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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
プロローグ ダンジョン沼のプログレス
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第十四話 疑似神

 同時刻。

 地球とは異なる場所にある闇夜に支配された黒い砂漠の世界。宙に浮かぶ半透明なモニター画面が数百ある中。その一つが異変を察知。モニター画面を赤く点滅させて監視者に異常を知らせた。


「おオ! 二日前に解放したダンジョン権利者技能ヲ使い始めた者ガ現れたカ!」


 歓喜する闇の住人。監視していた代わり映えのない画面を全て消去。特筆すべきダンジョン権利者技能を行使している人物が映っているモニターをピックアップし、枠を巨大化させて大画面に変質させた。


「名ハ天鐘通。背後ノ魂の結びがひときわ強イ守護霊ハ柊天音…………ほう? モブモンスター生成スキルヲ持っている召喚士……レベル16か。特殊な技能で経験値ボーナスを獲得シ、ダンジョンレベル1制限であるレベル15ノ壁ヲ越えていることから彼ガ蒼き星の今世紀、筆頭能力者トいうわけだ」


 久しぶりの観察しがいのある現地人の、守護霊と共に行動するパーソナリティデータに興味の情動をそそぐ謎の人物は言霊を発し、足元に現れた黒々とした漆黒沼に沈み溶け込んでゆく。

 瞬間移動して目的の場所に辿り着いた黒き影人は、紛争で南米難民になった一人の少女を保護して住まわせている、自身の居住区にある廃墟の城に足を踏み入れていた。


「トリス様!」


 室内は壊れかけのシャンデリアに備えつけられたロウソクの明かりが闇を割いて、来訪した城主の影人の姿を照らす。識別しにくい、あやふやな存在を魔力波で感知した少女は小走りしてトリスの胸に顔をうずめて、彼の背中に手を回す。トリスと呼ばれた影人に喜怒哀楽の表情はない。だが十五才そこらの小麦色の肌をした黒髪少女の頭をそっと撫でる仕草は、本当の孫や娘を愛でるようで紳士的だった。


「イイ子にしていたかクレハ?」


 血が繋がっていない少女を我が子を諭すような声で優しく接する黒影のトリス。クレハの名称で呼ばれた元難民少女の服は麻素材で安っぽさが際立つが小綺麗で清潔感があり、顔つき肉体的に見ても栄養失調の症状は一切なくとても難民とは思えない。黒髪も難民時はボサボサだったのだが、城での営みで人並に生活可能になり、今ではツヤツヤのキューティクルヘアーになっている。


「はい! 言いつけを守り、今日も勉学に励んでいました!」


 顔をあげて純粋無垢な笑顔で返すクレハ。生まれた時から難民で極限の生活を送っていた当時の痩せ細った少女の面影は何処にもない。


「クレハよ。突然だが――――時が来た」


 時が来た。その言葉に少女から笑みが消える。彼から離れ一転してうつむき、不安な表情で床に視線を落とした。


「私と契約した時の状況、内容は記憶にあるか?」

「はい…………両親が紛争で亡くなったことで家系の最年長になり、家族を養うためになりふり構わず必死になって生きる手段を模索しましたが子供が得られる収入はごくわずか。窃盗、強盗と手を黒く染めるのに時間は掛かりませんでした。そこで最後に行きつく最悪な手段に走る直前でトリス様に声を掛けられたのを今でも鮮明に思い出せます。身内である年端もいかない幼い弟妹ていまい十人すべてを救いたいのなら、その身を、魂さえも差し出す条件で契約書を交わしました」


 契約は成立し、トリスは約束を守りクレハの家族全員を里親と引き合わせ、毎月金一封を含めた資金援助を行なっている。もちろん現地の現金で。そのせいで急に羽振りが良くなった里親を狙う卑しい人間が蛮行に及ぼうとするが、トリスが現地人に悟られないよう遠隔操作の魔法で不慮の事故として極秘に始末しているので問題になることはない。


「私はトリス様に人としての尊厳を守っていただき、更には魂さえも救われ、この二年間。なに不自由なく夢のようなひと時を過ごしてきました。それが遂に終わりを迎えるのですね」


 最初の出会いですべてが始まり、幸せを享受したのちにすべてを終える。私一人が契約を厳守することで家族全員が幸せに人生を謳歌できるなら、それはそれで悪くないとクレハは今まで歩んできた己が人生を見つめ返していた。  


