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笑うマンドラゴラは恋を知らない  作者: ゆうひかんな


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1/2

前編 春が終わる頃から、夏の始まりに

 

 春が終わる頃。

 薬草園の片隅でユリアは奇妙な植物を見つけた。

 ガサリと不穏な音が響いて、ユリアの心臓が嫌な音を立てる。


「ふふっ」


 ……笑った。

 目の前の光景が信じられなくて、ユリアは思わず後ずさる。

 ちょっとまって、今たしかに笑ったわ!


「ふふふっ」


 葉を揺らしながら、マンドラゴラが楽しそうに笑っている。

 マンドラゴラとは引き抜くと悲鳴を上げる伝説の魔法植物。しかし目の前のそれは悲鳴どころか、まるで人間のように笑っているのだ。

 土からはみ出た根の一部が歪んで、笑った顔のようにニンマリと弧を描く。

 こんな顔……この部位は顔でいいのか、こんな光景を見せられて驚くなというほうが無理だ。

 

「ぎゃー!」


 ユリアはでっかい悲鳴を上げて、尻もちをついた。

 魔法学園に通うユリアは薬草学だけが得意な、ごく普通の人間だ。マンドラゴラの群生する薬草園の管理を任されたのだって、領地が田舎で植物の扱いに慣れている、それだけの理由で選ばれただけのこと。


「あなた、なんで笑うの?」


 震える声でユリアが尋ねると、マンドラゴラは笑うように葉を揺らした。


「君が面白い顔をしたから」

「何ですって、失礼極まりないわね。引っこ抜くわよ」

「ダメだ、耳当てがない状態で抜くと君が死んでしまうだろう!」

「あなた、マンドラゴラでしょう。何でそんな知識を持っているのよ?」


 しかも、妙に気遣いができるマンドラゴラだった。

 驚きすぎて、逆に冷静になったユリアは首をかしげる。


「ねぇ、あなた。本当にマンドラゴラなの?」

「マンドラゴラだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「そうよね、混乱してバカなことを聞いたわ」


 話すマンドラゴラなんて、ユリアは聞いたことも見たこともなかった。

 けれど目の前に生えているのは、どこから見ても立派に育った一等級のマンドラゴラで。だからユリアは一周回ってこのマンドラゴラは変異種なのだと思うことにした。

 だって、そのほうが平和だから。

 笑って話す魔法植物。でも所詮はマンドラゴラだ。根っこはしっかり埋め直したし、自分に被害が及ぶ心配もない。

 何事もなかったという顔でユリアはスカートについた土を払った。

 歩き出した背を追って、マンドラゴラの笑う声が響く。


「またおいで」

「もちろんよ。この畑をお世話する係を任されたの。だから、また来るわ」


 なぜかは自分でもわからない。

 返事を聞いたマンドラゴラがうれしそうに笑うのを、ユリアはほんの少しだけ、かわいいと思ってしまった。

 結局、ユリアは畑に奇妙な魔法植物が生えたことを先生に報告するのをやめた。

 引っこ抜かれて、そのまま縁が切れてしまうのは惜しくなったから。

 

 その日から、ユリアの奇妙な生活が始まった。


 ◇◇◇


「ユリア、おはよう」

「朝から畑に埋まってる植物に挨拶されるの、まだ慣れないんだけど」

「私は慣れたよ」


 マンドラゴラは、いつも楽しそうに笑っていた。

 植物なのに美しい少年の声を持ち、妙に賢い。ユリアは毎日授業の後で薬草園を訪れ、作業の合間にマンドラゴラと話した。

 うれしいことがあれば報告し、嫌なことがあれば愚痴をこぼす。

 最初は警戒したけれど、次第にそれが当たり前になった。

 マンドラゴラはいつもユリアの話を笑って聞いてくれる。ときには的確な忠告をし、悲しみには寄り添って。ユリアを傷つけることは、決してなかった。


「ユリアは優しいね」

「そうかな?」


 畑の隙間に生えた雑草をひょいと抜きながらユリアは首をかしげる。

 目の前で引き抜く雑草だって命だ。人の都合で無慈悲に命を奪う私が、優しいはずはない。


「急にどうしてそう思ったの?」

「口うるさいだけの私を引っこ抜かないじゃないか」

「あなたは雑草とは違う。引っこ抜かないじゃない、引っこ抜けないのよ」

「そうか、引っこ抜けないのか」

「だって、あなたは特別だもの」


 すくすくと育った葉の先にユリアは指で軽く触れる。

 どのマンドラゴラにも平等に愛情を注いだつもりだけれど、気がついたときにはこの奇妙な魔法植物がユリアの一番のお気に入りになっていた。

 指先で触れたマンドラゴラは、くすぐったそうに笑った。


「ユリアの、そういうところが好きだよ」


 不覚にも、好きという言葉にユリアは動揺した。

 このマンドラゴラは、最近たびたびユリアを好きだと言う。


 もちろん相手は植物だ、言葉の裏には何の意味もない。


 ユリアは深々と息を吐いた。

 だから恋なんてあるはずがない、そう思っていたのに。


 ◇◇◇


「ねえ、聞いた?」

「何を?」

「学校の七不思議の番外編、『笑うマンドラゴラ』の話よ」


 ユリアはピタリと手を止めた。

 図書館で薬草学のレポートを書いていたときのこと。女子達の噂話が、書棚の奥から偶然聞こえてきたのだ。気配を消して、ユリアは耳をすます。

 

