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第8話 涼雪と葵花

 しゃきーんという音と共に、スチャッと太陽に向けて掲げられた一本の鍬。


 果竪のやる気は万全だった。


「おりゃあぁぁぁぁぁあっ!」



 凄まじい速さで【徒花園】中央にある離宮の周辺を開墾していく。今日も果竪は絶好調だった。



 【徒花園】に来て三日。

 果竪は畑作業に勤しんでいた。

 小梅と出会った日は疲れて眠りこけていたけれど、次の日にはもう体調は万全。鍬片手に土地を開墾していく。


 許可は取った。


「え?まあ土地なら余っていますが」


 そう言った侍女は深く深く後悔した。

 目を光らせ、素早く自分の前から立ち去った最下位の妾妃を追いかけてきて見れば、そこには鍬を手に言われた部分の土地を超高速、いや、超光速で開墾していく妾妃の姿があった。


 思わず悲鳴を上げれば、仕事仲間達が集まってきた。そして同じ様に悲鳴を上げていく。


「ふふ、今日も私は絶好調よ!」

「いやぁぁぁぁ!庭師達が精根込めて造りあげた庭園がぁぁぁぁぁぁあっ」


 そこには何も植えられていなかった。けれど、全体で見ればそこも確かに庭だった。その部分を果竪は容赦なく耕していく。そして、今日もまたザックザクと耕しに耕している。

 そして時折立ち止まってはタオルで汗を拭っていた。


 なんて健全な姿なのだろう。


「ふっ、待ってて!今この殺風景な庭園を愛溢れる白き大根達の楽園にしてあげるからっ」

「やめてえぇぇぇえ!それもの凄く余計なお世話ですっ!」


 目覚めた果竪は、すぐに大切な事に気づいた。

 ここには大根が無かった。

 そもそも、花しかない。

 これは由々しき事態である。


 花があれば野菜もなければ格好が付かないではないか。


 果竪はすぐさま開墾を開始した。


「ふっ!向こうの世界では【大根の伝道師】と呼ばれ、【畑開墾レース】において凪国一に輝いたこの私の経歴を舐めないで!!」

「ひぃぃぃいっ!誰か、誰かあぁぁっ!」


 健気にも止めようとしている侍女。



 それを遠くから騒ぎを聞きつけてやってきた朱詩は思った。


 よし、こいつ外に出そうーー。


 一瞬だけでも朱詩の天秤はそちらに傾いてしまったーーすぐに戻したけど。


 相変わらず奇想天外な奴である。



「お前、何してんだよ!!」

「あ、筆頭書記官様!もちろん、弛みそうな自分に活を入れているのです」

「ただの畑開墾だろっ」

「ただのじゃない!!」


 果竪の怒鳴り声に、朱詩は気圧された。


「え、いや、ちょ」

「畑開墾は神類の聖なる修行です!!」

「え?」

「愛する艶めかしい大根達の寝床を作れるというこの幸福たる作業を何だと思ってるんですか!!」

「……」


 前からおかしいおかしいとは思っていたが、やっぱりおかしい。


「私の使命は、この世を大根達で埋め尽くす事です!!」


 魔王か?!神類滅ぼす魔王か?!【本物の果竪】じゃなくて【変態魔王】と入れ替わったのか?!


 とりあえず勇者を召喚すべきだろうか?いや、召喚された相手が可哀想過ぎる。


「お~ほほほほほほほ!向こうで培ったこの大根育成技術をここでもっ」

「は?!向こうも毒牙にかけてんのか?!お前、実はただの【魔王】だろ!【変態大根好き魔王】だろ!」

「大根好き?!ごめん、私、筆頭書記官様の事、誤解してた。なんて良い神っ」

「嬉しくない、全然嬉しくないから!!」


 そこで頬を染められても全く嬉しくない。むしろ、全力で睨み付けられた方がまだ心臓に良い。


「ってか、どこまで大根馬鹿なんだよっ」

「私と大根の出会いは私が三つの時」


 いきなり始まった過去語り。

 だが、朱詩からすれば恐怖の物語の開始にしか思えなかった。


「聞きたくないからやめてよ!」

「なんで?!私と大根の愛溢れるロマンたっぷりの出会いの話なんだよ?!向こうでだってみんな泣くぐらいに素晴らしく壮大な話だったんだよ?!」


 信じられないとばかりに目を見開く果竪だが、朱詩からすればこちらが信じられない。いや、むしろ向こうの自分達が泣いたのは文字通り悲しみと苦痛からだろう。


 その苦痛っぷりは、まるで義理で出た結婚式で十数回も花嫁のお色直しに付き合わされ瀕死状態の出席者の心ーーと言えば分かって貰えるだろうか?実際、この前義理で出た結婚式がそうだった。朱詩でさえ危うく癇癪を起こしかけたぐらいだ


