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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第76話  無意識の枷

 ついにその時がやってきた。


 ブゥオオォォォォォオオォォォオオォオオオオォォォォォォォオオォォッッッ



 けたたましい鋼鯨の咆哮はこれまで以上に大きく、そして長い間この辺り一帯の空気を振動させた。

 それは歓喜の歌声か、はたまた悲痛な叫びか──。


 その様はまるで泣いているかのようであった。

 こだまする鳴き声だけでは判然としないが、その咆哮のあと母鯨のそばで新たに吹き上げられる短い潮が俺たちの目を釘付けにする。


 そして、これまでの鳴き声とは違い甲高く短い鳴き声が響く。



 プォ、プォォォオオォォォォッッ


 なんとも儚げで弱弱しく鳴り響いた声は産まれたばかりの赤ちゃん鯨の産声であった。そのまま何度か呼吸を繰り返した赤ちゃん鯨は、ぎこちなく重そうに尻尾を海面から持ち上げるとゆっくりと海中に潜っていく。

 これまで母鯨の温かい羊水と狭い子宮内とは違い、冷たくどこまでも広がる雄大な大海原をその身体いっぱいに感じている様はまるで踊っているかのようであった。



「産まれた……。産まれたぞーーー!!」


「よぉーーーーし!! よく頑張った!!」


「ヒャッホーーーー!! イェーーーイ!!」


「……素敵ね」


 初めて間近で観測した鯨の出産に乗組員総出で祝福する。

 しかし、喜んでばかりはいられない。


 赤ちゃんが産まれたということは時期に胎盤も体内から剥がれ落ちるということである。そして、それこそが俺たちの狙う超稀少高級食材<鋼鯨の涙>なのだ。

 幸い今まではビアンカの能力のおかげで安全マージンを取ることができ母鯨が俺達に襲い掛かってくることは無かったが、これから先は子供を守るためにより一層、警戒心が強くなることだろう。


 もし、欲を出し母鯨の逆鱗に触れ攻撃対象と判断されたならば命はなく、洋上では圧倒的に地の利は向こうに在るため慎重に行動しなければならない。

 


「……皆、下がってちょうだい。これは私の役目よ……」


 帆柱に寄り掛かってフラフラになりながらも立ち上がり顔色の悪い顔でそう告げたのはビアンカであった。しかし、その目には確固たる決意の炎が宿っている。



「無茶すんな、お前さんは十分よくやった。あとは俺達に任せろ」


 ビアンカの身を案ずる熊八は身体を支えるように手を貸してやっているが、首を左右に振り忠告を聞き入れてくれそうにない。



「いいえ、ここまで来たんですもの。最後まで自分の責任を果たすわ。なにせ私は三ツ星(トリプル)の冒険者なんだから」


「そうは言ってもよぉ……」


 確かに、熊八でなくともビアンカの姿を見れば誰だって体調が優れていないだろうことは容易に見て取れる。それでも尚、魔力を滲ませるビアンカをもはや誰も止めることは出来なかった。



「いいじゃねーか。本人がやるって言ってんだ。好きにさせよーぜ。その方が俺達も得だしよー」


 そんな姿を歯牙にもかけず何も悪びれる様子も無くぞんざいに告げたジュードはビアンカを挑発するかのように焚き付ける。

 しかし、その言葉の意味する真意は言わずとも皆が理解していた。



「フフ……。あんたに言われちゃおしまいね。言っとくけどこれは私自身のためにやっているのであって、あんたのためじゃないから。まぁ、下手に感謝されるよりはマシね」


「なんだ、口答え出来るくらいには元気じゃねーか。安心しな、お前がぶっ倒れても俺がきっちり任務は果たしてやるからよ」


 お互い憎まれ口をたたいてはいるが、微塵も険悪な雰囲気は感じられない。これも冒険者どうしのシンパシーが通じ合っているのか全員の思惑が同じ目的に向かって一致していた。



