112話 雪花
我が家のリビングルームで防人は頭を抱えていた。いや、内心は頭を抱えたかったが、平然とした表情で頬杖をついていた。ハードボイルドに、ニヒルな余裕の笑みを浮かべて。
なぜならば、風香は良い情報を手に入れたという表情で帰宅したが、セリカたちが残っているからだ。信玄たちも一緒にいます。どうやら風香は深読みしてくれたらしい。平家の温存していたスキル持ちが目の前に現れたことに。陰謀に慣れた奴らは勝手に色々と考えるから助かるね。
恐らくは、源家への伝手を作りたいとのアピールもあるのではと深読みした模様。隠している方が良いのに、あんなにアホっぽく出現したらそう思うわな。
天津ヶ原コーポレーションの面々はそうは思わないけど。
突如として現れた和服美女に対しての説明責任を求む、といった感じだ。当然だよな。
ドヤ顔でソファに脚を組む着物少女もいます。困っている元凶だ。なんて説明すりゃいいわけ?
セリカは俺の隣に座ってにこやかな笑みを浮かべて、俺の肩にもたれかかっている。なんだか、正妻ですのでという雰囲気を出して、雪花を牽制しています。頬が赤く恥ずかしそうにしているので、よしよしと頭を撫でれば逃げ出すだろうか。膝の上にはあたちの定位置なのと幼女が座っているが、それはいつものことである。
「雪花ちゃんの名前は天野雪花。天才にして最強の攻撃力を持つのじゃ。防人の認知されていない子供じゃ」
気を利かせたのか、アホな設定を話し始める雪花。
「そういうの良いから。恥ずかしいんだよ、聞いてて」
俺自身が呆れて、手をひらひらと振って雪花を止める。そういうのはアニメやドラマとかでやってくれ。誰も信じねーから。この娘はアホな娘?
『ちっ、なぜ勝手に起動したんですか! せっかく可愛らしい雪だるまデザインを考えていたのに。なんで以前の身体で、いえ、なんで勝手に起動したんですか! じゃあくフローキスにするつもりだったのに。あれは最強だったのに』
『ふふん、ピ、雫! 主様は雪花ちゃんがラインナップに入ったことを確認した時に起動を考えた! 既に起動していたのじゃ! あっはっは! 正義は勝つ!』
『拡大解釈! 拡大解釈です! さては意識を持っていましたね!』
『これからは天才たる雪花ちゃんに戦いは任せるが良いぞ! そなたは幽体でふよふよ浮いているが良いぞ! あっはっは!』
ふよふよ浮く幽体の雫が口を尖らせて不満を口にして、顔には出さずに、それを思念で言い争う雪花。君、とっても器用だね。まぁ、良いや。
「こいつは雪花。しばらく前に保護した一人だ。別地区から流れてきたんだ」
無理がある説明だが、その程度で話を終えておく。こういった場合、設定とかって決めておくと、後でツッコまれるからな。ミステリアスにして、何も考えないようにしておくぜ。
「ふん、そのとおり。この雪花、過去の名前は命を助けられた時に捨てた! 今日からは天野雪花ちゃんじゃ!」
「はぁ……いつの間にこんな娘を保護してたんだ?」
信玄がふむんと胸を張る雪花に疑うような表情で見る。そりゃそうだ、これで疑わないのはあほか、劇の出演者だけだ。
「僕が手伝っていたのさ! ねぇ、天才たる雪花ちゃん? お伽噺の妖精を保護するように、僕も手伝ったのさ。一点しか点を取れない雪花ちゃん」
「む……。まぁ、多少は手伝ってもらった。が、恩は主様に返そうと思う」
意外なところからの救援が入って、少し驚いちまう。なんでかセリカが面白そうな表情で助け舟を出してくれて、不満そうな顔をして雪花が舌打ちをするが、話を合わせる。この2人、というか、雫も合わせて3人か。なにか関係あるんだろうな。
『雫、今の俺の人生設計にこのことは関係するか? レールを敷き直す必要があるのなら話を聞こう』
『今のところは問題ないかと。便利な部下が……あんまり便利に使えない、使えない頭の悪い女ですが、少しは役に立つでしょう』
平然と平静とした顔で答えてくれる雫さん。全くその表情からは真偽は読み取れない。いや、バリバリ不満は感じます。
ふむ、と考えるが、信用するしかないか。今のところはと言うなら、せいぜい好き勝手に想像するだけにしておくさ。
「まぁ、雪花ちゃんは恩義はあっても、恋愛感情はない。というか、年上すぎるのではないのかのぅ?」
「なにを言っているのか、さっぱりわからないけど安心したよ」
