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笑うマンドラゴラは恋を知らない  作者: ゆうひかんな


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2/2

後編 夏が終わり、秋が訪れる頃


 ユリアは恋をした。笑うマンドラゴラに。


 さわさわ、さわさわと。

 夜風に吹かれて、重なり合うように咲く花が揺れる。

 泣き笑いの顔でユリアはマンドラゴラの葉に触れた。


「あの日、どうして私に声をかけたの?」

「毎日、他の子は同じことの繰り返しで、だんだんと世話に飽きていく。でもユリアは飽きることなく薬草に手で触れて、声までかけていただろう。その横顔が真剣で、微笑ましくて。そういう優しいところも素敵だと思ったからだ」

「やっぱりマンドラゴラが言う台詞ではないわね」

「面白い顔なんて言ってごめん。ユリアは誰よりもかわいいよ」


 触れた葉は、魔法植物とは思えないほど温かい。

 ユリアがこの熱に気づいていたら。

 もっと早く、少しでも早く。この笑うマンドラゴラを救えていただろうか。

 ユリアは静かに口を開いた。

 

「もしあなたが、人になれるとしたらどうする?」

「そうだね。もしなれるのなら、私は人になりたい」


 迷うそぶりを見せずに、マンドラゴラは即答した。

 胸の痛みには気づかないふりをしてユリアは無邪気な顔で笑った。


「どうして?」

「そうすればユリアに愛していると言えるから」


 痛みをこらえるようにユリアは強く手を握った。

 忘れてしまうのに、私のことは何もかも。

 この胸を焦がすような痛みが何なのか、今のユリアにはわからない。それでも人に戻ることが願いなら叶えてあげたかった。


「わかった、願いを叶えてあげる」


 微笑んで、ユリアはマンドラゴラの頭上に手をかざす。

 解呪のやり方は勉強した、でも本の知識だけで初めてのこと。でも今の自分ならできそうだということだけは、なぜか感覚でわかるから不思議だ。

 ふと、ユリアを見上げるようにマンドラゴラの葉が揺れる。


「最後に一つだけ、いいかな?」

「うん、何?」

「ユリア、君を愛している」


 ユリアは小さく息を呑んで、瞳を揺らした。


「まだ人になってないのに、先走りすぎじゃないの?」

「早く言いたくて。続きはまた後で伝えるよ」

「そう……じゃあ、またね」


 次がないことを、ユリアは知っている。

 けれど笑った。

 泣きそうになりながら、それでも最後まで笑って見せる。

 笑顔だけを覚えていてほしいから。

 ユリアは添えた手から枝を経由させて、少しだけ魔力を流した。元気のない植物へ力を分け与えるときのように、「負けるな」という願いを込めて。

 笑うマンドラゴラを見つめながら、ユリアも笑った。


「愛しているわ。だから、どうか幸せに」


 ユリアの言葉が響いた瞬間、震えるようにマンドラゴラが身を揺らした。

 パリンという薄いガラスが割れるときのような甲高い音がして、白い光が爆ぜる。あまりのまぶしさにユリアは思わず目を閉じた。

 光がおさまったところで、ユリアはゆっくりと目を開ける。

 畑に生えていた笑うマンドラゴラは、まるで最初からいなかったかのように、きれいさっぱりと消えていた。


「解呪できたから、元の居場所へと帰ったのね」


 音のない、静かな薬草園を月明かりだけが明るく照らす。

 その場に座り込んだユリアは、月を見上げて膝を抱えた。


「さようならって言えなかったな」


 どうしても言えなくて、ユリアは「またね」と答えてしまった。

 こらえていた涙が頬を滑り落ちて、次々と服に乾かない染みを作る。

 

「名前もわからない。歳も、顔も。次はないとわかっていたのにバカだなぁ」


 ふふっと笑って、ユリアは相変わらず月を見上げている。

 きっと今ごろはどこかの家で、いなくなった人間がいきなり戻ってきたと大騒ぎになっていることだろう。いなくなった間のこと、不幸だった過去を忘れて愛する家族と共にしあわせに暮らしていくはずだ。