 朱詩はつかつかと歩いて行き、果竪の腕を掴んだ。


「いい?余計な事はするな。言う事を聞かないと、ここから出すよ?」


 そうしたら正妃の、明燐の手の者達に襲われる事は明白だった。それは果竪としても避けたい事態だろう。


「え?外も開墾して良いの?」

「違う!!」


 それを外も大根畑にしても良いと受け取ったこの娘の頭の中を朱詩は本気でかち割って見たいと思った。だが、それは出来ない。この体はあれのものだ。いくら中身が別でも、やれば終わりだ。


「向こうのボクに心底同情するよ」

「最初は嫌嫌言ってたけど、ほら、言うでしょう?【嫌よ嫌よも好きのうち】って」


 ぷつんという音を、はらはらと事態を見守っていた勇気ある侍女は聞いた。


「このすっとこどっこい娘がぁぁぁぁぁっ!」

「のぉぉぉぉぉぉっ!」


 朱詩に頭を挟むようにグリグリと拳で締め上げられた果竪がバタバタと暴れる。侍女が悲鳴を上げ、少し離れた所で見守っていた他の【徒花園】の離宮勤めの者達も慌てだした。


「この畑をとっとと元の状態に戻せ!」


 朱詩が力強く命じるが


「ふん!いくら戻されても私は耕し続けるわ!」


 なんだろう?この勇ましすぎる反骨精神は。

 これは本当に最下位の妾妃なのだろうか?


 【徒花園】に勤める者達は基本的にこの中で生活するが、必要とあれば外にも出向く。そこでそれぞれ知り合いから情報収集をし、最近最下位の妾妃がおかしくなっていると聞いた。

 聞いたが、これは聞いた以上のおかしさだ。


「お~ほほほほほほ!この私の【世界を大根の愛で埋め尽くす】計画は誰にも阻めないのよ!」

「黙れこの【変態魔王】!!お前なんてもう変態で十分だっ」

「ふっ、愛する大根の為ならばそれすらも褒め言葉よ!!」


 果竪は全くへこたれなかった。

 むしろそんなものは言われ慣れていた。


 愛する大根の為には、どんな汚名だって喜んで着てみせよう。


 全く堪えない果竪に、むしろ朱詩の方が恐怖を覚えた。


 駄目だ、早くこいつを追い返そうーー。



 朱詩は力強く決心した。


 というか、そうじゃないとこの体の本来の持ち主もこいつと似てしまうかもしれない。それこそ由々しき事態だった。




「あ、小梅ちゃん熱出してるんでしょう?慰めとなる様に部屋の下を大根畑に」

「やめろ殺すぞ!!」



 朱詩の怒声も何のその。本気の殺気混じりすらもぺいっと叩き落とし、果竪は軽やかなステップで鍬を担いで走り去った。


「あんの、アホ娘ぇぇぇぇええっ!!」


 怒り心頭で顔を真っ赤にしながら追いかけていく朱詩の後ろ姿を見送りながら、侍女達は顔を見合わせた。


 あの常に気怠げで淫靡な雰囲気を漂わす朱詩の珍しすぎる姿。まるで年齢相応の少年らしさを全開にした姿は、彼女達にとっては新鮮でーー。


「なんでしょう?嬉しいと思ってしまうのは」


 それは口にした彼女だけでは無かった。





 バキンと鈍い音と共に真っ二つにされた扇が床に叩付けられる。それは、白い御御足でもって荒々しく踏みつけられ、粉々にされた。

 そんな苛立たしい様子を前面に押し出しながらも、美しい装飾の施された椅子に悠然と腰をかける女主神は美しかった。


「本当に……忌々しい事」


 香気が放たれていると言われても驚かぬ美声が、この国の皇妃からもたらされる。凪帝国が皇妃ーー明燐は、そのすらりとした足を組む。

 その威風堂々たる姿は、皇妃と言うよりは女帝と言った方が良いだろう。実際、彼女は皇妃では収まりきらぬ美貌と高い能力に恵まれていた。権謀術数に優れ、政治手腕は有能たる上層部に匹敵し、多くの独自の配下を率いる。彼女の手の者達は至る所に紛れ、自分の宮に居る事が多い彼女に多くの情報を伝えてい た。


