辺境都市ポトロック ジロー起動
歴史博物館のエントランスホールでは、ジローの脇に鉄パイプの支柱を組んで簡易クレーンを設置し、取り外したディーゼルターボエンジンを持ち上げて、運搬用のパワーリフターに載せる作業がおこなわれていた。二百キロの重さのディーゼルターボエンジンを移動させるのは一苦労だ。サトムもシゲも汗まみれになって黙々と作業をしている。
ディーゼルターボエンジンをパワーリフターに載せ終えたところで、ジローの横をすり抜けるようにしてユーリがエントランスホールに走り込んできた。
ユーリに気付いたシゲが声を上げた。
「お、何じゃ・・・お嬢じゃないか。逃げたんじゃなかったのかい」
全力で走ってきたのだろう、ユーリは咄嗟に答えることができずに、口を大きく開けてハアハアと肩で息をしている。
「どうしたんだ、まさか、アントローチが・・・」
サトムの声は、ドオンという爆音と身体を揺らす衝撃波で遮られた。天井からパラパラとコンクリートの破片が落ちている。
ユーリを追ってきたアントローチが、歴史博物館の建物に向けて火球を発射したのだ。火球は建物の二階部分に命中し、直径二メートルほどの穴を空けた。穴の周辺のガラス窓が粉々に砕けて、雨のように地面に降り注いでいる。
ジローの陰に身を隠すようにして外を覗いたサトムは、顔を曇らせた。
「アントローチだ。このお嬢さん・・・ユーリだっけ・・・を追ってきたな。マッタク、余計なことをしてくれるぜ」
サトムはユーリにチラリを目をやった。顔つきはいかにも迷惑だと言わんばかりだ。ユーリがムッとした顔でサトムを見返した。
「そんなこと言ったって、仕方がないじゃないの」
「この建物の中で大人しくしていればよかったんだ。外に出るからこんなことに・・・」
「あたしにはあたしの都合があるんだよ! そんなこと、あんたに言われたくないね」
「何を!」
いまにも取っ組み合いのけんかを始めかねないふたりの間にシゲが入って、ふたりを分けた。
「サトムもお嬢もその辺にしとけ。いまはそんなことしとる場合じゃないんじゃ。サトム、時間がないぞ」
サトムが『ああ』と顔色を改めたとき、二発目の火球が建物に命中した。
「こりゃあいけない。シゲさん、急ごう。この建物が崩落する前に、作業を終わらせて逃げ出さなければならない」
「どれくらい持ちそうかな」
サトムは周囲をグルリと見回した、まだ壁や柱や天井には亀裂などは入っていない。
「鉄筋コンクリート造だから・・・地下階なら一時間か、持って二時間・・・応援のアントローチがこなければいいが・・・」
「ギリギリだな。よし、いくか」
サトムとシゲはパワーリフターを押して、歴史博物館の建物の裏手にある、地下駐車場兼地下階に延びるスロープに向かった。いつ電源が落ちるかわからない状況で、物資運搬用エレベーターを利用することは危険だ。エレベーター内に閉じ込められでもすれば、一巻の終わりだ。
「ちょっと、あたしはどうすればいいのよ」
置いていかれそうになったユーリが慌てて声をかけた。サトムは見向きもしない。好きにしろと思っているのだろう。シゲが振り返った。
「お嬢の横の台車にジローのバッテリーと燃料入りのポリタンクを載せてある。お嬢は、台車を押して、儂らについてきてくれ」
『お嬢って何よ』と口に出しかけてユーリは言葉を呑んだ。三発目の火球が建物に命中した爆発音が響いてきたのだ。
一時間後
SRB‐P00のディーゼルエンジンを取り外して、ジローのディーゼルターボエンジンに置き換える作業はほぼ完了し、各種配管・電気系統の接続とバッテリーの搭載作業に取り掛かっていた。サトムとシゲはSRB‐P00のエンジンルームに身体を突っ込むようにして、慌ただしく作業をしている。
三十分前に室内の照明が消えた。ポトロックの町はずれにある太陽光発電施設が破壊されて電力供給がストップしたのだ。サトムのリュックサックに入っていた小型懐中電灯のか細い灯りの下で、黙々と作業が続けられている。
断続的に続いていたアントローチの火球攻撃が先程から止んでいるのは、歴史博物館の一階から三階の地上部分は完全に破壊されて瓦礫と化したからだ。地下一階部分も天井が崩落してほとんどが埋まっている。『整備工区』がある地下二階部分も、天井を支えている柱のどれかひとつでも折れれば、均衡を失って瞬く間に潰れてしまうだろう。
サトムたちの周囲に、天井からバラバラとコンクリートの破片が落ちている。壁や柱や天井にも無数の亀裂が走り、いつ崩落してもおかしくない状況となっている。そう長くは持ちそうにない。
三十分が経過した。
地下二階部分は、まだ奇跡的に崩落を免れていた。
SRB‐P00のエンジンルームからシゲが顔を上げた。油でまだら模様に汚れたその顔には満足気な色が浮かんでいる。
