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第9話 知っているのは

「みぎゃっ」


 何度か叩かれたお尻はきっと腫れているだろう。椅子に腰をかけるだけで痛みを覚えた。


「……」


 葵花が気遣わしげに視線を向けてくるが、彼女は茨戯の膝の上に座らされて身動きが出来ない。だが、向こうの世界に比べれば大神しいものだ。向こうでは、葵花は全力で暴れていた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!恥ずかしいから離してってば!」

「葵花ーーあんまり聞き分けが無いと、やるわよ?」


 その「やる」がどちらを意味しているか分からないが、葵花の抵抗が止んだのは言うまでも無い。あまりに可哀想なので、時々果竪が間に割って入った。


「何よ?いくら果竪でも邪魔をするなら」

「……」

「……わ、わかったわよ」


 目をそらした方が負け。

 無言の威圧感勝負は大抵果竪が制した。昔ならいざしらず、今の果竪を見くびって貰っては困る。いつぞやのとある上層部が余りにも聞き分けが悪かった時などは、果竪は問答無用で寝室に大量の大根を毎日召還してやれば、三日で音を上げた。


 むしろ三日持ったその上層部に、周囲が称賛したが、果竪からすれば無駄な根性だったとしか思わない。


「反省した?」


 いつぞやの上層部に放った言葉が、そのまま果竪に放たれる。

 それを放ったこちら側の朱詩は、テーブルを挟んで向かい側の長椅子で足を組み、腕を組んでふんぞり返っていた。とても偉そうだが、朱詩がやると何とも言えない艶めかしさと色香が漂っている。

 だが、果竪からすれば自分のお尻を叩きまくった相手でしかない。


「私、悪い事なんてしてないわ」

「あ?」

「ただ、涼雪ちゃんと葵花ちゃんに心と体の自立を促しただけだもんっ」

「あぁ?!」


 なんでこうこちらの朱詩はいつも喧嘩腰なのだろうか。いつも怒ってばかりいる気がする。こんな怒っているなんて。


「まさか生理?」


 ガタンとテーブルを挟んで朱詩が立ち上がる。それを、隣に座っていた涼雪が必死に止めていた。


「アンタ……どこまで恐い物知らずなのよ」

「顔的にはありだと思うの」

「顔で判断しないでよ!なら、アンタだって男の二次性徴でもあるんじゃないの?!」


 平凡な果竪の顔立ちは、少年と言ってもある意味通用した。男顔ではないが、男と言われてもーーまあ通用する感じではあった。

 だが、正真正銘の女性である果竪にとってそれはとんでもない暴言で、茨戯もそれが分かっていて揶揄する様に言ったのだが。


「それを信じていた時もありました」

「ちょっと待て」


 何故に信じていた。


「あまりにも膨らまない胸に『はっ!もしや私は男?!胸じゃなくて下が生えてくる?!』とある日天啓を得た聖職者の様な感動を覚えつつ、いつまで待っても生えない事にどれだけ絶望した事か」

「アタシはアンタのその考えに絶望したわよ、たった今」

「ってか、胸が膨らまないならせめて他で膨らむべきですよね!」

「そこは胸を膨らませなさいよ!!」

「胸なんてどうでも良いじゃないですか!!」


 胸の事を言われ続けてウン百年ーーは遙か前に過ぎただろうか?

 とにかく、真っ平らな胸を揶揄されなかった事はない。


「平らと言われ続けるならばまだしも、エグれていると言われ続けたこの私の気持ちが分かる?!」

「え?言われたの?」

「それこそ、どこまでも続く平原と言われ、決して揺れる事のない耐震性抜群の地盤と言われた時の私の気持ちが分かりますか?!」


 しかも、こちらでも胸の事について言われた。

 ダイエットをする前に胸を膨らませろとーー。


「そんなに胸が大きい神が良いなら最初からそういう神を選んでよ!地盤改良がどれだけ大変か分かってんの?!もの凄くお金と手間暇がかかんのよっ!!というか、そんなに胸胸言うなら自分の膨らませてよ!!」

「いや、それしたら色々と終わるでしょ」


 ドンッとテーブルを叩き、その後もバンバンと激しくテーブルを叩きまくる果竪に茨戯はそう呟いた。そして、立ち上がった朱詩も果竪の気迫に気圧され、ゆっくりと腰を下ろした。


