表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

キミが思うより夜は長いから


 ――あぁ、退屈だ。

 ヒマを持て余している。


 役目はひとつだけ。

 ただ、道を照らし続けること。


 日が沈んでから、翌朝がやってくるまで。

 毎日休むことなく。


 それは代わり映えのない日常。


 やることはなく、変化もなく、娯楽もない。

 あぁ、ヒマでヒマで仕方がない。


***


 上野駅の一階。ホームの真下に、一軒の本屋がある。


 それほど大きくはないが、小さくもない。じつにちょうどいい広さの書店だ。


 この空間が、なかなか気に入っていた。


 必要以上に長居したくなる。


 新刊コーナーの本をひとつひとつ確認していく。


 そうして気になった本を一冊だけ購入した。


「――――」


 満足して本屋を後にする。


 さて、家に帰ろう。


 そうなると、駅から出ることになる。


 僕の家は、上野からすこし離れた商店街の中にある。


 そこまで戻るには、電車やバスといった交通機関を使うと、逆に遠回りになってしまう。歩いて帰るしかない。


 アメ横近くの出口を目指して歩いていく。


 駅から出るまでなら、さほど距離はない。すぐに駅前の交差点に出た。


「……!」


 そこでやっと、外が真っ暗になっていることに気づいた。


 窓のない建物にいたから仕方ないのだが、あまりの暗さにすこし驚いた。


 まだ六時前だというのに。


 どんどん日が短くなっていく。


 夏ならば、この時間はまだまだ太陽が出ているはずだ。


 こうまで暗いと、なんとなく早く帰らなければならない気がしてくる。


 駅前広場を抜けて、歩道橋を越えていく。


 そうして、細い路地に入った。


 たまにしか使わない道。


 それこそ上野駅から帰る時くらいしか使わない。


 人通りはなかった。


 普段から、歩いている人を見かけたことはない。


 僕だって、滅多に通らない。


 前に通ったのは、何日前だったか?



「…………」


 ふと、違和感を覚えた。



 すこし進むと、すぐにその正体に気づく。


 街灯の下に少女がいた。


 僕と同年代くらいの女の子が。


 ジーンズのスカートに、大きめの緑色のジャンパーはブカブカで、同じく緑色のキャップをかぶっている。


 街灯に照らされながら、ガードレールに腰かけていた。


 物珍しそうに、僕のことを見つめている。


「――」


 見ない顔だった。


 ならば、やることはひとつだ。


 彼女の前まで歩み寄り、一礼する。


「こんばんは。あなたとは、はじめましてですよね?」


 声をかけると、少女は意外そうに目を見開いていた。


「へぇ……あたしのこと、見えるんだ?」


「まぁ、そういう体質なので」


「話しかけられたのは、初めてだよ」


 一目見てわかっていた。彼女は人間ではない。


「あなたは……この街灯ですか?」


「みたいだね。何日か前から、こんな姿になれるようになったけど」


「通りで見ない顔だと思いました。付喪神になったばかりなんですね」


「なるほどね、これが付喪神か……」


 僕の言葉に、彼女は納得するように数回うなずいて、それからため息をついた。


「まぁ、なりたくてなったわけじゃないけど」


「……」


 本当にそうだろうか?


 付喪神は伝えたいことや、大事な想いがあるから人の姿になる。


 何もないなら、こうはならないはずだ。


「僕は、付喪神よろず相談所というのをやっていまして。何かお困りの時は、相談に乗りますよ」


「ふぅん、相談所ねぇ……」


 興味なさそうにつぶやいてから、少女が視線をこちらに向ける。


「じゃあ、さっそくお願いしてもいい?」


 どうぞ、と無言でうながす。


 彼女は疲れた表情で、ため息をついた。


「朝まで話し相手になってよ」


「え?」


 思わぬ要求だった。


「どういうことですか?」


「あたしは、この灯りがついている間、ずっと起きていないといけないんだよ。でもね、退屈なんだ。だから、ヒマつぶしに付き合ってくれない?」


 なるほど、理由はわかった。けれど、それなら別の方法があるはずだ。


「せっかく付喪神になったんですから、どこかに遊びに行けばいいのでは?」


 一番楽な方法を提案してみる。けれど、



「それがさ、動けないんだよ。ここから」


 あぁ、そうか。



「ここに立ち続けることを前提に作られているから、ですね」


 付喪神になったばかりでは、まだ力も弱い。


 本来のあり方に、強い影響を受けてしまう。



 街灯が動くことなんて、想定されていない。


 ならば、彼女だって動けないはずだ。


「数年もすれば、自由に動けるようになると思いますけど……」


「そんなに待てないよ。意識そのものは何年も前からあったんだ。その時から、ひたすら苦痛だったよ。もう退屈で死んでしまいそうなくらい」


 娯楽がないのだと、彼女は嘆いた。


「立って、道を照らすだけ。立っているだけでいい。他にやることがないんだよ。その上、ここは人もあまり通らないから、変化もない。そんな日が延々続くんだ。辛いもんだよ」