「サトム、作業完了だ。燃料の軽油を入れてくれ。お嬢、お前さんの足元にある小型バッテリーを駆動運転士席の足元に置いてくれ。そのバッテリーを駆動運転士席からスターターモーターの回路に接続する」
サトムがポリタンクを持ち上げてSRB‐P00の燃料タンクに給油し、ユーリが小型バッテリーを抱えてSRB‐P00に乗り込んでいる最中にも、天井からのコンクリート片の剥落はひっきりなしに続いていて、しかも、落ちてくるコンクリート片の数が多くなり、かつ、欠片のようだった大きさがこぶし大になっている。もはや時間の余裕はなさそうだ。
シゲがエンジンルームを閉めた。
「サトム、搭乗しよう。駆動運転士は儂がやる。分析調整士と操作操縦士はどうする?」
サトムはリュックサックを肩に掛けながら言った。
「分析調整士は私がやりますよ。統一国家の軍事部参謀室に勤務していたので、RRB‐Tシリーズの基本仕様は理解していますし、レーダーなどの情報機器類の扱いには慣れていますから。SRB‐P00も何とかなるでしょう。それじゃあ、お嬢は操作操縦士を頼む」
SRB‐P00の搭乗口から、ユーリがぴょこりと頭を出した。
「操作操縦士? あたしそんなものやったことないわ」
「お嬢は、駆動運転士も分析調整士もできないだろ。残りは操作操縦士しかないんだ。走行モードで走るだけなら、操作操縦士は手隙だから座っているだけでいい。操作操縦士席に操作マニュアルがあるはずだ。もしものときのために、それを読んで頭の中にしっかりと叩き込め、いいな」
サトムが冷たく言った。ユーリがプッと膨れたが、言い返すことができない。
シゲ、サトム、ユーリの順で搭乗口から乗り込むと、搭乗ハッチを閉めた。
三人は慌ただしくヘルメットを被ると座席のシートベルトを締めた。ヘルメットには機内通話用の小型マイクとスピーカーが内蔵されている。狭い機内のため、三人はそれぞれの足の間に頭を置くようにして座っている。エンジンが動いておらず、バッテリー容量も空の状態のため、機内に灯りはない。シゲが懐中電灯の灯りを頼りに、小型バッテリーをスターターモーターの回路に接続ようと悪戦苦闘している。
SRB‐P00の外殻装甲に、天井から落ちてきたコンクリートの塊が当たるゴンゴンという音が激しくなってきた。もう、一刻の猶予もなさそうだ。
「シゲさん!」
切羽詰まったようなサトムの声と同時に、機内にポッと緑の明かりが灯った。予備の非常灯だ。
「よし、接続完了。機長、起動命令を頼む」
「機長?」
「三人乗り搭乗式人型ロボットの機長は、分析調整士が務めると決まっとるんだ。機長・・・サトム・・・いや、参謀。頼む」
「参謀?・・・フフフ、カッコいいじゃない」ユーリが笑った。
どうやら、三人の呼び名は、サトムが『参謀』、シゲが『シゲさん』、ユーリが『お嬢』に決まったようだ。本人が気に入っているかどうかは別にして。
「分かりました。SRB‐P00・・・いや、『JIRO』起動! 走行モードで建物からの脱出を図る!」
ジローという愛称に、シゲがニヤリと笑った。そうだ、SRB‐P00はジローの心臓で蘇ったのだ。
「了解。ジロー起動」
シゲは復唱と同時にイグニッションボタンを押した。
キュルキュルというスターターモーターの音が機内に響く。
エンジンは始動しない。
再びキュルキュルというスターターモーターの音が機内に響く。
しかし、エンジンは始動しない。
外殻装甲を叩くゴンゴンという音がますます激しくなってきた。
「シゲさん!」
「慌てるな、参謀。燃料がまだエンジンに届いていないんだ。・・・ジロー、頼むぞ」
シゲはジローに話し掛けてから、イグニッションボタンを押した。
キュルキュルというスターターモーターの音が機内に響く。
・・・ジロー・・・寝ぼけとらんでシャキッとせんかい!・・・
シゲがドンと床に蹴りを入れた。
突然、ゴオウンという咆哮が湧き起こり、ジローの機体がブルリと震えた。ディーゼルターボエンジンのガラガラというアイドリングの音が響く。
機内の灯りが非常灯から通常照明に切り替わり、非常灯の薄明かりに慣れた目には眩いほどに明るくなった。それと同時に、駆動運転士席・分析調整士席・操作操縦士席の周囲にある計器パネルの計器類がポッと明るくなり、それぞれの席の正面にあるモニター画面に外部の景色が映し出された。ブウンという空気清浄兼空調装置の稼働する低い音が響き、足元の送風口から涼しい空気がフワリと流れ出た。
ジローの前方の床には無数のコンクリート片が転がっている。正面の柱には大きな亀裂が走っていて、いまにも折れそうだ。右手の壁は亀裂と共に不気味に撓んでいる。崩落が始まっているのだ。
「シゲさん、ジロー発進、全速前進。スロープから地上へ脱出しよう」
「参謀、了解。ジロー発進、全速前進」
