第91話 アラタ入団
今夜、振る舞う料理も完成し食堂ではキャッツ達と老若男女の人物達が会話を弾ませながら食事の時を待っている。厨房から見た感じではおよそ20人近くが集まっていた。
ここにいる全ての人員こそ、ギルドGGGのメンバーであり仲間たちなのだ。
そこでようやく実感が湧いてきたのか、いつになく緊張してしまい表に出るのが気恥ずかしくなってきた。
「うっし、時間だ。行くぞ、アラタ」
熊八はギルドメンバーに俺を弟子として紹介するため手招きしている。
そうだ、何を恥ずかしがることがある。俺はすでに弟子として認められAランク任務も達成したではないか。まぁ、ついていっただけだけど……。
今のまま、おどおどしていては師匠の面目まで潰してしまう。
ここは堂々と胸を張って男らしく挨拶しよう。今後、長い付き合いとなるであろう仲間たちへの第一印象は好印象でなければ。
「おう! やってやんよ!」
「?? お、おう。頼んだぞ……?」
「アラタさん。リラックス、リラックス! 表情が硬いですよ」
「そ、そうかな?」
ハルシアに指摘されたので両手でバチンと頬を叩き、自らに気合を入れ直し襟首を正す。
よし、いこうか。
そのまま前を行く熊八とハルシアの後に続き皆が待つホールへと進んでいく。
パンッ、パンッ
全員の注意を引くために二度柏手を打つと自然と会話が止み、集った人員の視線が熊八に注がれる。そのまま食堂に行き渡る大きな声で話し始めた。
「皆よく集まってくれた! 今日お前さん達に集まってもらったのは他でもない、俺の弟子でありギルドの新しい仲間を紹介するためだ! まだまだ新米だが、面倒見てやってくれ! お披露目も兼ねて、とある食材を調達してきた! 今夜は御馳走だ、大いに堪能してくれ! ……出番だぞ」
お膳立てしてもらい背中を押されるように前へと歩み出る。
ここからだと集まったメンバーの顔が良く見え、なかなかに壮観だった。
「俺の名前は新! 新しく熊八の弟子になった! 夢はいつか自分の店を持つこと! これからよろしく!」
簡潔ながらハキハキと伝えた後にお辞儀をする。
すると、歓迎の拍手が俺の頭上に降り注いだ。
なんとか受け入れてもらえたようで一安心して顔を上げると、一人の長身イケメンが笑顔で近寄り握手を求める手を差し出して来た。
『やぁ! 初めまして! 僕はこのギルドGGGの代行団長を務めている【Savina・J・Nicole】。熊八が弟子をとるなんて珍しいね! 年齢は126歳、職業は呪術師さ! よろしくね! ところで君は鳳仙から移住して来たの?』
握手を交わし、ニコルと名乗った人物の第一印象は爽やかな青年。整った容姿と相反する年齢に驚いたが、これまでいくつも驚くことが続いていたため平静は保つことができる。
それにしてもこの人が団長なのか。
物腰が柔らかく人の好さそうなイメージから先頭に立って指揮する姿がなかなか浮かんでこないが、能ある鷹なのだろう。
それと鳳仙というのは別の国のことだったか。
転生者の身として深く聞かれても困るので受け答えには気を付けなければ。
「おっと、忘れる前に伝えておかなきゃなんねぇな。俺と出会う前のアラタは海で溺れてたみてぇで、それまでの記憶がぶっ飛んでんだ。だから細かいことは答えらんねぇと思うが、まぁ大丈夫だろ! ガハハ!」
豪快に笑っている熊八の言い方は大雑把だが、助け船を出してもらったのでここは良しとしよう。
これで少しは的外れなことを言ってしまっても平気なはずだ。
しかし、俺の思惑とは裏腹に団長のニコルの眉がピクリと反応し穏やかだった眼光が一瞬鋭くなった気がした。
『 君も記憶喪失なの? 』
君も?
俺以外にも記憶喪失の人がいるのだろうか?
その質問の真意は読めないが、今は聞かれるまま答えるとする。
「そうなんだ。熊八に助けてもらった2週間より前のことは何も覚えていないんだ」
実際は地球での記憶28年分がしっかり残っているが、打ち明ける必要はない。なにせ熊八やハルシアにも言っていないのだから。
『 2週間……。 』
けれど俺の返答を聞いたニコルは今度は見間違いではなく確実に表情が曇っていた。
なんだ? 早速、可笑しなこと言ってしまったか? でも、何が?
