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82話 まだ35

 ガストン率いる剣鋒団は若き使者ルモニエの先導でカルフール城へと向かった。


 軍勢とはいえ専業兵士が60人ばかりの数であり、輸送隊は使わず食糧は現地調達(略奪)である。行軍はかなり速い。

 数日後にはカルフール城を臨む、やや離れた土地に到着した。


「おお、やっとるな。しかし、まだまだ集まっとらんか?」


 ガストンらが高台から様子を見ると、すでに戦いは始まっているようだ。


(数は……あの固まりは300より多いか? ならあれとあれを合わせて1000人もおらんな。まだバシュロ伯爵とやらは到着しとらんのだろう)


 ガストンは目測で敵軍を1000人足らずと判断した。算術ができないガストンの計算は適当だ。


 カルフール城内はさすがに分からないが、それほど少なくはなさそうだ。


「マルセル、ボネ、どのくらいの数かのう? 俺の見る限り、敵は1000はおらんな」


 マルセルは諸事に器用だし、ボネは偵察に長けている。

 変に意地を張らず、部下に尋ねることができるのはガストンの美点だろう。


「あっちの固まりが300、それと同じぐらいが1つ、あれとあれは小せえな。俺は900人と見た」

「そりゃ多いわ。ガストンもお前さんも数を増やしすぎよ。あの大きいのは250ってとこだ。あっちの小せえのは100、あれは200、あとは適当なバラバラを混ぜて俺はズバリ750人と見たがどうだ?」


