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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第一章 夜に堕ちた祈り
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21話 断罪の胎動

 夜が明け、柊夜はついに動き出した。

 決意を宿した眼差しで、迷いなく自宅アパートの扉を押し開く。


 「さぁ……終わらせる。この手で、すべてをっ!」


 意気込んで一歩を踏み出した瞬間——視界がぐにゃりと歪む。

 息を詰まらせるほど異様に重い空気がのしかかり、柊夜の体を押さえつけた。


 「な……なんだよ、これ!?」


 扉の向こうに広がっていたのは、血を滲ませたように赤黒く染まる空。

 足元の地は炭のようにひび割れた黒。

 明らかに、現世とは隔絶した異界だった。


 「っ!?」


 本能的に危険を察した柊夜は慌てて振り返り、扉に手をかける。

 だが——。


 「……ない? ない!? どこにもっ……!」


 自分が出てきたはずの扉すら消え失せていた。

 完全に異界へ閉じ込められたことを悟り、震えが背を走る。

 その肩を、強い手が掴んだ。

 力強い声音が響く。


 「落ち着け。冷静になるんだ。私と君は一心同体。

 君はひとりではない。——私がいる」


 生き霊、《夜の執行者 エグゼ》。

 霧子の妖刀すら弾き返すその力は、今や柊夜の内を満たしている。

 恐怖にすがるには、十分すぎる存在だった。


 「……そうだな。ありがとう、少し落ち着いたよ。

 で、ここを出るにはどうすればいい?」


 「この異界と現世を繋ぐ“縁”を断ち切る。

 そうすれば奴らは現世へ干渉できなくなる。

 かつて戦った白髪の女の刀と同じ要領でな」


 「マジかよ……そんなことまで……」


 相手の技を一度で学び取るエグゼの適応力に舌を巻きながらも、

 柊夜は一筋の安堵を覚える。


 「右腕を大きく開け。掌に力を込めろ。

 ——大鎌を持つ自分を、強くイメージするんだ」


 言われるまま念を込める。

 次の瞬間、掌にズシリとした重みが現れる。

 視線を落とすと、そこには背丈を超える巨大な大鎌が握られていた。


 「さすがだ、私の創造主。初めてにしては見事だ。

 その鎌も、君ならば容易く振るえる」


 試しに持ち上げると、見た目の重厚さに反して羽のように軽い。

 柊夜が構えを取ろうとした、その時——。


 「……マテ……オ前タチ。

 アノ……憎キモノタチ……コロス、ノカ……?」


 歪んだノイズのような声が空間に木霊する。


 「——あっ、お前は……!」


 振り返った先に立っていたのは、赤黒い人型の異形。

 真昼の除霊のたび姿を見せた、あの怪異だ。


 『事件を知った人たちの中に芽生えた……加害者に対する怒り、嫌悪、恐怖、そして罰を望む声──

 そういう負の感情が集まって、ひとつの集合体として形になったの』


 夢の中で真昼から聞かされた時の言葉が、頭をよぎる。

 肉を裏返したようなその外見は吐き気を催すほど禍々しく、霧子のいない今、恐怖が膝を縛りつける。


 「狼狽えるな。何度も言っただろう。

 私は君と一心同体。あの程度の者に——恐れる必要はない」


 エグゼの声音に、柊夜はハッと目を見開く。

 自分はひとりじゃない。背には力強い存在がある。

 震えを押し殺し、地を踏みしめて異形を睨み返す。


 「そうだ……俺が、あいつらを殺す!

 これは俺の復讐だ! お前なんかに渡さない!」


 吠えるような叫びをぶつけると、異形もまた応じるように

 のっぺりした顔に怒気を滲ませた。


 「オ前……奴ラヲ確保スル。

 我々……奴ラニ……苦痛ニ満チタ死ヲ与エル。

 役割……絶対ダ。背クナラ……貴様トテ……許サナイ!」


 次の瞬間、地面が脈動するように盛り上がり、粘り気を帯びた泥の塊が数十も噴き出した。

 それらはぐじゅりと音を立てながら人の形へと変貌し、赤黒い異形の群れとなって柊夜とエグゼを取り囲む。


 「……我々ノ中デ……最モ……強イ憎シミ……持ッタ、オ前……我々ノ頭ニシタ。

 コレ……誤リ。協力関係……決裂!」


 ざわり、と群れ全体に不気味な波動が走る。

 視線も口も持たぬのに、幾十もの眼差しが刺さるような圧を放ってくる。

 だが、エグゼは不敵に嗤った。


 「戯言を。私はもとより、この手で殺すために生まれた。

 以前は力が足りず柊夜くんのお姉さんの身体を借りていたが……今は違う。

 十分な力を得た今、貴様らに断罪を任せる理由はない。

 役割?そんなものは不要だ!