ほんの短い間だけ思案していたニコルは何事もなかったかのようにパッと表情を切り替えると、始めのような笑顔に戻った。
『それは大変だったね。何か分からないことや気になったことがあればここにいる皆に聞くといいよ! そういうことだから皆もよろしくね!」
後ろを振り返ったニコルがギルド員に向け語り掛けると口々に了承の言葉が返ってきていた。
当たり前だが団長としての尊厳や言葉の重みは備えているようで誰も反論するものはいない。
『熊八が弟子として認めたならば加入に問題はない。GGG代行団長として、アラタの入団を認めよう。美味しい料理を期待してるよ』
そう言って肩にポンと手を置いたあと近くの椅子に腰かける。
『それで、さっきから凄くいい匂いがしてお腹が鳴りやまないんだ。話は食事を摂りながらでもいいかな?』
確かに温められた濃厚なスープの香りが客席まで漂ってきている。この匂いを嗅いだなら誰しもお腹が空くことだろう。
「もちろん。思う存分、堪能してくれ」
『ありがとう』
男でもドキリとしてしまう爽やかすぎる笑顔に思わず照れてしまう。
なんだこの感情は? まさか、俺にはそっち系の気質があったのだろうか? いや、ない。……はずだ。
と、一人で悶々としていると元気な若い女の子の声が飛び込んできた。
「ニコル様! 一緒のテーブルに座っても宜しいでしょうか?」
そこにはまるで小学生のような幼い赤毛の髪の少女が顔をキラキラと輝かせながらニコルとの同席を頼んでいた。先ほどまでギルドメンバーと一緒に立っていたので、この少女もギルド員なのだろう。
しかし、こんな小さな子が冒険者としてやっていけるのだろうか?
『もちろんいいとも! 左京も一緒に食べよ』
ニコルが語り掛けた先に目をやると、これまた小さな男の子が立っており顔を赤らめながら静かに頷いて席に着く。少年少女の見た目は瓜二つなので、おそらく双子なのだろう。
けれど男の子の髪だけ藍色なのは染めているからか?
『紹介するね。この子たちは双子の右京と左京。右京がお姉さんだよ。同じギルドメンバーとして仲良くね』
ニコニコと笑顔を作りながら紹介してくれたニコルに続いて双子とも握手を交わす。
「これからここで働かせてもらうからよろしくな! 美味しいものを作れるように頑張るからリクエストがあれば何でも言ってくれ」
「よろしく。言っとくけど私のほうが先輩なんだから私の言うことは絶対よ。分かった?」
「……姉さん、いきなりそんなこと言わないでよ恥ずかしい。アラタさん気にしないで下さい。……僕は左京と言います。よろしくお願いします」
若干、生意気な態度を漂わせる右京に反して、弟の左京はとても礼儀正しかった。
双子でも性格が正反対になるパターンのいい例だな。
そうして話し込んでいると、後ろから肩に手を置かれ振り返ると熊八が立っていた。
「話が盛り上がるの結構なんだが、先ずは料理を出さねぇとな。腹を空かした客が待ってるぜ」
後ろを指さす先を見ると、他のメンバーが席につき「食事はまだか」と言いたげな視線をこちらに向けていた。
腹が減っているのは他の人員も同じなので、慌てて厨房に戻って盛り付けの準備に取り掛かった。
今夜のメインは鋼鯨の涙のスープ。
本日のメニューは伝えていないのでどんな料理が出てくるかは知らないはずだ。
このスープを食べればきっと驚くだろうな。料理を提供する前に熊八が本日のメニューを公表し始めた。
「本日のメインディッシュは鋼鯨の涙のスープだ! 滅多に手に入らねぇ食材だ! しっかり味わっとけよ!」
熊八の説明を聞くと、客席から感嘆の声が漏れだす。
これまでに食べたことのあるメンバーもいるようで期待が高まっているのが手に取る様に感じられる。
やはり一口目にスープを食べてほしかったので提供の順番を変え、先ずは全員に行き渡るようにスープを用意した。キャッツ達に普段の業務と同じように提供してもらい順次、食べ始めていく。
すると、しばしの沈黙のあとに湧き上がる歓声。
「うんまぁぁぁい!!」
「ん~! 美味しいわ~」
「……美味しい」
「ちょっと、なにこれ!? ホントに美味しいじゃない!」
「うむ。美味である」
「体に染み入るようじゃのぉ」
「おかわり! あるよね!?」
「酒にも合うな~、ヒック!」
etc・・
感想を聞くまでもなく喜んでもらえたようでホッと胸を撫で下ろす。苦労して調達してきた甲斐があったというものだ。