 怪しげな計算を披露する2人の意見を聞き、ガストンも「中を取って800人か」と頷いた。

 実にいい加減だが、この場合はこのくらいで十分なのである。正解など分かりはしない。


「おい、ルモニエ。城方の人数はどのくれえだ?」


 ガストンももはやルモニエに『殿』など敬称はつけない。 

 貴人を畏怖する心の厚いガストンではあるが、部下の目もある。

 没落したルモニエを気の毒に思えど、無礼を働いた彼に配慮などはできない。


「……増減がなければ400人」


 ルモニエの顔には不満がベッタリと貼りついているが、意外にも素直に答えるようだ。

 彼の顔面は数日を経ても青黒く染まっており、さらには首を痛めたらしく、しきりに首に手を当てている。


「ほうか、なら心配したこともなかろう。敵が引くまで待たせてもらうかい」

「戦見物か、そりゃ贅沢な話だのう」


 ガストンの言葉を継ぎ、マルセルが兵士たちを笑わせる。

 空元気ではなく、戦を前に自然に笑いが起きるのだから士気は極めて高い。


 ただ1人、ルモニエだけがムッツリと拗ね顔だが、これは仕方ないだろう。


「おい、ギー。よう見てみい」


 ガストンはつい、ギーに声をかけたが、これはルモニエに聞かせる意味もある。

 彼は援軍の使者なのだ。城を目前に足踏みではイラだっているだろう。


「カルフール城は平地にあるが、なかなか堅そうだわ。いきなり倍の兵で攻められても落ちるもんじゃねえな?」

「へい、俺もそう思います」


 カルフール城はいわゆる平城。

 だがしかし、城壁は瓦のように焼いた粘土を積み重ねて築かれた堅牢な造りだ。その高さはガストンの身長をゆうに超える。

 城壁の上には木柵が備えてあり、ぐるりと切られた空堀、城壁、木柵と合わせた高さはかなりのものだ。

 防衛用の塔や櫓も十分にあり、そこから石でも投げられれば寄せ手には大きな脅威になるだろう。


 難を言えば交通の要衝だけはあり、町を城内に抱え込んでいることだろうか。

 城を守るラメー男爵は侵略者であり、城内の人間が敵に呼応することは十分に考えられることだ。

 また、反乱とまでいかなくとも、城内の非戦闘員が増えればその分の物資や食糧を消費する。持久戦は厳しいだろう。


「ギーよ、お前さんなら60人どうやって城に入れる?」

「そりゃ、まあ……大勢に突っかかっちゃバカを見ますし、裏手からコッソリ入るのがええのでは?」


 現在、戦闘が行われているとはいえ、敵勢もたかだか800人である。

 城を包囲をできるわけもなし、敵勢を避けて入城するのは不可能ではない。


「火急のときなら悪かねえな。だがのう、戦の最中は気が立っておるし、下手に近づいて矢が飛んできたらつまらねえ」

「へ、へい。そりゃそうで」

「幸いといっちゃなんだが、今は敵に攻め気があんまりねえみたいだ。ほれ、見てみい。ハシゴも破城槌も出張っとらん」


 ガストンが見たように、敵勢は城に迫るも矢戦を仕掛けるのみで大した動きがない。戦機が満ちていないのだ。

 これはガストンが身につけた戦場の勘所だろう。


「そのうち敵も引き上げるだろうから俺たちが動くのはその時よ。先触れを立てて入れば良し。俺としちゃこんなとこだが、マルセルはどう思うか?」

「いんや、それで間違いねえ――おいっ、聞いとるか男爵のせがれ(・・・)! 先触れってのはテメェのことだぞっ!」


 マルセルはことあるごとにルモニエに突っかかる。

 からかって遊んでいるのだ。貴族の子弟をいびる(・・・)機会などそうそうあるものではない。


(考えてみりゃ、マルセルはルモニエの城で一番乗りしたのか……もう10年にもなるかのう)


 マルセルは小作人の出である。

 世が世ならルモニエの靴を磨くのですら名誉なことだと喜んだであろう。

 これも世の無常というものであろうか。


「マルセルやい、今からそんなに張り切ってどうする。俺たちも若くねえんだ、そういきり立つな」

「バカたれっ! 俺はまだ(・・)35じゃ!」

「だからもう(・・)35才だわ」


 ガストンとマルセルのやりとりに再び周囲から笑いが漏れる。


 お調子者のマルセルはムードメーカーであり、剣鋒団の名物十人長だ。

 百人長はかつての騎士テランスのような領主騎士やガストンのような従騎士、つまり騎乗の身分の者が任命されることになっている。老馬にまたがるマルセルはここでもうひと頑張りして百人長に成り上がろうと野心を燃やしているのだ。


「ガストンやい、お前さん若いのをかわいがって育てるのもええが老け込む年じゃねえんだ。まだまだヴァロンはデカくなる、その気組みが大事だわ!」

「そうだのう、俺もまだまだ働かにゃならん」

「ほうだ、オマエも百人長になったばかりよ、まだまだ働け」


 マルセルから見てガストンは老け込んでいるのだろうか。妙に励まされてしまったようだ。


 しかし、子のないガストンにとって、財産や名誉を積み上げても継がせる相手がいないのも事実である。

 ある程度の成功を得たいま『さらに上を目指そう』というモチベーションを保ちづらいのも人情として当然ではあった。


(もらい子をするにもジョアナがなあ……難しいとこだわ)


 実はガストンはマルセルの子を1人もらおうと考えていたのだが、妻のジョアナが『うん』と言わない。

 ジョアナはまだ実子を諦めていないし、養子を迎えるにしてもバルビエの親戚筋からと強く願っていた。

 ある意味で上流階級らしい血族主義なのである。


 実弟のジョスは長男が生まれたばかり、さすがにこれをもらうわけにはいかない。


「そうやって考え込むな。頭で働くのは体が利かなくなった後でええ。戦で汗をかけ、槍をぶん回して走り回れ!」

「ほうだな。まずは目の前の戦だ」

「そうじゃ、それよ! まずは目の前の戦のことよ!」


 そうこうしているうちに敵勢は城から離れていく。

 やはり様子見だったようだ。


 敵勢も城から十分に距離をとり、布陣を始める。

 夜襲など、城方の逆襲を警戒してのことだろう。


 ガストンらはこれを確認し、ルモニエを先触れに立てゆるゆると城へ向かった。

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