「フム。イイ表情ヲしている。覚悟ヲ決めた者ハやはり尊く美しイ」


 生まれて初めてクレハは自分の美貌を褒められた。人生観を一から塗り替えてくれた相手に。彼女は自ら熱を帯び、薄っすらと頬を染めていくのを過敏に感じ取っていた。


「では突然だが人間を辞めてもらうぞクレハ!!」


 高らかに宣言した彼の人間を辞めてもらうぞ発言に肩を揺らし、躊躇、動揺するクレハ。命を差し出す決心は以前からついていたが、それとは話が別だ。

 防御姿勢で身を丸めたクレハは申し訳なさそうに小さく手をあげて質問する。


「えっと。どういうことですかトリス様?」

「詳細ヲ簡単ニ説明すると偽りの神。疑似神の一柱いっちゅうになり、我が計画の補助をして現地人達をダンジョンに潜らなければならない状況にし、世界に対しての懸念材料になってもらう。同族から恨みを買う損な役目だが契約は契約だ。悪いが最後まで付き合ってもらうぞ?」


 二年間、トリスの出した宿題、課題を忠実に実行したクレハの理解力、精神年齢は十五才だというのに一般的大人と同等クラスに昇華している。

 内容を細かく噛み砕き処理するに時間は必要なかった。


「それはもしかして! トリス様と同じ疑似神に私もなれるということですか!?」

「頭ノ回転きれガ良くて大変助かるぞクレハ」


 またしても褒められた。特別な感情をいだく自分が信仰する神如き存在に。人種が変わる、人間を辞める時がすぐ傍まで来ているというのに、クレハの熱は冷めるどころが動悸が激しくなるいっぽうだった。


「ナニ、難しく考えることハない。疑似神に変質するには私ガ究極ノ英知デ生成した『進化ノ種』ヲ服用するだけだ」

「トリス様? ごちゃごちゃした装飾の飾りつけや、禍々しい儀式の順序工程とかは要らないのですか?」

「事前準備ガ必要ナ儀式など弱者ガ取ル手法にすぎぬ。それがクレハがいた世では一般的なのだろうが私ノ住ムこの脈点『高次元グリファ』では必要としない。時間ノ無駄だ」


 自分がいた世界の儀式用美を完全否定されたが、黒魔術やらにさほど詳しくないクレハは「そういうものなんですね」とひとりゴチた。


 クレハはうやうやしくトリスから真っ黒焦げ! と表現できる丸薬。黒ずんだ『進化ノ種』を受け取り、ほんのりと焦げた香りを漂わせた異物を、意を決して一口で服薬した。


――――ゴックン!


 無音の室内。二人しか存在しない滅びた世界『高次元グリファ』に、少女の飲み込み時の喉を鳴らす音がひときわ大きく響く。


(うえっ! なにこれぇぇ――――!! にぃがぁ! まぁずぅぅぅ――――!!?)


 トリス直伝の手作り丸薬の味を、成長途中の繊細な子供舌が神経を通じて敏感に感じ取り、深刻なダメージを負うクレハ。

 数秒後。一言も喋らず、健気に額に汗を流してじっと我慢するが変化なし。

 十秒後。未だに口内に残るエグ味。苦虫を噛み潰したような表情で眼差しを丸薬製造元であるトリスに向けるクレハ。

 もし疑似神に進化できなければ契約が破棄されるかもしれない。変化がないことに不安で心が押しつぶされ、不快な味覚も相まって次第に瞼に涙袋に雫が溜まって瞳が濡れていく。その時だった。


――――ドクンッ!!!


 クレハの心臓が勢いよく体内で破裂した。その衝撃で血液が逆流。眼から涙と共に血を流し、鼻と口、穴と呼べるか所から流血。体を痙攣させながらクレハは前のめりに倒れ込んだ。即死だった。


「クレハよ。前モッテ話していなかったが種族変異。不正規ノ手法で力を持つ神に近い存在になるとき、副作用として人間デハ抗えない痛覚が生ずる。精神ガ病まないために安楽死、即死ハ最良ノ手段なのだ」


 気の毒な亡くなりかたをした少女クレハの周囲に血だまりが面積を広げていく。服用物の効果なのか血液が地面に流れる速度が通常とは違い明らかに異常だ。肉質を切断されたように目を見張るスピードでクレハの体内から血液が流出していく。

 クレハの血が身体から全て抜け切り、空になった瞬間。クレハが暮らしていた部屋に暴風が吹き荒れた。

 高度な文明の名残であった、侵入者対策を施された城の窓ガラスが全て割れ、家財道具や装飾品、お気に入りの猫模様が刻まれたティーカップ、地球と他世界から取り寄せた数多の参考書が宙を舞う。中心部である天井のシャンデリアは唯一無事だがロウソクは四散し灯も消え、闇の中で物質が衝突し、脆い材質で形成された物は粉々に砕け散った。