 風の音と、虫の鳴く声。

 日常を彩る音は、ユリアの周りにいくつも残っているのに。


 マンドラゴラの笑う声だけは、もう響かない。


 ◇◇◇


 夏が終わり、秋が訪れ。

 少しずつ冷たくなっていく風を感じながら、ユリアは今日も薬草園に水を撒いていた。

 この夏、ユリアはとても濃厚な時間を過ごしたように思う。

 夏は薬草園にとって恵みの時期であり、一年で一番過酷な時期で。毎日、飽きることなく生えてくる雑草と戦った日々は今でも夢に見る。

 今やユリアにとって、雑草とは殲滅すべき憎き敵だ。

 奴らは抜いても抜いても次々と、元気いっぱいゾンビのように生えてくる。生える場所とか、間隔とか、ちょっとは遠慮しろと声を大にして言いたい。


 けれどそういうときは、ほんの少しだけ笑うマンドラゴラのことを思い出す。


 あの一件は、ユリアの周囲にささやかな波紋を残した。

 原因はユリアが図書館で見つけた本だ。

 本に挟まれた二つ折りになった紙、綴られた言葉には実のところ続きがあった。


『どれだけ恋焦がれても、笑うマンドラゴラを愛する者はいない。この呪いは絶対に解けないものだ。愛を返してもらえない私の痛みを思い知れ、ざまあみろ。ざまあみろ!』


 緻密に計算された呪いの設計書とは対照的な、勢いに任せて乱暴に書き殴られた文字。紙からは、まるで血が滴り落ちるようだった。

 深い憎しみを感じさせる文字と内容にユリアの背筋に悪寒が走る。


 ――――これ、七不思議番外編に出てくる生徒が書いたものじゃない?


 直感で持っているのは危険だと判断したユリアは、内容にざっと目を通して要旨を把握すると、二つ折りの紙を本と一緒に司書の女性教諭に手渡した。


「こちらの本ですが、背表紙に落書きがあって、おかしな紙がはさまっています」

「変ね。こんな本が図書館にあったかしら?」

 

 首をかしげつつ、紙面に目を通した女性教諭の顔がこわばった。思い当たる節があったようで、「後で連絡するから」とだけ言い置いて足早に立ち去る。


 数日後、言葉どおりに何人かの先生から発見当時の事情聴取を受けた。そのついでに「おかしな本を見つけたとしても触らないように」とだけ注意を受ける。

 しばらくして何冊か図書館から本が撤去されたことと、「私物の本を図書館に持ち込むことを禁じる」という注意書きが学園の掲示板に貼り出されて終わった。


 以降、ユリアの周囲は静かなままだ。

 けれど、この後始末があったおかげで何となく察した。


「もしかしたら、あの本が呪いの触媒だったのかも」


 だとすれば無防備にも程がある。

 解呪しようとした私が、代わりにマンドラゴラになったとしたら笑えない。

 何にも知らずに、しっかりとつかんだ両手を恨めしそうに見つめてユリアは深々と息を吐いた。

 けれど噂にあるように、笑うマンドラゴラの声を聞いても気がおかしくなることはなかったし、ユリアが不幸に見舞われることもなかった。


 唯一、心のどこかに穴は空いたままであることを除いたらだけど。


 ユリアは見送った日と同じように空を見上げた。

 あの日と違い空は高く澄んで、希望に満ちあふれている。


「ちゃんとしあわせになれたかな?」


 笑うマンドラゴラは、今も笑っているだろうか。

 人に戻ったマンドラゴラの行く末を見届けることができなかった。

 そのことだけが心残りで、ユリアはほんの少しだけ眉を下げる。

 そのときだった。

 