シゲはクラッチを踏んで、目の前のレバーを操作してトランスミッション(変速機)を一速に叩き込む。半クラッチでアクセルを踏み込み、エンジンの回転数を上げながらクラッチを接続。すぐさま運転席左右のレバーを同時に前に倒した。
ジローはキャタピラーを半ば空転させながら、後ろから蹴飛ばされたかのように急発進した。キャタピラーに踏み潰されたコンクリート片が、バリバリと音を立てて砂状に変わる。
ドーンという音と共に右手の壁が崩れた。それに呼応するように、正面の柱の亀裂が裂けるように広がり、天井の重さを支え切れずにポキリと折れた。あっという間に天井が崩落して、地下二階が瓦礫に埋もれた。
それより一瞬早く、ジローは地下二階から地上に延びるスロープに走り出ていた。
緩やかな右カーブを描きながら、スロープは地上に繋がっている。シゲはトランスミッションを二速に叩き込みアクセルを踏んだ。ジローは、スピードを上げながらスロープを駆け上っていく。キャタピラーがスロープに敷かれたブロックを噛むガリガリという音が響く。後方に真っ黒い排煙を曳いているのは、燃料タンク内に少しだけ残っていた古い軽油のせいだろう。
巨大なクジラが海中から海面に浮かび上がるかのように、ジローはスロープから地上に走り出た。
三十メートル先に、傾いた通用門がある。シゲはトランスミッションを三速に叩き込み更にアクセルを踏んだ。止まるつもりなどさらさらない、ジローの体当たりで通用門を吹き飛ばすつもりだ。
ヘルメットに内蔵されたスピーカーからサトムの声が流れた。
「シゲさん、前方一時の方向、距離五十メートル、アントローチを目視で確認。あいつ、火球攻撃を止めたのに、まだこの辺りをウロウロしていたのか。しつこいやつだ。アントローチは我々の正面、十二時の方向に高速移動中。このままでは、三十メートル先の通用門で遭遇する・・・やつは、ジローの前方を塞ぐつもりだ。・・・シゲさん、進路このままで増速。通用門ごとアントローチを跳ね飛ばしてやる」
「参謀、了解。進路このまま、増速!」
ヘルメットの小型マイクに向かってシゲが復唱した。それと同時にシゲはトランスミッションを四速に叩き込む。ディーゼルターボエンジンがゴオオと唸りを上げ、ターボ特有のシュウウという過給音がエンジン音に微かに混じる。
ジローの目の前にアントローチが姿を現した。獲物を見つけたアントローチの顔が笑っているようだ。
アントローチの接合部に巻かれたベルトの両脇に付いている、四角い火球発射装置から突き出した角のような突起が赤く光った。火球を発射する準備が完了した兆候だ。
「アントローチにエネルギー滞留兆候! 火球だ! 総員、衝撃に備えろ!」
シゲとユーリのヘッドホンのスピーカーから、サトムの怒鳴るような声が流れた。もう逃げる余裕はない。
ゴオオッ 二発の火球がジローに向かって発射された。
ガキイィィン 耳障りな音が機内に響く。
機体の正面に火球の直撃を受けたジローは、何ごともなく前進を続けている。
ジローの正面にぶつかった火球は、堅固な外殻装甲と浅い仰角のために、爆発することなく上方に弾かれたのだ。
ジローは通用門を吹き飛ばし、その勢いのままアントローチに激突した。アントローチの身体がグシャリとふたつに折れた。ジローはそのまま通用門の先の道路を横切って、道路の反対側にある二階建ての商店に突っ込んで止まった。
ジローがバックで道路に戻ると、崩れた商店の瓦礫の中で身体をいびつな『くの字』に曲げたアントローチが、弱々しく手足を動かしていた。立ち上がれないようだ。胸部外骨格が無残に潰れたアントローチの口から、緑色の液体がゴボゴボと流れ出ている。
「シゲさん、損害は?」
「エンジン正常、駆動部に損害なし。火球を撥ね返したぞ、こいつは凄い装甲だ」
「お嬢、怪我はないか?」
「こっちは大丈夫。周りの計器にも・・・エラー表示はないね」
ユーリの声は興奮で少し震えている。恐怖ではない。この状況を楽しんでいるのだ。
サトムはフウと安堵の息を漏らした。火球の直撃を受けて損害がなかったのは望外の朗報、いや、想定どおりだ。
サトムの脳裏には、操作マニュアルと併せて読んだジローの設計仕様書の中の文字が浮かんでいた。
『オリハドメタリウム』
ジローの外殻装甲とその内側の深海用耐圧殻に用いられている希少液体金属の名前だ。オリハドメタリウムの分子は、固体のような結晶構造を持たない。オリハドメタリウムは、極めて粘度の高い液体というべき、液体金属なのである。結晶構造を持たないため、衝撃や変形に極めて強い耐性を示し、しかも驚異的な復元力を持つ形状記憶という特性を持つ。人類にとって未知の金属であり、太平洋の海底遺跡から金属塊が発見された経緯から、失われた大陸アトランティス又はムーで用いられた『オリハルコン』ではないかという説もある。
