷者の治療まで出来るとあっては、連中、喉から手が出る程、欲しいだろうよ」

「何回来られても断るだけだ、僕にその気はないよ」

「わからないな。なんでそんなに宮仕えを嫌がる?きっと相当にいい条件を提示される筈だ。一部の人間からすれば、家族を売ってでも手にしたい地位になる。少なくとも、こんな田舎で泥にまみれて畑仕事をしているより、ずっと裕福に暮らしていける筈だ」

「言ったろ?僕は静かに暮らしたいんだ。王宮なんていう、陰謀策謀渦巻くドロドロとした、人間関係と権力争いの汚泥の只中に、身を置きたくはない」

「そうかい。ま、結局は全部あんたが決めることだしな。俺がとやかく言うことじゃないか。とりあえず、こいつはただのサービス。アスカイがこれをどう活用しようと、どうでもいいさ」

「ああ、いい情報をありがとう、レイ。ところで今――」

「――おーい、サトル殿。すまない。刃物はどこに……ん?」

「お?」


 サトルを呼びに来たヘイキチと、ハオランの目が合った。


「なんだ、まだ来客対応中だったのか。申し訳ない」

「いや、話はもう終わったよ。成程、君が噂のヘイキチ殿か、息災そうでなによりだ」

「ん?なんだ、あんた俺を知っているのか?」


 見知らぬ男から名前を呼ばれて、ヘイキチが首を傾げる。


「ああ、すまない。紹介が遅れたね。私の名前はレイ・ハオラン。しがない唯の商人だよ。レイと呼んでくれ」

「レイ・ハオラン……?ああ!じゃあ、あんたが、サトル殿の言っていた商人か」


 思い出したと、サトルがポンと手を打つ。


「瀕死の俺をサトル殿と一緒に運んでくれたそうだな。その節は大変お世話になった。ありがとう」


 ヘイキチが深々とハオランに頭を下げる。


「いや、私は本当に運ぶのを手伝っただけだ。手伝った人間は他にもいる。私だけ頭を下げられるのは、ちょっと……」

「いやいや、それでも助けられたのは事実だ。何か礼をさせてくれ」

「いやいやいや、そんな大げさな」

「いやいやいやいや、命を助けられたんだ。大げさなこと――」

「――はいはい、そこまで。僕を忘れていないかい?お二人さん」


 コント染みた掛け合いを始めた二人に、サトルが割って入った。


「皆、色々話したいこともあるみたいだし、どうだい、レイ?久しぶりの再会祝も兼ねて、ウチで宴会など、していかないか?ちょうど、ヘイキチ殿が、大きな猪を捕らえたところでな。二人ではとても食べ切れる大きさでなくて、処理に困っていたんだ」

「おお。それはいい考えだ。ちょうど収穫した野菜もあるし、サトル殿、今夜は猪鍋にしよう」


 ヘイキチもその提案に賛成する。


「……全く、アスカイ、ヘイキチ殿。二人共いい頃合いで、良い提案してくれるなぁ」


 レイが苦笑いを浮かべて、背負っていたカバンを開ける。


「そんな提案されたら、俺も何か出さないといけなくなっちゃうじゃないか」


 そして中から一本の酒瓶を取り出した。瓶には見るからに、豪華そうな装飾が施されている。


「ちょうど、出先でいい酒を買ってしまったんだ。猪の礼に、今夜はこいつを開けてパーッとやっちまおう」

「はは、流石はレイ。そうこなくっちゃね」

「あんた話が分かるなぁ」


 その答えにサトルとヘイキチが笑顔になる。


「ヘイキチ殿、刃物は台所にある。猪を捌くのは任せた。僕はこっちで野菜の用意をするよ」

「おう!」

「俺はどうすれば?」

「レイ、君は一応客人だ。旅の疲れもあるだろうし、適当にゆっくりしといてくれ。宴会は夜からだからね」

「そうかい、なら宴会が始まるまで、お言葉に甘えて、適当にくつろいで待っているよ」


 その後、宴は滞りなく始まった。三人はその夜、日が昇るまで、笑いながら語り合ったという。

 ――そしてこれが、この三人がこの家で過ごした、最初で最後の集まりとなる。

 

※1 当時、アスカイ・サトルはユレイシア貴族連合王国北部(現在のリータイ州フーシェン辺り)に居を構えていた。そこで多くの人々の相談に乗ったり、簡単な読み書き計算を教えている内に、いつしかこのような肩書を付くようになったという

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