ハロウィンにご用心
――ヒトに害を。
■■はそういうものだから。
しかしどうすればいいか、わからない。
その方法を知らない。
ならば仕方ない。
殺してしまおう。
***
十月の末日だった。
とはいえ、月末だからといって、特別なことなどしない。
いつも通り学校に行って、放課後に食材や日用品を買ってから帰るだけ。
何も変わらない日常。
そうして僕は一人で暮らしている骨董店へと帰ってきた。
古い木造の戸を開ける。
「……」
戸の向こうに女の子がいた。
小さな、幼稚園児くらいの子が。
紺色の着物を着た女の子。
彼女はこの店で預かっているモノなので、店にいることは不思議ではない。
そう、いるだけなら何の問題もない。
しかし、さすがに無視できない点もあった。
「……どうして、袋をかぶっているのかな?」
彼女は紙袋を頭からかぶっていた。
かわいらしい丸顔も、古風なおかっぱも隠されてしまっている。
……。
僕の問いかけに、彼女は何も答えない。付喪神なのに、無口な子なのだ。
代わりに両手を上げて、一歩だけ距離を詰めてきた。
「――」
動物が威嚇するような動きに見えた。
とはいえ、あまり迫力はない。
あくまでもお遊びとしての、ゆるい動きだ。
本気で威嚇しているのではなく、「私は威嚇しているぞ」とアピールしているような。
「……えっと?」
そこまではわかったけれど、結局のところ彼女は何がしたいのだろう?
困惑していると、彼女は手を差し出してきた。
両手を器のようにして。まるで、何かを受け取ろうとするように。
なにかを要求するように。
「――あぁ」
そこでやっと理解した。
今日は十月の末日。つまりはハロウィンだ。
彼女のかぶっている紙袋は、仮装のつもりなのだろう。
そしてハロウィンに仮装をしたのなら、要求も自然とわかってくる。
トリックオアトリート。
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。
つまりはそういうことなのだろう。
「ちょうどよかった。スーパーでおまけをもらったんだ」
ハロウィンフェアということで、会計の時に飴玉をいくつかもらえた。
そのうちのひとつを買い物袋から取り出し、彼女の手のひらに置く。
……。
やはり彼女は何も言わない。
けれど、雰囲気が変わった。
彼女のまとう空気が華やぎ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
紙袋のせいで表情こそ見えないが、満面の笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
ひとしきり喜んだあと、彼女は僕に頭を下げる。お礼のつもりだろう。
その直後、彼女の体が揺らめいた。
輪郭がぼやけ、徐々に体が透けていく。
そうして彼女は白い煙となって消えてしまった。
白い煙は何かに操られるように、ある一ヶ所へと吸い込まれていく。
骨董店の商品たちと一緒に並んでいる、小さな手鏡に。
その鏡にすべての煙が飲み込まれ、そばにはさきほど僕が渡した飴玉が置かれていた。
すぐには食べないようだ。
「――」
しかし付喪神が西洋から来たハロウィンを楽しむというのもおかしな話に思える。
まぁあれだけ喜ばれてしまっては、こちらとしても止める理由はないけれど。
とはいえ、これは困った事態になるかもしれない。
これが彼女だけで終わるとは限らないのだから。
他の付喪神たちもお菓子をほしがるかもしれない。
そうなると、手持ちが心もとない。
スーパーでもらった飴玉も、残りは数個。
うちにいる付喪神の数を考えると、とても配りきれない。
子どもの姿で現れる付喪神に限定したとしても、圧倒的に数が足りない。
追加でお菓子を買ってくるべきだろうか?
けれどもしかし、そもそも他の付喪神はこういうイベントに興味がないかもしれない。
せっかく用意したのに、無駄になる可能性も極めて高い。
さて、どうしたものか?
そうやって思案しているときだった――
――こんこん
骨董店の戸が叩かれた。
来客だろうか?
うちにお客が来るなんて、ずいぶんと珍しい。
「どうぞ」
入ってくるように促す。しかし、
――こんこん
再び戸が叩かれた。
「……?」
自ら入ってくる気はないらしい。
……あるいは、入ることができないのか。
うちを訪れるのは、ヒトだけではない。
こちらの常識が通じるとも限らない。
そんな彼らの相談を受けるのが僕の役目なのだから、ここは無視するわけにもいかない。
「なにかご用ですか?」
向こう側に声をかけつつ、古い木造の戸に手をかける。
それから、ゆっくりと開けていく。
「――!?」
わずかに戸惑う。
なぜなら、店の前に巨大なかぼちゃが置かれていたから。
僕の背丈より大きい。
高さにして二メートルちょっとはありそうだ。
横幅は五メートルほど。
これほど大きなかぼちゃは見たことがない。
ついさっき帰ってきたときには何もなかったというのに、一体どこから運ばれてきたのか?
そもそも、これほどの大きさのかぼちゃは現実にありえるのだろうか?