「何それ、番外編なんてあるの?」

「そうよ、先輩に聞いたの。先輩はさらに先輩から。あまり人に話すと災いが降りかかるそうだから、あなただけ特別に教えあげる。どう、聞きたい?」

「もちろん……聞きたいに決まっているじゃない!」

「あなたならそう言ってくれると思ったわ。あのね、こんな話なのよ」


 昔、この魔法学園に通う生徒が恋をした。

 相手は大変人気のある、誰もがうらやむような人。

 奇跡的に思いは通じて付き合うようになると、生徒は一途に相手を愛した。けれど実ったように思えた恋は、相手の裏切りを知ったことによって無惨にも砕け散る。

 自分を愛したのは、身分違いの恋人の存在を隠すためだった。

 一途に愛していたからこそ、生徒の絶望は深かった。そして絶望が深いだけ、憎しみも激しく燃え上がる。

 憎しみの果てに何があったのか。

 ささやくような声量だったけれど、本の隙間から明瞭にユリアの耳にも届いた。


「自分の命を対価に、相手に呪いをかけたそうよ」

「じゃあ、もしかして呪いの成果物が笑うマンドラゴラ?」

「そう。呪いに触れた者はマンドラゴラになってしまうの。だから学園の畑では夜になると呪われたマンドラゴラが笑い声を上げる。その笑い声を聞いた者も呪われて、気がおかしくなってしまうそうなの」

「マンドラゴラが笑うなんて……こわいわ」

「この話のさらにこわいところはね、生徒の作った呪いの触媒が今もまだこの学園に残されているのではないかと噂されているところなの」

「どういうこと?」

「最近はないそうだけど。昔は何年かおきに、この学園で行方不明者が出たそうよ。結局、今も本人達は見つかっていないという話なの」

「まさか、嘘でしょう⁉︎」

「嘘だと思うでしょう? でもね、行方不明者が出た年は必ず、薬草園にマンドラゴラの株がいつのまにか増えると聞いたわ」


 思わずペンを取り落としてユリアは顔色を悪くした。

 では、あのマンドラゴラはもしかして……。

 女子生徒はさらに言葉を重ねた。


「先輩が言うには、いまだに呪いの触媒が何かはわかっていないらしいの。よほど上手にこの学園のどこかへ隠したのでしょうね」

「でも親や先生達からそんな話を聞いたことはないわよ?」

「だって、噂だもの。どこにでもある学校の七不思議の延長線上にあるような話を誰が信用する? それならまだ行方不明になった原因は家出とか、連れ去られたとかのほうが大人達は納得するわ」

「それは……たしかにそうね」

「この学園では今のところ、行方不明になった人はいないわね。事故や体調不良で長期休暇を取得している人が何人かいるだけでしょう。療養が功を奏して、治療が成功すれば復学の可能性はあるから、行方不明になっていないだけマシかも」

「そう考えるとね」

「いい、この話はナイショよ。特に呪いの触媒を探し回るような好奇心旺盛な子には話さないように気をつけて!」

「もちろんよ、任せて」


 書棚の奥から足音がして、ユリアは不審に思われないようペンを握り直した。集中しているふりをして、参考書に書かれた内容をノートに書き写す。

 視界の端に女子生徒が姿を現すと、ユリアの存在に驚いたような気配を感じた。けれど、ユリアがノートに視線を落としたままでいると何も言わずに脇を通り過ぎていく。姿が見えなくなったところでユリアはひっそりと息を吐いた。

 こうして秘密は秘密でなくなり、いつか噂として広まっていくものだ。

 ユリアは静かに立ち上がった。


「たしかめないと」


 笑うマンドラゴラが、もしこの学園の生徒であったら。

 美しい声で話し、妙に賢く思えたのもうなずける。

 急いで図書館を出て、ユリアは薬草園に足を運んだ。

 いつもの場所で、すくすくと育っているマンドラゴラはユリアに気づくとうれしそうに葉を揺らした。


「いらっしゃい、ユリア。どうしたの、そんなに急いで」

「ねぇ、あなたは誰なの?」


 余裕のないユリアは単刀直入にたずねた。

 するとマンドラゴラは、いつかと同じ言葉を口にする。


「マンドラゴラだ。それ以上でも、それ以下でもない」


 自分をマンドラゴラと疑ってもいない態度にユリアは察するものがあった。

 もしかすると、人としての記憶を失っているのかもしれない。

 ユリアはこのマンドラゴラのことを先生に相談するか迷った。けれど脳裏に、先ほどの女子生徒達の会話がよみがえる。


 ――――だって、噂だもの。誰が信じる?


