第四十三話 得難きは時、会い難きは友
「天鐘、同年代のデイジーと年上の柊、どっちがタイプだ?」
「嘘をついたら虚偽罪が適用されますから、正直に白状したほうが身のためですよ」
声を潜めた声量で耳元に囁く現職警察官の尋問。言葉にできない威圧感が通を襲う。
「二人とも民間人にすることではないってわかってますよね?」
正論を巡査二人に唱えていると背後から件の女性たちが微笑んで傍まで寄ってきていた。
「傍受してたら面白い話が聞こえてきたんだけど?」
【ちょこっとですが、お姉さんも興味があります。本当にちょこっとですよ?】
更に鋼が加担して逃げ場がなくなった通。
「鋼も知っていることですが、俺はどちらかと言うと年上派です…………」
「へえ~~そうなんだ! これは良いこと聞いたわ」
【もしかして私みたいな女性が好きなんですか通君?】
タイプが違う二人がニヤケ顔で「どうなの? どうなんですか?」と弄る気満々に攻めたてる女性陣。
いつの間に罰ゲームになった? と、のらりくらり角が立たないように対応している最中、通の前にスッと鍛え抜かれた筋骨隆々の腕が差し出された。
「ここにも同志がいたか!!」
がっちりとした男らしい大きな掌で通の手を包み込み、握手を交わす辻巡査。
「年上は良いよな天鐘! 特に仕事ができるメガネをかけた知的美人は素晴らしいよな! な!」
「え? ええ……」
「何度もアタックして玉砕してるが、仲間が応援してくれるおかげで俺は不死鳥のごとく蘇り、再度チャレンジすることができるんだ!」
「それ相手から迷惑だと思われていませんか?」
すみません。自分HPゼロに近いし、聞くに堪えないので早く止めてくれませんかと、大鐘巡査に目と顎で必死に訴えることで願いが聞き入れられ、熱弁するつもりだった辻巡査が通から引き離された。
「まあ、これには深い訳があるからな」
さらりと通の事情に詳しい親友の鋼が独白する。
「通の親父さんが確か小四の時に亡くなって、家庭の負担がすべて母親の双肩に重しとして乗り、苦労してるのを間近で見て育った通は早く自立しようと部活も入部しないで、バイトと学業に明け暮れていたからな」
「悠々自適に暮らしている私には耳が痛い話ね」
「だから通が年上の包容力を求めるのは分からなくもない。それに年上なら同年代より資金力は上、交際するにあたって全額負担させられることはそうそう無いからな――――母親に負担をかけたくない一心で優良企業に就職しようと目標に向かって生きている、親孝行思いのいい奴だよ」
(っ! 折角、奥底に封じていたのに…………!)
今の通には毒になる言葉。
息を引き取った父に母と一緒にしがみついて力一杯泣いた情景が、映画フィルムのように頭で再生される。
(……悲しいけど……何故だろう…………嬉しさが勝ってる)
己の苦労を陰ながら見てくれている人がいる。それだけで自然と笑顔になり、救われた気分になる通。
それが親友なら嬉しさは等倍以上だ。
過去の記憶と母の病状のこともあり、抑えきれない感情が胸に渦巻いて、上手く声で表すことができない。
「小柄だけど通君はしっかりしてるわよね」
「確かに天鐘は小さいが体に芯が通っていて、普通の男よりは胆力があるな。体育会系出身の俺の怒気を浴びても怯まない強さを持っているから、もっと自分に自信を持っていいぞ? 俺が保証する」
「それに通はクラスでは愛されキャラだからな。誰に対しても隔たりなく接するから受けがいい」
「鈴原君の話を聞いてるだけで美徳の持ち主だと分かりますね」
【通君の自室は入室当初から綺麗に片付けられていましたし、心が澄んでいるんですよ大鐘巡査。自宅でも勤勉で頑張り屋さんでしたから親の教育が行き届いているんでしょう】
「…………皆さんから褒めちぎられたら顔が赤くなってしまいますので、どうか! この辺で手打ちにしてもらえないでしょうか…………」
あまりの嬉しさで思考がマヒした通は正直に語った。変に言葉を繋げれば被害が拡大する恐れがあったからだ。
「それと私、少しだけ鋼君のこと見直したかも」
「ほおぉ――!?」
別の角度から奇襲された親友が、どこからだしたか出所不明の奇声を上げた。
「人を面と向かって褒め、行いを称えることって簡単のようで、案外難しいものなのよね。相手の人となりをちゃんと観察しなければ納得させるだけの根拠を語ることはできないわ。それは通君のことを気にかけていたことに他ならない。個人的にちょっと――――いえ! 凄く羨ましい関係だわ!」
瞳に炎を燃やして本気で羨み妬む、嫉妬が見え隠れするデイジー。彼女の生い立ちを少し思い浮かべれば彼女の心情はすぐに理解できる。
神童の飛び級娘。
それが意味するものは故郷の学校、大学時代ではクラスメイト全員が年上で孤高の宿命を背負っているということ。
彼女は常に飢えている、同年代の親友を、得難い未来のマイベストフレンドを心から渇望している。
英国でも同じ年生まれの友達はいるだろうが両親が有名人なこともあり、表面だけの付き合いで真の友達と呼べるか疑わしい。
だからこそ取り返しがつかなくなる前に、他国で何者でもないありのままの自分を見てくれる「同年代のあなた達と青春を謳歌する」ために法務省(入国管理局)から在留資格を何度も更新してまで在留しながら日本語を学ぶ、彼女の姿勢はとても過激で行動にもそれが表れている。
それを知ってか知らないかは定かではないが、鋼がデイジーに日本の古き良き言葉をプレゼントした。
「デイジー。日本のことわざに『得難きは時、会い難きは友』って言葉がある。俺のオヤジが口癖のように使うから身に染みてるが、俺達の関係はこれに当てはまる。それはデイジーも同様で一緒にダンジョン沼を命を賭して挑戦する仲だ。まだ知り合って一週間も経ってないが、この際だ、時間は関係ないだろ?」
ことわざの意味を曖昧だが、おおよそ理解したデイジーへ頭部からつま先にかけて雷が落ちたような衝撃が走った。
突然、目の前に理想をつかみ取るチャンスが、ことわざの通りに訪れたのだから無理もない。
「……まさか鋼君の口から、そのような言葉が飛び出すとは思いもよらなかったわ。私もまだまだね」
「ちょっ! おまっ! この期に及んで辞退する気かよ!?」
空振りに終わりそうで言うんじゃなかったと、カッコつけたことに後悔し始める鋼だったが。
「天音さんと通君のお母さんの件もあるから、仕方なくだけど言葉通り受け取ることにするわ」
「はぁ~~本当に俺に対してだけ素直じゃないな……」
不発に終わらず、ばっちりとデイジーの胸に響いたようで、己の勇気ある行動は無意味ではなかったと背を正す鋼。
「鋼君が執事のマネをしたのがそもそもの原因よ」
「はぁ!? アレをまだ根に持っているのかよ!?」
隣で一部始終観察していた通は心の中で「喧嘩するほど仲がいいよね」と静かに呟くのだった。




