Scene 10 カウントダウン・自覚
「まもなく当店は閉店致します。ご来店、誠にありがとうございました」
蛍の光にあわせて聞こえるのは閉店を告げるアナウンス。あの後、三人で迷子センターに向かうとお母さんらしき女の人が動揺した様子で話しているのが見えた。男の子が声をかけると、一目散に駆け寄ってその身体を強く抱きしめていた。
何度も何度もお礼を言われてかえって恐縮してしまうくらいだったけれど、でも本当によかった。
『ばいばーい』
別れ際にあの子が手を振ってくれて、あたしより先に手を振り返していた彼の横顔は少しだけさみしそうに見えた。そのまま店員さんに促され外へ出ると、夜はさらにその色を深めて濃紺に星を瞬かせていた。
吐き出した息で白くかすむショッピングモールの入り口、見上げた大時計は八時五十九分を指していた。
彼の魔法が解けるまで、あと一分しかない。
「ああ、もうこんな時間なんだな。じゃあ奈緒、これから駅まで、」
「あの……!」
歩き出そうとする彼からぱっと手を離した。とたんに冬の風がからっぽになったてのひらをなぞって、温度を下げる。冷えていく指先を強く握りこんで、小さく頭を下げた。
「……ごめん、なさい」
あたしの行動はいつも自己満足だ。自分が納得できないから動いて、自分だけが満足をする。未羽はそんなあたしを頑張りやだといって褒めてくれる。ひとりで頑張らないでといってくれる。
電車の乗り降りに気をつかうのも席を譲るのも、落し物をした迷子を追いかけたのも、誰かを思ってのことなんかじゃない。それなのに同じ言葉をかけてくれた彼に迷惑をかけてしまった。
「それは手袋が買えなかったからのごめんなさい?」
「それもだけど、あたしのせいで時間がなくなったことと、迷惑をかけたことも合わせて、ごめんなさいです」
「迷惑なんて何ひとつないよ」
顔を上げて、と伸ばされた手は頬に添えられた。その温度が胸をしめつける。本当ならこの手には、一緒に選んだ手袋がはめられているはずだった。それがだめになってしまったのは、あたしのせいだ。
「迷子のお母さんにお礼を言われて、あの子が笑ってきみが笑ってくれて嬉しかった。それに、」
頬をすべった手があたしの手を掴みとる。つながったものが温度を吸収していって、ゆっくりと同じ体温になっていく。彼が降らせる言葉が凍りついて、結晶化して、この胸で溶けていく。
「手袋はここにあるから」
指のすきまを通っていく長くてきれいな指先に絡めとられて引き寄せられた。近づいたものが交差して、その目から視線がそらせない。朝じゃなくて駅でじゃなくて電車の窓越しでもなくて、いまこうして触れてこんなにも近くにあのひとが、いる。
この気持ちを、なんというの。
「俺の手袋は、これで充分」
カチ、と頭の上で音がした。次に小さな鐘の音が聞こえた。
凍りつく鐘の音は、夜を大きく揺らしてあたしをも揺すぶる。
「帰ろうか」
魔法が解けて、あたしと手をつないでいるひとはだれ。
見上げた先で微笑むひと。つま先から頭のてっぺんまでおとずれる幸福。心の奥底で眠りから覚めたものが膨らんで色をつける。混雑する朝の電車でほんの一瞬、すれ違うあのひとを探すようになっていた。窓の外にはたくさんのひとがいるのに、あの目はいつもあたしを見ていた。
落としてしまった定期を遅刻してまで探してくれたひと。
つながれた手の温度、絡められた指の感触。青いマフラーのにおい。
この胸をしめつけるものすべて。
恋だとか愛だとか、ずっとくだらないと思っていた。桃色な妄想はごめんだったし、恋バナだって飽き飽きしてた。ドラマチックな出来事はあたしを通り過ぎていくものだと、そう思ってた。
「奈緒」
だけどいま、あたしは、きっと。