深海資源探査用ロボットのプロトタイプとして製造されたジローには、実験の意味も込めて、この未知の金属が使用されていた。ハンドメイドともいえるプロトタイプだからできたことで、以後の量産型ロボットにはこんな真似はできない。
統一国家の軍事部参謀室に勤務していたときに、サトムはこの深海資源探査用ロボットが、水深五千八百メートルでの試験運用に成功したという資料を読んだことがあった。
アントローチの火球攻撃を目の前にして、サトムはジローの外殻装甲の強度に賭けたのだ。その賭けには勝った。後は、後続のアントローチがくる前に逃げるだけだ。
「シゲさん、逃げよう。このマルタ通りを東に向かい、バスターミナルの先の交差点を左折して、北に向かう。とにかく、ポトロックの街を出よう」
「参謀よぅ、ポトロックの街から逃げるのはいいが、ケルベンまでは五百キロ。いまの燃料の量じゃあ、たどり着けんぞ」
「燃料については、私に考えがあります。何とかしますよ。それじゃあ、出発しよう。アントローチに発見されるから、電波を発するレーダーは使用できない。お嬢、モニター画面を後方カメラの映像に切り替えて、後方の状況に目を配れ、アントローチの姿が見えたら直ちに報告しろ」
「参謀、了解」シゲとユーリの声が重なった。
ジローは街灯が消えて明かりのないマルタ通りを東に向かって走り出した。
時刻は午前四時になろうとしている。電力供給が途絶えた市街地はまだ真っ暗だが、東の空は微かに明るんで、天頂の銀河の輝きは薄れ始めている。
瓦礫の中に身体をいびつな『くの字』に曲げて横たわっている騎乗虫を、五体の騎乗虫が取り囲んでいた。一体の騎乗虫が片膝を突き、瓦礫の中に横たわっている騎乗虫のひしゃげた胸部外骨格に右手を伸ばした。装甲板のような胸部外骨格の脇の小さな突起に指が触れると、胸部外骨格が胸の真ん中から分かれて左右に開いた。
ゼリー状の体液と複雑に絡み合った神経索の間に、透明な膜で包まれた直径五十センチほどの空間があり、そこに甲虫の幼虫のようなブヨブヨとした生き物が入っていた。
異様に大きな頭部にあるのは人間の顔だ。いや、頭髪はなく、両目は糸のように細い。鼻梁はなく、ふたつの穴が空いているだけだ。その下の口は大きく横に広がっていて、顎は胴体に埋まっている。首はない。奇怪な容貌だが、やはり人間の顔である。
ブヨブヨとした円筒状の胴体には退化した両手と両足がついている。白く半透明の薄い衣を身体に纏い、頭部にはヘッドギアを被っている。ヘッドギアから延びる無数の繊維が透明な膜を貫通して外部の神経索に繋がっている。騎乗虫はこの人間・・・仮に、地底人と呼ぼう・・・に操られていたのだ。いや、正確には地底人が騎乗虫に搭乗し、いわば『搭乗式ロボット』として操作していたのだ。
瓦礫に片膝を突いた騎乗虫の胸部空洞の中で、地底人族の地上侵攻部隊第三大隊第七八侵攻部隊長のラハンは、足元に横たわる騎乗虫の胸部空洞の中でこと切れているメランを見ていた。メランはラハンのただひとりの弟だ。年齢は地上の暦でいうと三歳違い。小さい頃から面倒を見てきた。
軍人としてのラハンの胸の中には、何の感慨も浮かんでいない。戦闘で兵士が死ぬのは当然のことだ。一方で、兄弟としてのラハンの胸の中には、抑えきれないほどの怒りの炎が渦巻いている。
ラハンは周囲に立っている侵攻部隊員に思念波を送った。ラハンの思念波は騎乗虫の頭部で増幅されて、額の二本の触角から無線通信のように周囲の騎乗虫に送信された。
《火球発射装置を回収の上、メランと騎乗虫の死骸を火球で焼き払え。地上族に死骸を奪われてはならん》
五分後
火球を受けて燃え上がるメランと騎乗虫の死骸を、ラハンは半ば呆然と見ていた。この侵攻作戦で戦果を上げると息巻いていた、メランの生意気な顔が脳裏に浮かぶ。そのラハンの脳裏に思念波が飛び込んできた。
《メランを殺害したと思われる走行物体を発見。市街地を東に向かっている》
ラハンの搭乗する騎乗虫がビクリと身体を震わせた。
《第七八侵攻部隊第一班は市街地の東に移動。走行物体と遭遇次第、速やかに攻撃せよ。いいな、絶対に逃がすなよ!・・・但し、私が到着するまで止めは刺すな。そいつの止めは私が刺す。分かったな》
ラハンは第七八侵攻部隊第一班の隊員に向かって広範囲の思念波を送ると、東に向かって騎乗虫を走らせた。
マルタ通りを走るジローの前にバスターミナルが姿を現した。バスターミナルのロータリーに横転している長距離バスから上がる炎は小さくなり、ほとんどが黒煙に変わっている。
バスターミナルを横目に、このままマルタ通りを二百メートル走れば、マルタ通りは旧国道三百七十五号線と交差する。その交差点を左折して北に向かうのだ。
モニター画面を食い入るように見つめているユーリの目に、建物の陰から躍り出たアントローチの姿が映った。
