黒い闇の鯨と聖なる光
ノルウェー海北部。
冷たい風が海面を渡り、灰色の雲が低く垂れ込めていた。
ここは世界でも有数の好漁場である。
豊かな魚群。
深い海。
厳しい自然。
そして、クラーケンの生まれ故郷でもあった。
長い戦いの果てに、クラーケンは太平洋を離れ、この北の海へ戻ってきた。
共にいるのは、巨大な鯨の怪人。
そして、瑠璃色の結晶をまとった怪人ラピスラズリ。
ラピスラズリは冷たい海を見下ろした。
「ここが、あなたの故郷ですのね」
クラーケンは海面を睨む。
「そうだ。人間どもに汚された、我が故郷だ」
鯨怪人が低く鳴いた。
「クジラァ……見つけました、クラーケン様」
海底の暗闇に、巨大な影が眠っていた。
鉄の鯨。
人間が作り、人間が沈めた、死んだ怪物。
ソビエトの原子力潜水艦、K-278 コムソモーレッツ。
1989年、この場所で事故が起きた。
沈んだ原子力潜水艦には、今もなお二本の核弾頭魚雷が残されている。
クラーケンの目が赤く光った。
「人間は地の底に眠っていた石油だけでは飽き足らず、放射能でも海を汚した」
黒い泡が海底に広がる。
「許せぬ」
ラピスラズリの瑠璃色の結晶が輝く。
「では、その人間の罪を、怪人の力に変えて差し上げましょう」
海の悪魔の黒泡。
大地の悪魔の結晶。
鯨怪人。
そして、人間が生み出した鉄の鯨。
四つの闇が絡み合う。
海底が震えた。
沈んだ潜水艦の影が歪み、鯨怪人の身体へ吸い込まれていく。
原子炉の残滓。
核弾頭の恐怖。
海を汚した人間の罪。
それらすべてをまとい、最悪の怪物が生まれた。
黒い闇の鯨。
全身は黒い鋼鉄と鯨の肉が混ざったように歪み、背中には潜水艦の艦橋めいた突起が生えている。
両肩には、都市を消すほどの威力を秘めた核弾頭が、悪魔の角のように突き出していた。
クラーケンは笑った。
「行け。黒鯨怪人。人間どもに、己の罪を思い知らせよ」
黒鯨怪人は海底から浮上した。
「クジラァァァ……海を汚した者どもよ、闇へ沈め」
*
日本近海。
金城邸の地下基地に、緊急警報が鳴り響いた。
財前守の前に表示されたデータは、異常値を示していた。
「巨大カイサーン反応。海の悪魔、大地の悪魔、さらに原子炉反応と核物質反応を検出」
金城豊の顔色が変わる。
「核物質だと?」
水木博士がモニターに駆け寄った。
「まさか……これはただの怪人ではないぞ!」
画面に映ったのは、港湾都市へ向かって上陸してくる巨大な黒い鯨だった。
体内には原子炉。
両肩には核弾頭。
守が低く言う。
「下手に攻撃すれば、都市が消える」
京極怜音が拳を握る。
「撃てない怪人かよ」
ソフィア・アレクセーエヴナが歯を食いしばった。
「人間が捨てたものを、またクラーケンが怪人にしたのか」
花園真珠はリュビィを見た。
リュビィは震えていた。
怒りではなく、悲しみで。
「海が……苦しんでる」
黒鯨怪人は街へ上陸した。
巨大な尾が埠頭を砕く。
黒い波が道路を飲み込む。
ビルが崩れる。
人々が逃げ惑う。
だが、ダイフゴーは撃てない。
攻撃すれば、核弾頭がどうなるか分からない。
原子炉が破損すれば、街も海も終わる。
豊は叫んだ。
「出るぞ! ただし攻撃は最小限だ!」
*
港湾都市。
五人は変身した。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「荒波育ちの黄金魂! 新フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
リュビィも皇女の十字架を掲げる。
「皇女の十字架!」
「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」
「愛の戦士リュビィ、参上!」
空からはフゴードラゴンが降り立つ。
『フゴードラゴン、到着』
だが、全員の前にいる黒鯨怪人は、あまりにも危険だった。
「クジラァァ……撃ってみろ。人間ども」
黒鯨怪人の両肩が不気味に光る。
「我を撃てば、お前たちの街が消える」
レッドは二丁拳銃を構えたまま、引き金を引けなかった。
「卑怯な……!」
黒鯨怪人は笑い、尾を振るう。
道路が裂け、車が吹き飛ぶ。
ピンクが逃げ遅れた人々をかばう。
「こちらへ!」
