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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第92話  運命という名の必然

 ぐっすりと熟睡していた俺の意識を呼び起こしたのは窓から差し込む暑いくらいの陽射しだった。

 ベッドから身体を起こし欠伸をかきながら大きく両手を伸ばして首の骨をポキポキと鳴らす。



「ん~~~、よく寝たなぁ……」


 まだ覚めきらない瞼を擦り、辺りを見渡す。

 今ではすっかりこの部屋にも馴染み、いつも通りの静かな朝だ。


 ベッドから腰を上げ遮光の悪いカーテンをスライドさせると夏の強い陽射しが顔を照らし、思わず顔を顰めてしまうが光に慣れてくると眠気も吹き飛び、気分も晴れやかになる。

 そして外開きの窓を開けると海の匂いを乗せた風が室内に吹き込み、肺を満たす。窓枠に目を落とせば、育てている小さな観葉植物とご対面。



「おはよ、ウッキー」

 

 手のひらサイズの鉢植えに植わっているそれは緑色の双葉をそよそよと風に揺らし、今日も元気そうだった。




 鋼鯨の任務を終え、お披露目会のあった夜から2ヶ月が経とうとしていた──。



 

 今いるこの部屋もあの時の報酬金を使わせてもらい俺名義での契約を済ませ現在、一人暮らしをしている。いつまでも熊八の家に居候させてもらうのも申し訳ないので、あの後すぐにこの部屋を借りたのだ。

 部屋はお世辞にも広いとは言えないが生活必需品を揃え、ギルドからもほど近く、海の見えるこの部屋は結構気に入っている。



 郵便受けに突っ込まれるように雑に入れられた情報誌を手に取り、果汁100%のリンゴジュースを飲みながら目を通すのが朝の日課。

 そこには最近のニュース、市場のチラシ、賞金首リスト、危険生物警報など実に様々な情報が記載されている。


 ガイアにはTVやネットなどの便利な媒体は存在しないので世の中の情勢を得ることができる貴重な代物だ。もちろん、お金は取られるが有益な情報には代えられない。

 しかし、一日二日で記事が頻繁に変わるほど活発では無いため、見たことのある内容がチラホラ見受けられる。



 流し読みをするようにサラサラと目を通し、興味を惹かれる項目を探していく。


 ・今が旬! 山茄子、大量入荷! 夏バテに効果てきめん!

 ・厳戒態勢未ダ緩和セズ。出入国審査、輸出入ニ多大ナ影響カ。

 ・鎧ガザミのテロ情報に関する情報求む。詳しくは議会まで。

 ・葛、大繁殖。原因は猛暑のせい? 

 ・怪奇! 人気歌姫失踪事件! 市民を恐怖のどん底に落とす怪奇現象とは!?

 ・中央監獄からバンデッタ脱獄! 方法、足取り掴めず依然、不明。一体何処へ?

 ・極星祭まであと僅か、今年の目玉はあの目玉!? 

 ・話題沸騰! 美人4人姉妹の人気の秘訣に迫る!

 ・新食材発見か? 冒険者ロレロの独占インタビューに成功。



 パラパラとページを捲っていくと野菜を特集しているページを見つけたので黙読する。



「へー、茄子がたくさん採れてるのか。せっかくだから漬物にでもしようかな。焼き茄子でもいいな……。よし、みんなに聞いてみよう」


 他に目新しい記事はないようだったのでジュースを一気に飲み干し、情報誌を閉じる。



「……行くか」


 顔を洗って歯を磨き、寝癖を直して服を着替え、家を出る。

 通い慣れた道を通ってギルドGGGを目指す。


 

 街の通りは賑やかで人の往来も多い。

 今でこそ慣れてしまったが、数々の人種が入り乱れているのは貿易都市ならではの光景だろう。


 けれど、つい先日モンスターを使っての非道なテロが発生したためか街の至る所に憲兵や重装備で身を固めた衛兵の姿が見受けられる。

 テロ発生時、俺は食糧庫で棚卸しをしていたため現場には行けなかったが騒動が一段落した後に見に行くと、壊れた船や港、変色した血痕を多数発見し事件の凄惨さを物語っていた。