「参謀、アントローチ・・・追ってくるよ!」
「お嬢、落ち着いて報告しろ。ジローとの距離は? 何体いるんだ?」
「ゴメン。真後ろで、距離は約五十メートル。一体だね。うん?・・・その後方、千五百メートルにもアントローチ。こっちは五体」
「了解。シゲさん、逃げきれそうか」
サトムの声は落ち着いている。サトムはレーダーのスイッチを入れた。アントローチに発見された以上、もう電波制限する意味はない。それよりも周囲の状況を確実に把握することが急務だ。
「アントローチがどれだけの速度で走れるのか分からんからな、何とも言えんわい」
シゲはサトムに答えながら、トランスミッションを五速から四速、三速、二速へとシフトダウンしていく。右足爪先で緊急制動ペダルを踏みながら、シフトダウンの瞬間に右足かかとでアクセルを踏むことで、エンジンの回転数を最適な状態に維持して、車体の安定と加速のタイムラグを押さえる。ヒールアンドトゥというマニュアル車の運転技術である。
ジローの機体は交差点に向かって速度を落としながらも、交差点を曲がった後の加速に備えて、ディーゼルターボエンジンは唸りを上げている。
「シゲさん、後方五十メートルのアントローチにエネルギー滞留兆候。火球がくる!」
「了解・・・曲がるぞ、何かに掴まれ!」
急角度で進行方向を変えたジローの機体は、半ば横滑りしながら交差点を曲がる。キャタピラーが道路敷きの石畳の上でガリガリと音を立てた。
そのジローの機体後部を掠めるようにして、火球が飛び去った。
「よし、火球をかわした。シゲさん、全速前進・・・おっと、前方にレーダー反応。一時の方向にアントローチ二体、距離四百メートル。十時の方向にアントローチ一体、距離四百五十メートル。後方のアントローチとの距離は百メートル。このままじゃ挟み撃ちだ」
新たな敵の出現にサトムの声が低くなる。シゲがふてぶてしく鼻で笑った。
「なあに、ジローの前に飛び出してきたら、さっきみたいに跳ね飛ばしてやるわい」
先程の成功体験がシゲの自信に繋がっているようだ。
シゲがトランスミッションを二速、三速、四速とシフトアップするにつれて、ジローの速度は見る見る上がっていく。
正面からの火球攻撃には耐えられるだろう、問題は側面・後面・上面からの攻撃だ。一般的に、戦車の前面装甲は強固だが、側面及び後面の装甲はぜい弱だ。更に、航空機による上空からの攻撃にも弱い。ジローの装甲が戦車と同じとは限らないが、当然に考慮しておく必要があるとサトムは考えている。
一時の方向にいた二体のアントローチが、ジローの正面三百メートルに姿を現した。それとほぼ同時に、交差点を曲がったアントローチがジローの後方二百メートルに姿を現した。
サトムの前にある、レーダー用の丸いモニター画面の中に表示されている白い点のひとつが赤い点に変わった。後方のアントローチだ。
「シゲさん、後方のアントローチにエネルギー滞留兆候!」
サトムが言い終わらないうちに、今度は前方の二体のアントローチを示すふたつの白い点も赤い点に変わる。
「・・・ウン? 続けて前方二体のアントローチにもエネルギー滞留兆候! 後ろと前からほぼ同時に火球がくるぞ!」
「参謀、どうする」
旧式戦車の操縦士の経験があるシゲも、後方からの攻撃を心配していた。
サトムの頭の中が沸騰したように熱くなった。
「エネルギー滞留兆候の発生時間差を考えると、後ろと前の発射時間差は約五秒・・・これしかない・・・シゲさん、方向転換百八十度、その後すぐに再方向転換百八十度。ジローをこの場で回転させるんだ」
「参謀、何を?・・・よし、了解、方向転換百八十度」
シゲはサトムの意図を瞬時で理解した。
シゲは緊急制動ペダルを踏みながら、左の操作レバーを戻して左キャタピラーの接続を解除した。右キャタピラーだけが駆動して、ジローの機体が真横を向く。クラッチを踏み、トランスミッションを後進一速に叩き込むと、クラッチを戻して今度は左の操作レバーのみを接続させる。左のキャタピラーだけが後進駆動して、ジローはその場で百八十度回転した。
ジローの後方にいたアントローチが火球を発射した。
百八十度回転したジローは、そのアントローチと正対している。
ガキイィィン ジローの正面にぶつかった火球は、爆発することなく上方に弾かれた。
シゲはアクセルを踏み込みながら、今度は先程と逆の操作をした。ジローは五秒の間に、再びその場で百八十度回転した。
ジローの前方にいた二体のアントローチが火球を発射した。
ガキイィィン ガキイィィン ジローの正面にぶつかった火球は、爆発することなく再び上方に弾かれた。