セリカは表情を柔らかくし、ホッと安堵して、ケラケラと雪花はソファに深くもたれかかり、足を組んで笑う。改造着物姿でやるな、足を組むなら、普通のズボンとかにしろよ。あと雫さんもうんうんと頷いて安堵しないように。
「雪花の素性はこれで終わりだ。皆、それで良いか? とりあえずは信用して良い」
話を戻して、面々を見渡す。
「う〜ん、怪しすぎるが、防人がそう言うなら良しとしておこう」
「強い人間は歓迎ですからね」
廃墟街の連中なんかどうせ戸籍もなく、どこから来たのか分からない奴らばっかりだ。信玄も勝頼も渋い顔をしながらも頷く。納得はしていないだろうが、それは俺も同じだから、気にすんなよ。
「任せよ、主様。そなたの願い、雪花ちゃんが解決してやろうぞ! Dランクのコアを稼ぐ部隊を作りたいのじゃろ?」
「ん? 作れるのか?」
「うむ、あの情けない奴らをDランクを少しは倒せる程度まではな。基本的な身体の動かし方とマナの使い方を教える。ステータスどおりの力を発揮できれば、もう少しはマシにできるのじゃ。天才たる雪花ちゃんが使える女だと教えておかんとの」
胸を張る雪花だが、信用できるんかね?
『雪花ちゃんは認めたくはありませんが、単体戦闘で私の次に強いのです。正面突破しかしないアホですが、訓練の教官には相応しいかと』
抜け目もなかなかなさそうでもある。こいつはセンセーショナルな出現をするために機会を待っていたと言っている。それは半分本当かもしれないが、半分は嘘だ。
俺の情報を密かに集めていたに違いない。隠れ潜み、俺という男がどんな人間なのか? 人間関係は? なにを目的にしているか情報を集めていたのだろう。アホそうに見えても、状況判断には優れている可能性が高い。
『雫さんがそう言うなら、任せてみるか。ステータスにはそんなのないけど』
『彼女は使えないスキルの使い方を変えて、他の部分で強くなった努力家です。なので、スキルには表示されません』
ふ〜んと、改めて雪花のステータスを見る。ミケやコウみたいに見れるんだよな。こいつはコウやミケと同じく独立しているんだよ。雫と違い縛り時間がないのだ。
天野雪花
マナ300
体力400
筋力400
器用400
魔力300
固有スキル 一点、闘気法中効率変換、魔法中効率変換
スキル 拳術4、水魔法4、闘術4、無魔法3
普通のステータスだ。いや、普通ではないが。俺たちのステータスと変わらない。いや、少しは違うけど。そこには、目立ったスキルは一点のみだ。他には特に珍しそうなスキルはない。なぜか、闘気法と魔法の中効率変換を覚えている。
いや、なぜかではない。本当は理解している。雫と同じく俺と魂で繋がっていると感じているからだ。彼女を信用している理由でもある。ようは雪花も見かけは独立しているが、残機スキルの枠に入っているのだ。なぜか時間縛りなどは消えているが。そのためにスキルも共有できているし、信用もできる。スキルの共有範囲は劣化しているようだが、そこは独立して行動できている弊害なのだろう。
しかし、努力で強くなったタイプ、か。天才と自称してはいるが、実際は努力タイプと。なるほど、それならば教官には相応しい。自分の練習方法を使うのかもしれないしな。雫は天才タイプだから、そういうのは苦手だろうし。
『見えない所で、力を持つ、か。良いじゃんね、気に入ったよ』
『可愛らしい雪だるまなら、もっと気に入ったと思うのですが』
『そなたはそろそろ種族を悪魔に変えるが良いのじゃ』
この2人は相性抜群で泣けてくるね。まぁ、良いや。
「オーケーだ。雪花、とりあえず任せよう」
「ふっ、任せておくのじゃ。では、早速鬼教官ぶりを見せようぞ。大木君と馬場、ついてくるのじゃ!」
人間関係は調査済みであることを示すように2人を連れていく。
「信玄、お前らも見てこいよ、後で話を聞こう」
「ん……あぁ、後で話を聞かせろよ? 話せる範囲でいいからな」
俺の言葉に手を振って口元を曲げると、信玄は他の面々と去っていく。
「花梨、先に帰っていてくれないかな? 僕は少し防人と話があるんだ」
「わかったにゃん。それじゃまた後でにゃ」
セリカも花梨へとお願いをすると、猫娘は素直に頷いて去っていく。全員気が利いて良いね。
セリカと二人だけに
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
ふんすふんすと鼻息荒く膝の上でパタパタ足を振る幼女が残っていたが、まぁ、良いか。
