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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第90話  涙の味は

 治癒師ギルドから戻って来た熊八とハルシアに今夜の営業をどうするか聞いてみると、やはり今日は開店しない腹積もりであるらしく、「アラタを仲間として迎える大事な日は身内でお祝いするに決まってるだろう」とのことだった。


 熊八の容体も安静にしていれば問題ないと診断され、簡単な処方だけであとは自宅療養で治ると言われたらしい。

 あれだけ重症を負っていたはずなのに、ここまで回復するとは……。


 もともとの治癒能力も高いのだろうが鋼鯨の涙を食べたことによる効果が大部分を占めているようだった。それだけの効能があるならば俺も一口食べておけば良かったと今更ながらに悔やまれるが、過ぎてしまったことを嘆くより未来のことに目を向けよう!


 沖合で食べれなかった分、ここで目一杯味わおうではないか。

 初めて食べる食材はいつだって舌と心を躍らせる。



 美味しいのだろうか? 美味しくないのだろうか? 


 固い? 柔らかい? 


 苦い? 甘い? 辛い? 酸っぱい? 渋い? 


 匂いはいい香り? クセのある香り?


 舌触りはどうだろう? ツルツル? ザラザラ?


 

 どんな感動を与えてくれるのか想像するだけで涎が溢れてきてしまう。


 あらゆる食材にはあらゆる調理法を。

 それこそ料理人の腕の見せ所であり、真骨頂だ。


 一挙手一投足、余すことなく全てを勉強させてもらうとしよう。




「そんじゃあ、仕込み始めっか! ハルシアとアラタは俺の手伝いを。キャッツ達はギルドメンバーに今夜の食事は特別だからなるべく食べに来るよう伝えてきてくれ」


「はいにゃ!」


 上着を半被からコックコートに着替えながら指示を出す熊八。

 指示を受けたキャッツ達はそれぞれの仕事を切り上げ、声を掛けに食堂を出ていく。


 医者には安静にしているよう言われたはずなのに、本人は料理をする気満々の御様子。それと、関係ないが熊八は猫たちのことをキャッツと呼んでいるのか。俺も真似しようかな。


 ハルシアも半ば諦めているのか、やれやれといった表情で力なく笑っている。

 怪我を案じて止めようとも熊八が止まらないことは言う前から分かっているのだろう。それを分かったうえで可能な限りのサポートに徹するようだった。



 二人が真っ白なコックコートに着替えているので俺も着替えたかったのだが、自分のコックコートも板前半被も作務衣も持ち合わせていない。

 かといって、借りようとしても熊八の物はサイズが大きすぎるしハルシアの物では小さすぎる。


 今回、得た報酬の使い道は身の周りの生活必需品に充てることになりそうだな。

 なので今日だけはこのままで厨房に入らせてもらうことにした。



「そんで、涙を一番美味しく食べるにはどうすればいいんだ?」


 初めて使う食材で数に限りがあるので下手に手出しは出来ない。熟練者の指示を仰ぎ丁寧な仕事をしなければ。



「涙は何をしても大抵美味くなるんだが、一番はやっぱこれだろうな!」


 そう言って熊八が取り出したのは特大の寸胴であった。

 その大きさは人が入っても余裕がある程で、ドラム缶を一回りも二回りも大きくしたような形に取っ手がついている。



「ってことは、煮るのか?」


「その通り。涙はスープが一番美味い!」


「実は私も食べるの初めてなので、すごく楽しみです!」


 熊八はこれまでに食べたことがあるようだが、ハルシアが初めてというのは意外であった。

 


「ハルシアは涙を食べたことないのか?」


「ええ、そうなんです! 鋼鯨の涙は超高級稀少食材ですからね。そう簡単に手に入る食材では無いですし、極稀に市場に出回ってもとっても高いので……。闇市で売られているという噂を聞いたこともありましたが、法外な値段なのでどちらにせよ無理でした」


「そうだぞ! 今回、あれだけ採取できたのもかなりツイてたんだからな。俺としては1kg~2kg持って帰れれば上出来だったんだ。もしかしたら、過去最大級の収穫だったかもしれねぇな!」


 そうだったのか……。

 だからあれだけの価格で取引されていたのか。

 もしかして、俺って超ラッキー?