まるで曲芸のように、ジローはその場で機体を回転させて、火球を全て機体正面で受け止めて跳ね返したのだ。洗濯機の中に放り込まれたかのように身体を揺さぶられたサトムとユーリは声も出ない。シゲだけが『どうだ』という顔をしてアクセルを踏み込んでいる。
ジローは前方の二体のアントローチに向かって全速で突進した。
想像もできないジローの動きを見て、呆気にとられたのだろう、ジローの前方の二体のアントローチは火球を発射した体勢のままで動きを止めている。前後からの火球攻撃で仕留めたと思って、油断していたに違いない。高速で接近するジローに気がついたが、退避反応が遅れた。
二体のアントローチはジローの機体に跳ね飛ばされ、道路脇の住宅に倒れ込んだ。一体は右足が折れ、もう一体は左腕が根元からもげている。
「シゲさん、前方に残るアントローチは一体。十時の方向から十一時の方向へ移動中、距離百メートル。後方のアントローチ一体との距離は四百メートルに開いた。このまま全速前進」
「参謀、了解。全速前進」
ディーゼルターボエンジンが唸りを上げ、ジローが一気に加速した。
「前方のアントローチにエネルギー滞留兆候! 火球攻撃に備えろ」
前方からの火球攻撃なら、かわすことができる。地上でのジローの最高速度は時速七十キロ。先程までのアントローチの動きを見ると、アントローチの走行速度は時速四十キロといったところか。このまま全速力で直進すれば、アントローチを振り切ることができるだろう。何とか逃げきれそうだ、サトムは小さく息を吐いた。
前方のアントローチが二発の火球を発射した。火球はジローに向かわず、あらぬ方向に向かって飛んでいる。
「前方のアントローチが火球を発射・・・何だ? 誤射か?」
サトムが首を捻った。とにかく火球をかわしたことは間違いない。このまま直進だ。
二発の火球は、道路脇に聳え立つ灯台のように細長い形状をした電波塔の根元付近に命中した。巨人が断末魔の悲鳴を上げながら倒れるように、ガラガラと轟音を上げながら電波塔がゆっくりと傾く。高さ二十メートルの電波塔は根元付近でポキリと折れると、旧国道三百七十五号線を塞ぐように倒れ込んだ。
ジローの行く手は、高さ五メートルの瓦礫で埋め尽くされた。
「こりゃいかん」
シゲが叫び声を上げると同時に左右の操作レバーを戻して緊急制動ペダルを踏み込んだ。ジローは砂埃を上げながら、つんのめるようにして急停止した。
停止したジローの鼻先に、五メートルの高さの瓦礫の壁が立ち塞がっている。道をいっぱいに塞いだ瓦礫の壁を迂回するような隙間は見当たらない。
「クソッ、道を塞がれた」
「シゲさん、乗り越えられそうかい」
「だめじゃい、斜面が急すぎる、乗り越えるのは無理だ。こうなりゃ、突進して瓦礫の壁を突き破るか」
サトムの脳裏には、走行中にチラリと目に入った、倒れる直前の電波塔の大きさが浮かんでいる。歴史博物館を取り巻いていた薄っぺらな塀のような代物ではないのだ。真っ直ぐ突進すれば、瓦礫の中に埋まってしまうだろう。
サトムは首を横に振った。
「電波塔が倒れているんだ、突進しても突破するのは無理だ・・・」
「参謀、アントローチが瓦礫の上に現れたよ!」
ユーリの叫ぶような声が、ヘルメットのスピーカーを通じてサトムの耳に届いた。
ジローの前を塞いでいる壁のような瓦礫の上に、アントローチが立っていた。アントローチは右手に持った金属製の長槍をふりかざすと、両膝を曲げた。ジローの機上に跳び下りるつもりだ。
「シゲさん、全速後進。五十メートル後退で停止。お嬢、『汎用モード』へ移行準備。人型ロボット形体で対抗するぞ」
シゲは復唱も忘れて、トランスミッションを後進一速に叩き込み、アクセルを踏み込んだ。キャタピラーが砂煙を巻き上げ、ジローが後退した。
たったいまジローがいた場所に、アントローチが跳び下りた。アントローチが振り下ろした長槍が深々と路面に突き刺さった。
「参謀、汎用モードへ移行って言われても・・・あたし・・・」
「お嬢、操作マニュアルは読んだだろう、何とかしろ。ここを切り抜けるのは人型ロボット形体でアントローチに対抗して、その後、あの瓦礫の壁をよじ登って越えるしかないんだ。それができるのは、操作操縦士席に座っているお嬢しかいない」
「そんなこと、急に・・・」
「三人の命がかかっているんだ、お嬢、考えている暇はない。やれ! さっきまでの鼻っ柱の強さはどこへいったんだ! それとも、あれははったりか?」
サトムの挑発するような口調に、ユーリの生来の気の強さがムクリと頭をもたげた。
「このぉ・・・よし、やってやる。見てな、度肝を抜いてやるから」
サトムがニヤリと笑ったことなど、ユーリは知る由もない。シゲが頼もし気に声をかける。
「お嬢、その意気だ・・・参謀、五十メートル後退完了、停止するぞ」
ジローが停止した。機内にディーゼルターボエンジンのガラガラというアイドリング音が響く。
「お嬢、汎用モードへ移行」