 そこまで胸の事で悩んでいたなんて……。


「まあ、陛下は巨乳好きだって事は分かってますけど」

「は?何その情報?どこで仕入れたの?」

「【後宮】を見れば軒並み巨乳揃いだもん」


 確かに【後宮】の妃達は正妃以下、殆ど全員が巨乳だった。最下位の妾妃以外は。


「【後宮】ってね、その持ち主である王の趣味がだいたい出るもんなの。巨乳好きなら巨乳ばかり、貧乳好きなら貧乳ばかり、幼女趣味なら幼女ばかり」

「待て、最後どう考えてもおかしいだろ」

「先行投資以前に幼女しか趣味じゃなかったら、【後宮】の機能が果たせないでしょ」

「どこかの国はそれで法律まで変えかけたしね」


 で、見た目幼女じゃないけれど、成熟した女性とはほど遠い見た目の果竪も危うく【後宮】入りさせられかけた。で、それに切れた凪国によってその国のトップはすげ替えられ、それはそれはとんでもない大騒ぎとなった。


 因みに、葵花も既に神妻だったにも関わらず、【後宮】入りさせられかけ、切れた茨戯を止めるのは本当に大変だったと、満身創痍の朱詩が語っていたのを思い出す。


 確かに葵花は可愛いけど。


「話は戻りますけど、凪帝国の【後宮】の妾妃様達の素敵な美乳兼巨乳を見て陛下が巨乳好きじゃないなんてあり得ません!!」


 果竪は力強く断言した。


「ですよね?!」


 更に追い打ちをかけた。


「いや、その……うん?」

「あれ?陛下って巨乳好きだったかしら?」


 側近達は大いに悩んだ。特に胸の大きさについて語り合った経験は無いがーー。


「そして私は上層部も軒並み巨乳好きだと踏んでます」

「「なんでだよ!!」」

「類は友を呼ぶ。配下って主に似るし」


 いや、それそういう意味じゃ……いや、そういう意味なのか?


「ってか、平均的にこっちの神達みんな胸大きいのよ!!小梅ちゃんも涼雪ちゃんも葵花ちゃんも!!」


 突然果竪が爆発した。


 がーー


「え?何それもっと詳しく」

「詳細を求むわ」


 朱詩と茨戯は窘める事無く食いついた。


「些細な事よ」

「全然些細じゃ無いよ」


 果竪の言葉に朱詩は全力で否定した。


「たかだかカップのサイズが一つ違うだけじゃん!!」

「大違いだろ!!」


 とりあえず、朱詩は頭の中で小梅の胸のサイズを素早く計算した。そして心の中で「勝った!!」と誰に対しての競争心なのか勝利宣言をする。


「まあ胸が小さくても向こうは既婚者が多いけど」

「は?」

「だから胸の大きさなんて」


 果竪はガシッと頭を掴まれ、涼雪と葵花が既婚者である事を暴露させられた。反対に、こちらの涼雪と葵花は未婚者であるという情報を得る事は出来たが。ただでは起きない果竪である。


 因みに、朱詩や茨戯、明睡が未婚者である事は既に情報収集済みである。ただし、恋神や愛神の存在の有無については残念ながら得られてはいないが。


「私の頭の形が変わったらどうするのよ!!」

「簡単に変わるか!!」


 ぷりぷりと怒る果竪に、朱詩が全力で突っ込みを入れた。そんな二神に、茨戯はとうとう堪えきれずに笑い出した。一方、普通の少年の様に笑う茨戯に葵花は驚いて呆然と見つめている。