 断罪は私一人で足りる。お前たちの出る幕は、もうないっ!」


 挑発に呼応するように、柊夜の胸を焦がす復讐心が燃え上がる。

 その感情とエグゼの憎悪が溶け合い、握る大鎌が震えて勝手に跳ね上がった。

 全身が熟練の戦士のように自然と構えを取り、柊夜は息を呑む。


 「かっ、身体が……勝手に……いや、違う……! 

 俺の怒りが……力に変わってる!」


 「恐れるな。私の刃はお前の刃。お前の憎しみが、私を強くする!」


 異形たちがじりじりと迫り、刹那、一斉に飛びかかってきた。

 闇が崩れ落ちるように襲い来る中、柊夜は思わず目を閉じた。


 「振り抜けッ!」


 エグゼの号令と同時に、轟音とともに大鎌が振り抜かれる。

 漆黒を裂く光の弧が走り、群れの数体が悲鳴を上げて煙のように掻き消えた。


 「ギャァァァッ!?」


 だが、それでも群れは怯まない。


 ボコ……ボコボコッ!


 異形たちの肉体が泡立ち、腕が破裂して異形の武器へと変じる。

 カッター、釘の刺さったバット、ダンベル、バール、割れた酒瓶——。

 どれも真昼を嬲り殺すために使われた道具たちが歪な模造品として顕現、憎悪の記憶そのものが武器となり、雨あられと襲いかかる。


 「防げっ!」


 大鎌が自動で柊夜の前に構えられ、青白い霊力の光が盾のように広がる。

 だが、喧嘩慣れしていない柊夜に暴力の奔流は直視できるものではなく、思わず目を瞑り、防戦一方に追い込まれる。


 「ぐっ……くそっ……!」


 後方からの一撃が背中を叩きつけ、柊夜は地面に倒れ伏した。

 間髪入れず、群れが群がり、凶器の雨が容赦なく降り注ぐ。

 金属の鈍音とガラスの割れる音が連続し、衝撃音が空間を満たした。


 「やっぱり俺には……無理なのか……?

 ちくしょう……ちくしょう……!」


 柊夜は身を丸め、震えながらも歯を食いしばり、拳を握り締める。

 悔しさが爪を皮膚に食い込ませ、血の気を奪う。

 絶望が喉を塞ぎかけたそのとき、耳を打ったのはエグゼの叱咤だった。


 「しっかりしろ! まだ動けるだろう。これしきで“痛む”のか?」


 (……痛む? そういえば——!)


 柊夜は気づいた。

 あれほど打ち据えられたのに、身体はどこも痛まない。血も出ていない。

 恐る恐る手で体を探ると、無傷だった。


 「えっ……なんで……?」


 怪異の腕を振り払って立ち上がる。

 なおも打撃は続くが、まるで硬質な鎧を纏っているかのように微動だにしない。

 驚きに目を見開く柊夜の隣で、エグゼは口角を吊り上げた。


 「君の身体は私の霊力で護られている。

 こんな三下の攻撃、強い霊力を帯びた君には通じない!」


 恐怖で縛られていた表情が和らぎ、決意の色が目に宿る。

 エグゼはそれを見逃さず、声を叩き込んだ。


 「もう怖くない。さぁ、奴らを蹴散らせ!