 だが、そんな彼女でも自分の良く知る相手に別の魂が入っている事は気づけなかった。いや、気づくだけの情報を得られなかったのだ。


「しかも、【徒花園】とはーー」


 忌々しきその場所は、かつて明燐の敬愛する愛しい兄から愛する者を奪った。それだけは明燐は許せなかった。偉大なるこの国の帝王。この国の皇帝陛下を明燐は心から敬愛し心酔していたが、その一件だけはどうしても認める事は出来なかった。


 だが、【徒花園】から一歩も外に出ない相手を奪う事は出来ない。【徒花園】に入れるのは、上層部でもごく限られた者達だけだ。明燐はその中には入ってはいなかった。


 いや、昔は入れたが、兄の愛しい相手を奪おうと権謀を張り巡らした事がバレて以来、出入り禁止になったのだ。


「まさか【徒花園】を急襲する事は出来ませんしね」


 明燐の腹心ーー燕桜(えんおう)は溜息をつく。明燐は歯ぎしりした。


 【徒花園】に仕える者達は、皆皇帝直属の者達だ。武力でぶつかっても、良くて討ち合いになるかどうか。到底、その中から目的の相手を探し出して連れ出すなんて無理だった。


 それに、明燐としても下手に【徒花園】の平穏をかき乱したくはない。心に、体に、それぞれ傷を負った者達がようやく平穏に暮らしているのだ。下手に騒ぎを起こして怯えさせたくはなかった。


「諦めますか?」

「嫌ですわ」


 明燐は即答した。


 諦めるなど冗談ではない。

 何のために【徒花園】に入れられそうになっていたあの娘を【後宮】で育てたのか。小梅の情を利用するという手段をとったのか。


『この子は外の方が幸せになれる』


 小さな小さなカジュを抱き、そう言って明燐を見上げてきた小梅。そうーー自分は、小梅を利用したのだ。



 【徒花園】に囚われる哀れな少女を。



「本当に、腹立たしい事」


 彼らはそれで守っていると思う。

 一箇所に集めて、強固な檻を作ってその中に入れて。


 悲しそうに空を見上げて囀る鳥達の鳴声を無視して。



 誰よりも強力な力を得れば良いではないかーー。



 明燐の視線の先に、幻想が生まれる。

 小さなカジュが楽しそうに遊び、そして明燐を振り返る。


『ねーたま』


 何度も転びそうになりながら駆け寄ってくる。

 明燐はそうして、何度その小さな体を抱きしめただろう?



 今回以外は。




『やめて!連れて行かないで!どうしてっ』


 今回もそうだと思っていた。

 なのに、小さなカジュは明燐の腕に少しだけ抱かれた後、その腕から奪われた。


『返して!その子を返して!!』


 どれだけ泣き叫んでも戻っては来なかった。

 まだ親の庇護が必要な小さなカジュは、皇帝が選んだと言う者達の手で育てられた。そして物心つく頃には彼女達は引き上げ、彼女は一神であの小さな離宮で生活する様になった。


 明燐がようやく近づけるようになったのは、それからずっとずっと後のことだった。

 それだって、ほんの短い時間だけ。


 正妃の宮殿に彼女を招待するにも一苦労で、それも潰される事が多かった。



 今度こそ守り抜くーー



 そんな明燐の決意を嘲笑う様に、明燐からカジュを奪っていった男は言ったのだ。




『それで、死なせたじゃないか』




 守りたい、愛したい、大切にしたい



 そう願い実行し、死んでいった。

 確かにそうだ。


 だが、今回も前と同じだとは



『もう、やり直しはきかないんだよーー』



 その言葉は、明燐の心を深く抉った。



 やり直し?


 お前はそう思っていたのか?



