78:深夜の包囲網
ーー自分の身体じゃないみたい。何で止めてたんだっけ……。
背中を撫でる手も、耳にかかる吐息も、口内をなぞる舌も、全部きもちいいコトなんだって教えられる。
なにこれ……頭とは別に身体が勝手に、カシムを受け入れちゃってる。
考えないといけないことも山積みで、本当はこんなことしてる場合じゃないのに。
彼に触れられると思考がふわふわして考えが纏まらない。頭の中は繰り返し同じところを行ったり来たりぐるぐる回ってる。
ーー好き。
恥ずかしい。……でも、やめないでーー。
「カシムっ……だ、め……カシム……ンァ……ゃぁ」
もう、自分でも分かるくらい媚びた声になって彼に甘えてる。
抵抗の声もポーズだけ。本当はやめて欲しくないってきっとバレてる。
全身燃えてるみたいに熱い。心臓はずっとバクバクしてるし、呼吸の仕方なんて忘れたみたいに上手く吸えない。
「カシ、ム……っん……ぁ……それ、だめ……」
「嘘つき。 ダメじゃないよ。そんなかわいー声で言われて離すわけないでしょ。ミオ……ほら……きもちーね?もっと俺に声、聞かせて?」
彼の手が私の身体を撫で、至る所に所有印を刻む度、カシムの執着の深さを分からせられる。
攻められてるのに、縋られてるって感じるのはどうしてだろう。
意地悪で余裕たっぷりな態度のくせに、声は湿度を帯びて、その銀の瞳は獣みたいにギラついてる。私を食べようと舌舐りしてるみたい。
それが何だか嬉しいって思う私はどうかしてるのかな。
身体が意志とは無関係に跳ね、恥ずかしい声が出る。自分じゃなくなるみたいな未知の感覚が怖くてシーツを掴む手に自然と力が籠り、少しでも声を抑えようと唇を噛んだ。
ーー食べて。カシムになら私の全部、あげるから。
ミオの瞳が潤み、熱に溶けていく。額に滲んだ汗を拭ってやり、官能を引き出すように身体を徐々に慣れさせる。
「あーあー。唇噛んじゃダメだよ。……ねぇ、口開けて?」
「ぁっ……カシムっ……カシ、ム……ンンッ」
浅く、深く幾度となく口付けを重ねる。
奥で縮こまっていた舌を誘い、口内を擽ってやれば鼻にかかった甘い声をあげるミオ。
やがて、彼女も拙いながら自ら舌を絡めてきた。
満たされながらも、それ以上の飢餓感が襲う。渇いて、飢えて、際限なく渇求する。
「はぁ。……全然足りない。ミオ、もっと俺にちょーだい?」
彼女はシーツを握り締め、俺に応えようとしているが狭量な心がそれにさえも嫉妬する。
ーー縋るなら俺にすればいい。
シーツを掴んだ彼女の手を引き剥がし、俺の背中へと導く。
「だーめ。掴むのはそっちじゃないでしょ?ほら、おいで」
「んぁっ……カシム……。やぁっ……身体あつ、い…ぁん、ぅ…」
ミオは嬌声をあげ、俺の背中に爪を立てた。彼女からの甘美な痛みに浮かされ、求められている実感に溺れる。
ミオに引き摺られるように俺の呼吸も浅く、早くなっていった。
俺の手で堕ちていく彼女は最高に美しい。
熱に蕩けきったミオをこれ以上焦らす理由はもうない。その細い腰を抱き上げ、今度こそ邪魔な寝衣を脱がそうと裾へ手をかけた。
…………。
……。
「…………チッ」
「カシ ム?……ど、した……の?」
俺の急な変化に、ミオが潤んだ瞳を瞬かせながら、見上げてくる。まだ、彼女は気付いていない。だからといって、このまま放置も出来ない。
(どいつもこいつも邪魔しやがって)