 だからヒマつぶしに付き合ってほしい、と重ねて頼まれる。


「といっても、朝までというのは……」


「まぁ無理にとは言わないよ」


 断られても構わないと彼女は言う。


 けれど、無下にはできない。


 ようは朝まで時間をつぶせればいいわけだ。


 なら、簡単な方法がある。


「これなんて、どうですか?」


 ついさっき上野駅で購入したものを、彼女に差し出す。


「本……?」


「ヒマつぶしには、ちょうどいいですよ」


「でも、これキミのでしょ?」


「お貸ししますよ。明日のこの時間、回収に来ます。ついでに、次の本も持ってきますよ」


「ふぅん……」


 考えるように、僕と本とを交互に見つめる。


 それから彼女は、そっと本を受け取った。


「まぁ、ものは試しかな」


「ぜひ。おすすめですよ」


 すこしは興味がわいたのか、彼女は本をぱらぱらとめくる。


「この本、そんなにおもしろいの?」


「さぁ? まだ読んでないので」


「じゃあ、なんでおすすめなのさ?」


「夜に本を読むのは、気分がいいですから」


「あぁ、そういう意味ね」


 僕の言葉を咀嚼するように、うんうんうなずいてから、こちらに視線を戻す。


「初めて声をかけてくれた人のおすすめだし、とりあえず騙されたつもりで読んでみるよ」


「では、明日また来ます」


「うん、じゃあね」


 手を振る彼女に見送られて、僕はその場を後にした。




 そして約束通り、翌日の同じ時間に、街灯の下へとやってきた。


 彼女は見るからに不機嫌そうだった。


「ダメだね」


 開口一番、これである。


「本は気に入りませんでしたか?」


 この問いに、彼女はあぁ失敗したとでも言いたげに視線をそらす。


「いや、えっと……本はよかったよ。おもしろかったし、いい感じに時間もつぶせたし」


「じゃあ、なにか問題でも?」


「大ありだよ! 短すぎる。こんなもんじゃ、夜が明けるまで持たないよ」


 不機嫌の原因が、やっとわかった。


「あぁ、確かに。一般的な文庫本では、一晩超すのは難しかったですね」


「今度からは、もっと分厚い本を持ってきてよ」


「気をつけます。厚みが足りない時は、数で補いましょう」


「うん、よろしく」


「とりあえず今日の分は、これで我慢してください」


 僕が差し出したのは、昨日貸したものと同程度の文庫本だった。


「……まぁ、今日は仕方ないね」


 彼女はため息をつき、渋々といった様子で受け取る。


 代わりに、昨日貸した本を返してもらった。


 その本を眺めながら、提案してみる。


「お望みなら、今から別の本を持ってきてもいいですけど……?」


「そこまでしてくれなくてもいいよ。一応、これはあたしのワガママみたいなもんだし。キミは充分よくしてくれてるから」


 不自由をしているのは彼女のほうだし、もう少し欲張ってもいい気がするけれど。


 まぁ本人が望まないのなら、ここは引き下がろう。


「では、今日はこれで。明日はもっと文字量の多い本を持ってきます」


 言って、その場を去ろうとすると、


「ちょっと待って」



 彼女が声をかけてきた。


「もうひとつ、お願いがあるんだけど」



「えぇ、聞きますよ」


 拒む理由はない。



 続きを待つ僕に、彼女は少しためらいながら、ゆっくりと口を開いた。


「あのさ……たまには話し相手にもなってよ」


 最初と同じ要求。


「ヒマつぶしなら、本だけで充分だと思いますけど?」


 彼女はこちらを見ない。


 疲れたように、ため息をもらす。


「それでも、夜にずっと本を読むだけってのも……疲れるし、ちょっと虚しいんだよ」


 静かに東の空を見上げている。早く朝が来ることを願うように。


「夜が明けるまで、ずっと一人っていうのも、あんまり気分がよくないしね。人恋しいっていうのかな?」


 辛いんだよ、と漏らす。


「キミが思うより夜は長いから」


「…………」


 確かに、僕は夜の長さを知らないだろう。


 明け方まで起きていた経験は、何度かあるけれど基本的には寝ている。


 目を覚ましたら、とっくに夜が明けている。


 それでは、夜の長さなんてわかるはずもない。


 朝が来るまで、起き続けなくてはならないモノの気持ちだって、正確にはつかめないだろう。


 最初から彼女は、話し相手を求めていた。


 ただのヒマつぶしだと言っていたけれど。


 それだけではなかったのかもしれない。


 考えが甘かった。


「そうですね。では、たまに話をしに来ますよ」


 請け負うと、彼女は初めて笑みを漏らした。


「じゃあ、さっそく今夜、話し相手になってよ」


 いきなり、か。


 かといって、付喪神のお願いは、なるべく断りたくない。


「……わかりました。朝までとはいきませんが、少しだけなら」


 仕方なく了承すると、彼女は満足そうにうなずいた。


「さて、なにを話そうか?」


 ちょっとだけ嬉しそうに問いかけてくる。


 上野に生まれた新しい付喪神とは、友好な関係を築けそうだ。


 新たな友人を得たことに、僕のほうもちょっとだけ嬉しくなってしまう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