「さぁ、いくわよ……」


 そうして、これまでに何度発動したか分からないビアンカの能力が再度、鳴り響く。



七音の旋律(マジック・ボイス)】  発動



「 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア 」


 能力を発動したビアンカは発動後、すぐさま異変に気が付いたのか能力を止め驚愕の表情を浮かべた。



「……なっ! なんてこと……、大変っ!!」


 あまりのビアンカの動揺ぶりに船内に緊張が走る。



「どうしたんだビアンカ!? 何があった!?」


 状況を知り得ない俺たちは一刻も早く現状を確かめたかった。焦る様子の熊八は口早に問いかける。



「まだいるわ……」


「まだいる? 何がだ?」


「赤ちゃんよっ!! もう一匹産まれるわ!!」


「「「 なにぃーーーーーー!? 」」」


 ビアンカの言葉を聞いた俺たちは口を揃えて声をあげた。


 確かに鯨でも双子を妊娠することは可能であるが、それは大変稀なケースである。何故ならばその大きすぎる身体は母体への影響が大きいため最悪の場合、死産に繋がるからだ。

 野生の生物にとって出産は大きな危険を伴い、大変な労力を要するため手早く済ませなければならない。


 それを母親の力だけで乗り越えなければならず出産が長引けば母体へのダメージも蓄積し最悪、死に至る。もし、母親が死んでしまったら先に産まれた赤ちゃんも母乳を飲むことが出来ず死ぬ道理。


 一刻も早く次の出産を行わなければならない危険な状態へと事態は急展開を迎えた。



「どうする!? 俺達に何かできることはないか!?」


 どうすればいいか分からない俺は誰でもいいので明確な答えを持っている者がいないか問いかける。

 しかし、期待に添えるものは誰一人としていなかった。



「……どうすることもできねぇさ。俺たちはただ無事に産まれるよう信じて待つだけだ」


 熊八でさえもこの事態を収拾することは不可能であった。周りを見ても焦燥を顔に浮かべている者だけで力になれそうな者はいない。



 と、その時。



 ブォオオオオオォォォオオオォォオォォッォッォォォオオッッッッ


 これまでとは違い苦しそうな悲鳴を上げているかのような母鯨の叫び声は無力な俺達の心に深く突き刺さった。


 願わくは安産のみ。どうか、無事に産まれますように──。

 重く圧し掛かるような空気が船内に漂うとき、更なる事態が巻き起こる。



『進めー!! 臆するなっ!! 我ら誇り高き紅龍騎士団は女神様の恩寵おんちょうを受けた身!! 身命を賭して目標を回収するのだ!!』


 空を舞う幾多ものグリフォンの群れ。その数は10体を超えている。

 その先頭を率いている者は先ほど論を交わした騎士団員の一人であり、その表情は俺達を出し抜き獲物を独り占めしようと企む下卑た笑みを浮かべながら上空から見下ろしていた。

 

 何も知らずに己の欲望を満たそうとするその行動に俺の中で何かがプツンと音を立てて切れた。




「ふっ、ざっ、けるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 烈火の如く昂った激情が血流に乗って全身を駆け巡る。

 

 その瞬間。

 迸るような黄金色の魔力が全身から吹き出し、湯気のように煌々と立ち昇っていた。

 

 悪鬼のような悪辣とした視線で騎士団を睨みつけ、喰い殺さんばかりに歯を剥き出しにし髪が逆立つ。

 もはや己では制御できないほどの感情の昂りに初めて自発的に魔力を開放したのだ。

 脳が沸騰しているかのような感覚は、多量のアドレナリン(神経伝達物質)を溢れ出させ全身を震えさせる。


 目的はただ一つ。


  

 