 そうして熊八は大きな寸胴を竈の上に乗せると、飲み水用の水を桶に入れ汲み始めた。



「おいおい、熊八は怪我人なんだから休んでろよ。言ってくれればやるからさ」


「ん? そうか? そんな心配しなくとも大丈夫だぞ」


「俺がやりたいんだ。早くこっちの世界の料理に慣れないと後々、大変だろうから」


「?? こっちの世界?」


 またやっちまった……。浮かれていたせいなのかつい口を滑らせてしまった。

 今度はなんて言い訳しよう……。隠しているのも大変なので、いっそのこと暴露してしまおうか。



「あ~、あれだ。陸地ってことだ。昨日まで海の上だったからな。な! ハ、ハハ……」


「………。」


 流石にダメか? 言い訳にしても苦しすぎたな。

 怪訝そうな顔で二人が俺を見ている。ここまでか。



「なんでぃ! そういうことか! てっきり、別の世界から来たみてぇな言い方だったからよぉ。ガハハ!」


「そうですよ! まだ船酔いでもしてるんですか? もぉ、しっかりして下さいよ、アラタさん!」


 二人が単純で良かった。

 この二人ならば永遠に隠し通せそうな気がしてきたぞ。



「それはそうと、アラタさんの言う通りですよ! 私達で料理を作るので熊八さんはどうすればいいか教えてくださいね!」


 そう言いながら熊八の手から桶を奪い取ったハルシアは代わりに水を汲んでは寸胴に入れている。 

 返す言葉を見つけることができないのか、おずおずと引き下がった熊八は大人しく指示を出すことに決めたようだった。



「八割くらいまで水を入れたら涙を全部寸胴に入れて火にかけてくれ。水から煮ることで濃厚な旨味が出るんだ」


 指示通りに作業を始めたが、この水汲みがなかなかの重労働ですぐに腕と腰が痛くなってくる。

 と、そんな俺を見かねてか魔力をつかえとアドバイスをくれる熊八。


 

 そういえば、あの日魔力を発動することが出来るようになったので不格好ながらも魔力を練り上げ完璧とまではいかないまでも、しっかり発動することができ作業効率は凄まじく上がった。

 どうやら俺は魔力を扱うのが得意らしく、それほど苦労せずとも活用できている。



 水を入れ終えた後は涙と出汁用乾燥昆布を投入する。

 その後、ハルシアが薪をくべ初めは小さかった火種が薪に燃え移ると勢いよく燃え出す。


 思っていた以上に煙が出ないのが気になり、使っていない竈を調べてみると奥に通気口を見つけそこから排気を外へと促しているようだ。

 十分な火力まで燃えた後に木炭に切り替えると安定した火力を供給してくれる。



「よし、そしたら今度は生もの特有の臭みを消してくれる野菜を切って入れてくれ。材料は生姜と葱だけでいい。あとはじっくり煮ていくだけだ」


「分かった。けど、それだけでいいのか?」


「ああ。充分煮込んだあとに一度、濾すから問題ない。その後に味付けをするからな」


 言われた通りハルシアが野菜を刻み寸胴に入れ時間をかけコトコトと煮込んでいき、水かさが半分ほどになるまで約2、3時間強火で放置する。

 その間に、お米を炊いたり副菜や付け合わせなどを用意していった。



 あくまで今日のメインはスープ。

 

 スープの長所を消してしまわないよう献立にも気を配り、刺激の強いものや辛い食材は避けて調理しなければならない。

 じっくりと煮込んだスープは、初めこそ無色透明であったが熱を通した今ではうっすらと黄金色に色づいていおり、もうもうと立ち昇る湯気と共になんとも馨しい香りが厨房内全体に漂っていた。




「そろそろ頃合いだろう。濾してくれ」


 熊八のGOサインも出たので、隣の竈に半分ほどの大きさの寸胴を用意し少しづつ濾しながらスープを移していく。



「うわぁ……、なんていい匂いなんだ。たまんねー」


 熱々の湯気が顔を撫でると同時に芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

 匂いを嗅いだことにより唾液の分泌が促進されたのか赤ちゃん並みの涎が止めどなく溢れて口に溜まっていく。


 思い返せば、今日はお昼を食べていないではないか。そのため余計にお腹が空き腹の虫が食事はまだかまだかと、何度も声を上げてくる。

 たまらずゴクリと喉が鳴ってしまうほど大きく嚥下し、今すぐ食べたい欲求に駆られてしまう。


 くたくたになった生姜と葱はそこで取り出し、涙も取り出そうとしたのだが綺麗に溶け出しているのか姿が見受けられなかった。




「どれ、味を付ける前に一口味見してみるか」


 小皿に少量注ぎ入れて口に含む熊八。

 すると、とたんにその顔がほころんでいき余韻を楽しんでいるのか瞑目したまま、なかなか言葉を発しなかった。


 そして、一言。



「ぅんま」


 結構なタメを作ったわりに出てきた言葉は単純なものだった。



「私も味見していいですか?」


 ハルシアも我慢の限界がきたのか同じように小皿に注ぐ。初めて口にするその喜びからまじまじと色合いを見つめ、香りを楽しみ、一息に含む。

 見ているこっちが緊張してしまうほどの興奮が伝わり動悸が早くなってしまう。


 スープを飲み込んだハルシアは、しばしの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。


 

「……ふぁぁ……。美味しいですぅぅ~~」


 ゆるみ切った頬と感涙交じりの目は美味しさのあまり恍惚の表情をしていた。

 今までに見たことのないその顔は俺の心をざわつかせる。



「……お、俺も! 飲みたい!」


 堪らず俺も味見を試みる。

 黄金色に輝くスープをお玉で掬う手がカタカタと震えながらも小皿に注ぎ入れ、ゆっくりと口に運ぶ。


 唇が器に触れる直前、不意に馨るなんとも芳醇な香り。

 煽る様に一気に口腔内へと流し込み、舌の上で転がす。



 刹那。



 な、ん、だ、これはっ!??