 今までの沢山のカジュは全てやり直しだと



 その愛らしい笑みも何もかもが全て同じだと



 ああ、そうなのかもしれない

 自分は今度こそ、次こそ、まるでゲームの様に



「ーー違う」



 あの娘は野菜が好きだったけれど、次の娘は苦手だった。

 あの娘は運動が苦手だったけれど、次の娘は得意だった。

 あの娘は、次の娘は。


 そう……違うのだ。



 確かに前回の失敗を踏まえるのも大切だ。

 だが、だからと言ってーー。



『は、初めまして……皇妃、様』



 どこか怯えた様に自分を見上げるカジュ。


 違う、違うのだ。


 どうしてそんな目で見るのか。



 悲しくて、辛くて。

 誰にも知られない所で心を落ち着かせようとして。


 そこで見つけた。



 目線を合わせてしゃがみ込む萩波を前に、嬉しそうに笑うカジュの姿を。

 その視線が、その瞳が物語っていた。


 ああーーと、ストンと理解した。



 何故今だったのか?と思った。

 今までにも、そうやって同じ瞳をしていたカジュは何神か居た。

 けれど鈍感な自分は、そこでようやく気づいたのだ。



 そして自分に気づき、カジュは慌てて萩波の傍から離れた。


 どうして慌てる必要などあるのだろうか?