大きく息を吐き出すと、彼女の乱れた寝衣を素早く整えてシーツで包んだ。ぼんやりとしたままの彼女の額に軽く口付けを落とし、熱の残る敏感な耳元へ出来る限り苛立ちを抑え、落ち着いた声を掛ける。
「んー?ちょっと、ね。…… 少し外が騒がしい気がするから、戸締まり見てくる。ついでに……水も持ってきてあげる。……いい子に待ってて?」
「え、あ……うん」
まだ頭が回っていないミオの返事を聞きながら、ベッドサイドのチェストへ手を伸ばす。
ホルスターに収まったナイフをいつもの位置――指先が最短距離で届く腰の後ろへと差し込んだ。ミオに背を向け、部屋のドアを開けて一歩外に出る。
全て台無しにされた。この報いは必ず受けさせてやる。
(クソが。最悪だ。遠くないうちに来るとは予想していたが、よりにもよって今か)
腸が煮えくり返る思いだが、呼吸を整え、周囲の空間へと意識の網を広げる。
人数は十人……いや、十一人か。
(家の周囲を取り囲むように、均等な間隔で六人。玄関前に、三人。屋根の上に、監視用に一人。……そして、そこから一段、距離を置いた位置に、全体の動きを統括しているのが一人)
包囲網の連携、気配の薄さ。ただの物盗りや、行き当たりの賊ではない。訓練された明確な戦闘集団だ。おそらく、目的は『メグル』の奪還か、あるいはーー。
(……いや、どちらでも構わないか。俺の楽しみを邪魔した命知らずのゴミに変わりはない)
こいつらには聞きたいこともある。だが、生かしておくのは距離を取っている最後の一人――リーダー格だけで事足りる。誰の邪魔をしたのか、その身を持って思い知ればいい。尤も、ゴミ共の命を足したところで、欠片も穴埋めになりはしないが。
足音を消し廊下を渡り、外の死角にあたる位置の窓へと足を向ける。
気配を周囲の闇へと同化させ、鍵の軋みさえも殺して夜気の中へと、滑り出た。
建物の影、包囲の一角を担っていた二人の視線が、俺の姿を捉えるより早くナイフを放つ。
狙い通り、標的の喉元へと真っ直ぐに吸い込まれていった。
奴らが頽れる前に魔力で強化した脚で、懐まで一気に距離を詰め、静かに死角になる影へと横たえる。
(まずはふたり。次に潰すべきはーー)
標的は上。
俺は屋根へと軽く跳躍した。月明かりの下、こちらに背を向けて玄関側を監視している影が一つ。
背後から気配を消して接近し、顎と後頭部を両手で挟み込むようにして、一気に首を捻り折る。
一瞬の痙攣と鈍い手応えの後、男の身体が完全に脱力した。絶命した肉塊をさっさと肩に担ぎ上げ、素早く地面へと飛び降りた。
本当はもっと痛めつけて、全身の骨を折って生皮を剥いでやりたい位だが生憎、今は時間との勝負だ。
魔力で着地の衝撃は分散させ、微音を潮騒に紛れさせる。
最初に処理したゴミが転がっている窓際の死角へと戻り、三つ目をその隣へと並べた。
(まだ、残りの奴らは動いてない……まったく、ノロマの愚図どもで助かった)
残る外周の四人は、こちらの異変に誰も気付いていない。
そこからは、ただの退屈な作業だった。
死角から死角へ。魔力で加速した俺の移動速度に、雑魚が反応できるはずもない。背後から近づき、声を上げる暇すら与えず、ナイフの一閃と頸椎の破壊だけで順番に息の根を止めていく。
五分と経たずに、外周の四人は物言わぬ肉塊へと変わり、先ほどの窓際へと積み上がった。
血のついたナイフの刃先を、最後に殺した男の衣服で拭い去ると、未だに呑気に正面に佇んでいるであろう、玄関前の三人へと意識を向ける。
ーー誰に牙を剥いたのか、身の程を教えてやる。




