【真正ユレイシア帝国】指揮(10)
「報告書まとまりました」
「うむ、ご苦労」
リュドミアが分厚い紙の束をルシエスに提出する。
『劇的』な敗北の後、リュドミアはテレシアと共に即座に軍内を駆け回り、その被害を調べ上げ、報告書にまとめていた。
「現状、我々の軍は……まぁあまり聞きたくはないが……どうなっている?」
「ドルニーゴ卿は戦死、セントローズ卿は行方不明。他、両名配下の多数の将が戦死、及び行方不明となっています。まだ多少上下しますが、兵の死者、重傷者、行方不明者は、それぞれセントローズ卿の軍で二万五千、ドルニーゴ卿の軍で三万五千、我々が五千となっています」
「ドルニーゴ卿の軍は特に被害が大きいな。ほぼ殲滅ではないか」
「恐らく、ドルニーゴ卿が早々に戦死され、指揮系統が完全に崩壊したのでしょう。行方不明者の殆どは、将を失った時点で降伏し、敵に捕縛されたものと思われます」
「……まさに大損害だな。もっとも降伏した者たちを、恨むことはできんか」
淡々と説明されるその被害の大きさに、ルシエスは改めて辟易する。
「指揮官二名及び、多数の部隊長を失い、戦闘担当部隊の損耗は約五割。マクフォール将軍の援軍二万を入れても、現状、戦いに参加できる兵隊は約九万五千です」
「十四万から随分と減ったな。九万五千……一応聞くが、この状態で戦闘は続けられると思うか?」
「結論から言えば不可能ですね。数だけはまだありますが、内部はズタボロです。我々はともかく、セントローズ卿、ドルニーゴ卿の軍は部隊としての機能を完全に喪失。二人の軍を付け焼き刃的に我々の軍に組み込んで、再編成を行ったところでまともに機能するかどうか」
「……後方の補給部隊を、いくばくか戦闘担当に回したら、損害の穴は埋められるか?」
「ある程度は埋められるでしょう。しかし、代わりに継戦能力を完全に失います。現状ですら補給はギリギリですから。将兵皆々を、ここを墓場に玉砕させるおつもりがなければ、やられないほうが良いかと」
「やらんやらん。守りに入った堅実将軍を相手にそんなこと、とてもできんよ」
「ですね。しかし、それより重大なのは、今回の大敗北によって兵士たちの士気が――」
「士気がどん底、か。是非もない」
「はい。既に脱走兵もちらほら出てきていると、報告を受けています。連鎖的に脱走者が増えていくのは時間の問題かと。この状態から更に継戦が決まったとなれば――」
「大脱走劇の始まりか……。ドルニーゴ卿の軍など誰も残らないだろうな」
報告書をめくりながら、あらゆる可能性を考慮したものの、やはり継戦は不可能という結論は変わらなかった。
「ははっ。分かってはいたが、やはりこれはもうどうしようもならんな」
完全にお手上げ、とルシエスが苦笑いを浮かべて腕を振る。
「議会の命令は無視だ。リュドミア軍務官、全将兵に伝えてくれ。只今を以って、全ての陣地を放棄し、我々はこの戦から完全に撤退するとな」
「承知しました。しかしルシエス様、それは……」
「何、分かっているさ、責任の所在だろう?」
セントローズ卿、ドルニーゴ卿が不在の今、この命令無視の撤退、および敗戦の責を負うのは当然ルシエスということになる。しかも、勝利を期待していた戦での敗北、それも歴史に残る大敗北とあっては、如何にルシエスが四大貴族の一角であっても、戦犯として死罪の可能性は十分にありうる。
「兵達はせっかく生き延びたのだ。なんとか、私一人の首で済ませられるよう、頑張らないとな」
「……」
こうして、帝国暦331年、連合歴122年より始まった、約八ヶ月に渡るヴィンターヒルド平原の戦いは、年が明けた翌年、王国軍の勝利という形で幕を下ろした。
帝国軍十六万に対して王国軍十一万で始まったこの戦は、お互いの兵力を帝国軍十四万、王国軍十万まで削りあったところで、リキョウの策に嵌った帝国軍が六万五千もの被害を出し、継戦不能となる。
最終的な残存兵は援軍含めて、帝国軍九万五千、王国軍九万四千(共に後方の支援部隊含めず)であったという。
真正ユレイシア帝国にとって、この損害は非常に大きな痛手であり、この後の国家運営に大きな影響を及ぼすことになった。
そして同時に、この戦をきっかけにリュドミア・ライヒハートの人生も大きく変わることとなる――。
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