『ねぇ、カジュ。貴方はーー』



 優しく、優しく聞こうとした。

 自分は姉だ。彼女の姉なのだ。


 妹の初恋を祝ってやらなければ。

 萩波は素晴らしい男だ。

 萩波ならばカジュを任せられる。


 それに、最下位の妾妃として保護している今、それが本当になるだけだ。


 ああ、なんと素晴らしい事か。



 明燐は萩波を慕っていた。

 心から敬愛し心酔していた。

 兄の大切な相手を奪いはしたが、それはそれ、これはこれ。


 萩波であれば、小さく弱いカジュを守れる。

 そもそも、【本物の果竪】が生きていればそうなる筈だった。


 明燐は心が浮き立っていた。

 いつも以上に柔らかく優しい声で囁いた。


『貴方は、陛下の事をーー』



 明燐は余りにも自分の立ち位置に無頓着過ぎた。



 結果、カジュは泣きながら謝罪した。土下座し、必死に許しを請い願った。



 訳が分からなかった。



 ただ気づいた時にはカジュは目の前から居なくなっていた。それから、カジュは酷い熱を出したという。雨の中、王宮の正門近くに倒れていたのだとか。


 その熱は一週間続き、目覚めた時にはカジュは数日の記憶を失っていた。明燐との、あのやりとりも全て。



 けれど、カジュは本能的には覚えていたのだろう。



『申し訳ありません!もう、もう二度とお二神の前には、特に陛下には近づきませんっ』



 あれからだったーー。

 それまでも決して優秀ではなかったカジュの成績はみるみるうちにがた落ちしていき、完全な落ちこぼれになった。

 どんなに頑張ってもと言ってはいるが、明燐は気づいてた。

 カジュは最後の最後で手を抜くのだ。

 いや、本神は気づいていない。

 けれど順調そうに見えていると、本神無意識にわざと失敗するのだ。


 あの時もそうーー。


 【後宮】で開催された【花祭り】で妾妃達が舞を舞った。その中で、小さなカジュもまた舞を舞いーーそのまま舞終えていれば、陛下にお褒めの言葉を頂けるはずだった。


 だが、最後の最後でカジュは転んで失敗してしまった。


 結果、舞台を汚した最下位の妾妃はそのまま退場させられていった。




 あの娘は、私達を避けているーー




 自分は無理をして会いに行けば会う事が出来た。

 けれど、陛下は無理だ。


 【後宮】では周囲の目がありすぎる。

 【徒花園】ならばーー。



『だから言ったのにーー』



 クスリと笑う筆頭書記官の、朱詩の憎らしい笑みが脳裏に蘇る。いつだってアイツは神の邪魔をしてきた。仲間として、親友として、その背中を任せるに相応しい相手だった。

 互いに背中を預けて戦った事もある。


 だが、この件だけはーーカジュの件だけは譲れない。



「明燐様、いえ、皇妃様」


 腹心の燕桜が明燐の前に傅く。


「燕桜」

「どうかお心を沈められ下さいませ。何を焦られる事がありますか?そもそも、この【後宮】は皇妃様の手の内ではないですか」


 燕桜がクスリと微笑めば、一瞬眩暈を覚える程の濃い色香が漂った。


「私に反感を覚える者達や、小賢しい者達も居るけれど」

「時には甲高く囀る鳥達もある程度は必要でございますからね。それに、演技は女の武器の一つですわ」

「ふふ……生意気な小鳥を調教するのは私も好きだわ。最近はそういった骨のある者達は居なくて」

「それは皇妃様がやり過ぎてしまったからですわ。ふふ、皇妃様が何もせずとも自滅していくのは目に見えていましたのに」

「あの時はむしゃくしゃしてましたもの。ああ、でもまた色々と楽しい事をしているようねーーふふ」


 生意気な者は好きだ

 小賢しい者も好きだ


 権力という蜜に惹かれ飛び回る様のなんと楽しい事かーー


 簡単に調教されてしまっては楽しくないーー


 艶めかしい笑みを浮かべ、明燐はようやく楽しげに微笑む。

 そんな主に、燕桜以下ーー皇妃付きの侍女達は胸をなで下ろした。彼女達にとっては主が心安らかに暮らせる事が大事であり、なんであれ主の心を騒がせるものは敵だ。


 ただ一神ーーカジュだけは別だが。


 そもそも、自分達の姿を見ただけで、ピュウっと逃げ出す姿には獲物を狩りたいという狩猟本能が毎回芽生えかけてしまう事はあったが、別に傷付けたいわけではない。

 ただ討ち取って籠の中で大切に愛でたいだけなのだ。


 ついでに、うさ耳も付けたい。


 侍女の一神がグッと両手を握った。


「いくら陛下と言えども、【後宮】の長は皇妃様でございます。どうか、その事を忘れ無きように」

「そうね……大部分は陛下の物でも、【後宮】は違うわーーどこの国も、ね」


 【後宮】の主はその国の支配者の物。

 けれど、【後宮】の者達を実際に統括管理するのは王妃や皇妃と呼ばれる者達だ。そして時として、【後宮】は政治を動かす事さえある。

 自国も、他国すらも。


 凪帝国の【後宮】には、少なからず他国からの献上品達も居る。


 そしてその献上品達は、それはそれは利用価値が高い者達が多かった。


「ねぇ、燕桜」

「はい、姫様」


 彼女が皇妃となる前から明燐に仕えている燕桜は昔の呼び方で呼ぶ。燕桜にとって、明燐は正しく「私のお姫様」なのだ。その気持ちは、彼女の兄である宰相にも負けない。


「私、夢があるの」

「存じております」

「素敵な素敵な夢!それを叶える為なら私ーー」



 どんな手だって使ってみせますわ



 クスクスと笑い、いつの間にか手にしていた人形を明燐は抱きしめる。その人形はよく似ていた。



 燕桜は、優しい笑みを浮かべる。

 泣き叫ぶ女主神の為に燕桜が作成したその神形の名は、【カジュ】と言う。






「という事で、これが大根の種なのです」


 果竪が高々と抱える白い袋。そこに詰まった大根の種を見せつければ、声が上がった。といっても、一神分だが。


 しかし、実際には果竪の前に二神の少女が居た。

 一神は果竪よりも少し年上で、もう一神は果竪よりも年下だった。


 そしてその二神を果竪は向こうの世界でよく知っていたし、ここにも居るのだと知り心から喜んだ。ただし、その喜びも彼女達の姿をよくよく見るにつれてあっという間にしぼんでいったが。


 年上の少女の名は涼雪。

 年下の少女の名は葵花。


 どちらも、向こうの世界の涼雪と葵花にそっくりだった。いや、こちらの世界での涼雪と葵花本神である。


 だが、向こうの世界とは色々な部分が違った。


 というのも、まず向こうの世界の二神は既に既婚者だが、こちらの世界の涼雪と葵花は未婚である。そして、この【徒花園】の住神だった。


 そして……小梅と同じ様に、体の一部を欠損していた。


 涼雪は目の部分に痛ましい大きな傷跡があり、その傷のせいで両目とも失明しているのだという。葵花は、首に深い傷があり、そのせいで声が出ないという。


 他にも、片足がない、片腕が無い、両腕がない、両足がない、両耳がないーー様々な者達が居た。


 また、涼雪は片足を引きずっており、何でも失明する原因となった傷を負った時に右足も負傷したのだという。だから杖は欠かせず、涼雪は杖を片手にゆっくりと歩く。


 そんな涼雪は葵花と、あと小梅と仲が良く、いつも三神で居る事が多かった。今は小梅は居ないが、いつも通り二神で庭園を散策していた彼女達は、意気揚々と畑作業をしている果竪を見つけた。