 始めよう、私たちの悲願を。奴らに——地獄をっ!」


 エグゼの言葉に背を押され、柊夜は大鎌を高く構えた。

 身体を大きく捻り、全身の力を一点に収束させる。——次の瞬間、爆ぜるような斬撃が放たれ、空間そのものを裂き割った。


 「ナッ……ンダトッ、ギャァァァァァァッ!」


 振り抜かれた一閃は衝撃波となり、周囲の怪異を巻き込み爆風の渦を生む。範囲外にいたはずの個体すらも紙屑のように軽々と吹き飛ばされていく。

 空を覆っていた赤黒い瘴気は裂け目から吸い込まれるように消え失せ、代わって澄んだ青空が広がった。


 ——異界が閉じ、現世へと帰還したのだ。


 なおも地に転がった一体が、呻きながら柊夜の足元に縋りつく。


 「コレデ……終ワッタト……思ウナ……。

 奴ラ……必ズ……断罪……我々ガ……」


 最後の怪異は声を絞り出し、呪詛を残そうとする。

 柊夜は冷ややかな視線を落とすと、黙して大鎌を振り下ろした。

 鈍い音と共に霧散し、静寂だけが残った。


 「……よくやった。どうだ、力は馴染んできたか?」


 エグゼの問いに、柊夜は大鎌を見下ろして頷く。


 「あぁ……ありがとう。

 これで奴らに報いを与える力を掴んだ。もちろん楽には死なせない。俺の復讐心を象徴するこの刃で、ゆっくりと魂に罰を刻み込んでやる」


 浮かんだ笑みは晴れやかでありながら、その奥底は毒に蝕まれていた。

 エグゼはそれを見抜いたかのように腕を組み、口端を吊り上げる。


 「……最後に仕上げをしておこう」


 そう告げられると、柊夜の身体は自然と大鎌を構えていた。

 操られているわけではない。ただ、“そうせずにはいられない”という本能が突き動かしていた。


 「異界と現世を繋ぐ“縁”を断ち切るのだ。奴らが我々の復讐に干渉できぬようにな。

 以前、松野 和馬を追い詰めた時も、奴らに邪魔をされて取り逃した……。だが今思えば、あれは必然だった」


 エグゼは視線を柊夜へと向け、微笑を浮かべる。


 「君と二人で断罪を果たすために、な。

 橘 隼人と桐谷 翼は奴らに譲ってしまったが、残る三人は必ず私たちの手で。

 ——特に諸悪の根源、安西 亮はこの刃で地獄に叩き込む」


 その言葉に、柊夜の胸奥から黒い炎が吹き上がる。復讐の誓いが、心臓を焼き焦がす。

 必ずや復讐を果たす。姉・真昼の無念を晴らす。


 「これは、その祝杯だッ!」


 高々と振り上げた大鎌が、空間に走るわずかな歪みを捕らえる。

 次の瞬間、斬撃が閃き、異界と現世を結ぶ“縁”は断ち切られた。


 ……気がつけば、柊夜はもう自分のアパートの前に立っていた。

 胸の奥に残る決意の余韻を味わう暇もなく、街特有のざらついた空気と人いきれが現実へと引き戻す。


 「……おい、見つけたぞ」


 朝の柔らかな光が届かない路地から数人のチンピラ風の男がぞろぞろと姿を現した。

 顔はだらしなく緩み、下卑た笑いを浮かべながら柊夜へとにじり寄る。


 「朝比奈 柊夜クンだな?

ちょっと俺らと来てもらおうか。……わかるよな?」


 一人がナイフを抜き、刃をギラつかせて見せつける。

 今までの柊夜なら恐怖に足をすくませていたに違いない。

 だが怪異の群れと死闘を繰り広げた今となっては——目の前の人間たちなど取るに足らない存在だった。


 「……わかりました。着いていきますよ」


 声は驚くほど静かで、余裕すら感じさせる。

 彼らを今ここで黙らせることは造作もない。だが、柊夜はあえて従うことを選んだ。

 エグゼの力は絶大だが、人目のある場所でそれを振るうのは愚策。警察を呼ばれて復讐どころでも無くなれば元も子もない。

 ならば、相手が望む“人目のない場所”まで導かれるのも悪くはない。


 「ハッ……いい子じゃねえか。お兄さんも安心したよ」


 下卑た笑い声が朝の静けさに滲んでいく。

 チンピラたちに囲まれた柊夜の姿は、やがて朝日を拒む薄暗い路地へと静かに飲み込まれていった。



 *****



 とある建物の一室——。

 真田はそこに潜んでいた。

 周囲には古びて禍々しくも神秘的な気配を漂わせる法具が、結界を成すかのように並べられている。

 壁一面には札、札、札——ぎっしりと貼り付けられ、異様な空気を放っていた。


 「除霊女の事務所から拝借してきたはいいが、使い方なんざ知ったこっちゃねぇ。

 ……まぁ、無いよりマシだろ。

 にしても……なんかやけに寒ぃな。気のせいか?」


 部屋に並ぶ法具は、全て神城調査室から盗み出したもの。

 霧子を生き霊から守る盾としか見ていなかった真田にとって、彼女はもう用済み。

 だが『タダで帰るのは損』と、土産でも掠め取るような気軽さで荒らしていったのだ。

 もちろん罪悪感など、これっぽっちもない。


 ──ピロリロリン♪


 ポケットのスマートフォンが軽快に鳴り、真田は取り出して画面を覗く。

 そこに浮かんでいたのは、たった一行。


 「確保完了」


 「……ククッ、ようやくか。

 これでまず、あのガキは終わりだ。

 霊だろうが人間だろうが……俺の邪魔をした時点で同じこと。叩き潰す。それだけだ」


 真田は冷気の漂う部屋の中、ひとり静かに息を吐く。

 その口元には、不敵で不気味な笑みが刻まれていた。

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