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【真正ユレイシア帝国】頭角(7)

 ――王国軍防衛陣地崩壊の数刻程前、帝国軍後方陣地にて


「うーん……おかしなところは無いんだけどなぁ……」

「リュドミア様?先程から難しい顔をしてどうなされてたのですか?」


 駒を置いた地図を眺めながら、リュドミアが頭を捻る。


「どうにも昨日からモヤモヤしててね、状況を見直してるのよ」

「状況ですか……。それは我々が有利なのではなかったのですか?」

「そう、有利なの。それは間違いないんだけど……」


 自分でも考えがまとまらないのか、リュドミアが頭を掻きむしる。


「考えが煮詰まってしまっているようですね。では、少し違うところから整理してみてはどうでしょうか?」

「違うところ?」

「そうですね。例えば……私はそちらの方面には詳しくないので、一つご教授を。名将という話はよく聞きますが、具体的にレン・リキョウ将軍とはどのような方なのですか?」


 テレシアがリュドミアの机に紅茶を置きながら尋ねる。


「一言で言えば、とにかく堅実なことで有名な将軍ね」

「堅実……ですか?」


『レン・リキョウ』――ユレイシア貴族連合王国を代表する名将である。帝国と戦うこと実に三十余年。文字通り歴戦の老将であり王国の英雄、帝国側からすれば、幾度となく進軍を阻まれた怨敵である。


 彼の戦い方を一言で表すならば、とにかく『堅実』であった。余裕がある内は戦い、なくなれば退く。兵法においては非常に単純だが、絶対の基本であるこれを、リキョウはとにかく徹底した。故に目を見張るような大戦果というものはそれほど多くはないが、とにかくあらゆる戦場で最低限の勤めを必ず果たしてきた。


「それは褒めているのですか?」

「勿論よ。その最低限すら危うくなるのが戦場だし。なんならその最低限そのもののハードルが高くなるなることもあるわ。だから、戦場において必ず仕事をこなしてくれるって言うのはこれ以上無いほどにありがたい事よ」

「なるほど……。それは確かに手強そうな相手ですね……。こと防衛戦ならば、その能力は最大限に活かせましょう」


 そしてテレシアが顎に手を添えて少し考える素振りをする。


「では、リュドミア様。そのような将軍が行えば、妙な事ととなる行為とは何でしょうか?」

「それは勿論、堅実の逆なんだから、無謀な攻勢を仕掛けるとか、無駄に戦いを引き伸ばすとか……」


 突然リュドミアが「あっ!」と声を上げると慌てて地図に目を戻す。


「そうだ……これだ……」


 そして、鋭い目で帝国軍と王国軍の状況を確認する。


「どうかされたのですか?」

「分かったのよ、違和感の正体が。昨日、ルシエス様との会議でリキョウ将軍の名前が出たときから、ずっと引っかかっていたみたい」 

「と言いますと?」

「奇妙に見えていたのは、この状況そのものだわ」

「状況そのもの……ですか?」

「一体どういうことです?」とテレシアが首を傾げる。

「あの堅実将軍が、こんな戦況をいつまでも許容し続ける筈がないのよ」

「……ああ、そういうことですか」


 納得がいったとテレシアがポンと手を打つ。


「堅実を地で行くリキョウ将軍が、もう間もなく崩壊する事が分かっている陣地に、いつまでも固執するのはおかしいということですね。防衛陣地が崩れ、本格的に敗走が始まれば、数で劣る王国軍の損害は致命的。普段の将軍ならば、そうなる前に十分な余力を残しての撤退を選択する筈だと」

「ええ。彼にも私達と同じく、引けない理由があるのかも知れない。想像以上の長期戦で、何かしらの計算が狂っているのかもしれない。けれど、それらを考慮してもやっぱり、この玉砕覚悟の粘りは合点がいかないわ」

「では、何故リキョウ将軍はそのような『らしくない』ことをしているのでしょうか?」

「ごめんなさい、ちょっと待って」


 リュドミアが手に持ったペンを指で回転させ始めた。


(この彼らしくない粘りに何か意味があるのだとしたら……それは陣地が攻略されることを望んでいるってことになる。攻略されたら、その次は……つまり敗走したいってこと?あえて敵前での敗走……追撃……)


 このペン回しはリュドミアが本気で考え事を行う際の、一種のルーティンだったらしい。


「……テレシア、ちょっと大きめの地図を持ってきて。できれば地形が分かるやつを。あ、投声符も念の為お願い。ルシエス様に繋がるやつを」


 何かに気がついたのか、少し慌てた様子でテレシアに命じる。


「承知いたしました」


 その様子を感じったテレシアが、駆け足で指定の地図と投声符を持ってきた。

 リュドミアはそれを受け取ると、慌てて地図を広げる。


「進軍は西から東……六万の軍勢で……防衛陣地から撤退なら敵の撤退経路は恐らくここを……」


 そしてぶつぶつと独り言を言いながら、地図を指でなぞる。それはまるで、指を置いている箇所の、実際の風景を思い浮かべているかのようだった。


「あっ!」


 そして、ある一箇所で指が止まった。


「テレシア、立て続けにごめんなさい。投声符を、いつでも繋がるように準備しておいてくれるかしら」

「承知いたしました」

「時間的にはもう……。いや、なら自軍の位置の方が……。いや、それは聞けばいい。最初に確認することは……。でも私が言ったところで……」


 リュドミアが地図を確認する傍らで、テレシアがテキパキと投声符の準備を整える。


「これは……ひょっとしたら、かなりまずいかもしれない……」

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