 やがて暴風が収まり、力の発生源であったクレハの身は闇の繭に包まれていた。


「サゾ痛かったであろうクレハ。ダガ案ずることはない。死して肉体ガ再構築された時、人間ヲ遥かに超越した存在、疑似神ニ変貌する素養をクレハ、お前ハ持っているのだから!」


 二年間クレハの成長を見守っていたトリスは、生まれ来る疑似神の繭を目を背けることなく直視する。

 そんなトリスに応えるかのように、地面に根を張っているクレハの成れの果てである闇の繭は、小さき白き光の信号を発し点滅させた。


「我ガ崇高なる目的のために、世界ヲつなぐ人柱『疑似神クレハ』として種族変異セヨ!」


 トリスの掛け声によって大きく震えだす繭。


「サア病神ノ力ヲ己ガ身に宿して、さなぎノ殻ヲ破リ立チ上がるのだ!」 


 点滅する速度を上げ急速に光が巨大化し、漆黒の繭殻から彼女の手が這い出て左右に切り裂き、ゆっくりと直立する。


「成功ダ!! 今日ハ何ト良キ日カ!」


 トリスは新たな同族クレハに影の身ながらも微笑みかけた。黒かった髪が変色し白髪となり腰付近まで成長。ここと違う、彼方を見つめるうつろな紅瞳。素肌は褐色ではなく血の気がない真っ白な色で、病弱加減が増して儚さが伝わってくる。


「クレハ!?」


 意識なく足を踏み出したクレハは力なく倒れ始めるもトリスの超反応によって抱きかかえられた。


   ♤   ♢   ♡   ♧


「ここは……?」

「気ガついたかクレハ? 一刻ホド眠っていたが気分はどうだ?」


 いつの間にかベッドに寝かされていたクレハは自身の身に起きた変化を瞬時に感じ取った。


「おかしな気分ですトリス様」


 色が変わった以外肉体的変化は無いが、明らかに精神が研ぎ澄まされている。目を閉じれば室内の外の様子、城外の滅びた世界も見渡せることが可能になっていた。


「じきに慣レル。それより心臓に手ヲ当ててみよ」


 おかしく思いながらもクレハは膨らみかけた胸部に手を添えて、青白い顔を更に白くして身を震わせた。


「みゃ、脈がない……?」

「ソウダ。擬似神に心臓など無ければ、血さえも流れていない。不要ナ器官だからな。眼モ耳も五感モ見せかけだけで肉体ナド意識体ノ器にすぎぬ。今アル意識こそが人間でいう心臓そのもの。いしきが消滅シナイ限り、我ラ疑似神ハ不変であり不滅なのだ」


 新たな後輩に疑似神の教義を施すトリス。不老不死と言い換えても過言ではない内容にクレハは疑似とはいえ神がどのような存在なのか自覚した。


「人生の成功者達ガ古来望む、夢ト欲望がはらんだ不老不死ヲ元難民少女が手にしたと聞けば、現代ノ権力者達はどのような面をするのか見ものだな」


 影のシルエットに包まれたトリスが面白そうにクククと喉を鳴らす。種族変異の過程で命を落としてから疑似神に生まれ変わり、常識ではかることができない場面の連続で思考が全く定まらない。

 茫然自失ぼうぜんじしつになりつつあったクレハに、トリスは共に今いる世界を歩こうかとクレハを誘った。ベッドから降りて部屋を出る二人の疑似神。

 今まで人間であったクレハの時は外出許可が一回も許されなかった。暗闇の最中、横に並んで城の通路を歩くトリスにクレハは今さらになって疑問をぶつけた。


「理由カ? 至極明快明瞭しごくめいかいめいりょうダ。城外、結界外には我ラ疑似神には必要ないが、人間に必要ナ酸素がない」


 あっけらかんと事実を突きつけるトリスにクレハは「大人しくしていなかったら窒息死していましたね」と無難に返答し、いい子にしてて良かったと軽く息を吐いた。

 何も生えていない。一面が黒い砂に覆われた砂庭を通り過ぎ、城の入り口にある崩壊した城門をくぐり抜ける二人。

 星々の輝く光の微光だけが今いる世界を申し訳ていどに照らし、闇夜が何処までも続く水平世界の、人間だったら身を瞬時に凍らせるだろう極寒の冷気に身を晒すクレハ。

 不思議なことに痛みは感じず、恐怖も湧いてこない。クレハの第一印象は、ただ寂しい場所だなと地面が黒い砂に覆われた無機質な荒野、生命がひとかけらも存在しない世界を哀れんだ。