「どの世界も争いは避けられないのか……」


 後日、聞いた話によると、うちのギルドからも犠牲者が出たらしいが大事には至っておらず騒動を収めたのも仲間の一人なのだそう。

 どうやらこれまでに何度も食堂を利用しているとハルシアから聞いてはいるが、まだ面と向かって挨拶が出来ていない。


 その人達以外にもまだ会ったことのない人もいるが、聞けばその人もギルドに入ったばかりらしい。つまり、俺にとって唯一の同期というわけだ。

 そうなると一目でもいいので会いたかったのだけれど鋼鯨の任務以降、事あるごとに熊八に連れまわされ俺自身ギルドにいる時間が少ない。



 まぁ、そのおかげで魔力の扱い方も見違えるように上手くなり、街の地形や裏路地、怪しい商店などグレーな部分も随分と詳しくなった。

 そして相変わらず俺の星はゼロのままだが、今のところ何も問題がないのでこのままでもいいと思っている。



 本来、俺が就きたい職業は“ 冒険者 ”ではなく“ 板前 ”なのだから。




 ほどなくして、GGGに到着し受付のメイドであるアイシャに挨拶をする。



「おはよう、アイシャ! 今日も綺麗だ。良かったら今夜食事でもどう?」


「あら~、おはよう~。うふふ、そんなこと言っていいの~?」


 『そんなこと』というのには訳がある。

 以前、同じように食事に誘った際、アイシャから「私より強くない人は嫌よ~」と言われ、手合わせしたところこっぴどくやられてしまったせいだ。


 しかし、それで諦める俺ではなくこうして会うたびに誘っている。

 自分でも不思議なのだが、ここ最近は根拠のない自信が湧いてきており玉砕覚悟で何度も誘い、断られても尚挑むというメンタルの強さを発揮し生前の俺では考えられない行動をとっている。


 環境が変わると性格も変わってしまうのか断られても苦ではなく、それどころかコミュニケーションの一環として断られるまでの流れを楽しんでいるくらいだ。


 これが今の俺の日常である。



「あ! そうそう、ニコルさんから伝言があるわよ~」


「伝言? なんだろ? 直接、言ってくれればいいのに」


 まぁ、俺も出掛けてばかりでここ最近は会っていないし、ニコルも団長の仕事で忙しいのだろう。



「なんでも『 会わせたい人がいるから今日はどこにも行かないように 』らしいわよ~」


「会わせたい人? 誰だろう?」


 会わせたい人物が誰かまではアイシャも聞かされていないようで、言付け通り今日はギルドで待っていることにした。



 食堂のある2階に上り、職場である<海熊亭>に入る。

 転生してから約2ヶ月で物の位置や食材の場所も把握し、キッチンでの仕事にもだいぶ慣れてきたところだ。



 すでに来ていた熊八と朝食の準備を進め、ニコルが来るのを待つ。

 その間にハルシアも到着し、いつも通りキャッツ達を呼び出してギルドメンバーのために開店準備を進めていく。


 しかし、食堂がオープンしてもニコルはなかなか現れず刻一刻と時間は過ぎていき、朝は来ないかと諦めかけていると新たに入ってくる人物が三人。



 一人はニコル。


 長身ながら柔和な顔つきとサラサラな白金の髪は見る者の目を容易く奪ってしまう。人を魅了する美しさはハーフエルフならではの美貌だろう。


 けれど、その後ろを歩く二人には見覚えがなく初めて出会う人物であった。



 一人は目に付きやすい背の高い獣人。


 金色のたてがみをなびかせ猫のような獣耳を生やし、鍛え上げられた逞しい肉体で堂々と歩くその姿は一目で強者と判断できる。まさに百獣の王、ライオン。

 

 その鋭い眼光と全身から発せられる雰囲気は、ただ者ではないことが容易に窺い知れる。

 まるで熊八が戦っているときに垣間見せる野生の本能を日頃から全面に押し出しているかのよう。

 


 もう一人は背の低いサル? のような顔つきの獣人。


 目に付くのは金色の髪に腰に携えた日本刀。

 体はそこまで筋肉が発達している印象は受けず俺と変わらないくらいだろう。

 顔の造形や眼光も特に突出して訴えかけるものはなく二十歳前後の幼い見た目。けれど、体の陰からフリフリと揺れる尻尾だけは黒かった。


 やけに、こちらを見てくるのが気になるが……。



『やあ! 皆、待たせたね! ゆっくり落ち着いて話をしたかったから、あえてこの時間に来たんだ。もう、閉めるよね?』


 そう言ってきたのは相変わらずの様子のニコル。これから人に聞かれたくない話でもするつもりなのだろうか?



「ああ、お前さんたちが来なかったら閉めてたな。他のメンバーも朝飯食って出てったし。そんで朝飯を食べに来たってわけでもなさそうだな。これから何をしようってんだ?」


 どうやら熊八にも知らされていないらしく、不思議そうに問いただしている。



『ああ、食堂は閉めてくれて構わないよ。というか、誰もいれないでほしいかな。少し込み入った話になると思うから。今は熊八とハルシア、それとアラタしかいないよね?』


 ニコニコと話すニコルだが、笑顔で人払いする姿が却って恐ろしく感じてしまい思わず身構える。

 そのまま入って来た扉を閉めると、ガチャリと鍵を掛けた。


 すでにキャッツ達はハルシアが自宅に返還していたあとなので正真正銘、俺達以外誰もいない。



『これから話す内容は、事と次第によっては他言無用。場合によっては【命の誓い】を立てるかもしれない。いいね。あ、長くなると思うから先にお水を貰えるかな?』


 不穏な空気を醸し出してくるが、注文通り全員分のお水を用意し6人掛けのテーブルにつく。

 一口、水を含んだニコルは深く息を吐き出し意を決したかのように、ゆっくりと語り始めた。



 俺はこの時、知る由もなかった。

 これから聞く話によって、これまでの日常を覆すほどの非日常な一日になるとは──。


 まだ知らなかった。






『 アラタ、【チキュウ】って知ってるかい? 』




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