その後は他に用意していた料理も全て出し切り、熊八の粋な計らいでワイン樽を丸々一つ開放し、ほどなくして宴会が始まった。
食欲を我慢して手伝ってくれたキャッツ達も席についてもらいスープを振る舞っていく。
猫舌のキャッツも必死に「ふーふー」と冷ましながらスープを飲み、見ているこちらが幸せになるくらいに顔を綻ばせ堪能していた。
やはりスープの受けが一番良く全員がおかわりを要求してきたので寸胴ごと客席まで運び、おかわりはセルフにする。でなければ俺が食べる暇がなくなってしまう。
一段落したとこで俺もようやく席に着くことができ、お楽しみのスープを頂く。
黄金色に輝くそれは格別で、飛ぶように無くなっていくのが頷ける。
あれだけたくさん作っておいたはずなのにもう底が付きそうで、いかに人気であるかを証明していた。
その後は挨拶を兼ねて各テーブルを周って歩き、顔と名前を照らし合わせながら会話が弾み有意義な時間が過ぎていった。
初めて見る顔ぶればかりであったが、皆個性が強く覚えるのはさして問題ではなさそうである。
・見るからにゴリラの獣人
・室内であるのに煤けたローブを羽織った女性
・食事を振る舞う前からの酔っ払い爺さん
・深い皺の刻まれた壮齢の老婆
・男女の幼い双子
・物腰の柔らかいハーフエルフ
・スタイルのいい艶やかな美女
・オカマ
豊かな食事は豊かな空間を演出し、お披露目は大成功に終わり大量に作ってあった食事も綺麗に完食しスープも一滴残らず無くなった。
全てのテーブルを周り終え、ニコル達の座る席に戻り酒を煽る。
だいぶ酔いもまわって、いい気分だ。
『でも、アラタがこんなに料理上手だとは知らなかったよ。以前は料理人だんたんじゃない?』
「いや、俺は覚えてないけど漁師だったらしいんだ。けど、今でも気持ちは板前だけどな」
『………!』
これまで大量の酒を飲み顔を赤くしていたニコルだが、ほんの一瞬、真顔に戻った気がした。
見間違いかと再度、顔を見るとすでに表情は元に戻っている。俺も結構、飲んだなぁ。
『……そうだ! ところでギルとシンは?』
ワインを飲んでいたニコルが唐突にそんなことを言った。
ちょうど、同席していたキャッツのクロが答えてくれる。
「夕食に集まるよう僕たちで探したけど見つからなかったにゃ。だから、いにゃいと思って声掛けてないにゃ」
先ほど挨拶して周った限りそんな名前の人物はいなかったはずだ。一体、誰のことを指しているのだろうか?
「その人たちもメンバーなのか? というか、ここにいる以外にもまだいるのか?」
『ああ、いるよ。遠征任務で街にいなかったり、呼んでも来なかったり、修行してたり。……あ。』
何かに気が付いた様子のニコルはしまったという顔をして頭を抱えて悩み出した。
団長ともなれば細かな点まで気を配らなければならないのか、唸ったまま眉間に皺を寄せている。
俺には推し量ることのできない立場にいる人物は気苦労も一入なのだろう。よっぽどの能力と人望がなければ、これだけの人員を率いることは難しいはずだ。
『アラタ。スープってまだ残ってるかな?』
「ないぞ。寸胴が空になってるから皆の腹の中だな」
『そっか、そうだよね……。美味しかったもんな~。う~ん』
ニコルが何をそんなに考えているかは分からなかったが、一通り考えを巡らせていると思ったら急に立ち上がり、パンっと柏手を打った。
『よし、みんな! 新しい仲間を迎え美味しい食事も頂いたことだし、そろそろお開きにしよう! 明日の任務もあるからね! さ、片付けようじゃないか! ほらほら、立って立って!』
何を思ったか急に片付けるよう命じたニコルは寛いでいるメンバーを急かし、バタバタと片し始める。
団長がそう言うのであれば仕方ないと、おずおずと動き出し宴会を切り上げていく。
人数がいればあっという間に後片付けは終了し、いつも通りの食堂へと戻った。
『では皆、お休み! 解散! あ、熊八だけは残ってね』
半ば押し切られるように食堂を追いやられると、飲み足りない者や家に帰る者など各自、行動を始める。
俺も帰るよう言われた為、今夜も熊八の家にお邪魔することにし鍵を預かりギルドを後にした。
疑問は残ったが余計な詮索はしないことにして、ほろ酔いのまま熊八宅まで帰ると連日の疲れからか泥のように寝てしまった。
後日、熊八に聞いてものらりくらりとはぐらかすばかりで結局、何をしていたかは教えてくれなかった。
こうして俺のGGG入団のお披露目は成功のまま幕を閉じたのだった。