「あははははははは!本当に面白いわねこの娘っ」

「ああそうだ、筆頭書記官様」

「何だよ」

「【海影】の長様も私の事知ってるんですか?」

「ーーまあ、ね」


 何気ない果竪からの問いかけに、朱詩は頷いた。


「意外と抜け目ないから、こいつ」

「抜け目ないのは褒め言葉ね」

「腐っても、【海影】の長だからね。諜報機関の中ではトップクラスに入るからそろそろとは思ってたけど」


 独自のルートで、自分達の知る相手の中身が違うと掴んだらしい。まあ、詳しい事は朱詩が説明したが。


「陛下から直々に頼まれればね」

「あら?このアタシの協力は必要ないかしら?宰相の方に付いたら厄介じゃないの?」

「はんっ!陛下の駒であるお前が宰相に良いように使われるわけがないだろ?」

「ああーー【海影】の直属の主は陛下だもんね」


 向こうの世界でもそうだった。

 明睡が動かせる事もあるが、それは陛下の許しがあってこそだ。


 向こうの世界での国王陛下お抱え組織ーー【海影】。

 暗殺、破壊工作、諜報活動その他ーー裏に関わる諸々を一手に引き受ける国王の強力な手駒だ。基本的には国王の言う事しか聞かない。


 炎水界におけるその裏の世界では、【海影】の名は広く知れ渡り、多くの組織から多大なる畏怖と同時に羨望と崇拝の眼差しなんかも向けられているそうだ。なんというか、憧れらしい。


 こちらではどうか知らないが……たぶん似た様なものだと踏んでいる。


「それで、結局私の事を知っているのは」

「ボクと小梅、陛下、あとこいつ」

「こいつは酷い言い草ね」


 茨戯がやれやれと溜息をつく。


「で、あとは葵花と涼雪が今知ったわね」


 果竪が葵花と涼雪を見た。

 二神は驚きに言葉を失っていた。


「良いの?報せて」


 茨戯が問えば、朱詩は溜息をつきながら頷いた。


「陛下から、【徒花園】で知っている奴が小梅だけなのは彼女に負担が重すぎる。他にも信頼おける相手に報せて良し。葵花と涼雪が良いんじゃないか?って。まあ、涼雪は宰相対策だね」

「……宰相様だけ仲間はずれ?」

「仕方ない。明燐が相手となれば、必然的に宰相も敵に回る。腐っても明燐は陛下の正妃だ。その正妃の為に身内が色々と画策し実行するなんて事は良くある」

「しかも明睡はとんでもなく頭が回るし、抱えている手駒も多い。下手すれば、こっちが返り討ちよ」

「【海影】の長様でもですか」

「そうよ。言っとくけど、あの男は綺麗なだけの男じゃないわ。うちの上層部の中で最も優秀で有能、かつ冷酷な奴だからね。基本、妹にしか心を許さないし」


 ただ一神の妹を愛し、妹の為ならばどんな恥辱や屈辱にも耐えてきた男だ。妹を害する者達を退ける為に力を付けていったと言っても良い。


「ーーそれでよく陛下の所にお嫁に出しましたね」

「いや、むしろ陛下だから出したのよ。じゃなきゃ、そもそもあの男が宰相なんてやるわけないでしょ?陛下が陛下だからこそ、あの男は宰相なんて七面倒な事 を受け入れたのよ。他の奴等もそう。今上層部と呼ばれている者達も、上層部に次ぐ者達も皆、陛下が陛下だからこそ、今の地位についたの。陛下を助け支える 為に」


 茨戯の言葉に、果竪は思う。


 ああ、同じだと。

 こちらでも、萩波は萩波なのだろう。


 多くの者達から尊敬され敬愛される、偉大なる君主。


「宰相が自分の主と認めたのは、陛下が最初でーーたぶん最後ね。その分、敬愛と心酔の深さは上層部一。その陛下が妹の夫となるんだもの。普通に考えて許さない筈はないでしょう?」

「まあ、明燐と婚姻はある意味特殊なんだけど」

「朱詩」

「分かってる」


 茨戯が確かめる様に呼びかければ、朱詩はヒラヒラと手を振って答えた。


「向こうの世界の明睡はどうなのさ」

「まあだいたい似たようなものだよーー」


 果竪は向こうの世界の明睡を思い出す。


「いっそどうして自分が陛下の王妃にならなかったのかと不思議なぐらい」

「いや、それはちょっと」

「一応世継ぎ問題があるんだけど」

「世の中、奇跡ってあるんだよ」


 ねぇよ!!


