【ユレイシア貴族連合王国】賢者(1)
「――おーい、サトル殿! こっちは終わったぞ!」
家の近くの畑で、サトルが作物の収穫をしていると、背後からヘイキチに声を掛けられた。
「おお、ありがとう。流石はヘイキチ殿、相変わらず、仕事が早いな」
「そりゃもう、俺は元々こっちが本職なんでね。武器より鍬の方が手に馴染むんだ」
鍬を片手で器用に回しながら、ヘイキチが冗談交じりに笑う。手伝いとして、サトルが所有する、もう一つの畑の面倒を見に行っていたのだ。
「はは、それは頼もしい……ってなんだい、その荷物は?」
ヘイキチが左手に行くときには持っていなかった、巨大な荷物を引きずっている。
「ああ、こいつかい?俺たちの畑を荒らしていた不届き者を、ちょっと成敗してやったんだ」
ポイッとヘイキチが手に持っていた荷物をサトルの前に投げる。
「おおう、これは……」
それは巨大な、オスの猪だった。
「こいつ、いい根性してるぜ。近づいたら逃げるどころか、こっちに向かって、突進してきたんだからな。だから鼻ぶん殴って、絞め殺してやった」
「こんな大物を素手でやってしまうとは……いやはや。本当に凄いな君は。僕はあまり肉体労働は得意じゃないからね、畑仕事は結構辛かったんだ。手伝ってもらって大助かりだよ」
「なぁに、世話になっている身なのは俺の方だ。せめて、これぐらいの甲斐性は持っていないと、男として恥ずかしい」
サトルがヘイキチを保護してから、早三ヶ月が過ぎようとしていた。
あの謎の夢を見た夜以降、急激に容態が良くなったヘイキチは、身体の傷もみるみる回復し、今やサトルの畑仕事の手伝いができる程になっていた。
これといった後遺症もなく、サトルの下で故郷にいたときよりも良いものを食べている為か、むしろ以前より調子が良いとさえ感じていたという。
「この国の言葉も随分とうまくなったね。もう日常会話ならなんの問題もなさそうだ。この短時間でここまで上達出来るなんて、正直驚いたよ」
「こう毎日使っていれば、嫌でも上手くなるさ。なにより、サトル殿の教え方がうまかった」
「ありがとう。一応これでも、以前はそれが本職だったからね。そう言ってもらえるのは教師冥利に尽きる。それよりも――」
サトルが地面に置かれた猪に目を向ける。
「こいつは向こうで解体だな。とりあえず、内臓は足が早いから、早めに処理してしまおう。今夜は猪の内蔵で宴会だ。僕も手伝うよ」
「別にサトル殿は家でゆっくりしていてもらっていいぞ。陶芸小屋の方の面倒も、見る必要があるだろう?※1」
「あっちはもう大丈夫さ、後は一日掛けてゆっくりと窯を冷やしていくだけだから。久しぶりに良いうわ薬だった。使った素材が良かったんだろうね、綺麗に焼き上がるはずだよ。いい値段になると思う」
「そうか、それは楽しみだな。じゃあ、せっかくだし向こうで一緒に――」
「おーい!アスカイ、いるかー?」
突然、家の方から男の声が聞こえてきた。
「すまない、来客みたいだ。ちょっと行ってくるよ」
「おう。じゃあ俺は向こうでこいつを木に吊るしておくから、終わったら来てくれ」
※1 当時、アスカイ・サトルは農家の他に、陶芸家という一面も持っていた。その作品は皆、当時のこの国の意匠とは異なる、独特なセンスを持った焼き物だったという。陶芸家アスカイ・サトルの名は、その界隈では、一種のブランドとなっていたようで作品は当時でも、良い値段で取引されていた。現在でもいくつか現品が残っており、コレクターの間で高値で取引されている。なお、本人がその事に誇りを持っていたのかと言えば、別にそうでもなかったらしい。陶芸家としての自分については、サトルは自伝にて「陶芸を始めたのはあくまでも、現金収入源が欲しかったから。(収入源として)軌道に乗るものならば、別に陶芸でなくてもよかった。陶芸だったのは、たまたま家から近い山で、質のいい粘土と、うわ薬用の鉱石が多量に採掘できた為。(確固たる理由もなく、適当に始めたのに軌道に乗ってしまい、本気でやっている)その道の職人達には申し訳ないと思う(要約)」と記述している
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