「で、だ。出来の悪い芝居に有り難くも皆は付き合ってくれた。セリカはなにか言うことはないか? とりあえず俺の知人は、俺には話さないほうが良いと判断しているんだが」
雫から無理に話を聞かない理由のひとつ。それは極めて簡単な話だ。
俺が聞いたら不利になるのかもしれないってことだ。鶴の恩返しの機織りをする鶴を覗いてしまったり、金の卵を生む鶏の腹を捌いてみたり、とかな。
信頼も信用もしているパートナーが話さない。それはそういうことではないかと、推察している。今までの雫とのやり取りからダンジョンに関わることだとは薄っすらと理解している。
人類を弄ぶ存在。滅亡させることなど簡単なはずなのに、それをしない。が、人類の繁栄を阻むように活動する。使えないスキルに、攻略させる気のないダンジョン、システマチックに活動をしており、そこにはからかうといった感情は見えない。機械的な動きをする相手といったところだ。
どうやら俺はそのバグっているようなダンジョンに対抗できるスキルを持っているらしい。脆弱性を突けるスキルといったところか。しかして、その根幹は分からない。意識をしたら、パッチが当てられて、防がれる可能性があるから、雫は教えてくれないのかも知れないし、他の理由があるかもしれない。
そして、セリカと雪花は雫と同じような感じだ。タイムトラベラー? 別世界から来た旅人? よくは分からないが当たらずといえども遠からずといったところだろう。
まとめるとそんなところか。
「その知人がそう言っているのであれば、僕からも言うことはないね。なんで僕の前に姿を現さないかはわからないけど。仮面の少女、確実に僕の仲間だと思うんだけど」
「そりゃ、セリカが信用できないからだろ?」
何言ってんの? 当然の答えだと思うぜ?
「酷いなぁ……。まぁ、隠れる必要があるんだろうな。もう一人は杳として見つからないけど……。僕は僕の考えで活動をしていて、その内容は語るつもりはないから、まぁ、仕方ないかな」
ちろっと舌を可愛くだして、悪びれる様子もなくセリカは答える。そうだろう、そうだろう。セリカは目的のためならば、平然と味方ごと撃つタイプだからな。
「それじゃ、俺とはいつもどおりの関係ということでいいのか? 雪花が現れたけど?」
「別に構わない。彼女の挑発的な名前は内街に憶測や噂話を生み出すだろうけど、彼女の造形などはカメラに映ったフローキスと全く違うからね。まさか魔物だったとは誰も思わないだろう。それに魔物の時とは戦闘スタイルが正反対だ」
それは良かった。そこが気になっていたんだよな。だが、憶測や噂話ねぇ。平家だけトップチームは無傷で残ったことから、何かしらがあるということだ。セリカはその中で上手く立ち回るつもりなのだろう。
「ふふふ、防人のスキルはなんとなくわかるよ。魔物を召喚して使役するタイプ。しかも面白いことに設計から行える。なるほど、なんとなく親友が行おうとしているアプローチは想像できる」
全然違う予想を得意げに言う少女を可哀想に思うが、今までの俺の行動から、そうやって推理してもおかしくはないか。否定はせずに肩をすくめるだけにしておく。
「それと、僕との関係は、そ、その、もう少し進めてもやぶさかではないかもしれないよ?」
「幼女が見ているから教育に悪いことはできないな」
ウトウトとしている幼女の頭を撫でながら答えると、むぅと口を尖らせて……そのままズササと後退った。
『セリカちゃん……なにをしようとしたのかは理解できますが、ヘタレですね、知りませんでした』
可哀想な娘を見るように雫がセリカを見つめる。
何かしらを言おうとして、またやり返されるのを恐れたのだろうとは俺もわかるぜ、雫さんや。
『雫さんはその点躊躇ないよな』
『当然です。全機召喚の縛りがなくなったら、まずは結婚式ですからね。指輪は月給の三ヶ月分で良いですよ』
ふふんと胸を張り得意げな雫さん。そこは正反対だな。
「まぁ、とりあえず現状は確認できた。雪花の訓練に期待しつつ春を待つことにする」
「なにか面白いことがあったら、僕にも教えてほしい。それで、その……むぅ、このセリフを言うと危険かも? むぅぅ、ち、ちぅ? そんなことをしたら食べられるかも」
キャーと顔を真っ赤にして、身体をくねらせて悶えるセリカを放置して、俺は雪花の訓練を見に行くかと考えるのであった。