 朱詩と茨戯は揃って声を上げた。


 そんな奇跡なんてくそ食らえである。


「ーーなんていうか、基本的にアンタの住んでいた世界でもアタシ達は変わらず居るみたいね」

「うん。だいたいが基本的に同じ身分と地位で、同じ立ち位置かなーー違う神達もちらほら居るけど」

「ふぅ~ん……そっくりそのままって事はないのね。まあ、そもそも向こうの世界には【本物の果竪】が死なずに生きているみたいだから、そこからして違うんだしね」


 涼雪と葵花が息を呑むのが分かった。


「……【本物の果竪】?」

「……」


 完全に置いてけぼりにされていた二神に、朱詩は頭をがりがりとかくと、彼女達にわかりやすい様に説明を始めた。それはとてもわかりやすく丁寧で、なおかつ優しい。


「あれ?何その対応の違い」


 私なんて一度殺されかけたんですけど?


 と、無言で問えば


「【大根狂いの変態魔王】にかける優しさはない」


 と、ばっさりと切り捨てられた。


「いや、優しいよ。私の事を大根好きって」


 思い切り耳を引っ張られた。


「いやぁぁぁぁ!耳が伸びるうぅぅぅっ!」

「うっさい!」

「朱詩、その体は一応あの娘のもので」

「治せば大丈夫だよ!」

「大丈夫なわけあるかっ!ていっ」

「うわっ!」


 耳を引っ張る手を振り払い、果竪は朱詩に飛びかかった。そして大乱闘が始まる。


「……」

「ど、どうしましょう」

「下手に近づくんじゃないわよ。巻き込まれるから」


 茨戯は、ぱくぱくと口を開け閉めする葵花とオロオロしている涼雪を自分の方へと引き寄せる。まあ朱詩はあれで手加減をしているから、間違ってもこちらに被害は及ぼさないだろう。

 そして、あの娘ーー。


「……全く、違うわね」


 その小さな呟きを聞き取る者は誰も居なかった。




「で、気はすんだの?」


 三十分後。

 ぜぇはぁと息切れする果竪の首根っこを掴んで持ち上げる朱詩に、茨戯は質問した。


「割と」

「私はまだ済んでない!!」

「もういいから黙っててよ!」


 朱詩は無理矢理果竪を黙らせた。


「ひ、筆頭書記官様、その娘にあまり無体な事は」

「このぐらいでへこたれる様なヤワじゃないよ、こいつは」

「ふっ!糠に釘、のれんに腕押しの様な私だもんっ」

「それ褒め言葉じゃないよね?絶対に」


 首根っこを掴まれたまま、またあっかんべ~とやって朱詩に思い切り揺さぶられる果竪。意外と学習能力は低いのだろうか?


 そのまま果竪はぽいっと投げ捨てられる。


「酷い!女の子になんて仕打ちをっ」

「女らしく扱われたいなら、もっと可愛らしくしろっ」

「可愛らしく?」


 果竪は自分の体を見回す。


「フリフリレース?」

「見た目だけ変えてどうすんだよ。あとお前、絶対にレースなんて似合わないから」

「筆頭書記官様は似合いそうだよね」

「……」


 朱詩の手が目にもとまらぬ速さで果竪の首根っこを掴んだ。


「その口をどうにかしろって言ってんだよ!神の気に障る事を一々言いやがって!それでよく生きていけるよね?!絶対に向こうで痛い目見てるでしょ!」

「相手に痛い目を見させる為のわざとだもん。こういう風に言うと相手がしっかりと怒ってくれて色々と隙が出来るんですよ。ほら、自分が見下している相手に色々と痛い所をつつかれると腹が立つでしょう?」

