第1話 宝箱の罠で死ぬ罠師
俺は罠師だ。
そして今から、宝箱の罠で死ぬ。
――この時の俺に、そう教えてやれたらよかった。
「おいおいおい、マジかよ……!」
ニックの声が、狭い石の部屋に響いた。
リーデンの縦穴、上層の四層。
いつもなら素通りする行き止まりの通路で、ニックが壁のわずかな隙間に気づいたのが始まりだった。
押してみたら、壁が奥へずれた。
その先にあったのが、この小さな隠し部屋だ。
そして部屋の真ん中に、それはあった。
金色の宝箱。
松明の明かりを受けて、蓋の縁が鈍く光っている。
木箱でも、銅箱でもない。
冒険者が一生に一度、見られるかどうかと言われる――金箱だ。
「……金箱、だよな」
俺の声は、自分でも分かるくらい震えていた。
「金箱だろ! どう見ても金箱だろ! オレが見つけたんだからな! な、ユー坊!」
「分かったから、揺らすなって」
ニックが俺の肩をつかんで、がくがくと揺さぶる。
くすんだ金色のぼさぼさ頭に、そばかすの散った顔。
小柄な体を弾ませて、八重歯をのぞかせて笑っている。
十七歳の斥候は、こういう時だけ十歳くらいに戻る。
「……落ち着け」
低い声で言ったのは、大きな盾を背負った男――ガルドだ。
十八歳。パーティのリーダーで、口数は少ない。
俺たちより頭ひとつ大きな体に、短く刈った茶色の髪。
いつもは岩みたいに動かない顔が、今は少しだけ緩んでいる。
そのガルドの声も、少しだけ上ずっていた。
「兄さんだって、顔がにやけてる」
ガルドの後ろから顔を出したミーナが、くすっと笑った。
ガルドの妹で、薬草師。俺と同い年の十六歳だ。
肩で切りそろえた茶色の髪を、後ろで一つに結んでいる。
兄と同じなのは髪の色くらいで、小柄な体も、くりっとした大きな目も、ガルドとは似ても似つかない。
腰に下げた小瓶の束が、笑うたびにかちゃかちゃと鳴った。
「……にやけてない」
「にやけてるでしょ」
ガルドは黙った。耳だけが、少し赤い。いつものことだ。
俺たち四人は、コルネ村の幼なじみで組んだパーティだ。
冒険者になって一年。ランクは全員、鉄札。
はっきり言って、並だ。
盾士、斥候、薬草師、罠師。
どれも「決め手がない」と言われる職業ばかりで、同期のパーティにはどんどん先を越されている。
だからこそ、この金箱は――。
「なあ、中身、何だと思う?」
ニックが目を輝かせた。
「金箱だぜ? 金貨がざくざく入ってたりしてな!」
金貨。
一枚で銀貨百枚。安宿なら、三百泊以上できる。
「金貨一枚あれば、実家の雨漏りを全部直して、牛も一頭買えるな」
気づけば、俺は指を折って数えていた。
「十枚あったら、村に小さな家と畑が買える。百枚あったら、もう一生働かなくていい。朝はゆっくり起きて、昼は日なたで昼寝して……」
「金箱一つに百枚も入ってるわけねえだろ」
「夢くらい見させろよ」
「出たよ、ユー坊の金勘定」
「大事なことだろ」
「お前の夢、地味すぎんだよ」
ニックは胸を張った。
「オレは決めてる。この金箱の話は、吟遊詩人に歌ってもらう。『隠し部屋の英雄ニック』って題でな!」
「英雄って。壁を押しただけでしょ」
ミーナの容赦ない一言に、ニックが「押し方が英雄的だったんだよ!」と言い返す。
「……仕送り」
ぽつりと、ガルドが言った。
「中身が何でも、まず半分は村に送る」
「兄さん、そればっかり」
ミーナは呆れた顔をしたが、その声は柔らかかった。
「わたしは……もし薬草の本とか入ってたら、それがいいな。遠くの土地にしか生えない薬草のこととか、知りたいし」
四人がそれぞれの夢を口にして、それから顔を見合わせて笑った。
並のパーティでも、こういう時は悪くない。
「よし、ニック。罠を見てくれ」
ガルドが言うと、ニックは「任せろ」と金箱の前にしゃがみ込んだ。
斥候のスキル【斥候術】で、箱の周りと床、壁をなめるように調べていく。
「……ん。罠の反応なし。床も壁も、おかしなところはねえ」
「本当に?」
「オレの目を疑うのかよ、ミーナ」
罠はない。
その一言で、俺の中に残っていた警戒が、きれいに消えた。
本当なら、ここで俺も見るべきだった。
罠師には【罠術】というスキルがある。罠を作って仕掛けるだけでなく、罠を調べることもできる。
ただ、俺の【罠術】で分かるのは、せいぜい罠の名前くらいだ。
斥候のニックが「ない」と言うなら、俺が見ても同じだろう。
そう思った。
思ってしまった。
「ユー坊、開けろよ」
ニックが、俺の背中を押した。
「お前、宝箱を開けるの夢だったろ。罠師はいつも仕掛ける側で、宝箱なんか開けたことねえんだから」
「……いいのか?」
「いい」
ガルドが短く言った。
ミーナも、うなずいて笑っている。
俺は一歩、また一歩と、金箱に近づいた。
心臓がうるさい。
手のひらが汗で濡れている。
金箱の前に、膝をつく。
近くで見ると、蓋の細工はますます見事だった。
金色の縁に、見たことのない模様が刻まれている。
ほんの一瞬、その模様が揺らいだ気がした。
松明の火が揺れただけだ、と思った。
俺は、留め金に手を伸ばした。
指先が、金具に触れる――はずだった。
触れなかった。
指が、すっと金具の中に沈んだ。
冷たくも、硬くもない。
まるで、そこに何もないみたいに。
「――え」
その時、膝の下の床が、かちりと鳴った。
次の瞬間、熱いものが体を下から突き上げた。
声が出なかった。
見下ろすと、石の床から突き出た槍が何本も、俺の腹と胸を貫いていた。
目の前の金箱が、揺らいで、消えていく。
最初から、そこには何もなかったみたいに。
(……幻?)
「ユーリ!」
ガルドの叫び声。
「ユー坊! おい、嘘だろ、おい!」
ニックの声が、ひどく遠い。
「いやっ……ユーリ、ユーリ……!」
ミーナが泣いている。
ああ、ごめん。
罠師のくせに。
罠に、気づけなかった。
視界が、端から黒く染まっていく。
仲間の声が、だんだん聞こえなくなって――。
俺の意識は、そこで途切れた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、とても励みになります。