「参謀、了解。汎用モードへ移行」
ユーリは操作操縦士席の左下にある、車のサイドブレーキのようなレバーを引いた。水平のレバーを直角になるまで引き上げると、カチリと音がしてレバーにロックが掛かった。左前方の長方形をした透明の誤操作防止カバーを開け、横一列に並んだ五つのスイッチを順に押すと、スイッチの横の起動ボタンが青く点灯した。
お嬢は、スウッと腹の底に息を溜めてから、起動ボタンを押した。
「汎用モード起動」
ディーゼルターボエンジンのアイドリング音が高まった。ガタリと何かが外れ、キュルキュルという音の後、ガタリと何かが接続する音がした。
ユーリ、サトム、シゲの座る席がゆっくりと後ろに倒れると、今度は立ち上がるように席が持ち上がる。ユーリの頭部、両腕、両足を包み込むように操縦ユニットがせり出してきて、ユーリの身体を包んだ。操縦ユニットは、ユーリの手足の動きを感知して、ジローの駆動系に伝達し、人型ロボット形体のジローの手足を動かすのである。ユーリの頭部を覆う操作ユニットの内側は、三百六十度のスクリーンとなっていて、外部の映像と共に、分析調整士から送られてくる分析データやレーダー画像が表示される。
戦車のような機体に収納されていた頭部が持ち上がり、それと同時に折りたたまれていた上半身が垂直に立ち上がる。キャタピラーが機体の背中部分に移動し、戦車のような機体の下から腰部と脚が突き出てきた。背中に移動したキャタピラーは折りたたまれて、卵をふたつに切り割ったように突起した保護板の下に収納された。ジャイロスタビライザーを内蔵していて、直立時の姿勢保持・バランス調整が自動で行われるため、二足で立っていても容易には倒れない仕組みとなっている。
走行モードから汎用モードへの移行は二十秒で完了した。
釣鐘のような形状の小さな頭部、ずんぐりとした胸腹部と腰部。両腕・両足も太く不格好で、お世辞にもカッコいいとは言えない。深海資源探査用のプロトタイプなのだから仕方がない。
直立したジローの体高は四メートル。搭乗式人型ロボット兵器RRB‐Tシリーズの体高が二メートル五十センチ(但し、搭乗人員はひとり)、アントローチの平均体高が三メートルだから、飛び抜けて大きいといえる。
直立したジローの正面には、既に瓦礫の壁から飛び下りたアントローチが迫っていた。アントローチが長槍を振り上げる。
「お嬢、正面至近距離にアントローチ、迎撃せよ。シゲさん、エンジン出力増加、回転数を二千五百RPMで維持。出力低下に留意せよ」
ユーリとシゲのヘルメットのスピーカーからサトムの切迫した声が響く。
「参謀、了解。エンジン出力増加、回転数二千五百RPM」
落ち着いた声のシゲの復唱に対して、ユーリからの復唱は聞こえない。ディーゼルターボエンジンがゴオウッと唸りを上げた。
「迎撃ってどうすれば・・・このっ、動けっ」
ユーリが操縦ユニットの右手を突き出した。
ジローが右パンチを繰り出した。見当違いな方向に繰り出されたパンチが空を切り、反動で機体がグラリと揺れる。
アントローチの突き出した長槍が、ジローの胸部の真ん中を突いた。
ガキリと音を立てて長槍の穂先は弾かれた。
オリハドメタリウムが用いられたジローの外殻装甲には傷ひとつ付いていない。量産型でシリーズ初期のRRB‐T08の粗悪な外殻装甲であれば、いとも簡単に貫くことができる硬度を持つ長槍の穂先が弾かれたのを見て、アントローチが一瞬怯んだ。
「コノヤロッ」
ユーリが操縦ユニットの左足を蹴ると同時に、左手を突き出した。
ジローが左足を踏み出してアントローチとの間合いを詰めると同時に、機体を捻りながら左パンチを繰り出す。絵に描いたような左フックだ。
ジローの強烈な左フックがアントローチの顔面を捉えた。・・・おそらく、偶然だ。
アントローチは頭部をのけ反らせて、二十メートル近く後方に飛ばされると、背中から路面に叩きつけられた。頸部が折れたのか、頭部があらぬ方向に曲がっている。
「どうだ!」
ユーリの勝ち誇ったような声がヘルメットのスピーカーから響く。その声に被せるようにサトムが冷静に言った。
「お嬢、後方五十メートルにアントローチ接近。追いついてきたぞ」
「参謀、了解。といっても、どうやって後ろ向こうか・・・エイッ」
ユーリが操縦ユニットの右足を前に出す同時に、左脚を引いた。
ジローが右足を踏み出しながら左足を引く。無理な動きでバランスを崩したジローが大きくグラリと傾いた。自動的にジャイロスタビライザーが作動して、咄嗟にジローは右足を踏み出して体勢を維持する。
大きく揺れた機内で、計器パネルにヘルメットをぶつけたサトムがグウと声を上げた。