「……それ、向こうのボクにもやってんの?」

「必要がなきゃやらないよ」


 最下位の妾妃の肉体に入っている存在はあっさりと言った。


「必要があるからやってるだけで」

「やってんのかよっ!」

「因みにどういう」

「茨戯っ」


 口出ししてきた茨戯を朱詩は怒鳴る。


「え?友達が出来たって言ったら、数時間後には相手のプライベートな部分まで調べられた時?」

「……」


 それって犯ーー。


「まあそれは良いとして。朱詩だけじゃないし」

「他の奴等もやって……って、名前呼びかよ」

「向こうの世界だから良いじゃん」

「向こうの世界でも腹が立つ。ってか、向こうの世界のボクがよく黙ってるね?そうそう気軽に呼んで良い名前じゃないんだけど?」


 自分が認めた相手にしか呼ばせないーー。言外にそう告げる朱詩だが、果竪は全く聞いてはいなかった。


「んな事言ったって、筆頭書記官様って呼んだら怒ったのは朱詩の方なのに」



 それは、彼が筆頭書記官の地位についた時だった。


「じゃあこれから筆頭書記官様って呼ぶね」

「朱詩」

「筆頭書記官様」

「朱詩」

「いや、筆頭書記」

「朱詩って呼ばなきゃ返事しない」

「筆頭書記官様」


 返事をしなかろうが、立場的には朱詩の方が偉いだろう。それこそ、国王の正妃と言っても落ちこぼれで無能な王妃よりは。


 立場をわきまえなさいと五月蠅く言う者達も居たので、そこは譲れないとばかりに果竪は朱詩を地位名で呼び続けたら。



「なんか朱詩が泣いてんだけど」

「宰相様」

「明睡だ」

「やだ」

「やだってなんだよ!!あ、果竪、お前そんな呼び方して朱詩を泣かせたんだな?!って待て!!」



 あの時の鬼ごっこは結構早く捕まった。まだまだ未熟過ぎた頃の思い出である。


「大丈夫ですよ、筆頭書記官様」

「何がだよ」

「私が朱詩と呼ぶのは向こうの世界の朱詩だけで、こっちではきちんと筆頭書記官様って呼ぶので」

「……」


 だから問題なしーーと笑えば、こちらの世界の朱詩の機嫌が悪くなった。何でだろう?


「アンタって男心が分かってないわ」

「筆頭書記官様の男心が分かってもどうしようもないかと」


 朱詩が、テーブルの上に置かれた茶器を握りつぶした。美しい絶世の美姫たる美貌で騙されやすいが、腐っても朱詩は男である。まあ、朱詩の場合は腐らないだろうけれど。


「……本当に、あの娘ではないんですね」


 涼雪がぽつりと呟く。


「当たり前だろう!!あいつがこんなに口が悪かったら今頃お仕置きしてるよ!!ってか、どういう教育を受けてきたんだかっ」

「もうお仕置きしてるじゃん」

「今すぐ強制的に口調を矯正させられないだけマシだと思ってね?」


 は~いと言う果竪だが、どこか馬鹿にしている様に思えるのは朱詩の被害妄想だろうか?


「朱詩、落ち着きなさいな。あんまり怒ると血圧が上がるわよ?」

「いつも低いから良いよ」

「いや、良くないでしょ。まあでも、涼雪の言う通り、全然違うわね」


 まあ、情報を掴む前から明らかに違ったが。

 特に、【後宮】を卒業なんて言い出した時には頭でも打った衝撃で色々とぶっ飛んだかと思った。が、魂が全く違えばそりゃあ別神のようだと思ってしまうだろう。実際に別神なのだし。


「ま、そういう事だから、これから色々と協力を頼むと思うけれど」

「分かりました」

「……」


 涼雪は柔らかく微笑み、葵花は一生懸命にコクコクと頷いた。


「目が見えないので、逆に色々とご面倒をおかけするかもしれませんが、宜しくお願いいたします」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「……」