「こんにちは」


 背後から美しい声が響いて、ユリアは振り向いた。

 そこには、一人の男性が立っている。

 初めて見る顔だ。若葉のような薄緑の瞳と優しい微笑みが印象的な人。容姿から同じくらいの年齢で魔法学園の制服を着ていることからも学生だということがわかった。

 不審者ではないとわかって、ユリアはほっと息を吐いた。


「驚かせてごめんね。私はアレン、二年生です」

「私はユリア、同じく二年生よ。ごめんなさい、初めて見かけたような気がするけれど……もしかしてどこかですれ違っていたかしら?」


 するとアレンは首を振った。


「いや、ないと思う。復学したばかりだから」

「まあ、そうなの?」

「長期療養中だった。難しい病気だったみたいで闘病中の記憶がないんだよ」

「それは大変だったわね……」

「本当は君達より一歳年上なのだけど。一年ほど休学していたこともあって、勉強が追い付かなくて。だから三年に復学するよりは、二年生からやり直すほうがいいだろうということになったんだ。でも二学年には知り合いが少なくてね、いろいろ教えてくれるとうれしいな」

「もちろんよ。わからないことがあったら聞いてね!」


 ユリアは微笑みながら手を差し出した。

 アレンはまぶしそうに目を細めて、差し出した手を握り返す。

 そういえばと、思い出したようにユリアは首をかしげた。


「もしかすると薬草園に用事があったのかしら。授業で使う教材用の薬草は、こんな奥じゃなくてもっと手前に植えてあるものだけど?」

「あ、ううん。そうじゃないんだ」


 周囲を見回して、アレンはうれしそうな顔をする。


「懐かしいんだ」

「懐かしい?」

「病気の後遺症なのか、はっきりと記憶にはないんだけどね。なぜかこの辺りが一番懐かしい」


 ユリアは周囲を見回した。

 薬草園は滅多に人の来ない場所の一つだ。復学したということだから、病気になる以前にここへ来たという意味だろうか。


「でもこの区画には珍しい花はないし、マンドラゴラしか育てていないわよ?」

「そうだね、マンドラゴラだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「えっ!」


 顔を跳ね上げてユリアは目を見開いた。

 美しい声で紡ぐ、この独特の言い回し。

 それをユリアが忘れるわけはなかった。

 

「今、何て」

「理由はわからないけれど、どうも私はこの場所が好きみたいだ」


 アレンは照れくさそうに笑うと、慎重にユリアと距離を縮める。

 土の匂いと、新緑のような緑の瞳がマンドラゴラと重なってユリアの鼓動が跳ねた。


「それにね、どういうわけか君を見ていると懐かしい気持ちになる」

「えっ」

「ごめん、意味がわからないよね」


 視線をさまよわせて、アレンは顔を赤くする。

 ほんの少しだけユリアの胸が熱くなった。


 失われた記憶は戻らなかったけれど、想いは消えなかった。

 ――――私だけでなく、彼も。

 そんなふうに都合よく考えてもいいのだろうか。

 慎重に、慎重に。言葉を選んでユリアも少しだけ距離を縮める。


「気に入ってもらえてよかった。独特の形をした根のせいかマンドラゴラは嫌われてしまうけれど、春には小さく可憐な紫の花を咲かせるの」

「この区画が紫で染まるのか、それは見てみたいな」


 柔らかく目を細めて、アレンは微笑んだ。

 ユリアを包み込むような笑い声。

 記憶に残る笑い声と同じだ。

 

「また来てもいい?」

「もちろん」


 ユリアはスカートについた土を払い落とした。

 園芸用の手袋を外して、アレンの後ろについて歩き出す。さりげなくユリアの代わりに園芸用の道具を持ったアレンが手袋に目を止めた。


「私も手袋を買おうかな」

「もしかして薬草園の管理を手伝ってくれる?」

「邪魔しないようにするから、いいかな? 実は薬草学が好きなんだ。マンドラゴラだけでなく、それ以外の魔法植物についても知りたい」

「私も薬草学が好きよ。おそろいね」


 ユリアは笑った。

「好き」を積み重ねて、失った恋をもう一度やり直す。

 ここから先は誰も知らない、私達だけの物語。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

余談ですが、なぜユリアに呪いが効かなかったのかについて、文中には出てきませんが「女性だから」としています。女性を除いたのは優しさではなく、単純に「呪いの触媒を移動させる人間」の存在が必要だったからでした。

より、ホラー味が増してしまいましたね(汗


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素敵なお話をありがとうございます(*˘︶˘人)
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