 悲しげな横顔のクレハにトリスは今後のやってもらいたい方針を口にした。


「同胞ノ疑似神、病神クレハよ。これを見よ」


 現れるビックサイズの監視画面。そこはダンジョン内部で人間、霊体、スライム五匹が表示されている。


「この人間ノ名は天鐘通。クレハより二つ年上の齢十七。最優先監視対象者であり私が目ヲ付けたターゲットの内の一人だ。前にも言ったが、クレハ同志には我ガ計画の一端を担い、現地人達をダンジョンに潜らなければならない状況ヲ作ってもらう」


 男性の顔をしっかりと記憶に刻みながらトリスに振り向き、異世界の教材で魔法の存在、扱いを学んでいた彼女は病神の力を自然と探り発動方法を頭で理解する。 


「では私が病神特有の固有魔法で世界に病をばら撒き、治療できる特効薬はダンジョン産の資源を利用した物だけに限定すればいいのですね?」

「オオむね正解だが、もう一つ別のプランも同時進行デ進めてもらう」

「わかりました。私は何をすればいいのですか?」

「…………」


 言いづらいことのため躊躇うトリス。


「トリス様。私は貴方に全てを捧げてここにいます! 気に病むことはありません、遠慮なさらずご命令を!」


 強気でトリスに迫る色白な外見のクレハ。家族を救ってくれた。短い間だが夢を実現させてくれた。自分の全てを投げ打ってまで、トリスに報いたい感情が白き肉体に渦巻いている。


「血液ガ無いというのに、見た目によらず温カイのだな」

「そのような人を厳選して選ばれたのでは?」

「フハハ、気ヅいてしまったか」


 二人以外存在しない闇夜の影が支配する世界で笑いあう自称神たち。

 本当は疑似神になるには生まれ持った資質が極めて重要なのだが、良好な雰囲気を壊さないためにあえて口には出さないトリス。


「土壇場で己の覚悟ガ足りなかったのを自覚する羽目になるトハ」


 感傷に浸る影人のトリス。ほどなくして作戦概要を打ち明ける決心をしたトリスは重い口を開いた。


「同志クレハには監視者達ノ最も大事にする人物に最高位の病神魔法ヲ使い、煽りたて、人類ト完全な敵対関係になってもらう。世界に宣戦布告する実行役の一部を担う役目だが……」

「任せてください。必ずやトリス様に貢献できるようにサポートすることを約束します」


 忠誠心あふれる返答を聞きトリスは、クレハが現地人に対して行う実行魔法を一緒に吟味して、ある特殊魔法を導き出した。


「なれば『魔魂水晶化現象(ソウルクォーツ病)』ガ妥当だろう」


 それは最小単位の力のみでダンジョン沼に取り込まれ、能力開花していない人間だけ( ・・・・) を強制的に、半永久的に風邪の症状にさせ、高濃度な病力が集中的に放射され体内に取り込まれることによって魔魂水晶ソウルクォーツの彫像に変異させる恐ろしい病。魔力効率抜群で超広範囲にわたって空気に含む二割の酸素そのものを汚染させることができる、最高位に属する病神専用石化系魔法だった。


「はい。全世界の人間には通常の効果を最小限にして加減しますが、特定人物には効力を落とすことなく段階を分けて放射することによって目的の達成は可能です。ですがトリス様、一つだけ条件を付けたしてもよろしいですか」

「何ダ?」

「十五歳以下は発病しないように処置することをお許しください」

「特効薬が世に出回るマデ弟妹たちヲ感染に巻き込ませたくないのダナ。許可スル」

「ありがとうございますトリス様」

「礼にハ及ばぬ。あとハ舞台ヲ整えるだけダナ…………同志クレハよ、帰る準備はイイカ?」

「いつでも結構ですトリス様!」


 元気よく返事をする色白の疑似神クレハにトリスが不敵に笑みを返す。待ちに待った悲願が今度こそ達成できるかもしれないと、心高ぶる不死の疑似神トリス。

「デハ共に参ろうか! クレハの故郷に!」


 目の前に黒沼を発生させ、溶け込むように消えるトリスの後ろに付き添うクレハ。二人の疑似神は黒く塗り潰された沼に吸い込まれ、滅びた漆黒世界。高次元グリファからその姿を消し、地球世界全域に奇病を撒くべく行動を開始した。

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