 気持ちを落ち着かせるように、ユリアは深く息を吐いた。

 そうだ、今のままではきっと信じてもらえない。


「ユリア、どうしたの? 何か悩みがあるのなら聞くよ」


 ふさふさと葉を揺らしてマンドラゴラはユリアに枝を伸ばした。

 マンドラゴラでないのなら、ここにいるのは人間だ。

 ユリアは自分が先生に言いつけることで、この優しい人が人々から呪いの象徴のように扱われ、見せ物にされることを何よりも恐れている。


「なんでもないわ、大丈夫」

「無理しないでよ」


 それなら証拠を見つけて、私が呪いを解く。

 覚悟を決めたユリアは、ふたたび図書館に戻った。


 ◇◇◇


 日は流れて、夏の始まりに。

 授業の合間をぬって図書館の資料を漁っていたユリアは一冊の本を手にした。

 そのときはすでにマンドラゴラについて書かれた薬草学の参考書を読み直し、呪いを解く解呪の紹介された本もあらかた読み尽くしたという段階で。

 けれど、いまだ答えにはたどり着けないでいる。


 ついに、ユリアは呪いそのものに触れた分野の書物へと手を伸ばした。

 魔法学園の図書館に並んでいるのは一般的なものしかないが、呪いに関する書物は禁書に指定されているものが多い。それほど危険なものだ。

 けれど噂を信じれば呪いをかけたのは生徒だ。自分と同じ閲覧権限しかない生徒の立場で呪いを編むのに図書館の禁書を参考にしているとは思えない。

 

「解呪がむずかしいというだけで、呪いそのものの仕組みは単純なはずだ」


 その可能性にユリアはかけた。

 そして、運命の日。ユリアがたまたま手にしたその本は、目立たない場所で埃をかぶっていた。

 最初、ユリアは見逃していたけれど、たまたま背表紙が目に入って、いたずら書きのようなマンドラゴラの絵が書かれていることに気がついた。


「図書館の本に落書きしたらダメじゃない」


 つぶやくように文句を言いながらユリアが手に取った瞬間、ふと違和感を覚えた。


「本の間に何かはさまっている?」


 開いてみれば、ページの間に二つ折りにたたんだ紙がはさまっていた。

 ユリアは息を呑んだ。

 本を読み漁ったからわかる。二つ折りにした紙は呪いの設計書のようなものだ。そこには乱れた文字でこう書かれている。


『笑うマンドラゴラは、人の愛で人となる。しかし人となったとき、マンドラゴラは対価としてその人との記憶を失うことになるだろう』


 ユリアは息を呑んだ。

 対価を捧げて、呪いを解く。解呪の方法はありきたりだ。

 でも、捧げる対価はユリアにとって何よりも重かった。


 もしこれが本当なら。

 人となればマンドラゴラの記憶は失われて、私を忘れる。


 ◇◇◇


 その夜、私は薬草園へ向かった。

 月明かりの下でマンドラゴラは静かに笑っている。


「浮かない顔だね、何かつらいことがあったの?」


 いつのまにか、マンドラゴラは表情まで読めるようになっていた。

 こんなのマンドラゴラじゃない、人だからこそできることだ。

 いまさらのように気づかされてユリアは思わず泣き笑いの顔になる。

 途端に、マンドラゴラの声音が変わった。


「君が悩むのは私のことじゃないか?」

「どうしてそう思ったの?」

「何となく、最初から」

「気づいたのなら、どうして言わなかった?」

「君が悲しむと思ったから」


 ハッと息を呑んだユリアに、マンドラゴラは優しく答えた。


「私はね、ユリア。君に会えて幸せだった」

「そんなこと」

「だからユリアが選んだ答えなら受け入れる」

 

 胸が痛かった。こんなにも苦しいのはなんでだろう。

 ユリアに答えはわかっていた。


 笑うマンドラゴラをかわいいと思った理由。

 必死になって、解呪の方法を探した理由。

 

 いつのまにかマンドラゴラではなく、人として愛していたのだということを。


いつもと少し雰囲気の違うお話にしました。二話完結、本日の19時に後編を投稿予約しています。夏になったので、少しだけ涼しくなれるもの(本人比)を書きました。お楽しみいただけるとうれしいです!

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