イエローが瓦礫を蹴り飛ばす。
「急げ!」
ブラックはギターアックスを握りしめるが、攻撃できない。
「殴れないってのは、きついな」
ブルーが叫ぶ。
「核弾頭と原子炉に衝撃を与えるな! 表面装甲への攻撃も危険だ!」
黒鯨怪人は、撃てない相手を嘲笑うように街を壊し続けた。
「クジラァァ! これが人間の罪だ。自分たちが作った恐怖に、潰されるがいい!」
*
カイサーン城。
水晶の鏡を通して、クラーケンはその様子を見ていた。
「見ろ、ラピスラズリ。人間どもは手を出せぬ」
ラピスラズリは冷たく微笑む。
「自分たちの罪に縛られているのですわね」
だが、カイサーンの海の民たちは、笑っていなかった。
集められた兵士たち。
貝の民。
魚人たち。
彼らは鏡を見つめ、黒鯨怪人に恐怖していた。
「あれは……海を守る怪人なのか?」
「人間の街だけではない。あれが爆発すれば、海も汚れるのではないか」
「クラーケン様は、海を守るために戦っているのではなかったのか」
小さな疑問が、海の民の間に広がり始めていた。
クラーケンは気づかない。
だが、烏賊王子はそのざわめきを聞いていた。
*
港湾都市。
ダイフゴーは追い詰められていた。
黒鯨怪人は暴れ続ける。
攻撃できない。
止められない。
都市が破壊されていく。
その時、フゴードラゴンが通信を入れた。
『作戦がある』
レッドが振り向く。
「何だ!」
『リュビィの聖なる力で浄化できるかもしれない』
水木博士の通信が割り込む。
『無理じゃ! 放射能を消す方法など、理論上ですら発見されておらん!』
フゴードラゴンの内部で、小野寺翔太は操作盤を握りしめていた。
大人の声に変換された通信が響く。
『科学だけでは無理です』
水木博士が叫ぶ。
『ならばどうする!』
『原子核そのものを変化させ、放射性物質を無害な別の元素に変える』
『そんなことができるはずがない!』
『科学では無理です。でも、神秘の力なら』
リュビィが顔を上げる。
「リュビィの力?」
『はい。母なる海と父なる大地の力。海を清め、命をつなぐ力なら、放射能そのものを別のものへ変えられるかもしれない』
ブルーが厳しい声で言う。
「仮説としては極端すぎる。失敗すれば都市が壊滅する」
翔太は答えた。
『だから、聖商龍の神秘科学融合機関で制御します。リュビィさんの祈りを、科学炉心と魂の力で安定化させる』
レッドはリュビィを見る。
「リュビィ、できるか」
リュビィは黒鯨怪人を見た。
その体から、海の悲鳴が聞こえる。
大地の悲鳴も聞こえる。
人間が作った罪。
海を汚した恐怖。
けれど、その奥に、救いを求める声があった。
「やる」
リュビィは強く言った。
「リュビィ、海を清める」
*
レッドが叫ぶ。
「豪商軍!」
リュビィが叫ぶ。
「ソウルアーク!」
フゴードラゴンが空を見上げる。
『アトミック・ドラゴン』
三機の巨大戦力が出現する。
豪商軍。
ソウルアーク。
アトミック・ドラゴン。
「三聖合体!」
「完成!」
「聖商龍!」
聖商龍が港湾都市に立つ。
だが、今回は斬るためではない。
浄化するためだ。
黒鯨怪人が笑う。
「クジラァァ! 撃てぬ相手に、ロボを出してどうする!」
リュビィは聖商龍の中心で目を閉じた。
白い光が、彼女を包む。
ソウルアークに宿る魂たちが、その祈りに応えた。
海で死んだ人々。
船に宿った魂。
母なる海を愛した者たち。
そして、父なる大地の静かな光。
翔太が叫ぶ。
『神秘科学融合機関、起動!』
水木博士はモニターを見て震えた。
『馬鹿な……神秘反応が、原子核レベルに干渉しておる……!』
リュビィは祈る。
「母なる海よ。父なる大地よ」
白と青と金の光が、聖商龍の胸に集まる。
リュビィの声が響いた。
「大いなる業より生まれよ――」
光が黒鯨怪人の両肩へ伸びる。
核弾頭を包み込む。
原子炉を包み込む。
「賢者の石!」
世界が、一瞬だけ静止した。
黒鯨怪人の体内で、何かが変わった。
核物質の禍々しい反応が消えていく。
原子炉の危険な光が、穏やかな金色へ変わる。
両肩の核弾頭から、死の気配が消えた。
ブルーが叫ぶ。
「核反応、消失!」
水木博士が愕然とする。
『ありえん……放射性物質が別元素へ変換された……!』
黒鯨怪人が苦しみだす。
