第四十二話 アクセサリー分配後の懸念
「おかえり~」と足元に擦り寄ってきた従者スライムを労い、撫でたり、つねったり、ひっぱったり! と面白弾力を満喫していると、プルが今回までの戦闘で獲得した戦利品をその場に吐き出す。
地面に残されたのは三つの指輪。黄色い小粒の宝石がはまった月型のイリュミティ細工を施された指輪が二つに、ブーケメリア花柄細工の緑色の指輪が一つ。
それを通が腰を下ろして拾い上げ、鑑定をする。
「黄色が『トゥエルカ・サフラフルド』がドロップした物でランクは下から二番目のDランク。装着すると体力が5上昇する効果を持ちます」
「サフラは岩でフルドはモグラね」
デイジーの翻訳能力は得難い力だとありがたみを噛み締めながら続きを話す。
「緑色のほうは『トゥエルカ・ナハラ』。例の蜂が落とした指輪でランクは上から四番目のCランクに該当し、速さが9上昇します」
通の言葉で「あ~~」と察するメンバー達。やはり蜂型はここ、トゥエルカでは上位個体。初回戦闘で鉢合わせするのはイレギュラーだったのだと改めて認識することになった。
「それで、この指輪の所有権をどうするか? になるのですが」
揉め事に発展するかも知れないと、悪い方向に考えていた通だったが。
「通君のスライムが全て片付けたのだから、帰属するのは当然通君でしょ?」
「だよな~~、俺もデイジーに賛成票を投じるぜ」
他の仲間も同様に肯定することで、大した問題にならずに事が進行する。
「わかりました。では、黄色のストーンリングをデイジーさんと辻巡査に渡します」
「え? 通君が装備しないの?」
「同じ種類のアクセサリーを付けても効力を発揮するのは一つだけなんです。それに自分の身は自分で守れるので」
指名した二人は少し大き目サイズの指輪を納得して受け取り、通は装着時に魔法の力でサイズが調整されていく工程をながら見して、残された指輪の所有権を大鐘巡査に預ける。
「本当に僕が受け取っていいのですか?」
「気にやむことないですから貰っておいてください。鋼はまだ前衛を任せられる実力がないので大鐘巡査が適任だと感じました。もしもの時、機転を利かせて行動してくれそうなのも勘定に入れてあります」
そこまで自分を買ってくれているのかと、大鐘巡査は十歳以上歳が離れている後輩に礼を言って左手中指にスピードリングを身につけた。恋人にいらぬ誤解を与えたくないのだろう。
「ちょっといいかしら?」
指輪を観察し終えた英国留学生。かなり厄介な問題なのか、いつにも増してデイジーの表情が険しい。
「自分で言うのもどうかと思うけど私、幼少時から貴金属を見慣れてるからある程度の価値がわかるのよね…………少なく見積もってもイリュミティの細工が刻まれたこの指輪なら末端価格で三十万するわ」
「それが事実なら俺の給料の一ヵ月分が軽く吹き飛ぶな」
ニ十万以上の金額が絡むと一般人は及び腰になる。辻巡査と大鐘巡査も対象者で、破損した場合に計上されるだろう金額に恐れ慄くが、デイジーの話には続きがあった。
「あくまでも特殊効果無しの話よ? ここからが本題なのだけれど、指輪の産出量によって価値が変わるから一概には言えないわ。けど身体能力が上がるアクセサリーなら、大枚を叩いてでも手に入れたいと誰しもが考えるでしょ?」
まったくもってその通りで、アスリート関係者は喉から手が出るほど欲しがるだろう。体力5上がる、体が丈夫になる指輪のキャッチフレーズで集客すれば、レベルアップの恩恵を知るダイバー達も手に入れようと躍起になるはずだ。
「デイジーの言いたいことはわかった。売買価格、値打ちは予想がつかないってことだな」
「取扱いに注意して大切に扱わないといけませんね」
指輪を譲り受けた三人が見つめ合い奇妙な団結を見せる最中、ただ一人高価な物品を渡されなかった鋼はどこかホッとしているようだった。
そこで自分が構想しているクラン方針を通は初めて口にする。
「実は俺にちょっとした考えがあって…………クラン運転資金の雑費として工面していくつもりだから、三人ともそんな深刻に考えなくても大丈夫だよ」
クラン運転資金!? 初めて聞く、金の匂いがする単語に天音以外の視線がギラつきだした。
「もしかして通君は鳳月総帥と交渉して更に権益を譲歩させるつもりなの?」
どうなのと距離を狭めて、軽く睨む形を取る健康体の同級生。通には何故かその仕草が妙に色っぽく感じた。
「そ、それは金額が想定当初より大きく乖離していた時の最終手段だけど、今回の報酬額と売買取引で得た売上金の何割かをクランの運転資金に回そうと、契約時に前もって頭の中で見積もりを立てていたんだ」
一学生が思い浮かべても、本腰を入れて行動を起こすには一定以上の根気とやる気がいる。大多数が本流の流れに流されるが、通は苦難の道と知っていながら自ら選択した。
鳳月の情熱に身を焦がされ、このままズルズル甘えてはいけないと自身を奮い立たせたに他ならない。
それを通と繋がっている天音が正確に言い当てた。
【何から何まで彼方の世話になっていたら、同じ男性として立つ瀬がないですからね。対等のお付き合いをするなら尚更です。学生の身なのにもかかわらず、行動で答えようとする通君は人として立派ですよ】
左後ろの美女と正面の美少女から好意的な眼差しを送られて戸惑うクランリーダー。
「おう、おう、モテモテだな天鐘?」
「そ、そんなことないと思いますよ」
「口籠っているところが怪しいですねえ」
左右から肩を抱き、女性陣から少し離れた場所に移動。通を逃さんと強い態度を取る大人二人。今回は珍しく大鐘巡査も絡んできて、これは嫌な雰囲気の兆候だと本能が警告を発する。




