第一話:硝煙とエプロン
西暦30XX年。東京は、空を覆う巨大な「積層都市」へと姿を変えていた。
地上を闊歩するのは、謎の生命体『ミネルヴァ』。彼らが体内に宿す高エネルギー結晶は、今や人類の文明を支える唯一の糧となっていた。
「目標、ミネルヴァ・クラスⅣ。これより『収穫』を開始する!」
激しい金属音と共に、藤田勝の放った対怪獣振動剣がミネルヴァの硬質な外殻を叩き割った。飛び散る火花と、琥珀色の体液。
勝は防弾バイザー越しに鋭い視線を走らせ、瞬時に戦況を把握する。
「山本! 右翼が甘いぞ。エネルギー変換効率が落ちるだろうが、確実に核を狙え!」
「は、はい! すみません、勝さん!」
部下の山本富樫が、焦りながらも重粒子砲を構え直す。
戦場における勝は、まさに「鬼神」と呼ぶにふさわしい冷徹な指揮官だった。
……だが。
「——藤田一等准尉! 戦闘中の水分補給は重要ですよ!」
爆風が吹き荒れる戦場のど真ん中。
不釣り合いなほど穏やかで、鈴を転がすような声が響いた。
重厚なパワードスーツを纏った隊員たちの間を縫って、一人の女性がトコトコと歩いてくる。
山名貞子だ。
彼女は、防衛隊の熾烈な最前線に「生活支援事務官」として配属されてきた、少し世間知らず(に見える)女性だった。
「山名……!? なぜここにいる、ここはまだ戦闘区域だぞ!」
「だって、勝さんの水筒の中身、今朝見たら空っぽだったんですもの」
貞子はニコリと微笑むと、手作りのレモン水が入ったコップを差し出した。
周囲ではミネルヴァが断末魔の叫びを上げ、山本の重粒子砲が火を噴いている。
「あ、ありがとう。……じゃなくて! 戻れ! 規律違反だ!」
「ふふ、勝さんは照れ屋さんですね」
貞子は全く動じない。それどころか、彼女の周囲にだけは、なぜかミネルヴァが近づこうとしないのだ。
勝はそれを「彼女が持つ幸運」か「自分が守りきっているから」だと信じて疑わなかった。
「……たく。田中、山名を回収してくれ!」
通信機越しに、技術局の田中幸恵の溜息が聞こえる。
『了解了解。あーあ、勝。あんた、あんな美人にここまでされて、まだ「事務的なサポート」だと思ってんの?』
「当たり前だ。山名は真面目な部下だからな」
『……バカね。まあいいわ、山名さん、こっちへ!』
貞子は、名残惜しそうに勝を見つめながら後退していった。
その去り際、彼女の瞳が、一瞬だけ不気味な琥珀色に輝いたことに、誰も気づかなかった。
「(……危なかった。勝さんの近くにいると、つい私の「中身」が喜びそうになっちゃう)」
貞子は胸元を押さえ、小さく舌を出した。
半分人間、半分ミネルヴァ。
彼女の真の正体は、人類の敵そのものだった。
だが、そんなことはどうでもいい。今の彼女にとって最も重要なのは、この不器用で真っ直ぐな男、藤田勝の隣に居続けることなのだ。
人類の守護者と、人類の天敵。
二人の、あまりに噛み合わない「防衛戦」が幕を開けた。