「葵花ちゃんも宜しくお願いします」


 果竪はニコニコと笑うと、涼雪と葵花に抱きついた。


 茨戯の口元がヒクリと動く。


「はいはい、そこまで」


 そしてさっさと果竪と葵花を引き離す。あと、後で恐いので涼雪も引き離した。


「ん?嫉妬?」

「んなっ?!」


 果竪の指摘に、茨戯の頬に朱が走る。

 朱詩は小さく溜息をつくと、葵花と涼雪にお茶と茶菓子のお替わりを頼む。彼女達は頼まれた物を取りに席を外した。


「なんですってぇ?!」


 葵花達が居なくなったと頃で、茨戯の叫び声が上がった。


「アタシが嫉妬ですって?!そんなの」

「じゃあ葵花ちゃんが帰ってきたらもう一回抱きつ」

「すんじゃないわよこの小娘が」


 ドスの効いた声音で脅すが、果竪には全く効かなかった。


「ほら、嫉妬してる」

「っ……」

「大丈夫だよ、葵花ちゃんは【海影】の長様一筋じゃん」

「はぁ?何よそれ」

「……違うの?」

「アンタね……そりゃあいくら恩神みたいな存在であったとしてもそれはないわよ」


 茨戯が大きく溜息をついた。


「しかも葵花にとって茨戯は養父みたいなものだしね。それとも、向こうの世界では違うの?」


 腕を組みながら朱詩が問いかければ、果竪は「う~ん?」と首を傾げた。


「じゃあ付き合ってないの?」


 独身である事は分かっていた。が、恋神とか愛神が居るかまでは情報は得られていなかった。だから、もしかしてーーという気持ちがなかったわけではない。

 向こうでは既にくっついているし。


「むしろ思いも伝えてないよ。向こうの世界に先を越されたね?茨戯」

「っ……五月蠅いわね」

「なんで?」


 果竪は純粋な疑問を覚えて聞いたのだが、茨戯は怪訝そうな顔をした。


「なんでも何も……単に告白出来てないだけよ。それに……あの娘はまだ子供だし」

「一応成神はしてるんたけどね」

「それでも、中身がまだ成長しきっていない子供なのよ?!そんな子供にこっちの気持ちだけを押しつけるなんて出来るわけがないじゃない」


 果竪はパカンと開いた口がふさがらなかった。


「え、えっと……じゃあ、結婚したいとか、抱きたいとか」

「その体で卑猥なこと言わないでよ」


 朱詩の教育的指導的な一撃が果竪の頭に放たれる。

 みぎゃああ!!と叫ぶ果竪とぷいっと顔を背ける朱詩に茨戯は額に手を当てた。


「アンタ達ね……ああ、まあ確かに最終的にはそう思っているけれど……その、体の障害の事とかもあるし、それにいくら成神でも中身がまだ成長しきってないのに流石にそこまでは」


 子供を抱く趣味は無いと言い切る茨戯。


 果竪はその場に四つん這いになった。


「負けた」

「は?」

「何が?」


 負けた、負けてしまった。


 ってか、こっちの茨戯ってなんでこんなに紳士なのか?!


 向こうの茨戯が鬼畜ーーいや、なんで向こうは手を出してるの?!


 向こうの世界の茨戯は、まだ葵花が十三の時に手を出した。強制的に関係を持ち、その後も無理矢理関係を強いていたのだと言う。しかも、葵花が転生した後も見つけるや否や、早々に無理矢理自分の妻にしたし。


「ってかよく言うよ茨戯」

「何よ」

「相手の事を思いやっているようで、結局この【徒花園】に葵花を入れてるんだからね」

「……否定はしないわよ」

「ま、涼雪はある意味特殊だけど、それ以外は多かれ少なかれ本神の意志を無視して入れられている。結局、同じ穴の狢って奴さーーだよね?結局、葵花は【徒花園】に入れられた事で他の選択肢を潰されているんだから」


 朱詩はどこか嘲るような笑みを浮かべる。


「それに子供を抱く趣味や妻にする趣味が無いって言っても、逆に言えば、相手が成長した場合は違うって事だよね?つまり成長するまで待っているって事だ」


 自分しか見ないようにさせた男に、朱詩はクスリと妖艶な笑みを見せる。


「……それはアンタもでしょう?」

「そうだよ?ボクも猶予を与えてる。この、【鳥籠】の中で生かしながらね」

「アタシも大概だけど、アンタもよねーーまあ、どうせ同じ穴の狢って事だけど」


 そう言うと、茨戯はまだぶつぶつと言っている最下位の妾妃に視線を向けた。


「ちょっと」

「くぅぅ!こっちの【海影】の長の方が紳士……負けた」

「いや、実際問題としてアタシは紳士じゃないから」

「え?」


 茨戯は【徒花園】に入れているからね……と告げる。それだけで分かるはずだった。だが、根本的な事を忘れていた。


「なんで【徒花園】に入れてたら駄目なの?」


 忘れてたーーこの娘の中身が違っている事を。


 だが、たとえ本来の最下位の妾妃だろうと、彼女は【徒花園】の存在を報されていないから、やっぱり同じ様な反応をする事になるのだが、その事は綺麗に茨戯と朱詩は忘れていた。

 それだけ、この入れ替わった相手はぶっ飛びすぎていたのだーー彼らにとっては。



 程なくして、葵花と涼雪が戻ってくる。

 それから幾つか話をしながら、新たに追加されたお茶とお茶菓子は平らげられたのだった。


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