 

 口に入れた瞬間に駆け巡る衝撃に目を見開く。

 


 まず感じたのは、その口当たり。

 とても柔らかな液体はとろみを感じさせるほど柔和で、何の抵抗もなくするりと口腔内に入ると舌全体を優しく包み込む。それはまるで超軟水のよう。



 次に押し寄せる強烈な旨味。

 まるで万物の旨味を一滴に詰め込んだかのような凝縮された味は味蕾を刺激していく。口当たりは柔らかいのにまるで固形物を噛んでいるかのような確かな噛み応え。

 液体を咀嚼するなど、これまでの人生で一度たりとも行ってはこなかったが本能がそうさせるのか自然と噛み締めてしまう。それはまるで超硬水のよう。



 そして、全てを飲み込む。

 僅かな量にすぎないはずなのに大量の水を飲みきったような達成感につい、吐息が漏れる。

 食道を駆け下りていく喉越しはビールのそれを軽く上回る。



 最後に余韻。

 濃い緑茶を飲み終わった後のようなじんわりと口いっぱいに広がっていく甘味。

 嚥下のあとに鼻から抜けていく空気は舌で感じたものとはまた違う感触。

 唾液と混ざることによってほのかな甘みへと昇華した味は実に豊かな余韻を楽しませてくれた。

 


 総論。


 

「美味い……。美味すぎる……」



 二人がなかなか言葉を出せない理由がこれで分かった。そのあまりの美味しさに絶句したのだ。

 飲み込んだばかりだというのに早速、変化があったのか体の内側から熱くなりはじめ血行が促進され全身から発汗し始める。


 肉体が喜んでいるのが分かり、全身を幸福感で満たされ感動していた。




「何だよこれっ!? こんなの初めてだ!!」


 間違いなく人生で一番美味しいスープであった。



「これが超高級稀少食材と言われる所以ゆえんなのさ。どうだ? 苦労して手に入れた甲斐があっただろ?」


 そう言いながらもう一杯汲んでいる熊八はドヤ顔のまま大きめの器に並々と注いでいる。



「ダメですよ熊八さん! 今のは味見なんですからそんなにたくさん飲んじゃ!」


「なんでぃ、いいじゃねぇか! 俺だって頑張ったんだ! ちょっとくらい、大目にみてくれよ!」


「それなら私も、もう一度味見します!」


「おお! 飲め飲め! 味見は大事だからな!」


「えへへ、いただきま~す」


 そう言いながら大きめの茶碗に並々と注ぎ入れる二人。

 熊八がそういう性格なのは知っていたが、まさかハルシアまでとは……。

 こんなところまで師弟は似るのだろうか?



「二人ともストップ! 食欲に負けてもいいのか!? まだ味付けだって済んでないんだぞ!? 俺にも飲ませろ!」


 もはや誰にも止めることは敵わなかった。

 そうして、味見と銘打ったまま一杯、また一杯と飲み干し着実に水位は減っていくがそれを咎める者は誰もいない。





『 なにやってるにゃーーーーー!!! 』


 突然の叫び声に驚いた俺達三人は、動揺のあまり咳込む。

 厨房の入り口に立っていたのは買い物かごを両手に持ちながら鋭い目線でこちらを伺うクリーム色の毛色をした<ヒメ>であった。 



「……ひ、ヒメ! これは違うの! あ、味見なのよ……そう、味見!」


 慌てるハルシアの弁明を聞いたヒメは半目で懐疑的な視線を向けてくるが全く納得していないようでズカズカと厨房内に入り込んできた。



『ヒメが買い出しに行ってる間にこっそり三人で美味しそうなもの食べて!! それは皆で食べるんじゃにゃかったのかにゃ!!』


「や、やーね! もちろんそのつもりよ。ねぇアラタさん?」


「お、おう。そうだよ。当たり前じゃないか! なぁ熊八?」


「すんげぇ美味かったぜ!!」


 バカーーー、正直に言うやつがあるかーーーー。

 美味かったけどさ……。



『 ほら、やっぱりにゃーーーー!!! 』




 その後、ヒメの厳しい監視のもと塩と酒で味付けを済ませ適量の味見をし、スープの調理は終了となった。



 キャッツ達の呼びかけによって集まったギルドメンバーは食堂がオープンする時間が近づくにつれ次第に人が増えはじめ、賑やかになってきた。

 そもそもの目的は鋼鯨の涙の食事会ではなく、俺のお披露目なのだ。


 だいぶ脇道にそれた気がするがいよいよその時が訪れ、食堂がオープンを迎える時刻を迎えた。



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