疑問を抱きながら眺めていると、かぼちゃに変化があった。
わずかに震え始める。
とっさに店内へ引き返そうとした僕だが、
「――」
直後、闇に飲まれた。
気づけば、僕は暗闇の中に立っていた。
「なにが……?」
認識できたのは、かぼちゃが上下に裂けたこと。
そして、まるで口を開くように割れた裂け目が、僕の体を丸のみにしたこと。
「……」
状況がまったく理解できない。
けれど、確かに感じるものがあった。
空気が違う。
ねっとりとまとわりつくような、異質な空気が満ちている。
この感覚は――
「あちら側だね」
付喪神たちの世界。
彼岸に近い場所。
本来、人間が立ち入ってはいけない空間。
「これは……まずいね」
下手をすると、戻れなくなる危険性もある。
とにかくまずは帰る方法を見つけないといけない。
しかしそもそもどうして僕はここに来てしまったのか?
原因がわからなければ、解決方法も見つけにくい。
「さて、どうしたものか?」
考えを巡らせようとした時だった。
声が響く。
――■■■■■■■■■■■■■■■■
声にならない声が。
この声の聞こえ方を、僕は知っている。
付喪神になりかけているモノの声だ。
主張したい言葉は確かにあるのに、それを伝える方法を知らない声。
つまり僕は今、付喪神のなりかけに関わっている。
「…………」
頭を抱えたくなった。
これは本当にまずい。
ここから抜け出す方法は、この付喪神なら知っているだろう。
けれど、その付喪神と言葉を交わすことができない。
こうなってくると、なかなか難しい。
――■■■■■■■■■■■■■■■■
再び、声が響く。
まるで僕を急かすように。
加えて、新しいことが起きた。
僕の目の前にふたつ、白い手が現れた。
手首までしかない右手と左手。
「……?」
何が起きているのか理解が追いつかない。
判断に迷っているうちに、右手が動き出した。
手のひらを上にして、僕の前に差し出される。
まるで何かを受け取ろうとしているように。
この手の形には既視感があった。どこかで見たような?
もう少しで思い出せそうという時に、今度は左手が動いた。
そこで後悔する。
悠長に見ている場合ではなかった。
右手の平和的な動きに油断していたのかもしれない。
未知の事態が起きているのだから、もっと警戒するべきだった。
右手が僕のノドにつかみかかってきた。
「――っ!」
息ができない。
強い力でつかまれているわけではない。なのに呼吸ができなかた。
強制的に息を禁止されているように。
ここは相手側の空間だ。そのくらいのことはできるだろう。
「…………っ」
苦しい、意識が遠のく。
気づけば、両膝をついていた。
けれど、その時――
――ガサッ
と思わぬ音が続いた。
膝をついた音ではない。
では、何の音なのか?
無意識に、音のしたほうへ視線が向く。
そこに買い物袋が落ちていた。
そうだ、僕はスーパーで買い物をして、その荷物を置くことなくここに来た。
だから買い物袋を持ったままだったのだろう。
そんなことを気にしている余裕もなかったから、すっかり忘れていた。
「……っ!」
そして同時に、あることを思い出した。
買い物帰り、家に着いて真っ先に起きた出来事を。
玄関にいたのは、ひとりの女の子。
小さな手鏡の女の子が両手を器のようにして、僕に差し出していた。
まるで何かを受け取ろうとしているように。
僕の目の前には、白い手がある。
手のひらを上にして、何かを受け取ろうとしているように待ち構えている。
「……」
ダメで元々だろう。
このまま何もしなければ、僕は連れていかれるだけなのだから。
自然と手が伸びていた。
買い物袋の中から、あるものを取り出す。
こぶしの中に収まるほど小さなものを。
白い右手の上にこぶしを運び、そっと指を開く。
おまけでもらった飴玉が、僕の手から白い手へ渡る。
――――ッ
直後、空間が震えるのを感じた。
歓喜するような、晴れやかな振動を。
「…………」
気づけば、僕は自宅である骨董店の前に佇んでいた。
周囲に暗闇はなく、僕を飲み込んだかぼちゃも姿を消している。
「助かったみたいだね……」
安堵の声がもれる。
さきほどまでの苦しさが嘘のように、いまでは普通に呼吸ができていた。
つかまれていたノドをなでながら、さきほどの暗闇と白い手を思い出す。
「――お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」
あの付喪神が言っていたであろう言葉を繰り返してみた。
おそらくだけれど、あれはハロウィンという概念の付喪神だったのだろう。
「海外の文化が付喪神になるなんて、時代を感じるね……」
日本にハロウィンという単語が根付いてから、そこそこの年数がたっている。
なら、こういうこともあるだろう。
けれど、あれはまだ不完全で、行動も極端だった。
ハロウィンにしては、あまりにも行動が過激すぎる。
しかし理由は何となく理解できる。
日本のハロウィン文化は、本来のそれと異なる。
人によってとらえ方も違う。
そのことに本人自身も戸惑っているのかもしれない。
彼、あるいは彼女がどんな付喪神になるのかは、想像が難しい。
理解を深め安全なモノに落ち着くのか、勘違いから危険なモノに陥るのか。
どうなるかなんて、誰にもわからないだろう。
けれどもしかし、たとえどんな結果になろうとも、僕がやることは変わらない。
この命が果てるまで、付喪神の隣で生き続けるだけだ。