「クジラァァ!? 力が、力が消える!」
リュビィは叫んだ。
「今だよ!」
*
レッドが操縦桿を握る。
「最後の一撃だ!」
聖商龍の槍剣に、科学の炎が宿る。
ソウルアークの聖なる力が重なる。
海と大地の光が一つになる。
フゴードラゴンの声が響く。
『科学の炎よ』
リュビィが続ける。
「聖なる力よ!」
ピンクとイエローが叫ぶ。
「大地と海の力が一つとなり!」
ブルーとブラックが重ねる。
「煉獄の炎となりて!」
レッドが叫ぶ。
「罪を清めん!」
全員の声が重なった。
「必殺!」
「プールガートーリウム!」
聖商龍の槍剣から、煉獄の炎が放たれる。
黒鯨怪人の鋼鉄の鯨体が燃え上がる。
海の悪魔の黒泡が消える。
大地の悪魔の結晶が砕ける。
人間が海に沈めた罪をまとった黒い闇の鯨は、光に包まれて崩れていった。
「クジラァァァ……海が……光る……」
最後にそう呟き、黒鯨怪人は大爆発した。
だが、その爆発に放射能はなかった。
黒い煙もなかった。
金色の光だけが、海へ降り注いだ。
*
戦いは終わった。
港湾都市は大きな被害を受けたが、最悪の事態は避けられた。
黒鯨怪人の残骸は、金城財閥と財前グループ、水木博士の手で慎重に調査された。
数日後。
地下基地。
水木博士は、分析結果を前に震えていた。
「信じられん……」
豊が尋ねる。
「どうなったんです」
水木博士は、透明なケースに入った小さな金属片を見せた。
「核物質は、完全に別の物質へ変わっておった。ウランでもプルトニウムでもない。放射性物質ではない」
守が画面を見つめる。
「成分分析結果は?」
水木博士はゆっくり言った。
「金じゃ」
全員が沈黙した。
怜音が最初に口を開く。
「金?」
「そうじゃ。金になっておる」
豊は目を見開いた。
「核物質が、金に……?」
水木博士は震える声で続けた。
「まさか、聖なる力とは錬金術そのものなのか……富の力と、聖なる力は同質のものだったのか?」
リュビィは首をかしげる。
「金、きれい」
翔太は画面を見つめていた。
「大いなる業……賢者の石……」
守が言う。
「神秘科学融合機関の理論が、さらに先へ進むな」
真珠はリュビィを見た。
「リュビィ様は、海を清めたのですね」
リュビィは小さくうなずいた。
「海、少し楽になった」
*
その奇跡は、カイサーンにも届いていた。
黒鯨怪人が倒された瞬間。
海の民たちは、はっきりと見た。
黒く汚れた海を、白金の光が清めるのを。
人間が沈めた死の力を、無害な金へ変える奇跡を。
その光を見た老いた貝の民が、膝をついた。
「この光……蟹大王様の奇跡に似ている」
魚人の兵士が呟く。
「海を清める者……」
別の海の民が言う。
「偉大な蟹大王は、海を支配するのではなく、守ってくださった」
「ならば、あの光を放つリュビィこそ……」
「蟹大王の血を継ぐ者ではないのか」
ざわめきは広がった。
奇跡の光を放ち、海を清める者こそ、海の民の皇帝。
その言葉が、カイサーンの底で静かに広がっていく。
クラーケンは気づいていた。
海の民の目が変わり始めていることに。
恐怖ではなく、疑問を宿し始めていることに。
自分を絶対の支配者として見ていないことに。
玉座の上で、クラーケンは触手を震わせた。
「リュビィ……蟹女め……」
ラピスラズリは黙っていた。
彼女もまた、あの光を見てしまった。
罪を清める光。
自分の中の闇にまで届きそうな、白金の光。
「次で終わりだ」
クラーケンは低く唸った。
「海の民が疑う前に、すべてを終わらせる」
黒い泡が玉座を包む。
大地の悪魔の闇もまた、ラピスラズリの中で蠢いた。
最終決戦は、もう目前だった。
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## 次回予告
黒い闇の鯨を清めたリュビィの奇跡は、カイサーンの海の民の心を揺さぶった。
クラーケンへの忠誠に疑問を抱き始める海の民たち。
追い詰められたクラーケンは、ついにすべての嘘を捨て、最後の戦いへ動き出す。
蟹大王暗殺の真実。
ラピスラズリの運命。
フゴードラゴンの正体。
そして、リュビィが選ぶ海と陸の未来。
次回、富轟戦隊ダイフゴー。
## 最終回 海の女帝リュビィ
海と大地の祈りが、最後の闇を照らす。