 【徒花園】に最下位の妾妃が来ている事は知っていた。

 だが、彼女達が最後に最下位の妾妃に会ったのは、彼女がまだ赤子の時だ。


 そうーー実は葵花は最下位の妾妃よりも年上だ。だが、長年の栄養失調で体の成長が遅く、最下位の妾妃にさえ抜かれてしまっているのである。

 しかし、それに対して特にコンプレックスを抱く事もなく、声のする方を気にした涼雪の手を取り、最下位の妾妃の所まで誘導した。


 そして輝く笑顔で出迎え、思わず飛びついてきた最下位の妾妃に、二神揃って驚き顔を見合わせたのだった。


 この娘は知らない筈だ。

 赤子の時に別れて、それ以来会った事のない自分達の名前など。

 けれど、彼女は自分達の名前を間違う事なく呼んだ。



 昔のようにーー



 思わず、光が無くなりいつも閉じられた瞳から涙が流れた。いや、実際には流れなかったけれど、それでも両手で顔を覆った涼雪の背を葵花は優しく撫でた。


 あの小さな子が、こんなに大きくなって、自分達の名前を呼んでくれるなんて……。


 まあーー


「待ってて!すぐにーーいえ、少し待っててくれれば愛溢れる白き大根畑を見せてあげるからっ!」


 と、もの凄い速さで畑作業に舞い戻った最下位の妾妃に唖然とはしたが。


 それでも、黙ったままの自分達を心配して彼女は戻ってきてくれた。その後、彼女が手に入れたばかりの大根の種をこうして見せてくれて、色々と大根に関する話を聞かされ続けてはいるけれど。



(幸せ、だなぁ)



 涼雪は素直にそう思った。まるで、昔に戻ったみたいだ。


「それでねそれでね!この大根の種を植えたら一ヶ月後には驚きの驚き!こんな素晴らしい魅惑のムチムチボディの艶めかしい大根になるのです!!」


 どこから取り出したのか、確かに肉感素晴らしいむっちりボディの白い大根が最下位の妾妃の手にあった。


「食べて良し、抱いて良し、抱きしめて寝て良し、これがあれば他は何も要らないわ!」

「うんうん」

「涼雪ちゃんと葵花ちゃんもこれがあれば一神でも」

「何か言ったかこの小娘」


 のぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!!



 果竪の頭は両側から挟み込むように、後ろから朱詩によって頭グリグリをされた。ぶらんぶらんと果竪の体が持ち上げられたせいで足がぶらついている。


「いやぁぁぁぁあっ!私の頭の形が変わるうぅぅっ!ただでさえ、頭の形が悪いのにっ」

「お前が言うな!たとえそれが真実でも言うな!」

「にょぉぉぉぉおおっ!」


 ビクンビクンーーいや、バタバタと魚がはねる様にジタバタする果竪だが、朱詩の力には敵わない。例えどんなに絶世の美姫たる美貌を持っていようとも、朱詩の力は間違いなく男のそれだった。むしろ平均的以上の力を持っている。


 程なく、力尽きてぶらんとなった果竪に、涼雪と葵花は慌てた。


「………」


 葵花がぱくぱくと口を動かすが、深い傷を負った喉が声を紡ぐ事は無い。ならばと駆け寄ろうとして、その肩を後ろから掴まれた。


「何してんのよ」

「……!」


 葵花は、後ろを振り返り自分を押さえつける相手に目を見開いた。


 凪帝国皇帝お抱えの影集団【海影】の長ーー茨戯。大輪の薔薇の様な華麗な美貌から、薔薇姫と謳われる茨戯は葵花を自分の方に引き寄せた。


「朱詩、それ、死にかかってるわよ」

「あ?このぐらいで死ぬようなタマじゃないよ!」

「か弱い女の子になんて事を!」

「か弱い女は自分でか弱いなんて言わないし、そもそもあの重たい鍬を軽々と振り回したりなんてしないからね!!全国のか弱い女に謝れ!!」

「あっかんべ〜!ーーイダダダダダダ!!」


 果竪はお仕置きをされた。


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