 奴らを殺す──。




「ウオォオオオオオオオオオオオオオッッッ」


 血走った眼で先頭を進む一体のグリフォンに目標を定め、力の限り跳ぶ。

 その大跳躍は今まで体感したことがない高さまで一気にその身を運ぶと見張り台を次なる足場として足掛かりとし、更なる上空へとジャンプする。


 瞬く間に跳躍した先には驚愕の表情を浮かべている騎士団員がいた。それでも構わずありったけの力と魔力を込めた拳を握りしめ襲い掛かる。



『この化け物め! 我が聖槍の錆にしてくれるわっ!』


 迎え討つ騎士団員は俺を敵と見なしたのか、ギラリと光る先端の尖ったランスを向け突き刺してきた。



 ブスッッ


 しかし、右拳が奴に届く前にリーチの長いランスの先端が的確に俺の左肩に突き刺さる。

 魔力を纏っているとはいえ、まだコントロールができていないためか易々と身体に突き刺さり激しい痛みと共に出血した。



「ウウゥッ!! ゥアアッッ!!」


 だが、それでも止まるわけにはいかない。

 痛みを堪えながら、がっしりとランスを掴んで離さない。直接、奴に攻撃を加えることは出来なかったがせめて武器だけは奪い取ってやる。

 ランスの先端が身体から抜き取られても鬼気迫る表情で必死にしがみ付く俺に恐れをなしたのか騎士団員は乗っているグリフォンに命令を下した。



『ええい! 手を離さぬか薄汚い野ザルめ! 奴を噛み殺せ!!』


 命令に実直なグリフォンは騎士団員の指示に従い、大きく鋭いくちばしで俺に襲い来る。

 両手が塞がれている俺には抗う術は無く足をバタつかせるがそれほど意味を成さず、容易く胴体から股関節にかけて覆うように噛み付かれてしまった。



「グウゥゥッ!! アアああぁぁ……」


 凄まじい力で圧迫してくるグリフォンのくちばしはメキメキと腹部に食い込み骨を軋ませる。これ以上、噛み付かれでもすれば骨は折れ内臓を損傷し胴体から真っ二つにされるかもしれない。

 


 けれど、そんなことどうでもいい。

 今はこいつを鋼鯨に近付けさせなければいいだけだ。それくらいならば俺にだって出来る。

 未練は残るが後は熊八たちに任せるしかない。

 


 次第に下半身の感覚がなくなっていくなか、とある異変が起きた。


 これまで俺を噛み千切ろうと噛み付いていたグリフォンが急に噛む力を弱めたと思ったら、命令も受けていないにもかかわらず俺を開放する。

 その証拠に騎士団員はグリフォンの突然の行動に怒り狂っていた。



『何をしておる!? 殺せ! 噛み殺すのだ!!』


 しかし当のグリフォンは命令を無視し、大きく口を開け苦しみだすと舌をだらしなく嘴から垂らしている。そればかりか呼吸もままない様子で可笑しな呼吸音が聞こえてくる。何事かと思い顔を見ると目がグルグルと回り焦点が定まっておらず、ついには飛行することも止め重力に引っ張られるまま頭から海へと向かって落下し始めた。


 自由落下する騎士団員は慌てふためき、口々に命令を叫んでいるがその言葉は最早グリフォンに届いていなかった。



 グリフォンはすでに死んでいた。


 

 何が起きているのか分からなかったが、一先ず騎士団員を止めることに成功したため束の間の安息に浸る。そして、緊張の糸が切れたのか自然と魔力の放出も止まり騎士団員もろとも海へと着水する。


 一瞬にして冷たい海水が全身を包み込み考える力を失ってしまう。

 頭に上った血を冷ますには丁度よかったかもしれない。


 海の中ではあらゆる生物たちがひしめきあう様に縦横無尽に泳ぎ回っており、船上では確認できなかったほどに魚が泳いでいた。


 

 ぼやける視界の中で「綺麗だな……。俺はここで死ぬのかな……」などと、悠長に考えていると更に飛び込んでくる者がいた。

 熊八だった。



 薄れゆく意識のなか、熊八の手によって俺と騎士団員は船へと引き上げられ一命を取り留める。

 


 鋼鯨の出産はまだ終わってはいない──。

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