「イテテ・・・。お嬢、基本的な移動動作は、歩行補助システムを使え。操作ユニットの右手の親指付近にある操作スティックを前後左右に倒せば、コンピューター制御でその方向に自動で歩いてくれる。後ろを向くには操作スティックを回転させればいい。それと、頭部ユニットにぶら下がっている視線追尾ゴーグルは掛けているか? スクリーン上に向けられたお嬢の視線を感知して、その方向にジローの頭部が向けられるし、細かな腕の操作や汎用武器の照準も付けられる」
「そうなの? 参謀、早く言ってよ」
「操作マニュアルに書いてあるだろうが! このバ・・・うん? お嬢、後方のアントローチ、距離二十メートルに接近。エネルギー滞留兆候、至近距離から火球を発射するつもりだ。お嬢、火球をかわせ」
サトムの罵声は、途中から慌ただしい指示に変わった。
ジローの機体がクルリと背後を向いた。
アントローチは十五メートルの距離を置いて立ち止まり、ジローと正対している。接合部に巻かれたベルトの両脇に付いている火球発射装置の角状突起が赤く光っているのは、火球を発射する準備が完了した兆候だ。
咄嗟の状況に、ユーリの頭の中は混乱している。
・・・火球をかわす? どうやって・・・距離が近すぎるわ・・・
「お嬢、ジャイロスタビライザーを切断して機体を倒せ!」サトムが叫ぶ。
・・・ジャイロスタビライザーを切断? これだ・・・
ユーリは操作盤の右にあるレバーを引き下げると同時に、操作ユニットの両腕と両足を思いきり逆方向に動かした。ジローの機体が大きく傾く。ジャイロスタビライザーを切断したジローの機体は、そのままドウッと横倒しになった。
アントローチの火球発射装置から発射された二発の火球が、横倒しになったジローの機体を掠めて飛び去った。
「お嬢、掘削用鋭器装填、アントローチに向けて射出しろ・・・ええい、操作ユニットの左手親指付近のスイッチを入れて、その横のボタンを押せ!」
「これね・・・スイッチオン」
ジローの両腕が前に突き出され、両腕の先の手首が九十度に折れ曲がると、手首の付け根から槍の穂先のような鋭利な棘が突き出した。長さは四十センチもあり、細長い円錐形をしている。資源探査用に岩盤を掘削・破砕するための鋭器である。
視線追尾ゴーグルがユーリの視線を感知して、頭部ユニットスクリーン上に映っているアントローチの胸部で、十字の照準が点滅した。十字の照準の表示色が青から赤に変わる。照準ロック完了だ。
「・・・射出!」
ドシュッ 圧搾空気により射出された掘削用鋭器が、ミサイルのようにアントローチの胸部に向かって飛んだ。ダーツの矢を短くしたような形状の飛翔体の後部には金属製の鎖が付いていて、ジローの手首と繋がっている。
飛翔体が鎖の排煙を曳きながら、アントローチに向かって真っ直ぐ飛んでいる。
ドカッ アントローチの胸部に、ふたつの掘削用鋭器が突き刺さった。
衝撃で後方に倒れそうになったアントローチの身体を、二本の鎖が支えていた。その鎖は、地面に横たわっているジローの両腕に繋がっている。
「このぅ・・・それっ」
ユーリが操作ユニットの両腕を引く。
ジローが鎖に繋がれたアントローチの身体を地面に引き倒した。
ジャイロスタビライザーを起動して立ち上がったジローの足元で、倒れたアントローチは微かに手足を動かしている。ジローが掘削用鋭器を両腕に収納すると、アントローチの胸に空いたふたつの穴から、ドロリとした緑色の液体が流れ出た。
サトムたちには分からないが、アントローチの潰れた胸部空洞の中で搭乗員は掘削用鋭器に身体を貫かれて死んでいた。
「やった・・・」ユーリの口からため息のような声が漏れた。
サトムはユーリの咄嗟の反応の正確さと、操縦の勘のよさに内心舌を巻いていた。訓練された兵士でも、人型ロボットはなかなか思うように動かせないのだ。ユーリが並外れた身体能力を持つ盗賊だなどと、サトムには思いもよらないことだ。
「お嬢、よくやったと言いたいが、まだ終わってないぞ。後続のアントローチ五体が距離五百メートルに迫っている。追いつかれる前に逃げるぞ、瓦礫の壁に向かえ」
「分かってるわよ、マッタク、人使いの荒い・・・。なに? こっちの話だよ」
ユーリはブツブツと文句を言いながら、操作ユニットの右手の親指付近にある操作スティックに指を伸ばした。
アントローチの攻撃から、何とか無傷で逃れることができた。サトムは胸の中でホッと安堵していたが、ユーリには甘い顔を見せない。
ジローは瓦礫の壁をよじ登ると、壁の向こう側に下りた。そして、汎用モードから走行モードに移行すると、旧国道三百七十五号線を北に向かって走り去った。
第七八侵攻部隊長のラハンが搭乗する騎乗虫が瓦礫の壁の上に立ったときには、走行モードのジローは既に五キロメートル先を走っていた。走行速度差を考えると、これでは追いつけない。
・・・必ず見つけ出して、メランの仇を討ってやる・・・
ラハンは心に誓った。




