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Scene 12 カウンドダウン・ゼロ




 そういえば彼の家はどこなんだろう。駅から近いのだろうか。あたしの家とは真逆みたいだったけれど、もしかして隣町なのだろうか。


 走ってきた道を走って戻る。ふたたびやってきた駅にその姿はなくて、彼の向かっていた方角へそのまま走り抜ける。駅の石畳を降りてしばらく行った先に外灯が円を描いた場所があった。そこを目印に足を進めれば、背の高い草木と黄色い柵が並ぶ小さな公園が見えた。


真ん中に外灯が立ち、それが公園をわずかに照らして砂場と遊具の姿をあらわにする。目を凝らせば奥にあるブランコに、黒く長い影がひとつ。それは、彼だった。


「紘く、」


 足が止まったのは、彼の首が前後に小さく揺れていたから。どうやら眠ってしまっているらしい。手元であわく光るのは携帯電話のディスプレイで、それもいまにも滑り落ちてしまいそうになっていた。


 どうしてこんなところで? そんな疑問が浮かんだけれど、どうしてもその寝顔が見たくて足音を消して踏み出した。起きたら、あたしを見てどんな顔をするだろう。驚かせてしまうかもしれない。


 そんなことを考えながら距離を縮めていく。いたずらな気持ちを押さえ込んで、あと数歩でたどり着くところまでいった、そのとき。


「……っ!?」


 公園の横の通りから急くような足音が耳に飛び込んできた。突然のことに驚いて、とっさにわきの茂みに飛び込んで息を潜める。隠れた場所から彼の眠るブランコと公園の入り口が見えた。足音荒く駆け込んできた影に鼓動が高鳴って、指先に力がこもる。


「――待たせて、ごめん、ね」


 切れ切れの荒い呼吸の中で聞こえた声は凛と耳に響いて、鈴のような音色を闇にふるわせる。 


「って、寝ちゃってるの? もう、あわててここまで来たのに」


 甘えたような、甘いような、そんなどこかで聞いたことのある音がささやく。しかたないといった笑みを含んだ鈴の声は眠る彼へと足を踏み出した。


 外灯に照らされて見えたつま先は、あたしと同じローファー。くつ下も同じ紺色。膝丈くらいの制服のスカートもブレザーも袖から出たカーディガンも、全部あたしと同じもの。


 華奢な肩口で揺れる髪は街灯を浴びているせいで、まるで砂糖菓子みたいだった。


「こんなところで寝てると、カゼひいちゃうよ」


 足元にしゃがみこんだ彼女は、彼の前髪を引っ張っていた。

 やわらかい笑みをその愛らしい顔に浮かべて。


 落ちてしまいそうだった携帯電話を彼の手ごと包み込んで、口元に寄せ息を吹きかける。それは慣れた作業のように行われていた。彼女は知っているのだろう、彼の手がとてもつめたいことを。そしてそれをいつもあたためるのは彼女の役目なのだろう。


 あたしは、本当になにもしらなかった。


「ん、……ああ、未羽、か」


 目を覚ました彼がその名前を刻む。

 決定打となる、彼女の名前。


「遅れてくるっていうから、少し遅く出てきたの。でも、待たせてごめんなさい」

「いいや、俺が悪いんだから気にするな」


 緩やかな眠りから覚めたその目は未羽を見下ろして微笑んだ。あたしの見たことのない、とろけてしまいそうなほど甘い顔をして。


不思議と鼓動は静かだった。ちゃんと動いているのかさえあやしかった。いま、どうやって呼吸をしているんだろう。考えることが山ほどありすぎて、立っていることで精一杯だった。


 どうして、未羽がここにいるの。

 どうして、彼が未羽をしっているの。

 どうして、ふたりは待ち合わせていたの。

 どうして、どうして、どうして。


「こんなところで寝たら風邪ひいちゃうんだからね。もしかして、疲れてるの?」

「疲れてなんかいないさ。最近、ちょっと面白いことがあって時間を取られているだけだ」

「なにそれ。めずらしいね、そんなこというの」

「そうか? ……いや、そうかもな。でももう少しで上手くいきそうなんだよ」


 未羽の手を握り締めた彼は、小さな笑いをこぼした。あたしといるときとはまるで違うその口調に、痛みが生まれては増していく。


 このひとは、本当に彼? 

 あたしのしっているひと?

 彼は、何のことをいっているの?


「そんなことより手がつめたくなってるよ。それにマフラーは? 今日つけてるのは去年のだよね」


 マフラー。彼によく似合う青。それはいま、あたしの首に巻かれている。

 彼のにおいがするこれは、未羽があげたもの?


「手袋は鞄の中。あのマフラーは学校に忘れてきたんだ」

「ほんと? 失くしたんじゃないよね?」

「バカだな。そんなわけないだろう。おまえがくれたんだから」


 ブランコから立ち上がった彼が未羽の手を引いて立たせる。左右にゆらゆらと揺れる鎖が悲鳴のような軋む音を上げた。叫び出したいのは、あたしのほうだ。


 首に巻かれた青が、苦しい。

 胸が、痛い。


「帰るか。ほら、おいで」


 彼が差し出された手に、腕を絡ませる未羽。遠のいていく足音、夜に消えるふたつのならんだ影。追いかけることができなかったのは、マフラーが胸をぎりぎりと締めつけたから。震える足が体を支えきれなくなって地面に座り込む。


 いまのは、なんだったの。

 風が吹きつけて星月夜がかすむ。胸に咲いた花が揺らいだ、気がした。


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